しっぽや(No.85~101)
お父さんに連れられて僕が応接間に入ると、そこには役者みたいに格好良い男の人達が何人かいた。
大学のサークル仲間、であろうか。
お医者さんの家に集まっているということは、医者の卵達かもしれない。
一斉に彼らに見られ、僕はいたたまれない気持ちになってしまう。
『場違いすぎる』
僕は一刻も早くこの場から立ち去りたかった。
「あの、永田 岩月です
えと、お爺ちゃんが、その…、お世話になりました」
僕が小さな声でやっと挨拶をすると
「岩さんのお孫さんですね、僕達、岩さんには大変お世話になりました」
一番年上に見える男性が、礼儀正しく頭を下げた。
「ありがとう、って、ずっと岩さんにはお礼が言いたかったんだ」
「ああ、眉の形が岩さんに似てますね」
彼らは口々に、旧知の仲であるようにお爺ちゃんの話をし始めた。
皆、初めて会ったのに親しみを込めた目で僕を見てくれる。
僕がハキハキと挨拶できなかったことをバカにするような人は、皆無であった。
僕は少しだけ気が楽になる。
「この人たち、俺よりずっと爺ちゃんに詳しいんだ
何でも、この人たちの親御さんの仕事の面倒を爺ちゃんがみてくれてたとか
何だかんだ長く続けてた仕事だし、それなりにベテランだったんだな
爺ちゃんは現場の仕事であちこち移動してたから、連絡先がわからなくなってしまったって行方を探してたんだってさ」
お父さんがそう説明してくれると、僕はお爺ちゃんの言葉を思い出していた。
『ジョンが懐く人に悪い人はいなかった』
きっと、お爺ちゃんを慕ってくれる人に悪い人はいないだろう。
僕はさっきよりも親しみを込めて、皆に頭を下げた。
「岩月君、良かったら君もお菓子食べていって
君のお父さんから貰ったお持たせだけど、お菓子のホームラン王!
あ、そうか、時間あるようなら夕飯もご一緒にどうですか?
ハナちゃん、お寿司取ろう、お寿司、特上握り8人前
大奮発、ウナギもとっちゃおう、肝吸い付き鰻重8人前
出前のメニューはどこだっけ
それと、酒屋さんにビールとジュースの配達頼めるかな」
「秩父先生、メニューはこちらに
今、電話で確認してみます」
急に話が進み始めたので、僕もお父さんも慌ててしまった。
「いや、急に押し掛けてきてそこまでしてもらったら、かえって申し訳ないですよ」
お父さんが恐縮して電話をかけるのを止めようとする。
「いや、それくらいのことはさせてください
岩さんの消息は、もう分からないとばかり思ってましたので
僕達本当に嬉しいんです、ね、ジョン」
秩父先生にジョンと呼ばれた青年は
「はい」
僕を見ながらしっかりと頷いた。
『え、この人、ハーフ?』
ジョンと言う名前、茶色い髪、どこかバタ臭い顔立ち。
こんなに間近でハーフの人を見たことがなかった僕は、少し慌ててしまう。
『日本語は通じるのかな?
