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しっぽや(No.85~101)

「ここがショッピングモールですか」
建物内に入ると、ひろせは物珍しげに辺りを見回していた。
「本当に色んなお店が入ってるんですねー
 こんなに大きいなんて、思ってませんでした
 スーパーが何個入るんだろう、全部見て回れるかな」
緊張気味のひろせに
「興味のある店だけ見れば良いんだよ
 まずは、腹ごしらえ!ワッフルのお店に行こう」
俺は笑いながら話しかけて、彼の手を取ると店に向かって歩き出した。
ひろせに頼もしげな視線を向けられ、俺は満更でもない気持ちになる。
『あのワッフル屋なら何度か入ったことあるから、案内出来るぞ!
 今日は俺がひろせをリードするんだ
 入ったことの無い店に行く事になったら…まあ、何とかなるさ』
それにひろせと一緒なら、どこに行ったって楽しいに決まっていた。

お店に着くと、外に飾ってある写真入りのメニューを2人でじっくりと見る。
「ワッフル、どれも美味しそう
 チョコとバナナの組み合わせ、抹茶アイスと小豆の組み合わせは王道ですね
 シナモンアップルと洋なし…これは珍しいかも」
「ワッフル、3種類頼んで分けっこしようか
 ワッフル付きランチセットを2種類頼んで、単品で1個ワッフルを追加すれば良いよ
 ランチはパスタとオムライスで良いかな
 こっちも分けっこすれば、色々食べられるから」
目を輝かせるひろせに、俺はそう提案した。
「はい、飼い主と分けあえるって嬉しいな」
頬を染めるひろせの顔を見ていると、幸せを感じられる。
「この店は、最初に注文してお金を払うんだ」
「ファミレスとは違うシステムなんですね」
ひろせが感心するので、俺はちょっと得意な気持ちになっていた。
レジに居る店員に注文を伝えお金を支払うと、飲み物と番号札を受け取り席に着く。
楽しいランチの始まりであった。

運ばれてきた料理を食べながら
「これからどこに行こうか?ひろせ、前に映画見てみたいって言ってたよね
 何か面白そうなのやってるかな」
俺はスマホを取り出すと、ここの映画館の情報を調べ始めた。
「僕にもわかる話があると良いんですが…
 白久が猫の好きなお侍さんの映画を見たと言ってました
 主人公が波久礼みたいだったって」
その言葉に、思わず吹き出してしまう。
「俺もあのシリーズ好きで見てたよ
 波久礼の方が迫力あるけど、うん、主人公と似てるかも
 でも、ずいぶん前の作品だから、もうやってないんだ
 何か他にあるかな」
夏休みなので子供向けの作品や、洋画のシリーズ物の上映が多かった。

『シリーズ物って途中から見てもわかんないよな
 単発で分かりやすくて、ひろせが楽しめそうなもの…』
子供向けの映画の中に、これはと思う物を発見する。
「アニメだけど、飼い主が留守中のペットがどんな事をしているか、って話の映画があるよ
 夜の上映なら、先にチケット買って時間までお店見て回る余裕あるから良いんじゃないかな」
俺がスマホの画面を見せると
「これなら分かりそうな話です」
ひろせはホッとしたような顔になった。
「それじゃ、食べ終わったらチケット買いに行こう」
良い感じにひろせをリード出来て、俺もホッとしていた。

お待ちかねのワッフルが運ばれてくると、俺達のテンションは上がってしまう。
「「美味しそう!」」
思わず2人でハモってしまい、顔を見合わせて笑ってしまった。
「焼きたてのワッフルって、ほんと美味いよなー」
「洋ナシとワッフル、合いますね
 シナモンアップルとの組み合わせも良いし、バニラアイスが上手く味をまとめてます」
俺達はあっという間にワッフルを食べきった。

「ワッフルって、のせる物によって無限の可能性を秘めてるよ
 メニュー作る人、組み合わせ考えるの楽しいだろうな」
甘い余韻に浸りながらそんなことを口にする俺に
「ワッフルメーカー…買ってみようかな」
ひろせがモジモジと言い出した。
「そうすれば、タケシが泊まりに来てくれた時、朝食やおやつに焼きたてを食べてもらえるし
 あまり生地を甘くしないで卵サラダやツナサラダをのせたら、軽食にもなるかなって
 僕がワッフル作ったら、食べてくれますか?」
伺うように聞いてくるひろせに
「もちろんだよ!考えるだけで美味しそう!」
俺は鼻息も荒く答えてしまった。

「ワッフルメーカー、ここにあるお店で売ってると良いんですが
 スマホで調べても、通販だと頼み方がよく分からなくて」
そう言われると、俺もどこで売っているのか知らなかった。
「キッチン用品売ってるような店にあると良いけど…ちょっと探してみようか
 それと捜索の時に役立ちそうな熱中症対策グッズを見て、と
 他に何か欲しい物はない?」
「タケシが泊まりに来たときに、使えそうな物があると良いなって
 僕の部屋で何か足りないものとかありますか?」
そんな健気なひろせの問いかけに胸を熱くしながら
「2人で色々見て回ろう」
俺はそう答えるのであった。



