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しっぽや(No.1~10)

食べ終わった俺達が雑談(主にゲンさんが1人でしゃべっていた)していると

コンコン

ノックと共に、白い人が入ってくる。
それは、そうとしか形容出来ない人だった。
腰まである真っ白な長い髪、真っ白なスーツ。
背は高くないけど、神秘的な雰囲気の美青年で、手にはペット用キャリーケースを持っている。
『この人、化生だ…』
ここの事務所で何人か他の化生を見ている俺には、何となくそれがわかった。
「お帰り長瀞(ながとろ)、早かったね
 流石はうちのナンバー1所員!
 シロ、見習えよ?」
黒谷がふざけた調子で白久にそう言った。
「私が本領発揮出来るのは、長毛猫限定ですけどね」
長瀞さんは微笑んだ。

「ナガト、保護したのどんな子?
 見せて、見せて」
ゲンさんが立ち上がって長瀞さんに近付き、キャリーケースを覗き込む。
「おっ、ソマリ!鼻ペチャじゃない長毛種だ!
 可愛いなー」
ゲンさんが相好を崩すと
「そうですね、どうせ私は鼻が低いですから」
長瀞さんがツンとした態度で言う。
「長瀞はチンチラシルバーの化生なのですよ」
白久が小声で教えてくれた。
そう言われてみれば長瀞さんの白髪は銀に光って見える。
薄い茶混じりの白久の髪とは、また違った白であった。

「ナガトは『可愛い』んじゃなくて『綺麗』なんだよ」
ゲンさんはそう言って、実に自然に長瀞さんにキスをする。
それで、俺はこの2人の関係がわかった。
『ゲンさんの飼ってる化生って、長瀞さん…』
長瀞さんは穏やかな顔になって、ゲンさんに頬をスリ寄せた。
が、すぐ先程より険しい顔になり
「ゲン、あなた、またあのいかがわしい店に行きましたね」
堅い声でそう言った。
ゲンさんはギクリとし
「シャワー浴びて、服も着替えてきたのに
 ナガトは鼻聡いな…」
オドオドした態度になる。

長瀞さんはキャリーケースを所長机の上に置くと、そのまま何も言わずに所員控え室に消えていく。
ゲンさんはすごすごとソファーに戻ってきた。
「『いかがわしい店』って何?」
首を傾げて聞く羽生に
「子供は知らなくていいの」
ゲンさんは溜め息混じりにそう答える。
しかし俺を見て
「そだ、荒木少年、今度一緒に行かない?
 可愛こちゃん達、お触りし放題の店!
 いや、もちろん、無理やり触っちゃダメだぜ?
 何度も店に通って、顔を覚えてもらって、まさぐらせてもらうのよ」
ゲンさんはイヤらしく両手をワキワキ動かした。
俺は、顔が赤くなるのを自覚し
「いや、いいですよ」
慌ててそう否定する。

「1回行くと癖になるぜー
 スタンプ貯まると、特製肉球白玉入りアンミツと交換出来んの」
得意そうに言うゲンさんの言葉に、俺は違和感を覚える。
『いかがわしい店でアンミツ?』
「こじんまりしてて駅近だけど裏通りにあるから、ちょっとわかり難い店なんだ
 こっからなら30分かからないよ
 知らない?『天使の肉球』って猫カフェ」
ゲンさんに言われ
「猫カフェ?」
俺はつい顔が緩んでしまった。

「ゲン様、荒木をそのようないかがわしい店に誘うのはお止めください」
白久が咳払いをしながら堅い声で言う。
俺はハッとして
「ゲンさん、今日でスタンプ貯まったんですね」
そう言った。
「え?何でわかったの?
 凄い名推理の高校生名探偵?」
ゲンさんは慌てた顔で俺を見る。
『この人、アンミツ食べてきたから、牛丼食べてなかったんだ…』
推理するまでもなく、俺はそう気が付いた。



所員控え室の扉が開き、長瀞さんが姿を現した。
所長机に書類を置いて
「黒谷、報告書です」
そう、黒谷に声をかける。
すかさずゲンさんが立ち上がり
「俺、ナガトの淹れてくれるコーヒーが飲みたいなー」
甘えるように長瀞さんを抱きしめ髪に顔を埋めた。
「向こうでも飲んできたのでしょう?
 カフェインの取りすぎはよくありません
 タンポポコーヒーになさい」
長瀞さんに言われ
「ナガトが淹れてくれるなら何でも美味いから、それで良いよ」
ゲンさんは長瀞さんにキスをして、優しく長い白髪を撫でる。
愛していると、全身で訴えかけていた。
それを見て、俺にはピンとくる。
『素晴らしい猫あしらい…
 さっきの羽生の相手も上手かったし、この人、猫飼いのプロだ!』
猫飼い歴17年の俺は、ゲンさんに親近感を覚えた。

