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しっぽや(No.85~101)

side<ARAKI>

しっぽやがヒマだったのか忙しかったのか、何ともいえないお盆が過ぎると、夏休みはもう残り僅かと言った感じである。
今年は夏期講習に行っていたため思いっきりしっぽや事務所で過ごせなかったけど、充実した夏であった。

と、感慨に耽るのはまだ早い。
夏休み最後のイベントとして、ゲンさんが海に連れて行ってくれることになっているのだ。
お盆前に事務所に顔を出したゲンさんが
「俺と月さんが車出してやるから、学生らしくパーッと海で弾けようぜ」
そう言って、俺と日野、タケぽんを誘ってくれた。
もちろん各々の化生も一緒に、である。
白久と海に行くなんて初めてのことなので、俺は浮かれていた。

「で、ここでミッション」
ゲンさんの言葉に、事務所で話を聞いていた俺たちはギクリとする。
「お題に合わせたおやつでも用意するのかな」
「夏場に食い物持って移動するのは、痛みが心配なんだよな」
「焼き菓子ばっかりになりそう」
ヒソヒソと話す俺たちを余所に、ゲンさんはヒヒッと笑って
「海パン」
と告げた。
意味がわからず惚けた顔で見つめる俺たちに
「あいつら皆、化生してから海どころかプールにも行ったことねーんだよ
 だから、水着的なものナンも持ってねーの
 今まで俺がアドバイスして買わせてた服は、仕事着と普段着だけだし
 ここは飼い主が『うちの子に似合う、カワユイ海パン』を用意してやって欲しいんだ
 ちなみに、俺とナガトは膝丈でハワイチックな柄の色違いオソロ
 軟弱だけど、UVパーカーも着用
 この年になると、肌の再生能力が落ちまくっててなー
 10代の若人と同じ格好で紫外線に勝負は挑めない
 多分、月さんも似たような格好してくんじゃねーかな
 若人のセンス、期待しちゃうよ」
ゲンさんは楽しそうな顔で笑ってみせた。

「ひっ、ひっ、ひろせの水着?!」
タケぽんが真っ赤になりながら悲鳴に近い、変な声を発する。
「黒谷に似合う色…いや、赤はダメだろ、派手すぎる
 ああ、でも黒谷って赤似合うんだよな
 赤がダメならシルバー?いやいや、メタリックな海パン履いてる奴ってどうよ」
日野も難しい顔で考え込んでいた。
どうも無意識に『似合う首輪の色』を考えてしまっているようだ。
かく言う俺も、真っ先に思い浮かべたのは『赤』だった。
そして、日野と同じような思考に推移している。
「白久、黒とか茶も似合うんだよな
 青もいけそう
 白毛だから柄物も良いかも」

真剣に悩み始めた俺たちをよそに
「じゃ、お盆明けの水曜、楽しみにしてるな
 ああ、弁当とかの心配はしなくていいぜ
 朝飯はデカワンコちゃんが作ってくれるし、昼は海の家で食いたいんだ
 海の家で食う焼きそばやラーメンは、美味いぜ
 あのチープさがたまらない」
ゲンさんは機嫌良く自分の店に戻っていった。

残された俺たちは、まだ悩んでいる。
「海パン、…自分の化生と一緒に買いに行く?」
俺は2人に聞いてみた。
「むむむっ、無理です!人前で水着一緒に選ぶとか、マジ無理ですー!」
タケぽんは真っ赤になって慌てている。
とっくにひろせとはそーゆー関係だろうに、純朴な反応がタケぽんらしかった。
日野を見ると
「ショッピングモールのスポーツ用品店行こうかと思ったけど、あそこ、競泳用みたいのしか置いてないんだよ
 水の抵抗を少なくする、体にフィットするデザイン
 黒谷には似合うと思うけど、体のラインがモロに出るから
 俺以外に見せたくないっつーか」
困ったように頭をかいている。
「あ、うん、俺も他人に白久の体のライン見せたくないかも」
俺が頷くと
「ラインどころか、素肌を見せたく無いですよ!
 俺も、ゲンちゃんみたくパーカー羽織らせよう
 何色が似合うかな、夏だし、明るめな方が良いかも
 でも、海パンの色を決めてからコーディネートした方が良いかな」
タケぽんが力説しながら、脳内でひろせの着替えを始めていた。

「届いたときの色味がビミョーかもしれないけど、通販頼むか
 俺も新しい海パン買おっと」
早速日野がスマホを取り出した。
「それだ!さすが日野先輩!ちょー頭良い!!
 俺もそうしよう…って、サイズ…ひろせのサイズわかんねー
 M?やっぱM?でもSでもいけそうな気がする、だってひろせ可愛いし」
スマホを取り出したはいいがフリーズしているタケぽんを無視し、俺も自分のスマホで通販のページを開いた。
しかし色々ありすぎて、どれも白久に似合いそうな気がしてくる。
『サイズはLで大丈夫そう
 これ…いや、この色も良いな、イルカ柄って子供っぽいけど可愛い
 ゲンさんと被るけどハワイ系も夏っぽくて良いし、ボーダーも捨てがたい、迷彩だと野性的?
 来年も使うかもしれないから、何着か買っちゃおう』
何だか浮かれていた俺は、自分の分も併せて色々と買ってしまうのであった。



