しっぽや(No.102~115)
side<ARAKI>
大麻生に飼い主が出来た。
彼は白久の古くからの仲間だし、とても真面目で責任感が強く好感が持てる犬なので、俺は素直にそれを喜んでいた。
大麻生の飼い主に初めて事務所で会った時はあまりにキレイな人だったから、新入りの猫の化生かと思ってしまった。
案の定、初対面時にカズハさんは猫だと思って話しかけたらしい。
『カズハさん、最初に会ったとき俺のことも犬だと思ってたもんな』
先走って話しかけなくて良かった、と俺は胸をなで下ろしていた。
しかし、超が付くほど真面目な大麻生が選ぶと思ってた人とは、かけ離れた外見の人であった。
『眼鏡をかけたガリ勉タイプで、大麻生に引けを取らない真面目人間』
俺は勝手にそんな人を飼い主に選ぶんじゃないかと考えていたのだ。
しかし実際の飼い主のウラさんは、何というか…
金色に染めた長髪、着崩した服に複数のアクセサリーを身に着け、見た目が完全に『チャラ男か水商売の人』っぽかった。
と言うか、話口調や態度もそれっぽい。
どんな風に接したらいいか、今一距離感の掴めない不思議な人だった。
日野とは以前からの知り合いみたいなんで、どんな人か聞いてみたら
「チャラ男」
と言う分かり切った返事が返ってきた。
「いや、そりゃ、見れば分かるっていうかさー」
俺は唸ってしまう。
「でも、まあ、真面目なチャラ男?
通すスジはちゃんと通すぜ、あいつ
大麻生が選ぶだけのことはあるかな、とは思う」
日野はヘヘッと笑ってみせる。
まだウラさんと、ちゃんと話したことがない俺は
「ふーん、そうなんだ」
と言うしかなかった。
「チーッス」
軽いノックの後にドアが開いて、ウラさんがしっぽや事務所に入ってきた。
今日のウラさんは髪を結んでいてアクセサリーは身に着けておらず、服のセンスも大人しめであった。
それでも元がキレイな人なので、彼の登場で事務所が華やいだ感じがする。
「チェッ、まーたソウちゃん居ないのな、俺が遅れて顔出すといつもこうだ
働き者なんだから、って、そこが超格好いいんだけど
つか、黒谷が働かな過ぎなんじゃないの?日野ちゃーん
勝負するまでもなく、ソウちゃんの方が優秀じゃん」
事務所内を見回したウラさんは、ニヤニヤ笑いながら日野に話しかけてくる。
「責任者不在の事務所とか有り得ないでしょ
黒谷はここに居るだけで、誰よりも働いてんの」
日野はすました顔でウラさんの言葉を流していた。
「荒木少年、どうよこの日野ちゃんの態度
外回りしてる白久に代わって、ちょっと言ってやんなよ」
ウラさんは俺に話をふってきた。
「いや、確かに事務所には責任者居ないとマズいかなって
って、ウラさん、何で俺のことゲンさんみたいに呼ぶんですか」
「だって、ゲンちゃんが『高校生名探偵』だって言ってたし
高校卒業したら流石に『少年』とか呼べないから、今のうちに呼んでみるのも楽しいかなって
荒木少年、俺のことはウラって呼べよ
ガキの頃はこの名前で色々言われたけど、今となっては誇れる名前だからさ
それに『さん』付けってむず痒い
格下から『さん』付けされて悦いってるって、三下っぽくて好きじゃねーんだ」
何だかこの人のノリはゲンさんに似ている気がしてきた。
「格下って、ここではウラが一番後輩なんだからな」
日野がビシッと指摘する。
「そっか、ここじゃ俺が一番先輩だ」
そう気が付くと、不思議な気持ちになった。
「でもさ『荒木少年先輩』じゃ長いじゃん」
不満げなウラにの言葉に
「荒木、こいつ『少年』を省く気はないみたいだぜ」
日野が苦笑して俺を見る。
「いやもう、どう呼ばれてもいいかな」
俺も苦笑するしかなかった。
「ウラ、今日はペットショップのバイトがある日だろ?
