このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

しっぽや(No.70~84)

店に着くと、平日ではあるがランチの時間帯のせいか、店内は程良く込んでいた。
「ゲン、ナガトちゃん、久しぶり
 たまには顔見せろよ?」
マサ兄が親しげな笑顔を見せながら、シェフ直々に予約席に案内してくれる。
「ご無沙汰してしまって、すいません」
頭を下げるナガトに
「こいつにバランスよく食わせるの大変だろ?
 ナガトちゃん、よくやってくれてるよ
 ゲンの顔色見ればわかる」
マサ兄は腕を組んで大仰に頷いた。
「ゲンスペシャルコース2人前、すぐ用意するからな」
笑顔で去っていくマサ兄に、ナガトが頭を下げた。
「おじ様もマサキ様も、ゲンの体を気遣ってくれて良い方です」
「2人とも、俺が病気だったこと知ってるから
 どんな治療したかも含めてな」
俺は苦笑してしまう。

沢山の人に心配をかけて、今の俺は存在しているのだ。
若い頃はそれが負い目になっていたが、今は皆の気遣いが素直にありがたく感じられた。
「やっぱさ、人間1人じゃ生きられないんだよな、なんて
 年食うと、柄にもなく思っちゃうわけよ」
俺は照れ笑いを浮かべてナガトを見つめた。
「私達も同じです、飼い主が居なければ存在意義を失います」
そんなナガトの言葉に、俺はドキリとする。
「大丈夫ですよ、ゲンを置いて私だけ先に消滅はしませんから」
俺の顔色を読んだナガトは柔らかく微笑むと
「ゲンが他の飼い主の相談相手になってくれていること、私達は本当に感謝しているのです
 飼い主が私達と共にある手伝いをしてくれているゲンには、皆、頭が上がりません
 そんな方に飼われている私は、本当に幸せです」
誇らかに真っ直ぐな視線を向けてきた。
アニマルコミュニケーションなんて能力が無くても、ナガトの愛はいつも俺の側にある事を感じられた。

「お取り込み中のとこ悪いけど、食前酒でございます」
コホン、と咳払いしながらマサ兄が食前酒や前菜を運んできた。
「相変わらず、アツアツだな」
茶化すような言葉に
「そ、俺達は冷めないスープなのだ
 いつだって、飲み頃」
俺はウインクして答えてみせる。
「そりゃ、料理人の理想だね
 でも、火傷に気を付けろよ」
俺達は笑い合いながら乾杯した。

運ばれてきた料理を食べながら
「今日はこの後、どうしますか?」
ナガトが小首を傾げて聞いてくる。
「うーん、せっかく出てきたから、このまま帰るのももったいないかな」
とは言うものの、当初の目的を果たした今は特に行きたい場所も思い浮かばなかった。
「それならば、実家に顔を出すのはどうでしょう」
ナガトは遠慮がちにそんなことを言い出した。
俺は少し面食らってしまう。
「まあ、向こうも水曜定休でやってるから、今日は家にいるかもしれないけど…」
家を出ている息子が恋人連れていきなり訪ねてきたら、ビックリするかなと躊躇ってしまう。
けれども、今日は何だか思い出を追いたい気分だった。
多分、ナガトも同じなのだろう。
「よし、ちょっとメールして聞いてみるか」
スマホを取り出す俺を、ナガトはホッとした顔で見てくれた。

メールをすると『たまには帰ってこい』というシンプルな返事が来た。
そのシンプルさ故に、向こうも照れくさいながらも会いたがってくれていることを感じ嬉しくなってしまう。
「帰ってこいってさ」
ニヒッと笑ってナガトに伝えると、彼は嬉しそうな顔になる。
「何?実家にも寄ってくの?
 じゃあ、おじさんとおばさんにお土産持ってってよ
 こないだうちの親父が世話になったから」
ちょうどデザートを持ってきたマサ兄にワインを持たされて、俺達は実家に向かうのであった。


実家では、相変わらずナガトが両親にチヤホヤされていた。
猫の扱いの上手さは、俺の上をいく親である。
思えば、この人たちが親でなければ俺は猫なんか飼ったことがなかったかも知れない。
猫が好きでなければ、ナガトに惹かれなかったかもしれない。
『上手く出来てんな』
俺は少し不思議な気分になった。

家の中を見て回ると、俺が家を出た後、俺の部屋はそのままになっている。
物置代わりに使われているようで、多少段ボール箱が積み上げれていたが基本はそのままだ。
『この部屋で、初めてナガトと契ったんだな』
そう思うと、この部屋は特別な意味を持つ場所に感じられた。

家の中には長毛種猫が何匹もいたが代替わりしてしまい、俺が知ってる子は1匹もいなかった。
ここは俺にとって特別な場所であり、見知らぬ場所なんだと実感する。
以前住んでいた街もマンションも同じだ。
今の俺の在るべき場所は影森マンションの、ナガトと暮らすあの部屋なんだと改めて思い知った気持ちになった。

思い出話に花を咲かせ夕飯をごちそうになり、俺達は実家を後にする。
懐かしの我が家『影森マンション』へと帰るため、ナガトと2人、駅への道をしっかりと歩いていくのであった。


影森マンション最寄り駅から帰り道を歩く俺達の背中に
「あれ?ゲンさん?
 今晩は、同じ電車に乗ってたのかな?
 今日は2人でデートですか?」
そんな声が掛けられた。
振り返るとそこには同じマンションに住む化生の飼い主、中川先生の姿があった。
「あれ?中川ちゃん、今帰り?
 今日は遅いんだな、学校の先生も大変だ」
「今の受け持ち学年は3年生だから、さすがに忙しくて」
彼は苦笑しながら頭をかいた。

「俺とナガトは『思い出を巡る旅』ってのに出てたんだ
 まあ、平たく言えば『ラブラブデート』」
俺はニヒッと笑ってみせる。
「懐かしい場所を、あちこち見てきました」
ナガトの言葉に
「懐かしい場所…ですか」
中川ちゃんは複雑な顔になった。

「中川ちゃん、また2人で飲みに行こうか
 大人の社交場は、飲み屋が基本だ
 子供はお留守番」
「羽生のお世話はお任せください」
俺とナガトの息のあった掛け合いに、中川ちゃんの顔がゆるんだ。
「ゲンさん達にはかなわないな、何でもお見通しですね」
苦笑する彼に
「何でもってこたぁ、ないけどな
 俺とナガトの方が、色々と年期が違うってもんよ」
俺はウインクする。
「行けそうな日がわかったら、メールします」
中川ちゃんは少し軽やかな顔になって、笑ってくれた。


影森マンションで中川ちゃんと別れ、エレベーターを下りる。
部屋に帰り着くと、帰るべき場所に帰ってこれた安堵感と心地よい疲労感におそわれた。
「何だかんだで、けっこー歩いたな」
「お茶でも煎れましょうか?」
俺と同じように疲れているはずのナガトが、そう聞いてくれる。
「いや、少し休んでシャワー浴びたら寝ちまうか
 もちろん寝るのは、やることやってからだけど」
俺はナガトの耳元で囁いた。
「はい」
ナガトは頬を染め、嬉しそうに頷いてくれる。
俺達は軽く唇を合わせ、しっかりと抱き合った。


いつまでも可愛らしく初々しい反応を見せてくれるナガトへの愛に満たされて、俺はこの上ない幸せを感じるのであった。
17/32ページ
スキ