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しっぽや(No.102~115)

「ちょっとヤサ換えしようと思っててさ、暫く漫喫フラフラしてるかな
 そだ、日野のデータの件はちょっと待ってもらって
 完全にあいつと手を切るとき、自分の分と合わせて削除しとくから
 俺も撮られちまっててさ、顔晒すような体位じゃないけどヌカったぜ
 日野が信じるかどうかわかんねーけど、一応、伝えといてよ」
データ交換を終えたスマホをソウちゃんに返しながら伝えると
「よろしければ行くところが決まるまで、この部屋を使いませんか?
 自分は夜まで仕事に出ていて日中はほとんど居ませんから、ご自由にお使いください」
真面目な顔でそんなことを言ってきた。
『あー、これ、俺を囲いたいとか変な意味は無いんだろうな
 単純に俺が行くとこなくて困ってると思ってんだ』
俺はだんだん、ソウちゃんの考えそうなことがわかってきていた。

しかし
「一緒に居ていただくお金は、おいくら支払えばよろしいですか
 今夜にでもおろしてきます」
彼のこの発言には驚いた。
「何で置いてもらう方に金払おうとしてんの」
ヤらせもしないで金貰って部屋に転がり込むって、俺がろくでなしのヒモみたいじゃないか、とムカつきながら考えるが
『そっか、こいつにとって俺と一緒にいるってのは、そーゆールールだと思ってんだ
 最初に買われちゃったからな』
そう気が付いて、ソウちゃんらしいズレっぷりに苦笑するしかなかった。

「金はいいから、その代わりに飯作って
 さっきの朝飯、美味かったよ」
そうお願いしてみる。
彼は顔を輝かせ
「はい!もっと美味しい物を作れるよう頑張ります!」
嬉しそうに答えた。

こうして俺は、暫くソウちゃんの部屋に厄介になることになったのであった。



「自分が居ない間、鍵があった方がよろしいですね
 そうすれば気兼ねなく外出できるでしょう
 合い鍵を用意してもらいます
 後ほど管理会社の者が届けに来るので、受け取ってください」
ソウちゃんはそう言い残して、仕事に出ていった。

特にやることもないし熟睡できて眠くもないので、俺はテレビをつけてダラダラする。
『やっぱ、ヒモみたいだな、俺
 着替えとかあいつのマンションに置きっぱなしだけど、今日は取りに行く気にならないなー
 鍵が来たら新しいの買いに行って、その後どうすっかなー』
そんな事を考えながら、昼時のバラエティー番組を見るともなく眺めていると

ピンポーン

チャイムが鳴った。
ソウちゃんが言っていた管理会社の人が、鍵を持ってきたのだろう。
『セキュリティ厳しいマンションだと変な人間が入ってこないから安心してドア開けられるな
 でも、ソウちゃん俺のこと、管理会社の人に何て言ったんだ?』
そこに気が付くと、こんな大きな高層マンションを管理しているような会社の人間に会うのに気が引けてしまった。
『お高くとまってる奴だったらヤだなー』
そう思いながらドアを開けたら、予想もしなかった格好の人物が立っていた。

スーツを着ているがスキンヘッドにサングラス、吹けば飛ぶような細身の男だった。
「えと、どちら様?」
思わず警戒した顔を向けてしまったが、相手はそんな俺の態度に気分を害した風もなく
「うわ、こりゃまたベッピンさん
 すげーな、新入りの猫かと思ったぜ」
何だか、よく分からない驚き方をしていた。
「ああ、どうもどうも、このマンションを管理している不動産の者です」
スキンヘッドに渡された名刺には
『大野原(おおのはら)不動産 大野 原(おおの げん)』
と言うフザケた名前が印刷されていて、本物の名刺なのか判断に困ってしまった。

「大麻生に頼まれて、合い鍵持ってきたぜ
 急だったから良い感じのマスコット無くて、ありあわせだけどな」
彼から渡された鍵には、何故か犬のマスコットが付いていた。
『いやいや、マスコットとかどーでもいいだろ』
そう思ったが
「どうも」
俺は一応頭を下げてみる。
「大麻生のこと、よろしくな」
大野さんは日野と同じ事を言うと、手をヒラヒラ振って去っていった。
ソウちゃんは相当ズレていると感じていたが、彼の周りの人間もかなりズレているようであった。


合い鍵を手に入れて、俺は外に出る。
エレベーターの暗証番号は教えてもらっていたので1人でも乗ることが出来た。
懐は暖かいし、あいつのマンションより立派な高層マンションから出かけるなんて何だかリッチな気分になれて、ソウちゃんのとこに来れたのは悪くなかったな、と改めて思った。

俺は自分の買い物ついでに牛乳と無糖のパック紅茶を買っておいて、仕事から帰ってきたソウちゃんにアイスミルクティーを作ってあげた。
彼があまりに喜んだので、俺はそれから毎日ミルクティーを作るようになった。
美味しそうに俺の作ったものを飲むソウちゃんのことを『可愛いな』と思うようになっていた。

