しっぽや(No.70~84)
久しぶりに行った猫カフェは、お客の多さに驚かされた。
けれども無秩序に込み合っていると言う感じはせず、猫も人もゆったりとした時間を楽しんでいるようであった。
ドリンク付き2時間コースを頼み奥に行くと、大きな人が屈んでいるのが見えた。
「そっと抱っこして、小さな声で話しかけてあげるんだよ
大きな声を出さなくても、猫はちゃんと聞いてくれる
君の腕の中が気持ちいいって、わかってくれるからね
撫でるときは優しくね、君だってこうやって撫でてもらった方が気持ちいいだろ?」
大きな人は波久礼であった。
彼は小学校低学年くらいの子供に、猫の抱き方を教えてあげていたのだ。
それで、俺はこの店の客のマナーの良さに納得がいった。
「こんにちは」
俺は小声で波久礼に話しかけた。
彼は俺に気が付くと
「タケぽんじゃないですか
今日はバイトは休みですか?
しっぽやに行かずここに来ているのがバレたら、ひろせに怒られますよ」
少し驚いた顔を見せた。
「ひろせ公認で来てます」
俺はヘヘッと笑い、他の客には聞こえないよう先ほどまでの話を彼に伝える。
「それで、波久礼に猫との意志疎通の極意を教えてもらいたいんだ」
俺が真剣な顔で頼むと
「いや、極意というほどのものでは
猫達は愛されることに貪欲です
そして愛すれば愛するほど、その愛を返してくれるのですよ」
うっとりとした顔の波久礼は、流石に俺も引くレベルの猫バカになっていた…
「アニマルコミュニケーターの能力を高めたいのであれば、少し高度な猫との接し方を試してみましょうか
誰か、彼に付き合っても良い方はいるかい?
彼は君たちのことを深く知りたがってるんだ」
波久礼の言葉で、窓際で寝ていたチンチラゴールデンが身を起こし、こちらに近付いてきた。
「ひらまさ君か、ご協力ありがとう
どうやら、タケぽんは長毛種と相性が良いみたいだね」
「そうかも」
波久礼の言葉に、俺は嬉しくなって笑ってしまった。
「ではタケぽんはここに座って、ひらまさ君は彼の膝の上でくつろいで
少し深く心に触るけど大丈夫、彼は怖い人間ではないからね」
波久礼に撫でられた猫が、かすかにのどを鳴らして答えていた。
「では、タケぽんは目を閉じて、晴れた小路をイメージしてみるんだ
そうだな、爽やかな風が吹き美しい緑に囲まれた、山の中の小路が良いかな
そこを、ひらまさ君と一緒に散歩しているんだ」
唐突な波久礼の言葉に戸惑いつつも、俺は何とかそんな小路を散歩するイメージを作ってみる。
「暫く行くと、テラスがあるロッジが見えてくる
そのテラスで少し、日向ぼっこをしてみよう」
これは、以前にゲンちゃんに連れて行ってもらった高原のドッグカフェのイメージと重なったため想像しやすかった。
「テラスにあるベンチに、ひらまさ君と座ってみるんだ
ひらまさ君のそばに、もう1匹、猫が居ることに気が付いたかい?」
波久礼に言われてイメージすると、確かにもう1匹猫の影が見えた。
しかしそれは短毛種で、灰緑色というあり得ない色に感じられた。
「その方は、ひらまさ君を守っている存在だよ
ひらまさ君と意志疎通する前に、その方にご挨拶して許可を取ってごらん」
そんな事を言われた俺は、おっかなびっくり
「あの、こんにちは、ひらまさ君とお話ししたいんだけど、良いですか?」
そう心の中で話しかけてみた。
『どうぞ』
驚いたことに、その灰緑色の猫の影からそんな感情が流れてくる。
「許可をもらえたら、ひらまさ君に君の事を伝えてあげて
愛する猫たちのことを、もっと教えて欲しいって
もちろん、ひらまさ君のことも、愛する猫であると」
人間相手にはとてもじゃないけど伝えられない愛の言葉を、俺は猫には素直に伝えていた。
そのうちに波久礼の補佐が無くても、だんだんひらまさ君のことがわかるようになっていった。
確かに猫は愛されることにとても貪欲で、自分を愛してくれる者の事が好きなのだ。
猫との関係においては愛を伝えることが意志疎通の第1歩であると、ひらまさ君は俺に教えてくれた。
「タケぽんが頼んだドリンクが出来たようだよ
今日はこの辺にしておこうか」
そんな波久礼の言葉で、俺は我に返る。
俺に抱かれているひらまさ君は、さっきより友好的な態度を示してくれていた。
「どうでしたか?
