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しっぽや(No.85~101)

「ゲンさんのこと、ご存じなんですか?」
ゲンさんの名前が岩月さんの口にちょいちょいのぼることに、俺は気が付いていた。
「もちろんだよ
 うちの店のお得意さんでもあるし、化生の飼い主の後輩でもあるね
 後輩とは言っても、彼の化生に関する考察は勉強になるよ
 ゲンちゃんが秩父先生と会えていたら、興味深い話が聞けたろうな
 秩父先生も、化生に対して独自の持論があったから」
岩月さんは、少し残念そうに微笑んだ。

「そうそう、歓迎会、出席しなくて悪かったね
 仕事のきりがつかなかったって言うのもあるけど、『今時の高校生飼い主』なんて何しゃべって良いかわからなかったからさ
 ちょっと尻込みしちゃって
 僕の日本語、通じなかったらどうしよう、とか
 実は、今朝もけっこー緊張してた」
岩月さんは、はははっと笑って頭をかいた。

「俺も、ちょっと緊張してました 
 聞いてみたいことがあっても、上手く伝えられるかな、って」
俺も苦笑してしまう。
「聞きたいこと?」
岩月さんは不思議そうに首を傾げている。
「いえ、もう良いんです
 十分わかったから」
ジョンの岩月さんに関する態度を見ているだけで、化生は外見の変化は気にしていないことが判明する。
今だって周囲に注意を向けつつも、ジョンは愛おしそうに隣に座る岩月さんを見つめていた。
それは、白久が俺を見つめる瞳によく似ていた。

「良かったらお茶請けの煎餅どうぞ
 これ、うちの婆ちゃんの土産なんです
 醤油味と塩味、どっちも美味しいですよ」
日野が差し出した大振りな揚げ煎餅を、岩月さんが受け取った。
「これ知ってる、有名だよねここの店
 時々、お客さんにお裾分けでいただいたりするよ」
岩月さんは個包装になっている煎餅をごく自然に割って、半分をジョンに渡していた。
ジョンは嬉しそうに受け取ると、ボリボリと良い音を立てながら食べ始める。
「うん、美味い!ここのは醤油と塩、甲乙つけがたいんだよな
 ついつい、食べ過ぎちまう」
笑みを浮かべるジョンに
「お茶を飲んで口の中がサッパリすると、また進むんだ」
岩月さんが頷いて見せた。
それからお茶を口にして、驚いた顔をする。
「わ、これ、すごく上品な味のお茶だね
 日本茶が好きなのは白久だっけ、荒木君が選んだお茶?」
言い当てられて俺は照れながら頷いた。
「白久のこと、大事にしてるんだ」
岩月さんの視線が、より親愛のこもったものに変わっていった。

「あ、もしかして荒木君の聞きたい事って『年を取っても愛してもらえるか』とかかな
 オジサンに聞きたい事っていったら、そんなとこだよね」
またしても言い当てられて
「え?いや、別にその、なんてゆーか…」
白久に悩みがバレてしまったことに動揺し、俺は思いっきり挙動不審になってしまう。
「大丈夫、この人達、その辺のとこ頓着(とんちゃく)しないしないと言うか、疎(うと)いんだよねー
 そこはまあ、犬だからさ」
岩月さんは苦笑していた。
「ほら、君が何を気にしてるか全然わかってないだろ?」
岩月さんに示されて白久を見ると、彼は不思議そうな顔で俺を見ていた。

「荒木、顔のこと気にしてたから」
オロオロする俺を、日野がフォローしてくれる。
「顔?」
訝しげな岩月さんに
「白久の元の飼い主って、荒木にちょっと似てるんです
 だから年取って似なくなっちゃったら、って思ったんだろ?
 俺も、自分の過去世の年を越えるのちょっと怖いからわかる
 和銅って、黒谷にとっては永遠に20代前半だもん…」
日野が顔を曇らせた。
「顔か…、それを言ったら僕のお父さんなんてお爺ちゃんそっくりでさ
 年取ったらますます似てきちゃってね
 こないだ古いアルバム整理してたとき、うっかり2人の写真混ぜ込ぜにしちゃった」
岩月さんはアハハっと笑う。
「ジョンの話は聞いてるかな?
 僕のお爺ちゃんって、ジョンの飼い主だったんだよ
 でもジョンは、お爺ちゃんそっくりなお父さんじゃなく、僕を選んでくれた
 他の誰でもない、僕に飼って欲しいと思ってくれたんだ」
きっぱりと断言する岩月さんの顔は、誇らしげだった。

「岩月、まだ気にしてるの?」
ジョンが岩月さんの肩を抱き、頬にキスをする。
「若い時って、色々不安なんだよ」
岩月さんは優しくジョンの頭を撫でた。
「もっとも僕の場合、秩父先生と親鼻を見てたから年のことはあんまり気にしなかったな
 いやー、あの2人は僕達関係者の前だとイチャイチャベッタリでさ
 見てる方が恥ずかしいくらいなんだ
 秩父先生が亡くなる直前まで、そんな感じだったっけ
 その頃は秩父先生50代になってたなー、って、僕もそろそろそんな年なんだけどさ
 早いもんだね」
岩月さんはため息を付いた。

「きっと、君達もあっという間だって感じるよ
 でも、とても濃密で喜びに満ちた日々になる、と先輩として言っておこう」
悪戯っぽい笑顔の岩月さんに、俺と日野は
「はい」
と頷くのであった。