『男娼』と『ペット探偵』の同棲生活は、奇妙だけれど何だか俺にとって楽しい生活になっていくのであった。


『そろそろ懐が寂しくなってきたな』
残金を確認した俺はため息を付いてしまう。
ソウちゃんのとこに来てから、俺は1人も客を取っていなかった。
あいつのマンションにも顔を出していなかったので、データの削除も出来ていない。
ソウちゃんと一緒に居るのが楽しくて、仕事とはいえ他の男と寝る気になれなかったのだ。
『かといって、またソウちゃんに買ってもらうのも何だかねー
 どうせソウちゃん、何もしないんだもん
 でも、地道にバイトするのもヤなんだよなー
 んなこと出来るなら、最初っから体なんて売ってないっつーの』
多少悩みながらも、俺は問題を先送りにして日々を過ごしていた。


いつものようにソウちゃんの作ってくれた夕飯を食べ終わり、見ていないテレビをつけて2人でダラダラと過ごしていると

ピンポーン

チャイムが鳴った。
あの不動産屋以外、この部屋を訪ねてきた者は初めてである。
興味を引かれた俺は、ソウちゃんがドアを開けるのをさり気なく見ていた。
開けられたドアの外には、俺に負けないくらいの美形がいた。

白とグレイが混じった不思議なフワフワの長い髪、整った美しい顔は少しおっとりとしていて育ちの良さを伺わせる。
「大麻生に、と思って焼いてみたんです
 あまり甘くしなかったので、お口に合うと思うんですが」
彼は手作りのお菓子が入っているらしき可愛らしい袋を、ソウちゃんに差し出した。
「ありがとう、ひろせのお菓子はいつも美味しいからね
 楽しみだよ」
ソウちゃんは優しい瞳で美形青年を見ていた。

それを見て、俺の胸の内に小さなイラつきが生まれる。
『何だよ、ソウちゃんって俺のこと好きなんじゃないの?』
美形青年は俺が見ていることに気が付いて、ペコリと頭を下げて微笑んだ。
柔らかそうな髪がふわっと広がる。

美形青年は去り際にソウちゃんの耳元に口を寄せ、何事か囁いた。
ソウちゃんは心なしか頬を染めている。
それを見て、胸のイラつきが酷くなった。
美形青年が去って戻ってきたソウちゃんが
「同僚が焼き菓子を作ってきてくれたんです
 一緒に食べませんか?」
そう言ってくれたけれど
「ソウちゃんのために焼いたって言ってたんだから、ソウちゃんが食べなよ」
自分でも驚くほど冷たい声が口から出てきた。
俺の機嫌が悪くなったことに気が付いたソウちゃんが、困ったような顔になった。

『何だよ、さっきの奴には優しそうに笑いかけてたのに』
自分でも、自分の気持ちを持て余していた俺は
「シャワー浴びてくる」
そう言い放ってシャワールームに向かっていった。
しかし、熱いシャワーを浴びてもイライラは一向に収まらない。
部屋に戻ると、彼は貰った菓子には手を着けず正座して俺を待っていた。
それはお預けを食らった犬を連想させる光景であった。

『そうか、お預け食らった犬だ』
俺は、自分の思考でハッと気が付いた。
ソウちゃんは決して俺に手を出してこない。
もしかして不能なのかと思ったが、一緒に寝ているときに彼の体が反応していることが多々あった。
それなのに頑なに俺に触れてこない彼が、何かに似ていると思っていたのだ。
『ソウちゃん、どこまでも犬っぽいのな』
正座しているソウちゃんに、俺は抱きついてみた。
からかおう思ったのか、本気で誘おうと思ったのか自分でもよく分からなかったが、彼に触れたくなったのだ。

その頬にキスをすると、彼の鼓動が早まるのが感じられる。
股間に手を当てなで上げたら、固く反応していた。
しかしここまでの状態になっても、彼は己を律しようとしている。

『お預けの命令、解除してみようかな』
そんな軽い思いつきで
「大麻生…よし」
耳元でそう命令してみると、彼は唇を合わせてきた。
今まで触れられなかった想いのすべてを込めたような、熱く激しいキスをしてくれる。
自分だけに向けられるソウちゃんの想いに、俺の体も反応してしまう。
俺達は舌を絡め合い、貪るように相手の唇を求め合った。
お互いの服を脱がせ、お互いの体に舌を這わせあう。

「ウラ…お慕いしております
 どうか自分に貴方を守らせてください
 共に在ることをお許しください…」
耳元で囁かれた自分を求めるソウちゃんの言葉が、胸に熱く響いてくる。
今まで『好き』だと言われたことは何度もあるが『守りたい』と言ってくれる相手はいなかった。
こんなにも真剣に、俺を欲しがる相手はいなかった。

親に守ってもらえなかった俺にとって、それは泣きたいほどに嬉しい言葉であった。
「うん…」
俺は小さく返事を返す。

獣のように激しく繋がって、俺達は何度も一つに溶け合った。
ソウちゃんは初めてとは思えないくらい上手かったし、俺も久しぶりだったから何回もイってしまった。

情熱の波に流されながら
『俺、こいつのこと好きだ…
 本気になられたら困る、とか言っといたのに、俺の方が本気になるなんて…バカだよな
 でも、好きな奴とヤると、スゲー気持ち良い』
俺は自分の気持ちにハッキリと気が付いた。
そして彼に抱かれて眠りにつくことに、幸せを感じるのであった。
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