しっぽや(No.102~115)
「ソウちゃんとこって、バイト募集してる?」
ある日の夕飯の後、お茶を飲みながら俺はさりげなく聞いてみた。
何でもかんでもソウちゃん頼みになってしまうのも嫌なのだが、近所のコンビニのバイト募集のポスターや就職情報サイトなどを見てもピンとくるものが無かったのだ。
『ソウちゃんの側で働けたら』という、下心ありありの問いかけではあった。
「そうですね、現在3名バイト員がいます
全員高校生のためテスト期間中は来れないので、その間はバイト員が欲しいと思います
黒谷に聞いてみましょうか?」
ソウちゃんの答えに、俺は悩んでしまう。
『高校生に混じっての短期間バイト』と言うのは、俺が考えている『働く』というイメージからはかけ離れていたからだ。
「まあ、贅沢言ってられないか
俺、学歴も無きゃ資格も無いもんな
最初のまともな仕事としては、ヌルメな感じの方が良さそう
ソウちゃんとこならブラックじゃないだろうし」
俺の前向きな発言に
「ウラと一緒に働けるのですか?」
ソウちゃんが顔を輝かせた。
「どんなとこか見学に行って良い?」
新しい職場、と言うよりペット探偵なる事務所がどのようなものか興味があったので、俺はそう頼んでみる。
「もちろんです、いつでもおいでください」
ソウちゃんはコクコクと頷いた。
「そだ、ちょっと日野と話がしたいんだ
日野が来る日に行きたいな」
「はい、後で黒谷に確認しておきます」
こうして俺は、しっぽや事務所に行ってみることになったのであった。
1人で行くのはちょっと気が引けたから、出勤するソウちゃんと一緒に事務所に向かった。
事務所内はビックリするほど『普通』の場所だった。
所員が全員イケメンなんで目立ちまくっているはずなのに、すんなりそんな空間を受け入れてしまう不思議な場所でもある。
「これか、ゲンちゃんが言ってた化生の特性って」
俺は大きく納得してしまった。
「日野に用事があるんだって?
今日は授業が午前中で予備校もないから、昼過ぎには来てくれるよ」
所長席に座る黒谷が親しげに話しかけてくる。
と言うか、事務所の化生達は最初から俺に対してフレンドリーだった。
皆、ソウちゃんに飼い主が出来たことを喜んでくれているのだ。
ソウちゃんがここで慕われていることがわかり、俺も嬉しくなる。
「大麻生の兄貴、飼い主出来て良かったじゃん
髪がオムレツみたいな色で、美味しそう!
カズハに赤いリボン用意してもらう?
きっとケチャップかかったみたいになって、更に美味しそうに見えるぜ」
ソウちゃんより強面の大男が、俺を見て満面の笑み(かなり怖い顔だったけど多分笑み)を浮かべた。
「ソウちゃんが前に言ってたバカな同僚って、こいつ?」
俺が小声で聞くと
「はい」
ソウちゃんが苦笑して答えた。
「納得した、こいつハスキーだろ?
爺ちゃんが前にしつけ入れるんで預かったことあったけど、あまりに覚えが悪すぎて二度と預かりたくないってボヤいてた犬種だよ」
俺も苦笑してしまう。
「ヤマさんほどのベテランでもダメでしたか」
ソウちゃんが軽く息を飲んだ。
「こいつ飼い主いるの?