ここの猫達は人と関わる能力が高いので友好的ですが、野良猫や子猫は人との関わりが薄く、こうはいきません
まずは、飼い猫との意志疎通を試すのが良いと思いますよ」
「わかりました!家に帰ったら、銀次と試してみます
ひろせとも、出来るかな」
照れる俺に
「ひろせとは、とっくに意志疎通できているでしょう」
波久礼は悪戯っぽい笑みを見せた。
イートインコーナーでアイスロイヤルミルクティーを飲みながら
『確かに意志疎通できたけど、今のでわかった事って、俺が猫バカで長毛種猫が好きってことだった…
これ、捜索の役に立つ情報…?』
そう気が付いて、俺はまだまだ先は長そうだと遠くを見てしまうのであった。
波久礼にお礼を言って、俺は猫カフェを後にした。
しっぽやに戻るとカズハさんがソファーに座っていて、何故か空は彼の膝枕で眠っていた。
幸せそうなシチュエーションなのに、空の顔は苦悶の表情にも見える。
「ただいま戻りました、って、空、どうしたの?」
俺が小声で問いかけると
「あの、ちょっと疲れてるのみたいだから、寝かせてあげて」
曖昧な表情のカズハさんが小声で答えてくれた。
「空は懲りない子だね、そこが可愛いんだけど」
カズハさんは優しく空の髪を撫でていた。
黒谷と白久は澄ました顔をしている。
ソファーにはミイちゃんも座っていたが、俺が出かける前と髪型が違っていた。
三つ編みよりももっと細かい感じで、2つに結っている。
ピンクのリボンが付いているのが、とても可愛らしかった。
「あれ?ミイちゃん凄い可愛い髪型になってる」
俺が笑いかけると
「カズハ様に結っていただいたのです」
ミイちゃんは嬉しそうに、少し恥ずかしそうに頬を染めた。
「似合うよ、リボンがシンプルなワンピースに華やかに映えてる」
「まあ、ありがとうございます
どこぞのうつけと違い、何と細やかに物を見る方でしょう
ああ、そう言えば『うつけ』は漢字で『空け』とも書きましたね
名付けが悪かったのかしら…」
ミイちゃんはため息を付きながら考え込んだ。
「どう?猫との意志疎通は上手くいった?
波久礼、ちゃんと教えられたかな」
黒谷が所長席から声をかけてくる。
「意志疎通は出来たと思うんだけど
もらえる情報がちょっと偏ってるというか…
難しいねー」
俺は苦笑して頭をかいた。
「猫の思考は散文的ですからね
もともと群で暮らす生態ではないので、仲間内のコミュニケーションが特殊なのでしょう
自分が伝えたいことしか伝えてこないから、多くの情報を感じ取ることは慣れない者には困難です
私も以前、苦労したことがありますよ」
白久も苦笑をみせていた。
「ここの猫達は人との関わりが濃いので、普通に会話出来るんですけどね」
「そういや、ここに来たばかりの羽生には手を焼かされたっけ
子猫だったってのもあるけど、思考も行動も突拍子がなくて
中川先生に飼っていただいて、意志疎通もスムーズになって助かったよ」
「ああ、そんな時期もありました」
思い出話に花が咲く黒谷と白久に
「あの、ひろせは?」
俺は気になっていたことを問いかけた。
事務所内にひろせの気配が無いのが気になっていたのだ。
「ひろせは、長瀞と羽生の応援に行ってもらってるよ
捜索相手が子猫で、高いとこに登ちゃったらしいんだ
2人じゃ手が届かなくて困ってるって連絡が来てね
ひろせの方が少し背が高いから手が届くんじゃないかって
しかし遅いね、ダメだったのかも」
黒谷が難しい顔を見せた。
「背が高い猫プロ、来てるじゃん」
俺の言葉に皆がハッとした顔をした。
すかさず黒谷がスマホを取り出し、操作してミイちゃんに渡す。
ミイちゃんはそれを耳に当て
「波久礼、至急こちらに戻りなさい
長瀞達の捜索を手伝って欲しいのです
子猫が高所に登ってしまい、降りられずに困っているようです
場所は事務所で教えますから、って………あら、まあ、そうなの?
