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しっぽや(No.1~10)

side〈NAGATORO〉

一緒に食事をした数日後、事務所に来てくれたゲンに、私はどんな顔をすれば良いのかわからなかった。
ゲンは敏感に私の変化を感じ取ったようで
「ナガト、俺の病気の事、詳しく知っちゃった?
 あん時クールだと思ってたけど、もしかして、よくわかってなかったんだろ?
 気にすることないんだ、もう治ってんだから」
ゲンは笑ってそう言ってくれる。
その笑顔を見て、私はハッキリとゲンに飼ってもらいたいと感じていた。
ゲンの側に居たい、ゲンの役に立ちたい、理屈ではなく魂がそれを欲している。
これが、飼って欲しい方と巡り会えた感覚なのだと、私は初めて気が付いた。

「いやー、昨日は季節はずれの凄い雷が鳴ってたじゃん?
 あれに隣の家の犬が驚いて逃げちゃってさ、今日はその捜索を依頼しに来たんだ
 俺の独断じゃなく、隣りん家のオバチャンに頼まれた正式な依頼だからな
 ナガトは猫専門なんだよね
 ここ誰か、犬捜索のエキスパートっている?
 あ、ちなみに、逃げた犬は柴犬のタロー君でっす」
ゲンはいつものように少しおどけてそんな事を言った。
「柴か…小型犬だけど和犬だね、シロ、たまには働き」
黒谷の言葉の途中で
「いえ、私が参ります」
気が付くと、私はそう口にしていた。
ゲンも黒谷も驚いた顔で私を見るが、私の決心は揺るがなかった。

ゲンと一緒に事務所を出て、依頼のあった犬を飼っている家へと向かう。
「ナガト、大丈夫?
 俺が持ってきた仕事だからって、無理しなくて良いんだぜ?」
少し心配そうなゲンに
「平気ですよ、でも、手伝っていただけると嬉しいです」
私はそうお願いしてみる。
少しでも長く、ゲンと一緒にいたかった。
「よし!今日は自主休講にすっか!」
ゲンはニッコリ笑ってくれた。

「それでは、こちらの家を起点に捜索を開始します」
実は犬探しは初めてであったが、私はそれを顔には出さず犬を飼っていた家を後にする。
犬の想念を追うのは、猫の私には難しい。
犬は行動範囲が広いため、追い切れないのだ。
私はとりあえず、近くにいる猫達に情報を求める事にした。

『この家で飼われていた茶色の犬を知りませんか?』
私の問いに
『あいつ、いっつも吠えてるんだぜ、犬ってほんとバカ』
『ここの犬より、あっちの角にいる犬の方がバカ』
『あいつ、邪魔なのよねー、今日、集会開きたいのに』
『早くどっか行けば良いのよ、あいつ、五月蝿いったらありゃしない』
猫達のそんな取り止めのない思考が答えてくる。
『?集会の邪魔?
 まだこの辺りにいるのか?』
考え込む私に、ゲンが心配そうな顔を向ける。

『集会所はどこですか?』
私はゲンには何も言わず、再度猫達の思考に波長を合わせた。
『グラウンド、広いとこ』
『男はバカね、私達はそんなとこじゃやらないわ』
『木がいっぱいあるとこ、ネズミがいるとこ』
『こないだ、ウサギを見たの!何とか捕れないかしら?』
また、取り止めのない思考の返事がきた。

「ゲン、この辺で野ウサギがいる場所はありますか?」
私の唐突な問いかけに
「野ウサギ?一応この辺、住宅街だぜ?
 あ、でも、まてよ…
 少年野球のグラウンドがある横に、小さい雑木林があったな
 こないだその辺りで、ウサギを見たって騒いでる小学生とすれ違ったっけ」
ゲンは考え込みながらそう教えてくれた。
「案内してください!」
私の剣幕に驚きつつも
「おう、こっちだ」
ゲンは先に立って歩き出した。


その雑木林は、依頼のあった家から15分ほど離れた場所にあった。
小さいとは言え木がそれなりに密集しており、奥までは見渡せない。
「行ってみます」
私が木々の間に入り込むと
「あ、待てよ、俺も行くって!」
慌ててゲンも付いてくる。
すぐに
『猫だな?猫だ!このバカ猫め!』
そんな攻撃的な思考が襲ってきた。
と同時に、キャンキャンと吠える犬の声が聞こえてくる。
「あれ?犬の声だ」
ゲンが辺りに注意を払う。
少し進むと、茶色の犬が姿を現した。
「あっちゃ~」
ゲンがわざとらしく手で頭を押さえる。
首輪に付いている鎖が木に絡まって身動きとれない状態の柴犬が、こちらに向かって激しく吠えたてていたのだ。

「これじゃ、帰ってこれないはずだ
 待ってろ、今外してやるから」
ゲンはそう言うものの、私という猫に気が付いた犬は興奮しており危険な状態であった。
私はその剣幕に足が竦んでしまう。
普段、黒谷や白久といった穏やかな犬と接しているため忘れがちになるが、本来猫と犬は相容れない事が多いのだ。
「待ってゲン、素手では危ない、これで押さえて」
私は上着を脱いで、ゲンに手渡した。
ゲンがためらった顔をするので
「興奮しているから、私より顔見知りのゲンの方がまだ確保出来そうです
 上着の替えはありますから、貴方が怪我をしない方を優先してください
 すみませんが、お願いします」
そう言って後押しする。

「…わかった」
ゲンはそろそろと近寄ると上着で犬を包み、鎖を外す作業に取りかかった。
ビリビリと、犬が上着を食いちぎる音が響く。
「っとに、こいつ、子犬の時さんざん遊んでやったろーが!」
ゲンは文句を言いながら、何とか木に巻きついた鎖を外す事に成功した。
犬の口に上着を巻きつけ、ゲンが抱っこして私達は飼い主の家に向かった。
『プー、クスクス、あいつバッカみたい』
帰り道、そんな猫の思考にバカにされ、犬は更にいきり立ってゲンの腕の中でもがいていた。

何とか犬を飼い主の元に連れて行き成功報酬を受け取ると、私はクタクタになってしまった。
そんな私を見かねたのか
「少し俺の家で休んでく?
 誰もいないから大したもてなし出来ないけど
 ついでに、マリちゃんにも会っていってよ」
ゲンがそう申し出てくれた。
私はありがたく甘える事にする。

ゲンの家の玄関に入ると、猫達が偵察にやって来た。
「え?何だ、こいつら
 いつもお客が来ると、押し入れ直行で出てきやしないのに」
訝しむゲンをよそに、彼らは侵入者である私のチェックを済ませると、バラバラとお気に入りの場所へ散っていった。
マリさんにツンとした態度で
『ゲンちゃんは、あたしの飼い主なんだからね』
そう言われ、私はドキッとしてしまう。

「適当に座ってて、今、温かいもんでも淹れてくるから」
ゲンはそう言うと、部屋を出て行った。
私は以前の飼い主以外の人間の部屋に入った事が無かったので、物珍しくてキョロキョロと辺りを見回してしまう。

『ここで、ゲンは暮らしてるんだ…』
そう思うだけで、この空間が愛しく感じられた。
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