よっぽど出来る人じゃないと、飼うの難しいぜ」
「飼い主はとても優しい方、と言うか心の広い方です」
俺達のヒソヒソ話をヨソに
「俺、オムレツにケチャップでカズハの名前書けるようになったんだぜ
漢字だと『葉』の字がつぶれちゃうから、カタカナで書くんだ
カズハ、すっげー喜んでくれて、俺のこと超頭良いって」
ハスキーは嬉しそうにしゃべりまくっていた。
「あれ、来てたんだ」
昼過ぎにあらわれた日野は、俺を見てギョッとした顔を見せた。
ちらりと、同時に事務所に入ってきた友達らしき人物に目をやっている。
ここに来ているという事は、あの友達も化生の飼い主なのかもしれない。
日野と同じくらいチビで可愛らしい童顔で、育ちの良さそうな子だ。
俺との話は、彼には聞かれたくないのだろう。
「荒木、先に白久と一緒にファミレスランチに行ってきたら?」
案の定、日野は友達を先にランチに促した。
「ども、大麻生の飼い主のウラでーっす
ちょっと日野ちゃん借りるね、俺、化生に関しては初心者だから色々聞こうかなって」
俺は日野に抱きついて頬を寄せ、仲良さそうなアピールをして見せた。
「あの、俺は白久の飼い主で、野上荒木と言います」
彼はポカンとした顔で俺を見ていたが、頭を下げながら慌ててそう挨拶を返してくる。
その素直で真面目そうな感じは、俺には少し眩しく見えた。
「じゃあ、白久、先にランチに行こうか」
荒木が促すと、優しげな雰囲気のイケメン化生が嬉しそうに寄り添っていった。
2人が事務所を出ると、俺と日野は控え室に移動した。
「インスタントだけど」
そんな事を言いながら、日野は控え室のテーブルにコーヒーの入ったカップを置く。
「ども」
俺がカップに口を付けるのを、日野は少し緊張した面もちで見守っていた。
「まずは、お礼言っとこうかな
ソウちゃんと会わせてくれて、ありがとう
お前が交渉してくれなかったら、俺、ソウちゃんとこに行こうなんて思わなかった」
向かいに座る日野に素直に頭を下げると、彼は焦ったように手を振った。
「いや、大麻生は黒谷と古くからの仲間だし、良い奴だし、飼い主が出来ればなって
ウラが飼ってくれて良かったと思ってるよ、ほんと」
日野は少し照れくさそうな顔を見せた。
その顔に、初めて会ったとき俺を警戒していた暗い影は見えなかった。
俺も最初に日野に対して感じていたわだかまりは消えている。
代わりに、奇妙な連帯感のようなものを感じていた。
「お前の写真のデータ、俺が知る限りでは全部消去しといたから
証拠はないんで、信じてもらう以外ないけどな
あいつのスマホへし折って、ジュースぶっかけてベトベトにしてやった
これで、貰った金額分は働いたことになったか?」
俺が確認するように口にすると
「ありがとう、本当に助かったよ」
彼は神妙な顔で頷いた。
「あいつ、偉ぶってるけど基本ヘタレだから、これで終わりだと思う
これからの人生、気にすることはない相手だ
俺みたいな奴につけ込まれることも、もう無いよ」
俺は金を貰って商売としてあいつと付き合っていた。
でも日野は『先輩』と言う立場を利用され、弄ばれていたのだろう。
「お前、頑張ってたんだな」
俺は思わず日野の頭を撫でていた。
彼は驚いた顔で俺を見つめてきた後に、一粒の涙を流した。
「うわ、何やってんの、日野のこと泣かしたら後が怖いよ
黒谷の旦那、ああ見えて本当はすっごくおっかないんだから
大麻生の兄貴だってかなわないって話だぜ」
控え室に入ってきたハスキーの空が俺たちを見て驚いた声を出す。
「ウラのせいじゃないよ、目にゴミが入ったんだ」
日野は乱暴に目をこすり、何でもない顔をして見せた。
「ハスキー君、聞き捨てなら無いな、ソウちゃんの方が強いに決まってるだろ?
ソウちゃん警察犬だったんだぜ、超優秀なプロなの
犯人捕獲時の訓練だって受けてるんだからな」
俺が得意げに言うと
「いや、黒谷の方が強いよ
化生は皆そう言ってるし、黒谷は過去世で実戦経験してるからね」
日野も勝ち誇ったような顔を俺に向けてくる。
「じゃ、どっちが多く犬を探し出せるか、今度勝負させてみようぜ」
「ズルい、犬探しは警察犬の本職みたいなもんじゃん」
「なら、臭気を追う勝負はどうだ?
お前の臭いなら、どこまでも追ってくるだろ」
「そうだけど、大麻生は訓練されたプロだから流石に分が悪いって言うか…」
何だか、そんなバカ話を出来る相手がいる今の状況が楽しかった。
「高校生に混じって働くの抵抗あったけど、ここでならバイトするのもありかな
お前、受験生なんだって?
お前がいない間だけでも、俺が頑張ってやるか」
俺が笑うと
「ウラもここでバイトするの?