ええ、わかるのなら直接向かってかまいませんが…
気を付けて行きなさいね」
少し呆然とした顔で通話を終える。
スマホを黒谷に返しながら
「何だか、すぐに向かうと…」
ミイちゃんは困惑した顔になった。
「三峰様、釘を刺しておかないと、お屋敷が猫屋敷になりますよ
あいつのパワー、最近凄いんだから」
黒谷の言葉に、白久が盛大に頷いていた。
波久礼に連絡をして30分くらい経ったろうか、そろそろしっぽやの終業時間なので皆で後片づけをしている最中。
子猫を抱き抱え、猫の化生を引き連れた波久礼が帰ってきた。
「お見事」
黒谷が呆れながらもパチパチと拍手する。
「俺、この子を飼い主に送り届けて、そのまま上がっちゃうね」
羽生がケージの用意をし始めた。
「三峰様と波久礼は、このまま家に来て泊まっていってください
ゲンが楽しみにしてます」
「あの、僕達も夕飯、ご一緒して良いですか?」
あわあわと声をかけるカズハさんに
「どうぞ、何かゲンに相談したいことがあるのでしょう」
長瀞さんは優しく微笑んでいた。
『タケシ』
言葉ではない想いが、今までよりクリアに俺の胸に語りかけてきた。
「お帰りひろせ、ご苦労様」
『ひろせ、誰よりも愛してる』
俺は彼に向かい言葉と心、両方で想いを伝えてみせた。
ひろせはうっとりとした顔で俺に抱きついて、甘えるように胸に顔を埋めてくる。
『タケシ、僕も愛してる』
『俺、もっと頑張って、ひろせの役に立てるように頑張るよ
俺達の未来に向かって一緒に歩いていこう』
『はい』
無言で熱く抱き合う俺達に
「やはり、ひろせとの意志疎通は完璧ですね
タケぽんなら、他の猫とも通じあえるようになりますよ」
波久礼が大きく頷きながら、感心したような視線を向けてくるのであった。
けれども無秩序に込み合っていると言う感じはせず、猫も人もゆったりとした時間を楽しんでいるようであった。
ドリンク付き2時間コースを頼み奥に行くと、大きな人が屈んでいるのが見えた。
「そっと抱っこして、小さな声で話しかけてあげるんだよ
大きな声を出さなくても、猫はちゃんと聞いてくれる
君の腕の中が気持ちいいって、わかってくれるからね
撫でるときは優しくね、君だってこうやって撫でてもらった方が気持ちいいだろ?」
大きな人は波久礼であった。
彼は小学校低学年くらいの子供に、猫の抱き方を教えてあげていたのだ。
それで、俺はこの店の客のマナーの良さに納得がいった。
「こんにちは」
俺は小声で波久礼に話しかけた。
彼は俺に気が付くと
「タケぽんじゃないですか
今日はバイトは休みですか?
しっぽやに行かずここに来ているのがバレたら、ひろせに怒られますよ」
少し驚いた顔を見せた。
「ひろせ公認で来てます」
俺はヘヘッと笑い、他の客には聞こえないよう先ほどまでの話を彼に伝える。
「それで、波久礼に猫との意志疎通の極意を教えてもらいたいんだ」
俺が真剣な顔で頼むと
「いや、極意というほどのものでは
猫達は愛されることに貪欲です
そして愛すれば愛するほど、その愛を返してくれるのですよ」
うっとりとした顔の波久礼は、流石に俺も引くレベルの猫バカになっていた…
「アニマルコミュニケーターの能力を高めたいのであれば、少し高度な猫との接し方を試してみましょうか
誰か、彼に付き合っても良い方はいるかい?
