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しっぽや(No.102~115)

「ウラって高いの?一晩いくら?」
運ばれてきたパフェにのっているマンゴーを口に入れ、俺はそう聞いてみた。
「は?お前が買うの?俺、高いぜ
 良いのかよ、パトロンの前でんな交渉して」
ウラは呆れた顔になる。
何だかんだ言って、ウラの雰囲気は初めて会った時より柔らかくなっていた。
俺がデザートを注文するときには、自分もヨーグルトサンデーを頼んでいる。
流れに乗った方が得策だと判断したようであった。

「何でだよ、空気読めって
 買うのは大麻生だろ
 こいつはそーゆー交渉事に疎(うと)いから、俺が代わってやってんの
 大麻生なら払えるよ、貯金してるだろうし」
飼い主のいない化生は生活必需品や食料品以外特に欲しい物が無く、いつか会える飼い主のためにと貯金をしているのだ。
「自分が、ウラ様を…?」
大麻生は隣に座るウラに輝く瞳を向ける。
それはチラチラと人に視線を送り、遊んでもらえるのを待っている大型犬に酷似していた。
犬好きであれば、その視線に抗(あらが)うことは難しい。
「まあ、俺も別にあいつの専属って訳じゃないから、条件次第では…
 10万で良いや」
ウラは大麻生を見つめて艶やかに笑った。

「出張っての?大麻生の部屋に行ってもらえる?
 追加料金払えば良い?」
俺は大事なことに気が付いて確認してみた。
流石に2人だけでラブホには行いかせられない。
勝手がわからなすぎて、真面目な大麻生がパニックを起こしそうだ。
しかし、ウラも初めての相手の家に行くのは不安があるだろう。
「こいつの部屋に?」
案の定、ウラは難色を示す。
そんなウラに、会話の流れを察した大麻生が捨てられた犬のような瞳を向ける。
「わかったよ、5万追加な
 でも、いくら追加してもらっても特殊プレイの類はやらねーから」
ウラは根負けしたように言い放った。
やはりこいつは犬好きのようであった。

「だってさ、良かったね大麻生
 部屋に着いたらウラに15万払ってあげて
 お金ある?」
「生憎(あいにく)現金の持ち合わせが無いので、帰りにコンビニで下ろしてきます
 本当に、コンビニがあると言うことはありがたいことですね」
「じゃあ、そろそろ帰ろっか
 黒谷、今晩泊めてよ、何か疲れちゃった」
「もちろんです
 大麻生、僕も一緒にコンビニ寄るよ、牛乳切らしてたの忘れてた
 あ、ここの支払は僕がするから伝票貸して」
帰り支度を始める俺達を、ウラは呆然と見つめている。

「ほら、ウラも一緒に行こう」
俺がウラに手を差し伸べると
「何でお前らまで一緒に行こうとしてんの?
 俺、見られながらやる気ないし、追加料金もらってもごめんなんだけど」
彼は不愉快そうに顔を歪めてみせた。

「黒谷と大麻生、同じマンションに住んでるんだ
 ペット探偵社の社員寮ってやつ
 うちの会社、福利厚生しっかりしてるだろ」
ニヤリと笑ってみせる俺に、ウラは驚いた顔を向けるのであった。


コンビニに寄ってから影森マンションに帰り着く。
最上階でそれぞれの部屋に別れる際
「ウラ、大麻生はちょっとズレてるけど、真面目で良い奴なんだ
 お前に一目惚れしたってのも本当だし、お前の嫌がるようなことは一切しないって俺が保証する
 できれば、彼を悲しませないでやってくれ」
俺はウラに頭を下げた。
「何だよ、急にしおらしい態度とったりして
 お前の本性は、もうわかってんだからな」
ウラはフフンと笑い
「データ消去が目的なんだろ?」
そう囁いた。
「データ?ああ、忘れてた
 んなもん、後でどうにでもなるだろ
 とにかく、大麻生をよろしくな」
念を押す俺を、ウラはわけがわからない、と言った顔で見つめていた。



「日野が協力してくれて助かりました
 僕ではあの『ウラ』って人を引き止められなかったでしょう
 大麻生のために、ありがとうございます」
部屋に入ると、黒谷が頭を下げてきた。
「だって、大麻生のあんな顔見ちゃったらほっとけないじゃん」
いつも真面目な大麻生のあんな切なそうな顔を、俺は初めて見たのだ。
「大麻生がウラの気をどれだけ引けるかわかんないけどさ
 後は2人の問題だから
 ウラも何か訳ありっぽいし、上手く支えあえる仲になって欲しいとは思ってる
 ウラって絶対犬好きだよ、大麻生を飼ったら親ばかまっしぐらになるね」
俺は何となく笑ってしまう。
きっと黒を基調にしていても、もっとスタイリッシュに見える格好をさせそうだ。

「写真のデータの件はよろしかったのでしょうか」
オズオズと聞いてくる黒谷に
「金払ったんだから、ウラにちゃんと消去しといてもらいたいけど…
 まだ拡散されてないし、何とかなるよ」
俺はそう答えて抱きついた。
「だって、俺にはラッキードッグがついてるもん」
黒谷の逞しい胸に顔を埋め
「1回だけ、しよ」
ねだるように囁いてみる。
「はい」
黒谷は優しく答えて唇を合わせてくれた。

俺達は一つになりながら共に在ることの喜びに満たされるのであった。
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