「甘いものだけでは栄養が偏ります
 軽く食事を取った方が良いですね、サンドイッチとか」
長瀞さんは機嫌を直して、優しくゲンさんを見た。
アンミツの事は、長瀞さんにもお見通しのようだ…
「作ってくれる?」
ゲンさんが長瀞さんの耳元で囁く。
長瀞さんが黒谷を見る。
「はいはい、行っといで
 いつまでもここでイチャイチャされると鬱陶しいよ
 長毛種の依頼がきたら連絡するから」
黒谷が呆れたように言った。

「よっし、上司の許可が下りた!
 ナンバー1所員、借りてくな
 あ、黒谷、iPhoneの使い方覚えた?
 連絡はそれでくれよ
 せっかくミイちゃんが皆でお揃いで持とうって、契約金出してくれたんだからさ」
ゲンさんの言葉に、黒谷は目を反らす。
「メールと電話のかけ方はマスターしろっつの
 そだ、荒木少年はガラケー?」
急に話をふられ、俺は慌てて
「スマホです」
そう答える。
「むむ、高校生がスマホとは生意気な
 さては一人っ子だな?
 よし、オジサンとアドレス交換しよう!」
ゲンさんは強引に俺とアドレスを交換した。

「荒木少年の事は『高校生名探偵』で登録するからな」
ニヤリと笑うゲンさんに
「じゃ俺、ゲンさんの事『原2』で登録しときます」
俺も笑ってそう答える。
「くそっ、そんな小ネタを引っ張ってきたか」
ゲンさんは子供のように頬を膨らませるが
「後で連絡するからさ、例の店、連れてってやるよ」
ヒヒッと笑いながら、小声で囁いた。

ゲンさんと長瀞さんが出て行くと、事務所は急に静かになった。
「ゲンさんって、不思議な人だね
 わざわざ羽生に牛丼の買い方と食べ方を教えにきてくれたの?」
俺が首を捻ると
「荒木を見に来たんだよ」
黒谷が笑ってそう言った。
「すいません、私に飼い主が現れたのが、皆、珍しいらしく
 荒木のように10代の飼い主はマレなので、余計目立ってしまって」
白久が恐縮したように首を竦める。
そう言えばミイちゃんも、俺を見にきた、とか言ってたっけ…
「荒木は僕達の間じゃ、ちょっとした有名人なのさ」
黒谷はニヤニヤしている。

「さて、今日は荒木には書類整理を手伝ってもらおうか
 それであれだ、ちょっと、これの使い方を教えてもらいたいかな、って」
黒谷が所長机の引き出しからそっとiPhoneを取り出すと
「あの、私も一緒に教えてください…」
白久もポケットからiPhoneを取り出した。
羽生を見ると
「俺は、サトシがガラケーってやつだから、お揃い!
 これでちゃんと、サトシと電話出来るんだ
 字を習ってるからメールも少しずつ覚えてるよ」
得意気な顔を向けてくる。
羽生が持っているのは、年寄り用の操作が簡単な携帯だった。

『…うん、黒谷も白久も格好つけないで、こっちにしとけば良かったのに
 と言うか、全員こっちにすれば良かったんじゃ
 あ、前に俺がミイちゃんに「スマホ」とか言っちゃったせいか』
俺はそう思いながらも、白久のためにしてあげられる事があるのがとても嬉しかった。
「自分の持ってる機種じゃないと使い方わかんないけど…
 ま、どうにかなるか
 取りあえず、電話とメール、出来るようになれば良いんだよね?
 見せて、どこのiPhone使ってんの?」
何となく想像はついていたが、俺はそう聞いてみる。

2人の持っている物は、白い犬がトレードマークのものだった。
『ここに契約させたのは、ゲンさんのアイデアだろうな』
俺はそう考えて、おかしくなる。
「俺のはAndroidだけど、こっちわかるかなー?」
そんな事を言いながら、電源すら入っていなかったそれを弄り始めるのであった。
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