そして迎えたお盆明けの水曜日、俺たちは朝早くから影森マンションの駐車場に集合していた。
前の晩から白久の部屋に泊まってそのまま行きたかったけど、講義があって忙しなかったから諦めた。
その代わり、今夜は白久の部屋に泊まっていく。
遊び疲れて帰ってくるのでその方が良いだろう、とゲンさんに言われたからだ。
着替えを詰め込んだバッグを持って、俺たちは駐車場で浮かれていた。

「ゲン、荷物は積み込みましたよ
 ひろせ、こちらに飲み物と朝食が入ってますので配ってくださいね」
長瀞さんがひろせに大きな保冷バッグを手渡している。
『ゲンさんと一緒に乗らないのかな?』
疑問に思っていると
「今日は俺の車に学生組とひろせ、月さんの車にデカワンコちゃんとナガトに乗ってもらうんだ
 荒木少年と日野少年はちょっと寂しいと思うけど、カンベンな」
ゲンさんは俺たちを見て拝むポーズをしてみせた。
「大所帯になってくると、小型バスでも用意した方が良い気がしてくるよね
 もっとも大型の免許持ってる人いないから、バスだけあってもしょうがないんだけど」
岩月さんが笑いながら近づいてくる。
「おはよう、少年ズ
 晴れて良かったな、暑くなりそうだし今日は絶好の海日よりになるぜ」
岩月さんの側には、当然のようにジョンが控えていた。

「おはようございます」
「今日はよろしくお願いします」
俺たちが頭を下げると
「おっ、礼儀正しいじゃん
 『チィーッス』とか言われたら何て返事すりゃ良いのかと思ってたのに」
ジョンは楽しそうに笑った。
「当たり前だろ、僕の飼い主だもの」
「そうですよ、挨拶は基本ですから」
白久と黒谷が顔を見せた。
早朝の駐車場だからそんなに目立たないだろうと、2人ともすでに海パンとパーカーに着替えている。
実は俺や日野、タケぽんも似たような格好で移動してきていたのだ。

「よし、じゃあ、出発だ」
ゲンさんの言葉で、俺たちは車に乗り込んだ。
夏休みの最後のイベントに向けて、車は走り出すのであった。



暫く走っていると、どんどん日差しが強くなってくる。
「早い時間に出発して正解だったな」
ゲンさんが目を細めてクーラーの温度を下げた。
「そろそろ朝ご飯、いただきましょうか
 白久と黒谷が作ってくれたんですよ
 これが荒木の分、こっちは日野の分、タケシのは僕が作りました
 飲み物はこれをどうぞ、凍らせてませんがまだ冷たいですよ
 ゲンのは長瀞作のサンドイッチと野菜ジュースです」
ひろせに手渡された物は、アルミホイルにくるまれた大きなおにぎりとペットボトルの麦茶だった。
日野はそれを2個持っている。
流石は黒谷、日野の食欲をわかっていた。

早速中身にかぶりつくと、海苔の中は俺の好きな炊き込みご飯だった。
食べ進めていくと卵焼き、バジルソースで炒めたエビ、トリレバーの煮物などが出てくる。
どれも俺の好物ばかりであった。
日野の食べているのは豆ご飯のおにぎりのようで、ウインナーやエビ天がはみ出していた。
俺と日野は何となくタケぽんの食べている物を見つめてしまう。
「え?なんスか?」
見られていることに気がついたタケぽんが、首をひねる。
「いや、甘いのかな、って思って」
俺と日野は何となく顔を見合わせる。
「そんなわけないでしょ、ご飯に混じってるのは焼いた中辛の塩鮭を、ひろせがわざわざホグしてくれたものですよ
 鮭フレークなんかより、ずっと美味しいんだから」
タケぽんは胸を張って答えた。

「手作り鮭ご飯に、蜂蜜漬けの梅干し、砂糖たっぷりの卵焼き、いぶりがっことクリームチーズの蜂蜜和え、桜デンブ
 具がバラエティーに富んでて、色合いも素敵なおにぎりです
 ありがとうひろせ、すごく美味しいよ」
「タケシの好きな物を色々入れてみました」
幸せそうな2人には悪いけど
『やっぱり甘いんだ…』
俺は無性にしょっぱい物が食べたくなり、自分のおにぎりを口にした。

「爆弾おにぎりは、ジョンが新郷に教えたのが始まりらしいぜ
 月さんとこ、忙しいとゆっくり昼飯食べる時間ねーから時短出来る物をって
 新郷達は釣りに行くとき手軽に食べられて良いってさ」
ゲンさんが運転しながらそんな話をし始めた。
「ジョン、新郷、白久、黒谷はかなり古くからの付き合いだからな
 何気にナガトも付き合い古いんだけどさ
 だから、たまにゃ思い出話でもさせたくてな
 化生達にとっちゃ飼い主といる方が楽しいだろうから、俺の勝手な感傷なんだけどよ」
それでゲンさんは今日のメンバーを化生と飼い主に分けたのか、と納得した。

「朝はバタバタしててあんまりよく見てなかったから、海に着いたらミッションの出来映えチェックするからな」
少ししんみりしている車内の空気を変えるように、ゲンさんが言い放つ。
「あのミッション、基準が曖昧すぎるよ」
俺たちはゲンさんに抗議するが
「楽しみだー」
ゲンさんはどこ吹く風、と言った感じで海を目指して車を走らせるのであった。
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