こっち来てていいの?」
日野がそう問いかける。
ウラはしっぽやとカズハさんの働くペットショップのバイトを掛け持ちしているのだ。
「今日は客入り悪くてさー、仕事無くなったから早上がりして、そのままこっちに来た
どうせならソウちゃんと一緒に家に帰りたいなって
アイスミルクティー用の紅茶も仕込んどきたいし
紅茶って、水でも出せるの知らなかったぜ
学がないと損するな」
ウラはため息を付くが、それは学問的な知識と言うよりはお婆ちゃんの知恵袋的な知識だと思った。
「荒木少年、お茶とか補充するもんある?
言ってくれれば、お使い行くよ?
ここって喫茶店並の品揃えだから、俺じゃ訳わかんねー」
俺は何となく、事務所のお茶菓子担当みたいになっている。
「そうだね、ちょっと在庫見てみようか」
「あ、俺も足りないもの頼みたい」
結局俺たちは3人で、ゾロゾロと所員控え室に入っていった。
「ひろせ、今日も可愛いねー
こないだ焼いてくれたケークサレっての?美味しかったよ
甘くないケーキもあるんだな、学がないから知らなかった」
ウラはソファーに座るひろせに抱きついて頭を撫でた。
ウラの言うことは、やはり学問の知識とは違う気がする。
「長瀞がお裾分けしてくれた煮物も、美味しかったぜ
大根に味が染み染み!
あと、あの特製フリカケ、超お役立ち!」
今度は長瀞さんの頬にキスをしている。
「双子ちゃんは今日もキレイだね
今度また対になるコーディネートしてやるからな」
すかさず双子を両手に抱きしめて頬ずりしたりして、ウラはとても猫プロっぽかった。
その様子を見ていた日野が
「ウラって、犬派だって言ってなかったっけ?」
呆れたように口にする。
「どっちかって言ったら、って言ったろ?
俺、猫も好きだもーん」
ウラはキシシっと笑ってひろせの頬にもキスをした。
「荒木少年だって猫飼ってるって聞いたぜ
分かるだろ?この気持ち」
ウラにそう言われ、俺は苦笑しながらも頷くしかなかった。
それからお茶棚の中を確認し欲しいお茶やお茶菓子をメモしていると、捜索を終えた大麻生が事務所に戻って来た。
すかさずウラがアイスミルクティーを作り、大麻生に持って行く。
「ソウちゃん、お疲れさま」
ウラは優しい顔で大麻生にグラスを渡し、キスをした。
大麻生は嬉しそうな笑みを浮かべている。
飼い主が居ない時はキリリとした感じの強面だったけど、今ではすっかり『可愛がられているペットの顔』になっていて怖さが半減していた。
「買い物には俺が行ってくるよ
ウラは大麻生と一緒に居てあげな
さて、黒谷の代わりに外回りしてくるか」
気を利かせた日野がメモを持ち、事務所を出て行った。
控え室で報告書を書く大麻生を、ウラはうっとりとした顔で見つめている。
「大麻生の前では、猫、構わないんだね」
俺は小声で囁いてみた。
「焼き餅焼くからね」
ウラは少し照れたように笑った。
『この人、大麻生と一緒に居ると可愛い感じになるんだ』
俺はそう気が付いて、少しこの人に対する感覚が変わっていった。
色々、話をしてみたいと思ったのだ。
「ウラって、日野と付き合い長いの?」
何となく気になっていた事を思い切って聞いてみる。
「いや、ソウちゃんに会う直前に知り合ったんで、ほんと最近だな
荒木少年は?日野ちゃんとは幼なじみ的存在?」
「いや、俺も高校入ってから出来た友達だから、付き合い自体はそんなに長くないよ」
それでも日野との付き合いは深いんじゃないか、なんて改めて思い至った。
「高校かー、俺、ろくでもない友達しか出来なかったからなー
まあ、当時はそれなりに楽しかったけど
卒業出来たのも奇跡みたいなもんで、とても進学なんて出来たアタマじゃなかった
お前も日野も凄いな、大学受験するなんてさ
俺『勉強』って言葉大嫌いで楽な方に流れて生きてきたから、頭良い奴にはコンプレックスあるんだ」
ウラはため息を付いた。
自信満々に見えるウラのそんな言葉に、俺は少なからず驚いてしまう。
「俺も別に頭良くないよ、模試の結果もギリギリだし
むしろ、日野の方が勉強出来て成績良いんだ」
俺は思わずそんなことをバラしてしまった。
「マジで?あいつ陸上部でエースなんだろ?