なら俺の方が先輩なんだから、言うこと聞けよ」
日野は生意気な顔を向けてくる。
「はいはい、ちびっ子先輩、偉いねー」
俺はイヒヒッと意地悪く笑ってやった。
「あれ?」
いきなり空が顔を輝かせて立ち上がり、控え室のドアを開ける。
「どうしたのカズハ、今日は半日仕事だったっけ?」
空に伴われて、髪が長くて眼鏡をかけた大人しそうな奴が控え室に入ってきた。
「今はお昼休憩中なんだ
今日はタケぽん来てるかな、って思ったんだけど」
彼はキョロキョロと控え室内を見回していたが、俺に気が付いて
「うわ凄い珍しい毛色、君、見たこと無い猫だね
新入り?」
そう言って驚いた顔になる。
「カズハさん、この人、人間だから
大麻生の飼い主になった『ウラ』って言うんだ」
日野が俺を紹介すると、彼は耳まで真っ赤になって慌てだした。
「す、す、すいません!!あまりにお綺麗なので、てっきり猫の化生かと」
アワアワしてる彼を落ち着かせるよう空が寄り添って
「カズハ、この人、頭が美味しそうでしょ
あのクソ真面目な大麻生の兄貴を飼おうって思える、凄い人だよ」
そんな訳の分からない慰め(?)方をしていた。
「タケぽん、今日は夕方から顔出すって言ってましたよ
何か用があったんですか」
日野に声をかけられ、やっとカズハさんは落ち着いてきた。
「緊急でバイト頼めないかなって思ったんです
うちの店でバイトしてた学生君、自転車で事故っちゃって1ヶ月休むことになったから
日野君や荒木君は受験生だから掛け持ちバイト、無理ですよね」
困ったような彼の顔を見て
「俺、ヒマだからバイトしようか?って、何屋?
資格ないから難しいこと出来ないけどさ
あ、こんなチャラチャラした格好だとダメな系?」
俺は思わずそんなことを言っていた。
ナヨナヨして見えるけどハスキーを飼える奴だと思うと、同じ大型洋犬飼いとして親近感がわいてしまったのだ。
「良いんですか?助かります!髪を結んでもらえれば、うちはあまりウルサく言わないから
商品の店出しが主な仕事なので、資格はいりません
うち、この近くのペットショップです」
ホッとしたような彼の笑顔が、少しこそばゆい。
「うちのバイトはどうするんだよ」
日野が笑いながら聞いてくる。
「どっちも頑張るぜ、いやー、俺ってばモテモテ」
『これで、犬のヒモ脱出だ』
これからの未来と新しい人間関係にワクワクする、なんて前向きな感情を味わいながら、俺はソウちゃんと知り合えた奇跡に感謝するのであった。
ある日の夕飯の後、お茶を飲みながら俺はさりげなく聞いてみた。
何でもかんでもソウちゃん頼みになってしまうのも嫌なのだが、近所のコンビニのバイト募集のポスターや就職情報サイトなどを見てもピンとくるものが無かったのだ。
『ソウちゃんの側で働けたら』という、下心ありありの問いかけではあった。
「そうですね、現在3名バイト員がいます
全員高校生のためテスト期間中は来れないので、その間はバイト員が欲しいと思います
黒谷に聞いてみましょうか?」
ソウちゃんの答えに、俺は悩んでしまう。
『高校生に混じっての短期間バイト』と言うのは、俺が考えている『働く』というイメージからはかけ離れていたからだ。
「まあ、贅沢言ってられないか
俺、学歴も無きゃ資格も無いもんな
最初のまともな仕事としては、ヌルメな感じの方が良さそう
ソウちゃんとこならブラックじゃないだろうし」
俺の前向きな発言に
「ウラと一緒に働けるのですか?」
ソウちゃんが顔を輝かせた。
「どんなとこか見学に行って良い?」
新しい職場、と言うよりペット探偵なる事務所がどのようなものか興味があったので、俺はそう頼んでみる。
「もちろんです、いつでもおいでください」
ソウちゃんはコクコクと頷いた。
「そだ、ちょっと日野と話がしたいんだ
日野が来る日に行きたいな」
「はい、後で黒谷に確認しておきます」
こうして俺は、しっぽや事務所に行ってみることになったのであった。
1人で行くのはちょっと気が引けたから、出勤するソウちゃんと一緒に事務所に向かった。
事務所内はビックリするほど『普通』の場所だった。
所員が全員イケメンなんで目立ちまくっているはずなのに、すんなりそんな空間を受け入れてしまう不思議な場所でもある。
「これか、ゲンちゃんが言ってた化生の特性って」
俺は大きく納得してしまった。
「日野に用事があるんだって?
