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しっぽや(No.70~84)

side<TAKESI>

梅雨の晴れ間、とは言い難いけど、傘をささずにすんでいる曇天(どんてん)の放課後。
俺は学校からバイト先であるしっぽやに1人で向かっていた。
今日は荒木先輩は家庭の用事、日野先輩は部活なのでバイト員は俺だけなのだ。
今まで1人で仕事をしたことがなかったから、少し緊張してしまう。
『えっと、未入力の報告書があったらそれのデータを入力するだろ
 んで、誰も居ないときに依頼人が来たら、お茶を出して話を聞いて犬なら黒谷、猫ならナガトのスマホに連絡して指示を仰ぐ
 後、何すれば良いかな
 古い資料とかは、日野先輩がいる時に整理しないと分かんないし
 お茶の買い出しは荒木先輩と一緒の方が良いもんな
 あ、おつとめ品で買った煎餅の賞味期限近いから食べて、って言われてたんだっけ』
俺はしっぽやに着いてからやることを、色々と考えていた。
『ひろせ、捜索に出ちゃってるかな
 捜索行く前に、行ってらっしゃいのキスとかしたら張り切ってくれるかな』
愛しい飼い猫のことを考えて、つい笑みを浮かべてしまう。
自分がニヤニヤしながら歩いてる危ない奴だと気が付いた俺は、慌てて表情を引き締めしっぽやへの道を歩くのであった。


しっぽやまで後少し、といった場所で、可愛い女の子が1人でポツンと立っている姿が俺の目にとまった。
真っ黒な長いストレートの髪、可憐な白いワンピース。
ゲームやアニメに出てくる『美少女(幼女?)』そのもの、といったような子だった。
本来ならば、守ってあげたくなる代表のような存在だろう。
なのに俺はその子を見たとたん、体が震えてきてしまったのだ。
怖くて怖くて堪らない、山の中でいきなり熊やイノシシといった危険な野生の獣に遭遇してしまったような、そんな危機感でいっぱいになる。
生物としての格の違いを、見せつけられているようであった。
この子に比べたら、俺よりデカい空ですら可愛い子犬に思われた。

「あの」
件(くだん)の美少女が、俺に話しかけてくる。
「ヒッ」
俺は恐怖のあまり情けない悲鳴を上げながら、1歩後ずさってしまった。
「犬を見かけませんでしたか?
 はぐれてしまって…」
困ったような表情を見て、やっと俺は自分がこの子に対して変な反応を示していることに気が付いた。
誰かに見られていたら、あからさまに俺の方が不審人物だろう。
「い、犬…?」
口の中がカラカラに乾いていた俺は、やっとの思いで掠れる声を振り絞った。
「ええ、灰色で、モコモコしていて、大きいのです」
女の子は可愛らしく小首を傾げながら答える。
『灰色でモコモコしてて大きいって…波久礼?
 ひろせが化生したてのころお世話になってたって狼犬?』
何度か会ったことのある彼を思いだし、俺は慌てて首を振ってその考えを追い払った。

『何考えてんだ俺、犬だって言ってるじゃん
 えと、モコモコ灰色の犬、ハスキーとかアラスカンマラミュート、オールドイングリッシュシープドッグ?
 でも、この子から伝わってくる灰色でモコモコのイメージは、空って言うより波久礼なんだけど…』
俺はそこで自分の考えにギクリとなった。
『伝わってくるイメージ?俺、人の考えてることなんてわかんないぞ
 わかるとしたら、ひろせが考えてることで…』
混乱する俺を前に、美少女はクスクスと笑い出した。

「やはり貴方は荒木と同じようにはいかないみたいですね
 勘の鋭い方だこと
 怖がらせてしまって、ごめんなさいね」
彼女は大人びた口調で謝ってくる。
「荒木先輩の…知り合い?」
俺が恐る恐る聞くと、彼女は優しく微笑みながら頷いた。
「ひろせの事も知ってますよ
 あの子から聞いたことはありませんか?」
その言葉に俺はハッとなる。
「あ、それじゃ、貴女が『三峰様』!」
彼女のことが怖かったのも頷ける、俺の目の前にいる存在は野生の狼なのだ。
「どうぞ、『ミイちゃん』とお呼びください
 私も『タケぽん』と呼ばせていただいてよろしいかしら
 人間のことを親しいあだ名で呼ぶなんて、初めてですわ」
ミイちゃんが、はにかんだ笑顔を見せる。
その笑顔を見て、俺がミイちゃんに感じていた恐怖は溶けるように消えていった。

「さあ、こんな所で立ち話もなんですから、しっぽやに参りましょう」
ミイちゃんは俺に手を差し出してくる。
「はい」
俺がその手を取ると『コンビニ』と『アイス』の映像が浮かんできた。
確かに今日は少し蒸し暑く、アイスでも食べたい感じだった。
「アイス、買って行きましょうか
 箱のを何個か買って冷凍庫に入れとけば、皆で食べられるし
 そういえば、今日は和風カップアイスの新作が出るってネットのニュースで見たな
 あれ、美味しそうだったから探してみましょう」
そんな俺の言葉に
「まあ、私としたことが」
ミイちゃんは恥ずかしそうに頬を染めるのであった。



