しっぽや(No.70~84)
side<GEN>
『先日は相談にのっていただき、本当にありがとうございました
化生のことで相談ができる相手がいること、とても嬉しいです
思い切ってセッティングしたところ、両親と空の対面はとてもスムーズに進みました
うちの親も空のこと撫でまくってたので、ゲンさんの話を思い出して笑ってしまいました
これからも、化生についてご指導ご鞭撻(べんたつ)のほど、よろしくお願い申し上げます』
カズハちゃんから送られてきたメールを読んで、俺は思わず顔がほころんでしまった。
「良い知らせでも来ましたか?」
並んでソファーに座っていたナガトが、小首を傾げて聞いてくる。
「空とカズハちゃんの両親の対面、上手くいったみたいだぜ」
「それは良かった
しかし、暫くは控え室で空の自慢話を聞かされますね」
ナガトは少し苦笑した。
「ナガトも、自慢しかえしてやればいいさ『自分の方が先輩なんだ』ってな
うちの親と会ったとき、どれだけ誉められたか教えてやれ」
俺の言葉に、ナガトは嬉しそうに微笑んだ。
食事の後、ゆっくりとお茶を飲みながらソファーで過ごすナガトとのくつろぎの時間を、俺は幸せな思いで堪能していた。
ナガトと知り合って、ナガトと想いを確かめ合ってから、とても充実した日々を送っている実感があった。
大変なこともあったけど、ナガトと一緒ならいつだって前向きな気持ちで頑張れたのだ。
『カズハちゃんも、そうなってくれると良いけど、ってもうそうなってるか
知り合った頃に比べると、今は生き生きした顔してるもんな
他の飼い主も、同じだ
高校生なんて若すぎるんじゃないかってちょっと心配したが、荒木少年も日野少年も本当に良い子だし』
そんな事をツラツラ考えて『爺さんの回想みてーだな』と、俺は笑ってしまった。
そんな俺の肩にナガトが頭をのせ甘えてくる。
ナガトの頭を撫でながら、俺は何気なくテレビ画面に目を向けた。
「あれ、この辺って」
テレビからは途中下車的な番組が流れている。
俺の視線に気が付いたナガトもテレビを見て
「懐かしいですね」
驚きの声を上げていた。
そこは、以前に俺達が住んでいたマンションの近くの駅であったのだ。
「見るとこなんて何もない、ごく普通の住宅地なんだけど
テレビ画面を通すと、中々どうして
ちょっと、良さそうな街に見えるな」
クツクツと笑う俺に
「ああ、あそこのお肉屋さん、よく買い物に行きましたっけ
遅い時間だと、時々コロッケをおまけしてくれるんですよ」
ナガトは嬉しそうに微笑んだ。
「あの肉屋の主人は、猫好きだったからな
お、あそこの酒屋はシャッター下りちまってるか
今はコンビニでも酒を買えるから、小さい酒屋は厳しいんだ」
「パン屋さんだったところが、レストランになってますね
ツナサンドが美味しいお店だったのに残念です」
俺達はいつになく夢中でテレビ画面に見入っていた。
「もう、次の街に行っちまうか…そうだよな、小さい街だもんな」
生まれ育った場所ではない、けれどもナガトとのスタートを切った街として、俺には特に思い出に残っている街であった。
「ここから近い場所なのに、こちらに引っ越してからは1度も行ったことがありませんでしたね」
しみじみとしたナガトの声に、彼にとってもあの街は思い出の街として印象に残っているのだと嬉しくなった。
「特に何をしに行く街でもないからな~、思い出だけが詰まった街だ」
俺は苦笑してしまう。
