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しっぽや(No.1~10)

ゲンが淹れてくれた温かなミルクティーを飲むと、やっと人心地がつく。
「上着、使い物にならなくしちまって、ごめんな」
ゲンが申し訳なさそうな顔で謝ってきた。
私は首を振り
「こちらこそ、ゲンに危険な事をやらせてしまい、すいませんでした
 私だけでは、あの犬の確保は出来ませんでしたよ
 本当に助かりました」
そう謝り返す。
「怪我をしていませんか?」
私が確かめようとゲンに触れると、彼は真っ赤になって身を引いた。
「いや、全然大丈夫だから!
 それより、よくあそこにいるって分かったね
 さっすが、プロは違うなー
 どんな企業秘密使ってるんだ?」
ゲンに聞かれても、さすがに猫に教えてもらったとは言えなかった。

返事に困ってしまい、私にはゲンを見つめる事しか出来ない。
ゲンはそんな私の視線をかわすように、顔をあらぬ方に向ける。
「ナガトって、そんなにキレイなのに凄い無防備だよね
 そうやってあんまり見つめると、勘違いされて襲われるぜ」
ゲンはボソリと呟いた。

確かに、あの犬に襲われそうになったのは、猫の私が不用意に近付いたからだ。
猫に吠えかかる犬であることは、事前に猫達に教えてもらっていたのに…
そのために、ゲンを危険な目に合わせてしまった。
私は深く落ち込んでしまう。
うなだれる私に
「あ、何かまた、会話がズレた?
 ここ、ナガトが落ち込むとこじゃないから
 そうじゃなくて…
 いや、いい、忘れて」
ゲンは何故か赤くなって慌てていた。
ゲンが何を言いたいのか理解出来ない自分の無知が悲しくて、私はまた気分が沈み込んでいた。

「あー、その、だから
 そんな風に無防備な顔向けると、男だってエッチな事されちゃうぞ、って事!
 ほんと、気を付けろよ!」
ゲンは更に赤くなって語気を荒げ、そんな事を言う。
それでも、私にはその意味が上手く飲み込めなかった。
ゲンはそんな私に近づくとガッシリと肩を掴み、そっと唇を合わせてきた。
ゲンの唇が私の唇に触れた瞬間、体中に甘い痺れが走る。
ゲンにもっと触れて欲しかった、ゲンにもっと触れたかった。
体の中心が熱くなる、久しく忘れていたその感覚。
私は、ゲンに対して発情していた。

「だから、こんな風にだな」
ゲンの厳しい声が止まり、少し驚いたような顔で私を見る。
私はそんなゲンの唇に、自分からキスをした。
ゲンの戸惑うような気配が伝わってきたが、やがて私を抱きしめ深く唇を求めてくれる。
私達は舌を絡ませあい、長い間一つの影になっていた。
ようやく唇を離すと、熱く見つめ合う。
「ゲン、おかしいでしょうか…
 私は貴方をお慕いしております
 私は、貴方に飼っていただきたいのです!」
私は思いの全てを込めて、その言葉を伝えていた。
ゲンはゴクリと唾を飲み、暫くためらっていたが
「ナガト…、俺もナガトの事、好きだ!」
そう言って、また唇を合わせてくれる。
私は涙が出そうになるくらい、幸福な気持ちに包まれていた。

ゲンが私のシャツのボタンを外し、それを脱がせていく。
私もそれに習い、ゲンの服を脱がせていった。
ゲンのアバラが浮いた薄い胸が顕わになる。
頼りないその体。
しかしそれは病を乗り越え、何という力強さを見せることか。
その胸に抱かれ、彼に貫かれ、私は今までにない感覚に支配されていた。
人と契るという事が、こんなにも心地良い事だとは思ってもみなかった。



行為の後、ゲンは優しく私の髪を撫でてくれる。
「俺、ノリとか勢いでこんな事したんじゃないんだ
 本当にナガトの事、好きなんだ
 そりゃ、最初はスマしたいけ好かないヤローだと思ったけど…
 でも、ナガトの真面目さ、ちょっと人とズレてるところ
 そんなのが全部、可愛くて愛しくてさ」
そっと髪に口付けてくれるゲンに、私も愛しさが溢れてくる。
「私も、最初は貴方の無駄口にイライラしました
 今まで他人の言動に、あまり心動かされた事は無かったのに
 本当は貴方の事が、最初から気になっていたのかも
 貴方に親しく話しかけてもらえると、心が浮き立ちます」
私はゲンの胸に額を押し付けた。
とても、甘えたい気持ちになっていた。

「私達はお互い、最初は相手の事が気に入らなかったようですね
 それなのに、こんなに愛しく感じるなんて不思議です」
微笑む私に
「ほんとだ」
ゲンも微笑み返してくれる。
私達は少し見つめ合い、また唇を重ねた。
そして再度、身体を重ね愛を確かめ合った。

「ナガトって不思議な人だ…
 そういや俺、ナガトの年も知らないや
 俺より上なのは確かだよね?」
ゲンにそう聞かれ、私はギクリとする。
「さっき、飼って欲しい、とか言ってなかった?
 ナガト、そーゆーシュミあんの?」
ゲンは冗談のように聞いてくるが、私の心は揺らいでいた。
正体を隠したままゲンと付き合う事は出来ない。
その関係は、必ず綻びて破綻する。
しかし正体を打ち明けて、拒絶されるのは怖い。
瞳を伏せた私に
「ごめん、言いたくなけりゃ、無理に聞かないから」
ゲンは慌ててそう言った。

「ゲン…」
私はゲンの胸に顔を埋める。

トクトクトクトク

規則正しい、力強い鼓動が心地よかった。
この暖かな場所を失いたくない。
でも、ゲンなら私の全てを受け入れてくれるのではないか。
矛盾する思いが私の中で渦巻いていた。
「私の事を知りたいですか?」
オズオズとそう聞く私に
「そりゃ、もちろん
 でも、ナガトが俺の事好きだってだけで、今は満足してる」
ゲンはそっと唇を合わせてくれる。
優しいその瞳を見て
『今、伝えなければいけないのではないか』
私はそう感じていた。

「私の過去をお見せいたします」
私は意を決して言葉を口にした。
「え?過去を見せる…?ナガト、何言ってんの?
 あ、アルバムでも見せてくれるとか?」
ゲンは不思議そうな顔をする。
「私が人ではないと言ったら、ゲンは信じてくださるでしょうか?
 私は猫です
 ちっぽけな、何の力も無い、無力な存在です
 人の役に立ちたくて、化生した化け物です
 それでも貴方は、私を受け入れてくださるでしょうか?
 そんなものに慕われて、おぞましいと嫌悪するでしょうか?」

いきなりの私の言葉に戸惑うゲンの額に、自分の額を押し付けた。
私が化生する以前、まだ猫であった時に見た事、感じた事をゲンに送り込むために。

視界が一変し、私は過去の回想を始める。
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