運動も出来て、勉強も出来て、背は低いけど顔だって良いし
出来すぎててイヤミな奴じゃん?
一緒にいると比べられて嫌な思いとかするんじゃねーの?」
ウラに訝しげな顔を向けられ、俺はビックリしてしまう。
今まで日野に対してそんな事は思ったこともなかったのだ。
「俺自身が日野にコンプレックス感じること、無いとは言えないけど…
嫌だって思ったことは1度も無い、と言うか、全然気付いてなかったよ」
俺って鈍いのかな、なんて笑ってしまう。
「荒木少年って、ほんと『少年』って感じなんだ
ゲンちゃんが少年って言いたがるの分かる気がする
俺にも荒木少年みたいな友達がいたら、少しは違う道があったのかな
これまで俺に近付いてきた奴は、俺のこと利用しようとしてただけなんだって、今なら分かるぜ」
ウラは少し眩しそうに俺を見た。
「利用?」
その言葉に首を傾げると
「性のはけ口として」
ウラは怪しく微笑んだ。
思わず赤くなる俺に
「ウソウソ、こんくらいの冗談で赤くなるなんて可愛いなー」
ウラは俺に抱き付いて猫の化生にしていた様に、頬にキスをしてきた。
そのまま唇が移動して、耳朶(じだ)を軽く噛む。
「荒木少年も、日野に負けないくらい可愛いよね」
クツクツと笑う美しい顔を間近にし、俺は頭がクラクラする。
ウラは見かけよりも力が強く、俺を抱きしめる手をふりほどくことが出来なかった。
「ちょっと味見しちゃおっかな」
ウラの唇が迫ってきたところでやっと本格的な危機意識が芽生え助けを求めるために大麻生に視線を送るが、彼は真面目な顔で報告書にペンを走らせている。
こちらの状況に全く意識を向けていなかった。
大麻生に飼い主が出来た。
彼は白久の古くからの仲間だし、とても真面目で責任感が強く好感が持てる犬なので、俺は素直にそれを喜んでいた。
大麻生の飼い主に初めて事務所で会った時はあまりにキレイな人だったから、新入りの猫の化生かと思ってしまった。
案の定、初対面時にカズハさんは猫だと思って話しかけたらしい。
『カズハさん、最初に会ったとき俺のことも犬だと思ってたもんな』
先走って話しかけなくて良かった、と俺は胸をなで下ろしていた。
しかし、超が付くほど真面目な大麻生が選ぶと思ってた人とは、かけ離れた外見の人であった。
『眼鏡をかけたガリ勉タイプで、大麻生に引けを取らない真面目人間』
俺は勝手にそんな人を飼い主に選ぶんじゃないかと考えていたのだ。
しかし実際の飼い主のウラさんは、何というか…
金色に染めた長髪、着崩した服に複数のアクセサリーを身に着け、見た目が完全に『チャラ男か水商売の人』っぽかった。
と言うか、話口調や態度もそれっぽい。
どんな風に接したらいいか、今一距離感の掴めない不思議な人だった。
日野とは以前からの知り合いみたいなんで、どんな人か聞いてみたら
「チャラ男」
と言う分かり切った返事が返ってきた。
「いや、そりゃ、見れば分かるっていうかさー」
俺は唸ってしまう。
「でも、まあ、真面目なチャラ男?
