しっぽや(No.70~84)
あれこれと品物を選んでいくお婆様であったが、私達はその基準が『家族』であることに気が付いた。
自分が美味しそうだと思ったものではなく、家族(その多くは日野のようだ)の好きな物ばかり選んでいく。
「どうぞ、お婆様の食べたい物も選んでください」
私が促すと
「私は何でも好きなのよ
それに、美味しそうに食べている子供達を見てるのが好き」
そんな返事が返ってくる。
それは、あのお方がよく言っていたことであった。
あのお方は赤身の方が好きだと言いながら、お父さんの好きな中トロを買ってくることが多かった。
『たまには自分のために赤身を買いなさい』
そうお父さんに言われると
『美味しそうに食べてるお父さんを見るのが好きだから良いの』
あのお方は笑って言っていた。
あのお方の思考の一端に触れたような気がして、私の胸は熱くなっていった。
「あらやだ、どうぞお2人も今晩食べたい物を選んでくださいな
トンカツとか唐揚げ?
私に作れそうなものなら、作りますよ」
お婆様はハッとした顔になり、そう聞いてきてくれる。
「じゃあ、本マグロの赤身でも買いましょうか
生メカジキがあったら、照り焼きも良いですね
それと、縞ホッケの一夜干し」
「モヤシと人参の卵炒めとか、卵と豆腐、シラスに茗荷(みょうが)を入れた具沢山おかず納豆
味噌汁はキャベツと油揚げ」
「「デザートは水饅頭」」
最後にハモった私と明戸のセリフを聞いて
「日野が教えたのね」
お婆様は苦笑を見せた。
今のメニューは予(あらかじ)め日野に聞いていた、お婆様のお好きなものばかりなのだ。
「私達も、好きなものばかりです」
それは、あのお方がよく食卓に並べていた物に似通っていた。
きっとお父さんのためだけではなく、あのお方が好きだった物もその中に入っていたに違いない。
今になってあのお方のことを知ることが出来て、私の心は満たされていった。
私と明戸は大荷物を抱えてマンションに戻る。
「本当に助かったわ、ありがとう
お腹空いたでしょ?すぐご飯にするから座って待ってて」
荷物を片付け終わった私達に、お婆様はそう言ってくれた。
「お手伝いいたします」
私は、お婆様と一緒にキッチンに居たくて仕方なかったのだ。
あのお方が台所に立つと、私は嬉しくて楽しくて、いつもその足下にまとわりついていた。
たまに尻尾を踏まれてしまったが、そんな痛みなど苦にならない。
そこは出汁をとった煮干しや、お刺身の切れ端を少しだけ分けて貰える、私とあのお方だけの特別な空間であったのだ。
明戸はテーブルのイスに座り、肘を突いてこちらを見ていた。
彼もまた、お父さんとの思考の旅に出ているのが感じられる。
あのお方がご飯を作っている間は、明戸がお父さんを独り占めしていたのだ。
私は、お婆様からお料理のことを教わりながら喜びに打ち震えていた。
猫の身であったときは、あのお方のお手伝いをすることなど叶わなかったのだ。
『みーにゃん、危ないわよ』
それどころか、邪魔になっていたことだろう。
それでもあのお方は私が側にいることを許してくれた。
どれだけ自分があのお方に愛されていたか、化生した今になって痛感していた。
あのお方の助けになることはもう2度と出来ない。
日野のお婆様の為に何かをしても、あのお方には届かない。
それでも、お婆様を通じてあのお方に近付けたと錯覚することは私にとって何よりの慰めになっていた。
「皆野君」
お婆様の問いかけに、私の意識が引き戻される。
「煮干し、食べる?」
「はい!」
私は人の身になっていることを忘れ、お婆様の手から直接煮干しをいただいてしまう。
それは出汁を取った後の煮干しで、泣きたくなるほど懐かしく美味しかった。
お婆様はすぐにハッとして
「やだ、私、お客様に何してるのかしら
せめて出汁を取る前の煮干しを…って、そうじゃなく
煮干しをお客様に出すなんて」
オロオロと呟いた。
きっと彼女は無意識に、以前飼っていた猫のことを思い出していたのだろう。
「台所でつまみ食いすると、何でも美味しいものです
私だけがいただいたご馳走、明戸にはご内密に」
私が笑うと、やっと彼女も笑ってくれた。
私だけではなく、彼女も私を通じて過去を見ていたのだと気が付いた。
私とお婆様は、取り戻せない物を求める共犯者のようであった。
いつの間にか明戸の姿がテーブルから消えている。
お婆様がテーブルに料理を並べながら
「明戸君、ご飯出来たわよ」
そう声をかけると、どことなく満足そうな顔の明戸が姿を現した。
「凄い美味しそうですね」
私達は偽りの飼い主とペットとして食卓を囲む。
けれどもそれは、幸せな偽りなのだ。
『この方のお役に立ちたいと思う気持ちは本物だ』
私はそれを胸に刻むと、これからもお婆様の元に通おうと心に決めるのであった。
自分が美味しそうだと思ったものではなく、家族(その多くは日野のようだ)の好きな物ばかり選んでいく。
「どうぞ、お婆様の食べたい物も選んでください」
私が促すと
「私は何でも好きなのよ
それに、美味しそうに食べている子供達を見てるのが好き」
そんな返事が返ってくる。
それは、あのお方がよく言っていたことであった。
あのお方は赤身の方が好きだと言いながら、お父さんの好きな中トロを買ってくることが多かった。
『たまには自分のために赤身を買いなさい』
そうお父さんに言われると
『美味しそうに食べてるお父さんを見るのが好きだから良いの』
あのお方は笑って言っていた。
あのお方の思考の一端に触れたような気がして、私の胸は熱くなっていった。
「あらやだ、どうぞお2人も今晩食べたい物を選んでくださいな
トンカツとか唐揚げ?