「飼い主と一緒に暮らす新郷が羨ましかった…
でもこの街のマンションでゲンと暮らすことが出来て、どれだけ嬉しかったか
飼い主が側にいてくれることが、どれだけ喜ばしいことか
飼い主と共にいられることが、どれだけ幸せか
ゲンの作ったこの影森マンションも安住の地ですが、私にとってあの街のマンションも忘れ得ぬ場所です」
瞳を潤ませるナガトを見ると、俺の胸にも熱い想いがこみ上げてくる。
「そうだな、2人で暮らせるようになって、気兼ねなくエッチできるようになったもんな
まあ、ちっと壁が薄かったから、少しは気兼ねしたけど」
俺が舌を出すと
「それで、影森マンションは防音に気を使った設計にしてもらったんですよね」
ナガトも悪戯っぽい顔で笑った。
「次の休み、少しあの辺をブラブラしてみないか?」
「はい、ゲンとのデートですね
ゲンのお店の休みの日、私も休ませてもらいます」
俺達は見つめ合って唇を重ねた。
「今夜は初心に返って、初々しい気持ちでしてみるのもいいかもな」
ナガトの耳元で囁くと
「初めてゲンに触れてもらった感覚、今でも鮮明に覚えております」
彼は頬を染め上気した顔で見つめてくる。
「そんな健気なこと言われると、オジサン頑張っちゃうぜ」
「期待してます」
俺達はテレビを消すと、ジャレるようなキスを交わしながら寝室で甘い時を過ごすのであった。
水曜日がうちの店の定休日なので、ナガトもそれに併せて休みを取ってくれた。
ゆっくりと朝食を食べた俺達は、出かける準備をする。
「本当に、ちょっとブラブラするだけになるけどさ
あそこ、なんも無いもんな」
苦笑する俺に
「思い出を共有するゲンと散歩できることに、意味があるのですよ」
ナガトは嬉しそうに微笑んだ。
「ランチはさ、久しぶりにイタ飯にしようぜ
おじさんの店、予約しといたから
もっとも、今はおじさん引退しちゃって、息子が後継いでるけど」
「マサキさんでしたね?お店で何度かお会いしました」
「マサ兄、5年くらいイタリアで修行してきたんだってさ
都内の有名なイタリアンレストランでも働いてたことあるし、たいしたもんだ」
俺は、久しぶりに行く街、久しぶりに会う人を思い気分が高揚してきた。
そんな俺の気持ちを感じ取ったのか、ナガトもニコニコしている。
「梅雨の晴れ間で今日は爽やかな気候だし、散歩するにはもってこいだ」
「ですね、では参りましょうか」
俺達は足取りも軽く、出発した。
電車に乗れば、30分とかからずにその街に到着する。
もともとナガトがしっぽやに出勤しやすいようにと、事務所に通いやすい場所でマンションを探したからだ。
俺の実家からも近い位置にある。
「駅が、少しキレイになってますね」
ナガトが懐かしそうに辺りを見回した。
「作りは変わってないが塗り替えたみたいだな、でも、キオスクが無くなってるか
ああ、駅の真ん前にコンビニが出来たせいだ」
俺達は物珍しい場所に来たみたいに、キョロキョロしながら辺りを見回してしまう。
「とりあえず、マンションを見に行ってみるか」
俺達は連れだって歩き出した。
小さな商店街を歩いていると、色々な思い出がよみがえってくる。
「おお、あそこの花屋は健在だ!1回も花、買ったことないけどさ
店先につながれてるプードルが懐っこくて、よく触らせてもらったっけ
さすがに、もう居ないみたいだな」
「あの方は、猫にも友好的でしたね」
「なんだありゃ、文具屋がクリーニング屋と合体してる?