俺達はコンビニでアイスを買い込んで、しっぽやに到着する。
「ちわー、アイス買ってきたよー
 よかったら、溶けないうちに食べて」
事務所で俺がビニール袋を掲げると
「やったー、アイスアイス-!」
空が控え室から笑顔で姿をあらわして、早速ビニール袋の中を物色し始める。
「色々あるね、どれにしようかなー
 やっぱ王道のバニラ!」
ほくほくとカップのバニラアイスを手にした空は、そこで初めてミイちゃんに気が付いた。
「あれ、三峰様じゃん、波久礼の兄貴はまた猫カフェ?」
「空、貴方、私の存在より先にアイスに気が付いたのですね…」
心なしか、ミイちゃんから怖いオーラが放たれている。
「いや、ほら、アイスは早くしないと溶けちゃうじゃないですか
 三峰様は何にします?あ、バニラが良かった?」
空は焦ってミイちゃんにアイスを勧めだした。
「私は、新発売の和風カップアイスにします」
ミイちゃんがアイスを取り出すと
「黒谷も選びなさい、料金はタケぽんが立て替えてくださったので経費で落としてお返ししてね」
今度は黒谷にビニール袋を手渡した。

「かしこまりました
 どれにしようかな、っと、カルピス味のパピピコだ
 シロ、これ半分こしない?」
「良いですね、これを見ると懐かしくなります
 最近のは、ずいぶんと開けやすくなったものです
 昔は食いちぎって開けてましたからね」
控え室から出てきた白久がミイちゃんに頭を下げながら、黒谷と話し込んでいる。
「タケシ!」
同じく控え室から出てきたひろせが、俺に満面の笑みを向けてきた。
「ひろせ」
化生しか室内にいない安心感で、俺は思わずひろせを抱きしめる。
「午前中に、長瀞と一緒に1件仕事を終わらせました」
誇らかに報告してくるひろせが可愛くて
「偉いね、ひろせは凄いよ」
俺は彼の髪を撫でながら頬にキスをした。
「三峰様、お久しぶりです」
俺に抱かれたまま、ひろせはミイちゃんに笑顔を向けた。
「本当に、良い方に飼っていただけましたね」
ミイちゃんは、慈愛に満ちた微笑みでひろせを見てくれた。

ソファーに座り、事務所にいるメンバーでアイスを食べる。
俺とひろせはパピピコのチョコモカ味を半分こしていた。
「黒蜜ときな粉の風味に、求肥がとてもあいますね
 カップアイスなのに、本格的なデザートのようだわ」
ミイちゃんはアイスをとても気に入ってくれた。
「タケシは新作のお菓子をチェックして、色々教えてくれるんですよ」
「でも、ひろせが作るお菓子の方が市販品より美味しいんだ」
盛大にノロケあう俺達を見るミイちゃんの目が笑っている。
「ひろせが幸せそうで、なによりです
 武衆(ぶしゅう)の犬達はひろせが居なくなって寂しがってましたから、現状を伝えておきますね
 今まで貴方のように彼らに懐いてくれた猫はいないので、何だか皆、波久礼のように猫に飢えているのですよ」
ミイちゃんは苦笑する。
「誰かがうっかり子猫を保護しないといいけど」
黒谷の言葉に場の全員が1人の人物を思い浮かべ、曖昧な笑いをみせた。

「三峰様、今日はタケぽんに会いに来たのですか
 荒木より若い飼い主なので、心配なさったのでは」
白久の問いかけに
「若いというのもありますが、アニマルコミュニケーターなる能力とはどのようなものなのか、ちょっと興味がありまして
 見事に、心を読まれてしまいました」
ミイちゃんは赤くなりながらアイスを口にする。
「しかしまだ、その能力は完全なものではないようですね」
伺うような視線を向けてくるミイちゃんに、俺は困った顔を向けた。
「自分でも半信半疑ってとこです
 ひろせの考えはわかるけど、散歩中の犬や塀の上の猫の考えてる事なんてわかんないし…
 ミイちゃんのだって、手に触れなかったらわからなかったよ」
頭をかく俺に
「けれども、この姿の私に恐怖していたでしょう
 荒木には見られなかった反応です
 私が野生の獣であることを察知したとしか思えません
 今後の訓練次第で、その能力は強くなる可能性を秘めているのではないでしょうか」
ミイちゃんは真剣な眼差しを向けてきた。

『訓練』
その言葉を聞いて、俺は胸がドキドキしてきた。
それは、俺が思い描く未来に近づくために必要なことだと感じていたからだ。
「あの、俺、訓練してみたいです!
 もっと犬や猫と心を通わせることが出来たら、ここで所員として働きたくて
 ひろせの捜索の手伝いがしたいんです!」
ナガトを好きだった頃に漠然と感じていた夢であったが、しっぽやの内情を知った今はもっとリアルにここで働きたいと思うようになったのだ。
ひろせと一緒にいたいという不純な動機もあったけど、人目線でのしっぽやの在り方も模索してみたかった。

「人間が所員として捜索に携わる」
以前に俺にそう助言してくれた空以外の化生が驚きの表情を見せる。
「俺は、良いと思うけどな」
空は面白そうにニヤニヤ笑っていた。
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