私に作れそうなものなら、作りますよ」
お婆様はハッとした顔になり、そう聞いてきてくれる。
「じゃあ、本マグロの赤身でも買いましょうか
生メカジキがあったら、照り焼きも良いですね
それと、縞ホッケの一夜干し」
「モヤシと人参の卵炒めとか、卵と豆腐、シラスに茗荷(みょうが)を入れた具沢山おかず納豆
味噌汁はキャベツと油揚げ」
「「デザートは水饅頭」」
最後にハモった私と明戸のセリフを聞いて
「日野が教えたのね」
お婆様は苦笑を見せた。
今のメニューは予(あらかじ)め日野に聞いていた、お婆様のお好きなものばかりなのだ。
「私達も、好きなものばかりです」
それは、あのお方がよく食卓に並べていた物に似通っていた。
きっとお父さんのためだけではなく、あのお方が好きだった物もその中に入っていたに違いない。
今になってあのお方のことを知ることが出来て、私の心は満たされていった。
私と明戸は大荷物を抱えてマンションに戻る。
「本当に助かったわ、ありがとう
お腹空いたでしょ?すぐご飯にするから座って待ってて」
荷物を片付け終わった私達に、お婆様はそう言ってくれた。
「お手伝いいたします」
私は、お婆様と一緒にキッチンに居たくて仕方なかったのだ。
あのお方が台所に立つと、私は嬉しくて楽しくて、いつもその足下にまとわりついていた。
たまに尻尾を踏まれてしまったが、そんな痛みなど苦にならない。
そこは出汁をとった煮干しや、お刺身の切れ端を少しだけ分けて貰える、私とあのお方だけの特別な空間であったのだ。
明戸はテーブルのイスに座り、肘を突いてこちらを見ていた。
彼もまた、お父さんとの思考の旅に出ているのが感じられる。
あのお方がご飯を作っている間は、明戸がお父さんを独り占めしていたのだ。
私は、お婆様からお料理のことを教わりながら喜びに打ち震えていた。
猫の身であったときは、あのお方のお手伝いをすることなど叶わなかったのだ。
『みーにゃん、危ないわよ』
それどころか、邪魔になっていたことだろう。
それでもあのお方は私が側にいることを許してくれた。
どれだけ自分があのお方に愛されていたか、化生した今になって痛感していた。
あのお方の助けになることはもう2度と出来ない。
日野のお婆様の為に何かをしても、あのお方には届かない。
それでも、お婆様を通じてあのお方に近付けたと錯覚することは私にとって何よりの慰めになっていた。
「皆野君」
お婆様の問いかけに、私の意識が引き戻される。
「煮干し、食べる?」
「はい!」
私は人の身になっていることを忘れ、お婆様の手から直接煮干しをいただいてしまう。
それは出汁を取った後の煮干しで、泣きたくなるほど懐かしく美味しかった。
お婆様はすぐにハッとして
「やだ、私、お客様に何してるのかしら
せめて出汁を取る前の煮干しを…って、そうじゃなく
煮干しをお客様に出すなんて」
オロオロと呟いた。
きっと彼女は無意識に、以前飼っていた猫のことを思い出していたのだろう。
「台所でつまみ食いすると、何でも美味しいものです
私だけがいただいたご馳走、明戸にはご内密に」
私が笑うと、やっと彼女も笑ってくれた。
私だけではなく、彼女も私を通じて過去を見ていたのだと気が付いた。
私とお婆様は、取り戻せない物を求める共犯者のようであった。
いつの間にか明戸の姿がテーブルから消えている。
お婆様がテーブルに料理を並べながら
「明戸君、ご飯出来たわよ」
そう声をかけると、どことなく満足そうな顔の明戸が姿を現した。
「凄い美味しそうですね」
私達は偽りの飼い主とペットとして食卓を囲む。
けれどもそれは、幸せな偽りなのだ。
『この方のお役に立ちたいと思う気持ちは本物だ』
私はそれを胸に刻むと、これからもお婆様の元に通おうと心に決めるのであった。