でも今、日本語に反応して返事してたし』
ジロジロと見つめてしまったのに彼は嫌な顔をせず、ニッコリと笑ってくれた。
僕はまた
『ジョンは俺なんかより、ずっと嬉しそうに笑ってくれる』
そんなお爺ちゃんの言葉を思い出していた。
思わず
「ジョンって、お爺ちゃんが飼ってた犬と同じ名前だ」
僕はそんなことを言ってしまう。
『犬と同列に扱われたことに気を悪くするかもしれない』
僕がそのことに思い至り
「あ、いえ、すいません」
すぐに謝ると
「あのお方…いえ、岩さんはジョンのことを何て言ってましたか?」
顔を輝かせながらそう聞いてきた。
「えっと、人懐っこくて賢くて可愛い犬だったって」
僕の言葉に
「賢くて、可愛い…賢くって可愛いってさ」
彼は幸せそうな笑顔になって、他の人達を見回した。
「俺だって、賢いってさんざん言われてたぜ」
髪は茶色だけど、純和風の顔立ちの人が対抗するように言っていた。
「あ、それ…」
僕はジョンさんが握りしめている物に気が付いた。
それは、お爺ちゃんが大事にしていたお守りだった。
「こちらの方に差し上げたんだ、形見分けみたいなもんだな」
お父さんがそう説明する。
「これって、俺より岩月さんが持ってた方が良いのかな
これ、昔の自分みたいなもんだから」
ジョンさんはよくわからないことを言うが、お守りを大事そうにしっかりと握っていたので
「いえ、ジョンさんが持っていてください」
僕は自然とそんな言葉を言っていた。
「ジョンって呼んで
今は上弦って名前だけど、やっぱりジョンって呼ばれた方がしっくりくる」
年上の人を呼び捨てにするのは気が引けるけど、あだ名ならかまわないのかなと思い
「上弦ってお月様ですね、ジョン」
僕はそう聞いてみた。
いきなりの言葉だったのに
「うん、下弦を探してるんだ」
ジョンは優しく僕を見て微笑んだ。
彼にわかってもらえたことに、僕はホッとして嬉しい気持ちになった。
「岩月の名前もお月様だね
俺達、お揃いだ」
ジョンの言葉に
「お菓子、半分こします?」
僕はお茶請けで出されていた丸いナポナを手渡してみた。
彼はそれを受け取って半分に割ると
「はい、上弦と下弦、分けあえる人がいると美味しいんだ」
そう言って半分を僕にくれた。
彼か彼の親御さんが、お爺ちゃんから満月の話を聞いていたのかもしれない。
僕とお爺ちゃんだけの秘密を知っている人が居るのは不思議だけれど、昔からの知り合いのような親しみがわいてくる。
僕は最初にこの応接間に入ったときの居心地の悪さを、すっかり忘れることが出来た。
やがて出前が届き、テーブルの上が豪華になった。
乗せきれない分は簡易テーブルを出し、そちらに乗せる。
ビールを飲んでいるのはお父さんと秩父先生、それと先生の助手のような人だけだった。
他の人はジュースやほうじ茶を飲んでいる。
無駄に大声を出してバカ騒ぎをしている訳じゃないのに、そこには和気藹々と盛り上がった空気が流れていた。
「岩月の好きなネタは何?良かったら、こっちからつまんで」
ジョンはずっと僕のことを気にしてくれていた。
「そんなにいっぱい食べられないよ、ジョンの方が身体大きいんだし、いっぱい食べて」
僕はいつしか友達と話すようにジョンと会話していた。
「これ、親鼻のお手製浅漬けだって、ウナギと一緒に食べるとサッパリして美味しいよ」
「僕、こんなに柔らかいウナギ、初めて食べた
ウナギの日以外、ウナギって食べる機会なかったから」
それは凄く贅沢で、特別な時間だった。
お茶請けを食べていたので、全部食べきる前にお腹がいっぱいになってくる。
でも残すのも失礼だし、もったいない。
「ジョン、食べかけで悪いけど少しつまむ?」
「くれるの?俺に?食べる!」
彼は嬉しそうに顔を輝かせ、お寿司をつまんで醤油につけた。
「あっ」
彼がそれを口に入れる前に、お寿司に付いた醤油がジョンのズボンにたれた。
「やっちゃった」
彼は恥ずかしそうに笑うと、醤油のシミをゴシゴシこする。
「まって、こすっちゃ駄目」
僕は出されていたおしぼりで、シミをトントンと叩く。
ズボンを脱いでもらってちゃんと処置した方が良いのだけれど、流石にこの場で『脱げ』とは言い出せない。
茶色のズボンだったので、応急処置でもあまり目立たなくなった。