通すスジはちゃんと通すぜ、あいつ
大麻生が選ぶだけのことはあるかな、とは思う」
日野はヘヘッと笑ってみせる。
まだウラさんと、ちゃんと話したことがない俺は
「ふーん、そうなんだ」
と言うしかなかった。
「チーッス」
軽いノックの後にドアが開いて、ウラさんがしっぽや事務所に入ってきた。
今日のウラさんは髪を結んでいてアクセサリーは身に着けておらず、服のセンスも大人しめであった。
それでも元がキレイな人なので、彼の登場で事務所が華やいだ感じがする。
「チェッ、まーたソウちゃん居ないのな、俺が遅れて顔出すといつもこうだ
働き者なんだから、って、そこが超格好いいんだけど
つか、黒谷が働かな過ぎなんじゃないの?日野ちゃーん
勝負するまでもなく、ソウちゃんの方が優秀じゃん」
事務所内を見回したウラさんは、ニヤニヤ笑いながら日野に話しかけてくる。
「責任者不在の事務所とか有り得ないでしょ
黒谷はここに居るだけで、誰よりも働いてんの」
日野はすました顔でウラさんの言葉を流していた。
「荒木少年、どうよこの日野ちゃんの態度
外回りしてる白久に代わって、ちょっと言ってやんなよ」
ウラさんは俺に話をふってきた。
「いや、確かに事務所には責任者居ないとマズいかなって
って、ウラさん、何で俺のことゲンさんみたいに呼ぶんですか」
「だって、ゲンちゃんが『高校生名探偵』だって言ってたし
高校卒業したら流石に『少年』とか呼べないから、今のうちに呼んでみるのも楽しいかなって
荒木少年、俺のことはウラって呼べよ
ガキの頃はこの名前で色々言われたけど、今となっては誇れる名前だからさ
それに『さん』付けってむず痒い
格下から『さん』付けされて悦いってるって、三下っぽくて好きじゃねーんだ」
何だかこの人のノリはゲンさんに似ている気がしてきた。
「格下って、ここではウラが一番後輩なんだからな」
日野がビシッと指摘する。
「そっか、ここじゃ俺が一番先輩だ」
そう気が付くと、不思議な気持ちになった。
「でもさ『荒木少年先輩』じゃ長いじゃん」
不満げなウラにの言葉に
「荒木、こいつ『少年』を省く気はないみたいだぜ」
日野が苦笑して俺を見る。
「いやもう、どう呼ばれてもいいかな」
俺も苦笑するしかなかった。
「ウラ、今日はペットショップのバイトがある日だろ?
こっち来てていいの?」
日野がそう問いかける。
ウラはしっぽやとカズハさんの働くペットショップのバイトを掛け持ちしているのだ。
「今日は客入り悪くてさー、仕事無くなったから早上がりして、そのままこっちに来た
どうせならソウちゃんと一緒に家に帰りたいなって
アイスミルクティー用の紅茶も仕込んどきたいし
紅茶って、水でも出せるの知らなかったぜ
学がないと損するな」
ウラはため息を付くが、それは学問的な知識と言うよりはお婆ちゃんの知恵袋的な知識だと思った。
「荒木少年、お茶とか補充するもんある?
言ってくれれば、お使い行くよ?
ここって喫茶店並の品揃えだから、俺じゃ訳わかんねー」
俺は何となく、事務所のお茶菓子担当みたいになっている。
「そうだね、ちょっと在庫見てみようか」
「あ、俺も足りないもの頼みたい」
結局俺たちは3人で、ゾロゾロと所員控え室に入っていった。
「ひろせ、今日も可愛いねー
こないだ焼いてくれたケークサレっての?美味しかったよ
甘くないケーキもあるんだな、学がないから知らなかった」
ウラはソファーに座るひろせに抱きついて頭を撫でた。
ウラの言うことは、やはり学問の知識とは違う気がする。
「長瀞がお裾分けしてくれた煮物も、美味しかったぜ
大根に味が染み染み!
あと、あの特製フリカケ、超お役立ち!」
今度は長瀞さんの頬にキスをしている。
「双子ちゃんは今日もキレイだね
今度また対になるコーディネートしてやるからな」
すかさず双子を両手に抱きしめて頬ずりしたりして、ウラはとても猫プロっぽかった。
その様子を見ていた日野が
「ウラって、犬派だって言ってなかったっけ?」
呆れたように口にする。
「どっちかって言ったら、って言ったろ?