ワッフル屋を出ると映画のチケットを買って、俺達はキッチン用品を取り扱っていそうなお店を見て回った。
これが母親や妹と一緒だったら、その長い買い物時間にウンザリしてしまうところであったが、ひろせと一緒だと普段は気にもしない店を見て回るのが楽しかった。
『ひろせの部屋で使う』と想像するだけで、ワクワクしながら選ぶことが出来る。
『何だか新居を構える新婚って感じ』
ふとそんな考えが頭をよぎり、俺は1人照れまくってしまった。

あちこち見ていたら、お目当てのワッフルメーカーを取り扱っているお店を発見できた。
電気屋ではないので種類は少ないけど、実際に見て選べるのは良さそうであった。
「これ、プレートを代えればホットサンドや鯛焼きも作れるんですって
 焼きドーナツ用のプレートも売ってる
 オリジナルで色々な味の物が作れそうです」
ひろせが目を輝かせて商品を手に取っていた。
そんなひろせを見ていると、俺も心が浮き立ってきた。
「買ってみる?ひろせに色々作って欲しいな」
「ボーナス出たし、思い切って本体とプレート4枚買います
 使いこなせるよう頑張るので、味見の方、よろしくお願いしますね」
ひろせは悪戯っぽい笑顔を見せてくれた。

「今日、泊まっていってくれるんですよね
 早速これで、明日の朝食を作ってみます
 そうだ、家にホットケーキミックスはあるけど、せっかくだからワッフルミックスを買っていきたいな
 今度は食品売場に行ってみても良いですか?
 ワッフルにのせる物も一緒に選んで欲しいんですが
 僕が欲しい物ばっかり見て回ってて、退屈かな」
ひろせがおずおずと聞いてくるので
「自分でのせるもの選べるなんて、嬉しいよ」
俺は安心させるように笑って見せた。
ひろせは頬を染め、うっとりとした顔で俺を見つめてくれる。
それから俺達は食品売場に移動して、あれこれ物色していった。
近所では売ってない珍しい食材もあり、どうやって食べようか、と言ったたわいない話をしながらの買い物はとても楽しかった。

ひろせが熱中症にならないよう、予防できるようなグッズも見て回る。
「ひろせって、体の機能は人と変わらないんだよね」
「はい、黒谷からそう聞いてます
 以前に、お医者さんに調べてもらったらしいですよ
 その先生はもうお亡くなりになってしまったそうですが、化生の飼い主だったんですって
 だから、自分の飼い犬の健康のためにもしっかり調べていたって」
その医師の話は、俺も先輩達から聞いたことがあった。
「そっか、なら俺が使えそうなグッズを選べば大丈夫そうだ」
取りあえず、濡らして首に巻いておけばヒンヤリするタオル、塩飴、岩塩、ブドウ糖、スポーツドリンクの粉末をチョイスしてみた。
「スポーツドリンクも飲み過ぎると体に負担がかかるらしいから、麦茶や水と併せて飲むと良いよ
 曇ってても蒸し暑い日なんかは、知らないうちに汗いっぱいかいてるんだって
 太陽が出てなくても気をつけて水分補給してね」
俺の言葉に、ひろせは神妙な顔で頷いていた。

その後、映画を見るためフロアを移動する。
上映後はレストラン街が閉店しいる時間のため、あらかじめ売店で軽食を買って映画を見ながら食べた。
それは俺も初めての経験だったので、ホットドッグとフライドポテトとはいえ、特別に美味しく感じられた。


帰り道、俺達は今日の出来事を話し合った。
「映画のスクリーンって、あんなに大きいんですね
 白久から話は聞いてましたが、テレビとは迫力が違います」
興奮するひろせに
「内容、面白かった?話とかわかったかな?」
俺はそう聞いてみる。
「はい、飼い主が留守の時は寂しいけれど、あんな風に仲間内で自由に過ごしてみたい気持ち、ちょっと分かります
 僕もあのお方が留守の間、ボルドーとブルゴーニュがつまみ食いするのを分けてもらったりしてました」
ひろせはクスッと笑う。
「あ、でも、今はずっとタケシと一緒に居たいですよ
 一緒に暮らせるようになれば、しっぽやからの帰り道にいつもこうやってお話ししながら歩けるんですよね」
「俺も、早くひろせと暮らしたい」
そんな未来を思い描くと、俺の胸は高鳴った。

「今日は色々買いすぎてしまいました、重くないですか?
 エコバッグとか持ってくれば良かったな」
俺を見るひろせが、少し心配そうな顔になる。
ひろせに良いところを見せたくて、重い物はほとんど俺が持っていたのだ。
「これくらい大丈夫だよ、急なデートだったもんね
 ひろせ、楽しかった?」
「飼い主とのお買い物デート、とても楽しかったです」
こんなことくらいで嬉しそうな顔をするひろせを見ていると、いじらしくてたまらなくなる。
「また行ってみよう、夏休みだもん時間はいっぱいあるよ」
「はい!」
ひろせは嬉しそうに笑った後、頬を染めて
「それで、あの、この後、帰ったら、してくれますか…?」
モジモジと聞いてきた。
「明日は休みだから、時間を気にしなくても良いし
 その…頑張っちゃって良いかな」
俺もドキドキしながらそんな返事を返す。
顔が熱いのは、夏の暑さのせいだけではなかった。
「期待してます」
ひろせの囁くような返事で、胸のドキドキが増していった。

荷物が多くて手は繋げないけれど、俺達は心を繋げてマンションに帰って行くのであった。
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