「ありがとう、岩月って凄いね」
ジョンが尊敬の眼差しで見つめてくるので、僕は恥ずかしくなってくる。
でも、ちょっと得意な気分でもあった。
「気になるようだったら、クリーニング出した方がいいよ」
僕が言うと彼は伺うようにこちらを見て
「岩月に頼んで良い?」
そう聞いてきた。
「お、早速お得意さまを捕まえたな」
酔っぱらって真っ赤な顔をしているお父さんが、笑って言った。
「ジョン、どうせなら岩月さんに染み抜きを教えてもらえば良いですよ
覚えれば、彼のお役に立てるだろうし
どうでしょう光男さん、ジョンを見習いで少し使ってあげてください
見習いですから、お給料はいりません
せいぜいこき使ってください」
秩父先生の助手『親鼻さん』が笑いながらそんなことを言い出した。
「そうか、ハナちゃんも最初は無給だったね」
秩父先生が懐かしそうな笑顔を親鼻さんに向けている。
「僕からもお願いします
彼ら、何でも屋をやってるんですよ
出来ることが増えるのは、彼らの商売にとっても為になりますからね
染み抜きだけだったら、光男さんとこの商売敵にはならないでしょう」
秩父先生にも頼まれて
「うーん、うちは小さい個人経営店だからなー
まあでも、給料いらないんならいいか
なあ、岩月?」
お父さんは突然話を僕にふってきた。
お金を払わずに働いてもらうことには抵抗があったけど、ジョンの期待に満ちた顔を見ると嫌とは言えなかった。
「簡単なことなら、やってもらおうかな」
僕が小さな声で答えると
「ありがとう!俺、頑張るよ」
彼は僕に抱きついてくる。
他人にそんなことをされたことのなかった僕はドキドキしてしまうが、その親しみのこもった態度は不快ではなかった。
それから2時間くらいで、僕とお父さんは秩父先生のお宅を辞去(じきょ)する。
無言で車を走らせていた僕に
「親父に、あんな良い知り合いがいたなんてな」
後部席からお父さんがポツリと言った。
「親父は復員してから、辛いばっかりじゃなかったんだ
1人ぼっちじゃ無かったんだ
俺が嫌いで、帰ってこなかったんじゃなかったんだ」
お父さんは泣いていた。
僕達は秩父先生から、お爺ちゃんの話を聞いたのだ。
「最後には、戻ってきてくれたよ」
僕の言葉にお父さんは『うん』と子供のように頷いて、そのまま寝入ってしまう。
知り合いが誰もいないこの土地で、お爺ちゃんが引き合わせてくれた『ジョン』とは友達になれそうな気がしていた。
『ありがとう、お爺ちゃん』
僕は心の中で今は亡き祖父にお礼を伝えるのであった。
大学のサークル仲間、であろうか。
お医者さんの家に集まっているということは、医者の卵達かもしれない。
一斉に彼らに見られ、僕はいたたまれない気持ちになってしまう。
『場違いすぎる』
僕は一刻も早くこの場から立ち去りたかった。
「あの、永田 岩月です
えと、お爺ちゃんが、その…、お世話になりました」
僕が小さな声でやっと挨拶をすると
「岩さんのお孫さんですね、僕達、岩さんには大変お世話になりました」
一番年上に見える男性が、礼儀正しく頭を下げた。
「ありがとう、って、ずっと岩さんにはお礼が言いたかったんだ」
「ああ、眉の形が岩さんに似てますね」
彼らは口々に、旧知の仲であるようにお爺ちゃんの話をし始めた。
皆、初めて会ったのに親しみを込めた目で僕を見てくれる。
僕がハキハキと挨拶できなかったことをバカにするような人は、皆無であった。
僕は少しだけ気が楽になる。
「この人たち、俺よりずっと爺ちゃんに詳しいんだ
何でも、この人たちの親御さんの仕事の面倒を爺ちゃんがみてくれてたとか
何だかんだ長く続けてた仕事だし、それなりにベテランだったんだな
爺ちゃんは現場の仕事であちこち移動してたから、連絡先がわからなくなってしまったって行方を探してたんだってさ」
お父さんがそう説明してくれると、僕はお爺ちゃんの言葉を思い出していた。
『ジョンが懐く人に悪い人はいなかった』
きっと、お爺ちゃんを慕ってくれる人に悪い人はいないだろう。
僕はさっきよりも親しみを込めて、皆に頭を下げた。
「岩月君、良かったら君もお菓子食べていって
君のお父さんから貰ったお持たせだけど、お菓子のホームラン王!
あ、そうか、時間あるようなら夕飯もご一緒にどうですか?