俺、猫も好きだもーん」
ウラはキシシっと笑ってひろせの頬にもキスをした。
「荒木少年だって猫飼ってるって聞いたぜ
分かるだろ?この気持ち」
ウラにそう言われ、俺は苦笑しながらも頷くしかなかった。
それからお茶棚の中を確認し欲しいお茶やお茶菓子をメモしていると、捜索を終えた大麻生が事務所に戻って来た。
すかさずウラがアイスミルクティーを作り、大麻生に持って行く。
「ソウちゃん、お疲れさま」
ウラは優しい顔で大麻生にグラスを渡し、キスをした。
大麻生は嬉しそうな笑みを浮かべている。
飼い主が居ない時はキリリとした感じの強面だったけど、今ではすっかり『可愛がられているペットの顔』になっていて怖さが半減していた。
「買い物には俺が行ってくるよ
ウラは大麻生と一緒に居てあげな
さて、黒谷の代わりに外回りしてくるか」
気を利かせた日野がメモを持ち、事務所を出て行った。
控え室で報告書を書く大麻生を、ウラはうっとりとした顔で見つめている。
「大麻生の前では、猫、構わないんだね」
俺は小声で囁いてみた。
「焼き餅焼くからね」
ウラは少し照れたように笑った。
『この人、大麻生と一緒に居ると可愛い感じになるんだ』
俺はそう気が付いて、少しこの人に対する感覚が変わっていった。
色々、話をしてみたいと思ったのだ。
「ウラって、日野と付き合い長いの?」
何となく気になっていた事を思い切って聞いてみる。
「いや、ソウちゃんに会う直前に知り合ったんで、ほんと最近だな
荒木少年は?日野ちゃんとは幼なじみ的存在?」
「いや、俺も高校入ってから出来た友達だから、付き合い自体はそんなに長くないよ」
それでも日野との付き合いは深いんじゃないか、なんて改めて思い至った。
「高校かー、俺、ろくでもない友達しか出来なかったからなー
まあ、当時はそれなりに楽しかったけど
卒業出来たのも奇跡みたいなもんで、とても進学なんて出来たアタマじゃなかった
お前も日野も凄いな、大学受験するなんてさ
俺『勉強』って言葉大嫌いで楽な方に流れて生きてきたから、頭良い奴にはコンプレックスあるんだ」
ウラはため息を付いた。
自信満々に見えるウラのそんな言葉に、俺は少なからず驚いてしまう。
「俺も別に頭良くないよ、模試の結果もギリギリだし
むしろ、日野の方が勉強出来て成績良いんだ」
俺は思わずそんなことをバラしてしまった。
「マジで?あいつ陸上部でエースなんだろ?
運動も出来て、勉強も出来て、背は低いけど顔だって良いし
出来すぎててイヤミな奴じゃん?
一緒にいると比べられて嫌な思いとかするんじゃねーの?」
ウラに訝しげな顔を向けられ、俺はビックリしてしまう。
今まで日野に対してそんな事は思ったこともなかったのだ。
「俺自身が日野にコンプレックス感じること、無いとは言えないけど…
嫌だって思ったことは1度も無い、と言うか、全然気付いてなかったよ」
俺って鈍いのかな、なんて笑ってしまう。
「荒木少年って、ほんと『少年』って感じなんだ
ゲンちゃんが少年って言いたがるの分かる気がする
俺にも荒木少年みたいな友達がいたら、少しは違う道があったのかな
これまで俺に近付いてきた奴は、俺のこと利用しようとしてただけなんだって、今なら分かるぜ」
ウラは少し眩しそうに俺を見た。
「利用?」
その言葉に首を傾げると
「性のはけ口として」
ウラは怪しく微笑んだ。
思わず赤くなる俺に
「ウソウソ、こんくらいの冗談で赤くなるなんて可愛いなー」
ウラは俺に抱き付いて猫の化生にしていた様に、頬にキスをしてきた。
そのまま唇が移動して、耳朶(じだ)を軽く噛む。
「荒木少年も、日野に負けないくらい可愛いよね」
クツクツと笑う美しい顔を間近にし、俺は頭がクラクラする。
ウラは見かけよりも力が強く、俺を抱きしめる手をふりほどくことが出来なかった。
「ちょっと味見しちゃおっかな」
ウラの唇が迫ってきたところでやっと本格的な危機意識が芽生え助けを求めるために大麻生に視線を送るが、彼は真面目な顔で報告書にペンを走らせている。
こちらの状況に全く意識を向けていなかった。