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しっぽや(No.102~115)

「カズハ先輩って、思ってたより話しやすくて良かった
 なーんか、お堅い人っぽそうだったから
 頭良い奴ら、俺みたいな人間のこと最初っからバカだと思って軽く見てくるんだ」
ウラはアイスコーヒーを飲みきって息を吐いた。
「僕はその…、ウラみたいな人達には相手にされないと言うか
 空気みたいに思われてると言うか」
僕は力なく笑ってしまう。
「あー、ちょっと、分かるかも」
流石にウラが苦笑する。
「正直、『化生』って共通項がなけりゃ、話しかけることはないタイプかな
 でもさ、話してみると意外なこと聞けたりして面白い
 カズハ先輩って、ムッツリすけべなのな」
先ほどの自分の大胆発言を思い返し、ニヤリと笑うウラの顔をまともに見れなかった。

「そうだ、せっかくキレイな髪してるんだし、カズハ先輩も染めてみれば?
 月さんくらい落ち着いた茶だったら、そんなに抵抗ないでしょ
 頭の色、黒から変わると、何か気持ちも軽くなるよ
 気の持ちようだけどな
 こーゆーの何つーんだっけ、スパシーボ?」
小首を傾げるウラに
「プラシーボ効果のことかな?偽薬効果か…
 うん、でも、騙されてみるのも良いかも」
明るい性格になるために形から入るのもありかな、なんて考え、以前の僕には無かったことであった。
空と知り合ってから、僕は徐々に色々なことを吸収できるように変わっていた。

「あ、でも、僕より桜さんの方がお堅く見えるよ
 大麻生と新郷は付き合いが長いから、もう会った?
 しっぽやの上の階に入ってる、会計事務所の会計士さん」
僕は空から聞いた犬達の関係を思い出していた。
まだ新郷がしっぽやに所属していた頃、犬の捜索は新郷と大麻生が主軸で頑張っていたらしい。
「会計士ねー、堅そー
 ぜってー俺のことバカだと思うぜ、まあ、バカだけど
 その会計士と高校教師って奴には、まだ会う気がおきなくてさ
 しっぽや事務所で会ってるし、羽生は可愛いくて気に入ってるけどな
 あんな可愛い美青年囲う教師って、胡散臭そうっつーか」
ウラは顔をしかめてみせる。
「中川先生は良い人だよ
 僕も『教師』って、ちょっと抵抗あったけど
 『先生』だって偉ぶらない人なんだ
 熱血教師でも暑苦しくないし、、ちゃんと相手との距離を量れる爽やか系とでも言うのかな
 絶対、ウラの見た目だけで判断しない人だよ
 ウラはキレイだから、それに驚くとは思うけどね」
僕の言葉に
「おだてたって、何も出ないよー」
ウラは満更でもなさそうに笑ってみせた。

「桜さんは一見キツい顔に見えても、僕でもビックリするくらいのツンデレでね
 ゲンさんの幼なじみ、って言えば信頼もてる感じかな」
そう説明すると
「ゲンちゃんの?
 そっか、ゲンちゃんも職業的にはお堅いもんな」
ウラは考え込む顔になった。
「ソウちゃんが、その『桜』って人と小説の貸し借りしてんだよ
 難しそうな本ばっかで、俺には読めそうにないけどさ
 今度借りに行くとき、付いてってみようかな」
少し弱気なウラの言葉に
「うん、是非行ってみて
 きっと桜さんと大麻生が小説選んでる間、新郷が『桜ちゃん自慢』を延々と聞かせてくれるよ」
僕はそう助言する。
途中でそれに気付いた桜さんが、真っ赤になりながら新郷の口を押さえに入る光景が目に見えるようだった。


「カズハ先輩、色々教えてくれて、ありがと」
ウラがヘヘッと笑って僕を見て、照れくさそうに礼を言ってきた。
気が付くと、身構えることなく普通にウラと会話が出来ている。
「僕たち、仲間みたいなものだから色々教えあえるね
 ハスキーに何が似合うか、参考になったよ」
僕もウラに対して自然に笑ってみせることが出来た。

「カズハ先輩、これから時間ある?
 さっき言ってた小道具、一緒に買いに行こうぜ
 今晩試したくてさ、ソウちゃんの格好良さを引き立てるアイテム
 電話急げってやつ?」
完璧なウインクを見せるウラに何と返事をしようかドキドキしてしまったが
「う、うん、そうだね見に行ってみようか
 いや、実際使うかどうかわからないけど…、空に似合う物なら欲しいかなって
 そして、善は急げだね」
僕はクスリと笑ってしまう。
「そうか、ウラの言い間違いと言うか覚え間違いって、空に似てるんだ」
それに気が付くと、ウラに親近感がわいてくる。

「カズハ先輩…、そりゃ俺はバカだけど
 ハスキーと同列にしないで
 マジで屈辱なんスけど、今のセリフ」
ウラはキレイな顔を歪め、真顔で僕に訴えてきた。
「え?だって、空みたいに可愛いね、って意味だよ」
「んなマニアックなこと言われても、ちっとも誉められてる気がしねぇ
 つか、バカにするにもほどがある」
「ええー?これ以上の讃辞ってないよ?」
「大惨事にしかなってねーし」
僕たちは親友のように笑いあいながら店を出て、ショッピングモールに向かうのであった。