「あの、その髪、ジョンとお揃いにするために染めたんですか?」
俺は何となく気になっていたことを聞いてみる。
「ああ、これ?染めたのは最近だよ
 君らには縁遠い話だろうけど、白髪が目立ってきちゃってね
 どうせならジョンとお揃いにしようって思ってさ
 ただ、ジョンほど明るい茶色にする勇気なくて、濃いめの茶にしたんだ
 実際に染めてみたら満更でもないじゃん、って気に入ってるよ」
「岩月は可愛いから、何だって似合うって
 飼い主とお揃い、最高だね」
ジョンが嬉しそうに岩月さんに頬を寄せた。

「ジョンと居るとね、明るい気持ちになれるんだ
 ジョンと会うまでの僕は根暗でさ、あ、今の子に『根暗』って言ってわかるかな?
 お客さんとまともに話せないし、クリーニング店を継ごうなんて思ったこともなかったよ
 それが今では老舗クリーニング店の店主だからね
 僕で2代目なのに、老舗は言い過ぎか」
岩月さんはクスクスと笑う。
「最近は安いチェーン店に押されてるけど、『しっぽや』ってお得意さまのお陰で店を畳まずに済んでるよ
 影森マンションで、移動店舗を出させてもらえるのも助かってるし
 毎度のご贔屓(ひいき)、ありがとうございます」
岩月さんは黒谷に頭を下げた。
「いやいや、こいつらのドロドロスーツを引き受けてるうちの店こそ、感謝してもらいたいぜ」
ジョンが笑いながら胸を張ると、白久が苦笑しながら
「今後とも、よろしくお願いします」
と、頭を下げた。


「岩月」
ジョンが岩月さんの注意を促した。
岩月さんが控え室に置いてある時計を見て慌てて立ち上がる。
「おっと、もうこんな時間だ
 名残惜しいけど、影森マンションの方に移動させてもらうね
 車、マンションの駐車場に置かせてもらってるんだ
 マンションの方の配達して新規の引き受けしたら、店に戻らなきゃ
 定休日は週2日、火、金は午前は配達で店を開けるのは午後から
 昔のお店事情を考えると、今はかなり楽してるよ」
岩月さんとジョンは、こちらで用意しておいた新たな汚れ物を纏め始めた。

「今日は話が出来て楽しかった、普段は化生の話とか出来ないからさ
 オジサンの話につき合ってくれてありがとう
 何かの集まりがあったら、今度は参加させてもらうね」
笑いながら言ってくれる岩月さんに
「忙しいとこ時間をとらせてすいませんでした
 俺も楽しかったです」
「今度また、ゆっくり会いたいです
 2人の話、もっと聞かせてください」
俺と日野は頭を下げた。
「またな、次は岩月自慢をさせてもらうぜ」
ジョンが笑うと
「今までだって散々聞いたよ
 それより、僕の日野自慢を聞いてもらいたいね」
「私も、荒木自慢なら負けません」
黒谷と白久も笑顔で言い返す。
「それじゃ、金曜にお届けに上がります」
そんな言葉を残し、荷物を持った2人は去っていった。


「何か、良い雰囲気の2人だったね」
俺はそんな言葉を口にしていた。
「2人で幸せな時間を過ごしてきたって感じが、滲み出まくり
 当たり前みたいにイチャイチャしてさ
 秩父先生のこと、言えないじゃん」
日野も笑いながらそんなことを言っている。
「俺と白久も、あんな風に年を重ねていきたいな
 ずっとずっと、一緒に過ごすんだ」
思わずもらした俺の呟きに
「私はいつでも、荒木と共にあります」
白久が反応してくれる。
「俺達だって、ずっと一緒だ」
日野が黒谷に抱きつきながら言っていた。

俺はテーブルの上に置いてあるカゴから煎餅を取り出すと、2つに割ってみる。
その半分を白久に差しだし
「一緒に食べよ」
そう促した。
「はい」
白久は嬉しそうに煎餅を受け取ると、良い音を立てながら咀嚼する。
「荒木に分けていただくと、いつもより何倍も美味しいです」
白久の幸せそうな笑顔を見ながら、煎餅を口に入れた。
「本当だ、美味しい」
俺も笑顔になってしまう。
日野と黒谷も同じ事をしていた。

「今日のランチはピザでもとって、皆で分けて食べようか」
黒谷がそんな事を言い出した。
「良いね、時間が合いそうならゲンさんも誘おう
 長瀞さんと、ここでランチするの喜ぶんじゃない?」
日野が早速ゲンさんにメールを送っていた。

「白久、柴犬の捜索依頼が来ていますが、出れますか?
 空はミックス犬の捜索に出てるんです」
長瀞さんが控え室に顔を出すと
「行きます」
白久は頼もしく答えた。

「白久、今日も暑いから気をつけて行ってきてね」
俺は白久にキスをする。
「荒木、行ってきます
 時間がかかりそうなら、水分補給もしますから」
白久は笑顔を浮かべ俺を見ると、キスを返してくれた。

控え室から出ていく白久を見送る俺に
「お前達も岩月さんとジョンに負けないくらい、ナチュラルにイチャイチャしてるよ」
日野は肩をすくめて笑ってみせるのであった。
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