ハナちゃん、お寿司取ろう、お寿司、特上握り8人前
大奮発、ウナギもとっちゃおう、肝吸い付き鰻重8人前
出前のメニューはどこだっけ
それと、酒屋さんにビールとジュースの配達頼めるかな」
「秩父先生、メニューはこちらに
今、電話で確認してみます」
急に話が進み始めたので、僕もお父さんも慌ててしまった。
「いや、急に押し掛けてきてそこまでしてもらったら、かえって申し訳ないですよ」
お父さんが恐縮して電話をかけるのを止めようとする。
「いや、それくらいのことはさせてください
岩さんの消息は、もう分からないとばかり思ってましたので
僕達本当に嬉しいんです、ね、ジョン」
秩父先生にジョンと呼ばれた青年は
「はい」
僕を見ながらしっかりと頷いた。
『え、この人、ハーフ?』
ジョンと言う名前、茶色い髪、どこかバタ臭い顔立ち。
こんなに間近でハーフの人を見たことがなかった僕は、少し慌ててしまう。
『日本語は通じるのかな?
でも今、日本語に反応して返事してたし』
ジロジロと見つめてしまったのに彼は嫌な顔をせず、ニッコリと笑ってくれた。
僕はまた
『ジョンは俺なんかより、ずっと嬉しそうに笑ってくれる』
そんなお爺ちゃんの言葉を思い出していた。
思わず
「ジョンって、お爺ちゃんが飼ってた犬と同じ名前だ」
僕はそんなことを言ってしまう。
『犬と同列に扱われたことに気を悪くするかもしれない』
僕がそのことに思い至り
「あ、いえ、すいません」
すぐに謝ると
「あのお方…いえ、岩さんはジョンのことを何て言ってましたか?」
顔を輝かせながらそう聞いてきた。
「えっと、人懐っこくて賢くて可愛い犬だったって」
僕の言葉に
「賢くて、可愛い…賢くって可愛いってさ」
彼は幸せそうな笑顔になって、他の人達を見回した。
「俺だって、賢いってさんざん言われてたぜ」
髪は茶色だけど、純和風の顔立ちの人が対抗するように言っていた。
「あ、それ…」
僕はジョンさんが握りしめている物に気が付いた。
それは、お爺ちゃんが大事にしていたお守りだった。
「こちらの方に差し上げたんだ、形見分けみたいなもんだな」
お父さんがそう説明する。
「これって、俺より岩月さんが持ってた方が良いのかな
これ、昔の自分みたいなもんだから」
ジョンさんはよくわからないことを言うが、お守りを大事そうにしっかりと握っていたので
「いえ、ジョンさんが持っていてください」
僕は自然とそんな言葉を言っていた。
「ジョンって呼んで
今は上弦って名前だけど、やっぱりジョンって呼ばれた方がしっくりくる」
年上の人を呼び捨てにするのは気が引けるけど、あだ名ならかまわないのかなと思い
「上弦ってお月様ですね、ジョン」
僕はそう聞いてみた。
いきなりの言葉だったのに
「うん、下弦を探してるんだ」
ジョンは優しく僕を見て微笑んだ。
彼にわかってもらえたことに、僕はホッとして嬉しい気持ちになった。
「岩月の名前もお月様だね
俺達、お揃いだ」
ジョンの言葉に
「お菓子、半分こします?」
僕はお茶請けで出されていた丸いナポナを手渡してみた。
彼はそれを受け取って半分に割ると
「はい、上弦と下弦、分けあえる人がいると美味しいんだ」
そう言って半分を僕にくれた。
彼か彼の親御さんが、お爺ちゃんから満月の話を聞いていたのかもしれない。
僕とお爺ちゃんだけの秘密を知っている人が居るのは不思議だけれど、昔からの知り合いのような親しみがわいてくる。
僕は最初にこの応接間に入ったときの居心地の悪さを、すっかり忘れることが出来た。
やがて出前が届き、テーブルの上が豪華になった。
乗せきれない分は簡易テーブルを出し、そちらに乗せる。
ビールを飲んでいるのはお父さんと秩父先生、それと先生の助手のような人だけだった。
他の人はジュースやほうじ茶を飲んでいる。
無駄に大声を出してバカ騒ぎをしている訳じゃないのに、そこには和気藹々と盛り上がった空気が流れていた。