僕とウラはショッピングモール内の店をあちこち冷やかしつつ買い物をして、ワッフルが美味しいお店で一休みすることにした。
「ワッフル、美味そう!でも、ソウちゃんの作ってくれる夕飯食べたいから、我慢しとくか
 昼に肉球ケーキも食べたことだし、ここではお茶だけにする
 リンゴが入った紅茶にしてみよっと
 カズハ先輩はどうする?
 お茶だけにして、今夜は空のとこで夕飯食べて、さっき買ったアクセ着けて試してみたら?」
ウラはキレイな顔で怪しく笑いかけてくる。
「え、いや、そんな、着けて試すって」
僕はどう答えて良いかわからず、アワアワしてしまう。
それでもウラは、僕をバカにしたり呆れたりしたような顔は見せなかった。

「うん、空の所には行こうかな、これ着けてみた空、早く見たいから
 僕も、紅茶だけにしておく
 あ、ここのお店、ワッフルもだけど紅茶も美味しいんだよ
 たまにリーフを買いに来るんだ」
こんな風に何気ない会話を楽しめる人がいる状況が、とても嬉しい。
「そっか、しっぽやの紅茶、カズハ先輩からの差し入れが多いって日野ちゃんが言ってたっけ
 カズハ先輩、紅茶、詳しい?
 ちょっと教えて欲しいなー」
ウラは伺うような視線を向けてくる。

「え?専門家には全然及ばないよ」
慌てる僕におかまいなしに
「ソウちゃんがさ、ミルクティー好きなんだよね
 最近、どこのメーカーの紅茶がミルクティー向けなのか気になってさ
 いつも安いパック紅茶とミルク混ぜて適当に作ってたから
 ソウちゃんは美味しいって言ってくれるけど…
 ミルクティーくらい、ちゃんと作れるようになりたくて」
ウラはモジモジとそんなことを言い出した。
その様子は、とても健気で可愛らしく
「僕でわかりそうなことなら」
つい、そんなことを答えてしまった。

「マジ?やったー!この店で売ってる紅茶、ミルクティーにすると美味しいかな
 葉っぱの紅茶、自分で淹れるの難しそうだけど、ソウちゃんにお土産で買っていきたい」
笑顔のウラに
「大麻生はベースの紅茶はさっぱりした味とこくのある味、どっちが好き?
 フレーバーじゃない方が良いのかな
 それによって選ぶ茶葉の種類が違ってくるんだ」
そう聞いてみる。
「………ヤバい、何聞かれてるかすらわかんない
 こくのある紅茶って何?だって紅茶って、さっぱりしてんじゃん
 フレーバー?俺が選んだフルーツ入ってるみたいなやつ?
 紅茶の葉っぱって、店とかメーカーによって違うだけじゃないの?」
ウラは混乱しているようだった。

「僕が2種類の茶葉でミルクティー頼んでみるから、飲み比べてみようか
 どういう方が大麻生の好みか、きっとウラならわかるよ」
「カズハ先輩、超頼りになるー」
キラキラした瞳を向けられ、僕はビックリする。
親しい後輩が出来たのも初めてなら、後輩に頼られることも初めてなのだ。
自分の人生では絶対におこらないだろうと思っていた出来事が、立て続けに起こっていた。

それから2人で何種類か紅茶を頼んで飲み比べをし、お土産のリーフを選んで帰路につく。
「飲み過ぎて、お腹タポタポ
 でも、微妙な違いっての、ちょっとわかった気がするかも
 明日になったら、忘れちゃうだろうけどね」
お腹をさすりながらウラがヘヘッと笑ってみせた。
「大麻生、ウラがミルクティー作ったら凄く感動すると思うよ」
「俺も、そう思う」
僕たちは顔を見合わせて笑いあった。


影森マンションのエレベーターでウラと別れ、僕は空の部屋に向かった。
今夜泊まることはメールで連絡済みだ。
空がしっぽやから帰ってくる前に夕飯を用意しようと、材料を買い込んできていた。
合い鍵を使いドアを開けると、そこには待ちかまえていた空の姿があった。

「カズハ、お帰り」
笑顔を向けてくる空に
「どうしたの?この時間なら、まだ仕事中じゃないの?」
僕は驚きの声を上げてしまう。
「カズハが来るから、早く上がらせてもらった
 黒谷の旦那が外回りに出るとか言い出して、人数的には足りてたからさ
 なーんか最近、張り切ってるんだよな」
空は僕が持っていた荷物を、さりげなく持ってくれる。
「夕飯作って、僕がお迎えしようと思ってたんだけど
 帰ってくると犬が待ってる生活って、良いね」
僕は満たされた思いを感じていた。
「待ってれば飼い主が帰ってきてくれる生活も、凄く良いよ」
空が満足そうな顔で頷いた。
僕は彼に触れたくてたまらなくなってしまう。

「今日買ってきた食材は明日に回して、夕飯は外に食べにいこうか
 あのね、空にお土産があるんだ
 凄く似合いそうなシルバーチェーン
 それ、今から着けてみてもらっていいかな
 それで…、その…、そのまま、して欲しいなって」
「ありがと、お土産もカズハもどっちも楽しみ」
恥ずかしくて幽かな囁きにしかならなかった僕の言葉を、空はしっかり聞いていてくれた。

初めて出来た素敵な後輩のおかげで、今夜も僕と空の幸せな思い出が増えたのであった。
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