今日は授業が午前中で予備校もないから、昼過ぎには来てくれるよ」
所長席に座る黒谷が親しげに話しかけてくる。
と言うか、事務所の化生達は最初から俺に対してフレンドリーだった。
皆、ソウちゃんに飼い主が出来たことを喜んでくれているのだ。
ソウちゃんがここで慕われていることがわかり、俺も嬉しくなる。
「大麻生の兄貴、飼い主出来て良かったじゃん
髪がオムレツみたいな色で、美味しそう!
カズハに赤いリボン用意してもらう?
きっとケチャップかかったみたいになって、更に美味しそうに見えるぜ」
ソウちゃんより強面の大男が、俺を見て満面の笑み(かなり怖い顔だったけど多分笑み)を浮かべた。
「ソウちゃんが前に言ってたバカな同僚って、こいつ?」
俺が小声で聞くと
「はい」
ソウちゃんが苦笑して答えた。
「納得した、こいつハスキーだろ?
爺ちゃんが前にしつけ入れるんで預かったことあったけど、あまりに覚えが悪すぎて二度と預かりたくないってボヤいてた犬種だよ」
俺も苦笑してしまう。
「ヤマさんほどのベテランでもダメでしたか」
ソウちゃんが軽く息を飲んだ。
「こいつ飼い主いるの?
よっぽど出来る人じゃないと、飼うの難しいぜ」
「飼い主はとても優しい方、と言うか心の広い方です」
俺達のヒソヒソ話をヨソに
「俺、オムレツにケチャップでカズハの名前書けるようになったんだぜ
漢字だと『葉』の字がつぶれちゃうから、カタカナで書くんだ
カズハ、すっげー喜んでくれて、俺のこと超頭良いって」
ハスキーは嬉しそうにしゃべりまくっていた。
「あれ、来てたんだ」
昼過ぎにあらわれた日野は、俺を見てギョッとした顔を見せた。
ちらりと、同時に事務所に入ってきた友達らしき人物に目をやっている。
ここに来ているという事は、あの友達も化生の飼い主なのかもしれない。
日野と同じくらいチビで可愛らしい童顔で、育ちの良さそうな子だ。
俺との話は、彼には聞かれたくないのだろう。
「荒木、先に白久と一緒にファミレスランチに行ってきたら?」
案の定、日野は友達を先にランチに促した。
「ども、大麻生の飼い主のウラでーっす
ちょっと日野ちゃん借りるね、俺、化生に関しては初心者だから色々聞こうかなって」
俺は日野に抱きついて頬を寄せ、仲良さそうなアピールをして見せた。
「あの、俺は白久の飼い主で、野上荒木と言います」
彼はポカンとした顔で俺を見ていたが、頭を下げながら慌ててそう挨拶を返してくる。
その素直で真面目そうな感じは、俺には少し眩しく見えた。
「じゃあ、白久、先にランチに行こうか」
荒木が促すと、優しげな雰囲気のイケメン化生が嬉しそうに寄り添っていった。
2人が事務所を出ると、俺と日野は控え室に移動した。
「インスタントだけど」
そんな事を言いながら、日野は控え室のテーブルにコーヒーの入ったカップを置く。
「ども」
俺がカップに口を付けるのを、日野は少し緊張した面もちで見守っていた。
「まずは、お礼言っとこうかな
ソウちゃんと会わせてくれて、ありがとう
お前が交渉してくれなかったら、俺、ソウちゃんとこに行こうなんて思わなかった」
向かいに座る日野に素直に頭を下げると、彼は焦ったように手を振った。
「いや、大麻生は黒谷と古くからの仲間だし、良い奴だし、飼い主が出来ればなって
ウラが飼ってくれて良かったと思ってるよ、ほんと」
日野は少し照れくさそうな顔を見せた。
その顔に、初めて会ったとき俺を警戒していた暗い影は見えなかった。
俺も最初に日野に対して感じていたわだかまりは消えている。
代わりに、奇妙な連帯感のようなものを感じていた。
「お前の写真のデータ、俺が知る限りでは全部消去しといたから
証拠はないんで、信じてもらう以外ないけどな
あいつのスマホへし折って、ジュースぶっかけてベトベトにしてやった
これで、貰った金額分は働いたことになったか?」
俺が確認するように口にすると
「ありがとう、本当に助かったよ」
彼は神妙な顔で頷いた。
「あいつ、偉ぶってるけど基本ヘタレだから、これで終わりだと思う
これからの人生、気にすることはない相手だ
俺みたいな奴につけ込まれることも、もう無いよ」
俺は金を貰って商売としてあいつと付き合っていた。
でも日野は『先輩』と言う立場を利用され、弄ばれていたのだろう。
「お前、頑張ってたんだな」
俺は思わず日野の頭を撫でていた。
彼は驚いた顔で俺を見つめてきた後に、一粒の涙を流した。
「うわ、何やってんの、日野のこと泣かしたら後が怖いよ
黒谷の旦那、ああ見えて本当はすっごくおっかないんだから
大麻生の兄貴だってかなわないって話だぜ」
控え室に入ってきたハスキーの空が俺たちを見て驚いた声を出す。
「ウラのせいじゃないよ、目にゴミが入ったんだ」
日野は乱暴に目をこすり、何でもない顔をして見せた。
「ハスキー君、聞き捨てなら無いな、ソウちゃんの方が強いに決まってるだろ?
