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しっぽや(No.70~84)

「そんな可能性、考えたこともありませんでした」
流石にミイちゃんも呆然としている。
「能力が不完全だと日常生活で不都合が起こるのではないか、と危惧して確認に来たのですが
 そのようなことを考えてくれていたとは、思いもしませんでした
 ひろせ、貴方は本当にステキな方を飼い主に選んだのですね」
ミイちゃんの言葉で、ひろせは誇らかな顔になった。
「タケシは最高の飼い主です」
きっぱりとそう宣言されて、俺は照れくさくも嬉しい気持ちになる。
「影森マンションを建てたゲンちゃんみたいに、大きな事はできないけどさ
 俺も、皆の役に立ちたいんだ
 犬や猫ともっと意志疎通できれば、捜索の手伝いが出来るんじゃないかなって
 格好いいこと言っても、本物の犬や猫には適わないだろうけど」
俺はヘヘッと笑って頭をかいた。

「人と共に在りたい私達にとって、その架け橋になりうる存在は貴重です
 ゲンには、そろそろしっぽやにも新しい風が必要だ、と言われていました
 けれども私には何をすればよいか、見当も付かなかった…
 思えば秩父先生がお亡くなりになってから停滞していたしっぽやに、新しい風をもたらしてくれたのはゲンでした
 今度はタケぽん、貴方なのですね」
ミイちゃんの言葉に、俺は盛大に照れてしまう。
「いや、そんな、新しい風とか1人じゃ大したことは出来ないと思うけどさ
 データの管理をパソコンでしようって言い出したのは、荒木先輩と日野先輩でしょ?
 荒木先輩は皆の足になりたいから、出来るだけ早く免許取りたいって、言ってたし
 皆で少しずつ、しっぽやを良くしていけたらいいなって思ってるんです」
俺が笑うと、胸に暖かな感謝の念が流れ込んでくる。
それはこの場の化生、皆の心だと気が付いて嬉しくなった。

「しつけ教室とか始めて、俺もしっぽやに『新しい風』っての吹かせたと思うんだけどー」
少しムクレたような空の言葉に
「そうですね、その点は貴方のことを評価していますよ
 特別報酬を出しているのだから、バリバリ働きなさい」
ミイちゃんはきっぱりと言い放つ。
ミイちゃんに真っ直ぐな視線を向けられ
「は、はい」
空はオドオドと頷いていた。


「でも、訓練って言われても、具体的に何をすれば良いのかな
 山にこもって修行とか?
 それだって、山の中で何をすればいいのかわかんないや
 流石にゲンちゃんや先輩たちに聞いても、知らないだろうな」
俺は首を捻ってしまう。
「山の中で雑念を捨て、自然の気の流れを読む訓練をするのは我ら獣と意志を通わせる事に有効だと思いますが…
 タケぽんはまだお若いですからね
 人の世の勉学を疎かにさせるわけにはいきません」
ミイちゃんの言葉に俺は頷いた。
「確かに俺、勉強そんなに好きじゃないけど…
 しっぽやに関わってるせいで成績悪くなった、って絶対思われたくないもん
 ここを、逃げる場所にはしたくないんだ
 山籠もりとか必要なら、夏休みの間だけやってみるんじゃ、甘いのかな」
困ってしまった俺を、ミイちゃんは目を細めて見てくれた。

「タケぽんは、能力を改善しないといけない緊急性が、無さそうですね
 きちんと自分の考えを持っている、素晴らしいことです
 徐々にで良ければ、まずは身近な獣と意志疎通させる事から始めてみるのがよいでしょう」
「身近?」
俺は思わずひろせの顔を見てしまう。
ひろせはアッと何かに気が付いたような顔をして
「タケシ、猫です!
 最初に意志疎通が出来たのは、猫の『しるば』とですよね
 僕だって猫だし、猫と意志疎通させることから始めるのが良いんじゃないですか?」
そう、俺に助言してくれる。
ミイちゃんも大きく頷いていた。
「そっか猫か、なら銀次にも協力してもらえるし、いつからでも始められるよ」
俺はその考えに興奮してきた。

「猫と言えば、猫のエキスパートのような者がこちらに来ております」
ミイちゃんがクスクス笑いながら言うと、皆は納得した顔になる。
「兄貴、やっぱ猫カフェに行ってるんだ
 武衆の長が三峰様ほっぽって何やってんだか」
空は呆れた顔をするが
「あの子にも、息抜きは必要ですからね」
ミイちゃんは優しく微笑んでいた。

「よければ今から猫カフェに行って、波久礼に教えを請うてください
 場所は、ご存じですか?」
ミイちゃんにそう言われ、俺は黒谷に視線を向けた。
「行っておいで、こちらで急ぎの事務仕事はないから
 これも、業務のうちだ」
黒谷は頷いてくれる。
「何度かゲンちゃんに連れてってもらったことあるから、場所はわかります
 じゃあ、行ってくるね」
少し寂しそうな顔で見つめてくるひろせを安心させるように抱きしめると
「大丈夫、俺にとっての1番の猫はひろせだよ」
そう言ってキスをして、優しく髪を撫でた。
「はい」
俺の心が伝わった彼は、嬉しそうな顔になる。

「じゃ、ちょっと行ってきます」
俺はそう言い残し、しっぽやをあとにするのであった。
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