彼は君たちのことを深く知りたがってるんだ」
波久礼の言葉で、窓際で寝ていたチンチラゴールデンが身を起こし、こちらに近付いてきた。
「ひらまさ君か、ご協力ありがとう
どうやら、タケぽんは長毛種と相性が良いみたいだね」
「そうかも」
波久礼の言葉に、俺は嬉しくなって笑ってしまった。
「ではタケぽんはここに座って、ひらまさ君は彼の膝の上でくつろいで
少し深く心に触るけど大丈夫、彼は怖い人間ではないからね」
波久礼に撫でられた猫が、かすかにのどを鳴らして答えていた。
「では、タケぽんは目を閉じて、晴れた小路をイメージしてみるんだ
そうだな、爽やかな風が吹き美しい緑に囲まれた、山の中の小路が良いかな
そこを、ひらまさ君と一緒に散歩しているんだ」
唐突な波久礼の言葉に戸惑いつつも、俺は何とかそんな小路を散歩するイメージを作ってみる。
「暫く行くと、テラスがあるロッジが見えてくる
そのテラスで少し、日向ぼっこをしてみよう」
これは、以前にゲンちゃんに連れて行ってもらった高原のドッグカフェのイメージと重なったため想像しやすかった。
「テラスにあるベンチに、ひらまさ君と座ってみるんだ
ひらまさ君のそばに、もう1匹、猫が居ることに気が付いたかい?」
波久礼に言われてイメージすると、確かにもう1匹猫の影が見えた。
しかしそれは短毛種で、灰緑色というあり得ない色に感じられた。
「その方は、ひらまさ君を守っている存在だよ
ひらまさ君と意志疎通する前に、その方にご挨拶して許可を取ってごらん」
そんな事を言われた俺は、おっかなびっくり
「あの、こんにちは、ひらまさ君とお話ししたいんだけど、良いですか?」
そう心の中で話しかけてみた。
『どうぞ』
驚いたことに、その灰緑色の猫の影からそんな感情が流れてくる。
「許可をもらえたら、ひらまさ君に君の事を伝えてあげて
愛する猫たちのことを、もっと教えて欲しいって
もちろん、ひらまさ君のことも、愛する猫であると」
人間相手にはとてもじゃないけど伝えられない愛の言葉を、俺は猫には素直に伝えていた。
そのうちに波久礼の補佐が無くても、だんだんひらまさ君のことがわかるようになっていった。
確かに猫は愛されることにとても貪欲で、自分を愛してくれる者の事が好きなのだ。
猫との関係においては愛を伝えることが意志疎通の第1歩であると、ひらまさ君は俺に教えてくれた。
「タケぽんが頼んだドリンクが出来たようだよ
今日はこの辺にしておこうか」
そんな波久礼の言葉で、俺は我に返る。
俺に抱かれているひらまさ君は、さっきより友好的な態度を示してくれていた。
「どうでしたか?
ここの猫達は人と関わる能力が高いので友好的ですが、野良猫や子猫は人との関わりが薄く、こうはいきません
まずは、飼い猫との意志疎通を試すのが良いと思いますよ」
「わかりました!家に帰ったら、銀次と試してみます
ひろせとも、出来るかな」
照れる俺に
「ひろせとは、とっくに意志疎通できているでしょう」
波久礼は悪戯っぽい笑みを見せた。
イートインコーナーでアイスロイヤルミルクティーを飲みながら
『確かに意志疎通できたけど、今のでわかった事って、俺が猫バカで長毛種猫が好きってことだった…
これ、捜索の役に立つ情報…?』
そう気が付いて、俺はまだまだ先は長そうだと遠くを見てしまうのであった。
波久礼にお礼を言って、俺は猫カフェを後にした。
しっぽやに戻るとカズハさんがソファーに座っていて、何故か空は彼の膝枕で眠っていた。
幸せそうなシチュエーションなのに、空の顔は苦悶の表情にも見える。
「ただいま戻りました、って、空、どうしたの?」
俺が小声で問いかけると
「あの、ちょっと疲れてるのみたいだから、寝かせてあげて」
曖昧な表情のカズハさんが小声で答えてくれた。
「空は懲りない子だね、そこが可愛いんだけど」
カズハさんは優しく空の髪を撫でていた。
黒谷と白久は澄ました顔をしている。
ソファーにはミイちゃんも座っていたが、俺が出かける前と髪型が違っていた。
三つ編みよりももっと細かい感じで、2つに結っている。
ピンクのリボンが付いているのが、とても可愛らしかった。
「あれ?ミイちゃん凄い可愛い髪型になってる」
俺が笑いかけると
「カズハ様に結っていただいたのです」
ミイちゃんは嬉しそうに、少し恥ずかしそうに頬を染めた。
「似合うよ、リボンがシンプルなワンピースに華やかに映えてる」
「まあ、ありがとうございます
どこぞのうつけと違い、何と細やかに物を見る方でしょう
ああ、そう言えば『うつけ』は漢字で『空け』とも書きましたね
名付けが悪かったのかしら…」
ミイちゃんはため息を付きながら考え込んだ。
「どう?猫との意志疎通は上手くいった?