ソウちゃん警察犬だったんだぜ、超優秀なプロなの
犯人捕獲時の訓練だって受けてるんだからな」
俺が得意げに言うと
「いや、黒谷の方が強いよ
化生は皆そう言ってるし、黒谷は過去世で実戦経験してるからね」
日野も勝ち誇ったような顔を俺に向けてくる。
「じゃ、どっちが多く犬を探し出せるか、今度勝負させてみようぜ」
「ズルい、犬探しは警察犬の本職みたいなもんじゃん」
「なら、臭気を追う勝負はどうだ?
お前の臭いなら、どこまでも追ってくるだろ」
「そうだけど、大麻生は訓練されたプロだから流石に分が悪いって言うか…」
何だか、そんなバカ話を出来る相手がいる今の状況が楽しかった。
「高校生に混じって働くの抵抗あったけど、ここでならバイトするのもありかな
お前、受験生なんだって?
お前がいない間だけでも、俺が頑張ってやるか」
俺が笑うと
「ウラもここでバイトするの?
なら俺の方が先輩なんだから、言うこと聞けよ」
日野は生意気な顔を向けてくる。
「はいはい、ちびっ子先輩、偉いねー」
俺はイヒヒッと意地悪く笑ってやった。
「あれ?」
いきなり空が顔を輝かせて立ち上がり、控え室のドアを開ける。
「どうしたのカズハ、今日は半日仕事だったっけ?」
空に伴われて、髪が長くて眼鏡をかけた大人しそうな奴が控え室に入ってきた。
「今はお昼休憩中なんだ
今日はタケぽん来てるかな、って思ったんだけど」
彼はキョロキョロと控え室内を見回していたが、俺に気が付いて
「うわ凄い珍しい毛色、君、見たこと無い猫だね
新入り?」
そう言って驚いた顔になる。
「カズハさん、この人、人間だから
大麻生の飼い主になった『ウラ』って言うんだ」
日野が俺を紹介すると、彼は耳まで真っ赤になって慌てだした。
「す、す、すいません!!あまりにお綺麗なので、てっきり猫の化生かと」
アワアワしてる彼を落ち着かせるよう空が寄り添って
「カズハ、この人、頭が美味しそうでしょ
あのクソ真面目な大麻生の兄貴を飼おうって思える、凄い人だよ」
そんな訳の分からない慰め(?)方をしていた。
「タケぽん、今日は夕方から顔出すって言ってましたよ
何か用があったんですか」
日野に声をかけられ、やっとカズハさんは落ち着いてきた。
「緊急でバイト頼めないかなって思ったんです
うちの店でバイトしてた学生君、自転車で事故っちゃって1ヶ月休むことになったから
日野君や荒木君は受験生だから掛け持ちバイト、無理ですよね」
困ったような彼の顔を見て
「俺、ヒマだからバイトしようか?って、何屋?
資格ないから難しいこと出来ないけどさ
あ、こんなチャラチャラした格好だとダメな系?」
俺は思わずそんなことを言っていた。
ナヨナヨして見えるけどハスキーを飼える奴だと思うと、同じ大型洋犬飼いとして親近感がわいてしまったのだ。
「良いんですか?助かります!髪を結んでもらえれば、うちはあまりウルサく言わないから
商品の店出しが主な仕事なので、資格はいりません
うち、この近くのペットショップです」
ホッとしたような彼の笑顔が、少しこそばゆい。
「うちのバイトはどうするんだよ」
日野が笑いながら聞いてくる。
「どっちも頑張るぜ、いやー、俺ってばモテモテ」
『これで、犬のヒモ脱出だ』
これからの未来と新しい人間関係にワクワクする、なんて前向きな感情を味わいながら、俺はソウちゃんと知り合えた奇跡に感謝するのであった。