生き残りをかけた戦略にしては大胆だ
今は100均で文具品売ってるから、厳しいのかね」
「お魚屋さんは無くなってしまってます
お刺身が美味しかったのに…、あ、でもケーキ屋さんは残ってる
自家製カスタードクリームが入ったシュークリームが絶品でした」
「そういや、ナガトがしっぽやの帰りによく買ってきてくれたな
あのシュークリームと紅茶で、ゆっくり夜を過ごしたもんだ」
ナガトとのささやかな思い出が、暖かく胸を満たしていっくた。
商店街はすぐに終わり、今度は住宅街に入っていく。
古い作りの平屋、アパート、新しいマンションなどが立ち並ぶ、開発が徐々に進んでいるどこにでもある住宅街である。
「あった…」
ナガトがマンションを前にして、立ちすくんだ。
「新しくはないが、建て替えが必要なほど古いマンションじゃないしな」
俺は苦笑しながら、以前住んでいたマンションを仰ぎ見る。
影森マンションのように大きくも立派でもない、ありふれたマンション。
俺達が住んでいたときより外装がくたびれた感じになってしまっているが、そこは確かに俺とナガトの思い出が詰まった場所であった。
自分達が住んでいた部屋の窓を、つい確認してしまう。
「3階の角部屋でしたね
カーテンがかかってる、空き部屋ではなさそうです」
「アニメキャラの夏掛けが干してあるな
小さい子がいる家族が住んでるのかも」
俺達は暫くその窓を見上げていた。
「住んでたのは5年ちょいだったな、3回目の更新の前に出たんだ」
「あれから、随分経ったような気がします」
ナガトが感慨深げに呟いた。
「そうだな」
俺がナガトの手を握ると、彼も握り返してくれる。
ここで過ごした時間、2人の思い出の時間が俺達の胸の内に押し寄せてくるようであった。
暫く思い出の奔流に身を任せていたが
「行くか」
俺が声をかけると
「そうですね、いつまでもこんな所で立っていると不審者に間違われてしまいそうです」
ナガトは悪戯っぽい顔で微笑んだ。
「もうここは、私達の場所じゃない」
「ああ、俺達の居る場所は、影森マンションの皆の側だ」
俺はニヒッと笑ってみせる。
「さて、そろそろランチに向かうか
今日の煮込みは何だろ、マサ兄、おじさんと同じ煮込み作れんのかな」
「ゲンのお気に入りの煮込みですね
あれは、トマトの甘みと酸味が絶妙で、他では食べられないプロの味です」
「あれを『家庭料理』って言うんだからな~
イタリアの家庭料理、レベル高!」
「私も負けていられません」
この道を2人で歩くことは今後無いだろう、という一抹の寂しさを感じながら、俺達は楽しげな会話を交わし、駅までの道を歩くのであった。
『先日は相談にのっていただき、本当にありがとうございました
化生のことで相談ができる相手がいること、とても嬉しいです
思い切ってセッティングしたところ、両親と空の対面はとてもスムーズに進みました
うちの親も空のこと撫でまくってたので、ゲンさんの話を思い出して笑ってしまいました
これからも、化生についてご指導ご鞭撻(べんたつ)のほど、よろしくお願い申し上げます』
カズハちゃんから送られてきたメールを読んで、俺は思わず顔がほころんでしまった。
「良い知らせでも来ましたか?」
並んでソファーに座っていたナガトが、小首を傾げて聞いてくる。
「空とカズハちゃんの両親の対面、上手くいったみたいだぜ」
「それは良かった
しかし、暫くは控え室で空の自慢話を聞かされますね」
ナガトは少し苦笑した。
「ナガトも、自慢しかえしてやればいいさ『自分の方が先輩なんだ』ってな
うちの親と会ったとき、どれだけ誉められたか教えてやれ」
俺の言葉に、ナガトは嬉しそうに微笑んだ。
食事の後、ゆっくりとお茶を飲みながらソファーで過ごすナガトとのくつろぎの時間を、俺は幸せな思いで堪能していた。
ナガトと知り合って、ナガトと想いを確かめ合ってから、とても充実した日々を送っている実感があった。
大変なこともあったけど、ナガトと一緒ならいつだって前向きな気持ちで頑張れたのだ。