波久礼、ちゃんと教えられたかな」
黒谷が所長席から声をかけてくる。
「意志疎通は出来たと思うんだけど
もらえる情報がちょっと偏ってるというか…
難しいねー」
俺は苦笑して頭をかいた。
「猫の思考は散文的ですからね
もともと群で暮らす生態ではないので、仲間内のコミュニケーションが特殊なのでしょう
自分が伝えたいことしか伝えてこないから、多くの情報を感じ取ることは慣れない者には困難です
私も以前、苦労したことがありますよ」
白久も苦笑をみせていた。
「ここの猫達は人との関わりが濃いので、普通に会話出来るんですけどね」
「そういや、ここに来たばかりの羽生には手を焼かされたっけ
子猫だったってのもあるけど、思考も行動も突拍子がなくて
中川先生に飼っていただいて、意志疎通もスムーズになって助かったよ」
「ああ、そんな時期もありました」
思い出話に花が咲く黒谷と白久に
「あの、ひろせは?」
俺は気になっていたことを問いかけた。
事務所内にひろせの気配が無いのが気になっていたのだ。
「ひろせは、長瀞と羽生の応援に行ってもらってるよ
捜索相手が子猫で、高いとこに登ちゃったらしいんだ
2人じゃ手が届かなくて困ってるって連絡が来てね
ひろせの方が少し背が高いから手が届くんじゃないかって
しかし遅いね、ダメだったのかも」
黒谷が難しい顔を見せた。
「背が高い猫プロ、来てるじゃん」
俺の言葉に皆がハッとした顔をした。
すかさず黒谷がスマホを取り出し、操作してミイちゃんに渡す。
ミイちゃんはそれを耳に当て
「波久礼、至急こちらに戻りなさい
長瀞達の捜索を手伝って欲しいのです
子猫が高所に登ってしまい、降りられずに困っているようです
場所は事務所で教えますから、って………あら、まあ、そうなの?
ええ、わかるのなら直接向かってかまいませんが…
気を付けて行きなさいね」
少し呆然とした顔で通話を終える。
スマホを黒谷に返しながら
「何だか、すぐに向かうと…」
ミイちゃんは困惑した顔になった。
「三峰様、釘を刺しておかないと、お屋敷が猫屋敷になりますよ
あいつのパワー、最近凄いんだから」
黒谷の言葉に、白久が盛大に頷いていた。
波久礼に連絡をして30分くらい経ったろうか、そろそろしっぽやの終業時間なので皆で後片づけをしている最中。
子猫を抱き抱え、猫の化生を引き連れた波久礼が帰ってきた。
「お見事」
黒谷が呆れながらもパチパチと拍手する。
「俺、この子を飼い主に送り届けて、そのまま上がっちゃうね」
羽生がケージの用意をし始めた。
「三峰様と波久礼は、このまま家に来て泊まっていってください
ゲンが楽しみにしてます」
「あの、僕達も夕飯、ご一緒して良いですか?」
あわあわと声をかけるカズハさんに
「どうぞ、何かゲンに相談したいことがあるのでしょう」
長瀞さんは優しく微笑んでいた。
『タケシ』
言葉ではない想いが、今までよりクリアに俺の胸に語りかけてきた。
「お帰りひろせ、ご苦労様」
『ひろせ、誰よりも愛してる』
俺は彼に向かい言葉と心、両方で想いを伝えてみせた。
ひろせはうっとりとした顔で俺に抱きついて、甘えるように胸に顔を埋めてくる。
『タケシ、僕も愛してる』
『俺、もっと頑張って、ひろせの役に立てるように頑張るよ
俺達の未来に向かって一緒に歩いていこう』
『はい』
無言で熱く抱き合う俺達に
「やはり、ひろせとの意志疎通は完璧ですね
タケぽんなら、他の猫とも通じあえるようになりますよ」
波久礼が大きく頷きながら、感心したような視線を向けてくるのであった。