「岩月の好きなネタは何?良かったら、こっちからつまんで」
ジョンはずっと僕のことを気にしてくれていた。
「そんなにいっぱい食べられないよ、ジョンの方が身体大きいんだし、いっぱい食べて」
僕はいつしか友達と話すようにジョンと会話していた。
「これ、親鼻のお手製浅漬けだって、ウナギと一緒に食べるとサッパリして美味しいよ」
「僕、こんなに柔らかいウナギ、初めて食べた
ウナギの日以外、ウナギって食べる機会なかったから」
それは凄く贅沢で、特別な時間だった。
お茶請けを食べていたので、全部食べきる前にお腹がいっぱいになってくる。
でも残すのも失礼だし、もったいない。
「ジョン、食べかけで悪いけど少しつまむ?」
「くれるの?俺に?食べる!」
彼は嬉しそうに顔を輝かせ、お寿司をつまんで醤油につけた。
「あっ」
彼がそれを口に入れる前に、お寿司に付いた醤油がジョンのズボンにたれた。
「やっちゃった」
彼は恥ずかしそうに笑うと、醤油のシミをゴシゴシこする。
「まって、こすっちゃ駄目」
僕は出されていたおしぼりで、シミをトントンと叩く。
ズボンを脱いでもらってちゃんと処置した方が良いのだけれど、流石にこの場で『脱げ』とは言い出せない。
茶色のズボンだったので、応急処置でもあまり目立たなくなった。
「ありがとう、岩月って凄いね」
ジョンが尊敬の眼差しで見つめてくるので、僕は恥ずかしくなってくる。
でも、ちょっと得意な気分でもあった。
「気になるようだったら、クリーニング出した方がいいよ」
僕が言うと彼は伺うようにこちらを見て
「岩月に頼んで良い?」
そう聞いてきた。
「お、早速お得意さまを捕まえたな」
酔っぱらって真っ赤な顔をしているお父さんが、笑って言った。
「ジョン、どうせなら岩月さんに染み抜きを教えてもらえば良いですよ
覚えれば、彼のお役に立てるだろうし
どうでしょう光男さん、ジョンを見習いで少し使ってあげてください
見習いですから、お給料はいりません
せいぜいこき使ってください」
秩父先生の助手『親鼻さん』が笑いながらそんなことを言い出した。
「そうか、ハナちゃんも最初は無給だったね」
秩父先生が懐かしそうな笑顔を親鼻さんに向けている。
「僕からもお願いします
彼ら、何でも屋をやってるんですよ
出来ることが増えるのは、彼らの商売にとっても為になりますからね
染み抜きだけだったら、光男さんとこの商売敵にはならないでしょう」
秩父先生にも頼まれて
「うーん、うちは小さい個人経営店だからなー
まあでも、給料いらないんならいいか
なあ、岩月?」
お父さんは突然話を僕にふってきた。
お金を払わずに働いてもらうことには抵抗があったけど、ジョンの期待に満ちた顔を見ると嫌とは言えなかった。
「簡単なことなら、やってもらおうかな」
僕が小さな声で答えると
「ありがとう!俺、頑張るよ」
彼は僕に抱きついてくる。
他人にそんなことをされたことのなかった僕はドキドキしてしまうが、その親しみのこもった態度は不快ではなかった。
それから2時間くらいで、僕とお父さんは秩父先生のお宅を辞去(じきょ)する。
無言で車を走らせていた僕に
「親父に、あんな良い知り合いがいたなんてな」
後部席からお父さんがポツリと言った。
「親父は復員してから、辛いばっかりじゃなかったんだ
1人ぼっちじゃ無かったんだ
俺が嫌いで、帰ってこなかったんじゃなかったんだ」
お父さんは泣いていた。
僕達は秩父先生から、お爺ちゃんの話を聞いたのだ。
「最後には、戻ってきてくれたよ」
僕の言葉にお父さんは『うん』と子供のように頷いて、そのまま寝入ってしまう。
知り合いが誰もいないこの土地で、お爺ちゃんが引き合わせてくれた『ジョン』とは友達になれそうな気がしていた。
『ありがとう、お爺ちゃん』
僕は心の中で今は亡き祖父にお礼を伝えるのであった。