『カズハちゃんも、そうなってくれると良いけど、ってもうそうなってるか
知り合った頃に比べると、今は生き生きした顔してるもんな
他の飼い主も、同じだ
高校生なんて若すぎるんじゃないかってちょっと心配したが、荒木少年も日野少年も本当に良い子だし』
そんな事をツラツラ考えて『爺さんの回想みてーだな』と、俺は笑ってしまった。
そんな俺の肩にナガトが頭をのせ甘えてくる。
ナガトの頭を撫でながら、俺は何気なくテレビ画面に目を向けた。
「あれ、この辺って」
テレビからは途中下車的な番組が流れている。
俺の視線に気が付いたナガトもテレビを見て
「懐かしいですね」
驚きの声を上げていた。
そこは、以前に俺達が住んでいたマンションの近くの駅であったのだ。
「見るとこなんて何もない、ごく普通の住宅地なんだけど
テレビ画面を通すと、中々どうして
ちょっと、良さそうな街に見えるな」
クツクツと笑う俺に
「ああ、あそこのお肉屋さん、よく買い物に行きましたっけ
遅い時間だと、時々コロッケをおまけしてくれるんですよ」
ナガトは嬉しそうに微笑んだ。
「あの肉屋の主人は、猫好きだったからな
お、あそこの酒屋はシャッター下りちまってるか
今はコンビニでも酒を買えるから、小さい酒屋は厳しいんだ」
「パン屋さんだったところが、レストランになってますね
ツナサンドが美味しいお店だったのに残念です」
俺達はいつになく夢中でテレビ画面に見入っていた。
「もう、次の街に行っちまうか…そうだよな、小さい街だもんな」
生まれ育った場所ではない、けれどもナガトとのスタートを切った街として、俺には特に思い出に残っている街であった。
「ここから近い場所なのに、こちらに引っ越してからは1度も行ったことがありませんでしたね」
しみじみとしたナガトの声に、彼にとってもあの街は思い出の街として印象に残っているのだと嬉しくなった。
「特に何をしに行く街でもないからな~、思い出だけが詰まった街だ」
俺は苦笑してしまう。
「飼い主と一緒に暮らす新郷が羨ましかった…
でもこの街のマンションでゲンと暮らすことが出来て、どれだけ嬉しかったか
飼い主が側にいてくれることが、どれだけ喜ばしいことか
飼い主と共にいられることが、どれだけ幸せか
ゲンの作ったこの影森マンションも安住の地ですが、私にとってあの街のマンションも忘れ得ぬ場所です」
瞳を潤ませるナガトを見ると、俺の胸にも熱い想いがこみ上げてくる。
「そうだな、2人で暮らせるようになって、気兼ねなくエッチできるようになったもんな
まあ、ちっと壁が薄かったから、少しは気兼ねしたけど」
俺が舌を出すと
「それで、影森マンションは防音に気を使った設計にしてもらったんですよね」
ナガトも悪戯っぽい顔で笑った。
「次の休み、少しあの辺をブラブラしてみないか?」
「はい、ゲンとのデートですね
ゲンのお店の休みの日、私も休ませてもらいます」
俺達は見つめ合って唇を重ねた。
「今夜は初心に返って、初々しい気持ちでしてみるのもいいかもな」
ナガトの耳元で囁くと
「初めてゲンに触れてもらった感覚、今でも鮮明に覚えております」
彼は頬を染め上気した顔で見つめてくる。
「そんな健気なこと言われると、オジサン頑張っちゃうぜ」
「期待してます」
俺達はテレビを消すと、ジャレるようなキスを交わしながら寝室で甘い時を過ごすのであった。
水曜日がうちの店の定休日なので、ナガトもそれに併せて休みを取ってくれた。
ゆっくりと朝食を食べた俺達は、出かける準備をする。
「本当に、ちょっとブラブラするだけになるけどさ
あそこ、なんも無いもんな」
苦笑する俺に
「思い出を共有するゲンと散歩できることに、意味があるのですよ」
ナガトは嬉しそうに微笑んだ。
「ランチはさ、久しぶりにイタ飯にしようぜ
おじさんの店、予約しといたから
もっとも、今はおじさん引退しちゃって、息子が後継いでるけど」
「マサキさんでしたね?お店で何度かお会いしました」
「マサ兄、5年くらいイタリアで修行してきたんだってさ
都内の有名なイタリアンレストランでも働いてたことあるし、たいしたもんだ」
俺は、久しぶりに行く街、久しぶりに会う人を思い気分が高揚してきた。
そんな俺の気持ちを感じ取ったのか、ナガトもニコニコしている。
「梅雨の晴れ間で今日は爽やかな気候だし、散歩するにはもってこいだ」
「ですね、では参りましょうか」
俺達は足取りも軽く、出発した。
電車に乗れば、30分とかからずにその街に到着する。
もともとナガトがしっぽやに出勤しやすいようにと、事務所に通いやすい場所でマンションを探したからだ。
俺の実家からも近い位置にある。
「駅が、少しキレイになってますね」
ナガトが懐かしそうに辺りを見回した。
「作りは変わってないが塗り替えたみたいだな、でも、キオスクが無くなってるか
ああ、駅の真ん前にコンビニが出来たせいだ」
俺達は物珍しい場所に来たみたいに、キョロキョロしながら辺りを見回してしまう。
「とりあえず、マンションを見に行ってみるか」
俺達は連れだって歩き出した。
小さな商店街を歩いていると、色々な思い出がよみがえってくる。
「おお、あそこの花屋は健在だ!1回も花、買ったことないけどさ
店先につながれてるプードルが懐っこくて、よく触らせてもらったっけ
さすがに、もう居ないみたいだな」
「あの方は、猫にも友好的でしたね」
「なんだありゃ、文具屋がクリーニング屋と合体してる?
生き残りをかけた戦略にしては大胆だ
今は100均で文具品売ってるから、厳しいのかね」
「お魚屋さんは無くなってしまってます
お刺身が美味しかったのに…、あ、でもケーキ屋さんは残ってる
自家製カスタードクリームが入ったシュークリームが絶品でした」
「そういや、ナガトがしっぽやの帰りによく買ってきてくれたな
あのシュークリームと紅茶で、ゆっくり夜を過ごしたもんだ」
ナガトとのささやかな思い出が、暖かく胸を満たしていっくた。
商店街はすぐに終わり、今度は住宅街に入っていく。
古い作りの平屋、アパート、新しいマンションなどが立ち並ぶ、開発が徐々に進んでいるどこにでもある住宅街である。
「あった…」
ナガトがマンションを前にして、立ちすくんだ。
「新しくはないが、建て替えが必要なほど古いマンションじゃないしな」
俺は苦笑しながら、以前住んでいたマンションを仰ぎ見る。
影森マンションのように大きくも立派でもない、ありふれたマンション。
俺達が住んでいたときより外装がくたびれた感じになってしまっているが、そこは確かに俺とナガトの思い出が詰まった場所であった。
自分達が住んでいた部屋の窓を、つい確認してしまう。
「3階の角部屋でしたね
カーテンがかかってる、空き部屋ではなさそうです」
「アニメキャラの夏掛けが干してあるな
小さい子がいる家族が住んでるのかも」
俺達は暫くその窓を見上げていた。
「住んでたのは5年ちょいだったな、3回目の更新の前に出たんだ」
「あれから、随分経ったような気がします」
ナガトが感慨深げに呟いた。
「そうだな」
俺がナガトの手を握ると、彼も握り返してくれる。
ここで過ごした時間、2人の思い出の時間が俺達の胸の内に押し寄せてくるようであった。
暫く思い出の奔流に身を任せていたが
「行くか」
俺が声をかけると
「そうですね、いつまでもこんな所で立っていると不審者に間違われてしまいそうです」
ナガトは悪戯っぽい顔で微笑んだ。
「もうここは、私達の場所じゃない」
「ああ、俺達の居る場所は、影森マンションの皆の側だ」
俺はニヒッと笑ってみせる。
「さて、そろそろランチに向かうか
今日の煮込みは何だろ、マサ兄、おじさんと同じ煮込み作れんのかな」
「ゲンのお気に入りの煮込みですね
あれは、トマトの甘みと酸味が絶妙で、他では食べられないプロの味です」
「あれを『家庭料理』って言うんだからな~
イタリアの家庭料理、レベル高!」
「私も負けていられません」
この道を2人で歩くことは今後無いだろう、という一抹の寂しさを感じながら、俺達は楽しげな会話を交わし、駅までの道を歩くのであった。