しっぽや(No.70~84)
カズ先生の自宅は、秩父診療所から徒歩10分くらいの場所にあった。
屋根付きの駐車スペースに停めてある車の中にいたカズ先生が、俺たちの姿に気が付いて降りてきた。
俺達もカズ先生に近付き、一緒に駐車スペースに立つ。
「ごめんね、いきなり雨の中呼び出しちゃって」
恐縮するカズ先生に
「かまいませんよ
少しでもご恩返しできれば、幸いです」
白久は頭を下げた。
「こんにちは、今日は俺も補佐役で来ました」
俺も頭を下げると
「荒木君まで、すまないねー
おや、制服だ、学校行ってたの?部活かな?」
カズ先生は不思議そうな顔をする。
「うちの高校、土曜は半ドンなんですよ」
「こりゃまた、半ドンなんて古い言葉を知ってるね
今の学校は週2日休みが多いから、若い子には通じないと思ってたよ
ゆとりじゃない学校があるのは、ボクなんかには頼もしいな」
カズ先生はハハッと笑った。
「カズ先生」
白久がやんわり促すと
「そうだ、依頼、依頼」
先生はハッとした顔になる。
「電話でも言ったけど、秋田犬の子犬なんだ
名前は、まだ無い」
「カズ先生、猫じゃないんだから」
俺は苦笑してしまう。
「いや、ほんとに無いんだよ
さっきブリーダーから貰い受けて、家に連れてきたばかりなんだ
だからあの子、この辺の地理感がまるっきり無いんだよね
自力では帰ってこれないよ
うっかりしてた、孫がリードを付けてくれてると思って、いきなりドア開けちゃったんだ
面目ない」
先生はガックリと肩を落とした。
「では、その子犬は自分がおかれている状況を理解していないのですね」
白久が緊張した声を出す。
「多分、何で自分だけ連れ出されたかわかってないだろうね
他にも何匹か兄弟残ってたから、ブリーダーの家に帰ろうとするかも
これ、血統書とブリーダーの家の場所
それと子犬の写真」
先生が渡してくれた封筒には、プリントアウトされたデータや写真が入っていた。
「虎毛…」
写真を見た白久が思わず呟いた。
「うん…ハナちゃんの髪の色と一緒」
2人は懐かしそうな顔を見せる。
俺の知らない白久の過去を知るカズ先生に、俺はやはり嫉妬してしまった。
「それでは、この家を起点に捜索を開始します
進展がありましたら、荒木のスマホに連絡いたしますのでお待ちください」
白久はそう宣言するとブリーダーの住所が書いてある書類だけを持ち、傘をさして雨の中に消えていった。
「ごめんごめん、いつまでもこんなとこに立たせちゃって
ボク達は待ってるしかないから、家に入ってお茶でも飲んでよう」
そう促され、俺たちは先生の家に入っていった。
「お邪魔します」
お医者さんの家というと豪邸なイメージがあったけど、カズ先生の家は俺の家と大差なかった。
居間に通されると、そこには俯いた少年が1人ポツンと座っていた。
「ほら、コウちゃん挨拶して
こちらペット探偵の方だよ
優秀だから、すぐ探してくれるって」
先生がそう言うと彼は顔を上げ、俺を睨むようにジロジロ見回してくる。
「お前、どこ中?バイトなんかしていいのかよ」
強い語調でそう聞いてくるが、その目元が赤いことに俺は気が付いていた。
泣いていたのを悟られないよう、強がっているのが見え見えだった。
去年カズ先生が言っていた『中学に上がったばかりの孫』のようだ。
『ってことは、今、中二か
難しい年頃だなー』
俺はあまり彼を刺激しないよう
「俺は野上 荒木
今、高校3年生だからバイトもOKなんだ
受験生でバイトしてるってのも、あれだけどさ」
なるべく穏やかな声でそう言った。
彼は探るような視線を俺とカズ先生に向けてくる。
「先輩だぞ、先輩」
先生が頷きながら言うと
「俺は川口 弘一(かわぐち こういち)
中学2年生です」
彼は渋々と言った感じで、そう答えた。
「嫁に行った娘の子だから、秩父姓じゃないんだ」
「ああ、獣医なったって娘さんの」
内情を知っているような俺たちの会話が気にくわないのか、彼はまたムスッとした顔になった。
「コウちゃん、ココアでもいれてあげようか?」
カズ先生の言葉に
「いつまでもコウちゃんとか呼ぶな、子供じゃないんだから
俺はコーヒー、ブラックで」
彼は精一杯大人びた口調でそう答える。
「荒木君は、やぶきた茶が良いかな
ちょっと良いのが手に入ったんだよ
甘みがあって、すっきりしてるんだ」
「日本茶って、値段と美味しさが比例しますよね
やぶきた茶は渋みが少なくて好きです
香気が弱いって言われてるけど、俺、そこまでこだわらないし」
この辺は白久とカズハさんの受け売りも入っているが、弘一君はギョッとした顔で俺を見た。
「お茶好きって、ジジイかよ」
小声で呟く彼の子供っぽさに、俺もカズ先生も笑いを堪えるのが大変だった。
カズ先生がお茶を入れに席を立つと、どうにも気詰まりな空気が流れる。
弘一君は
「もういらないよ、あんな犬
俺んとこ来たくなきゃ、勝手に家に帰れば良いんだ」
ぶっきらぼうにそう言った。
「弘一君が飼うことになってたの?」
俺が聞くと
「別に、俺は犬なんか欲しかった訳じゃないぜ
ジジイが『秋田犬が飼いたい』とか言い出して、誕生日プレゼントだって俺に押しつけようとしただけだ」
彼は腕を組んで、フンッとバカにしたような鼻息を吐いた。
「車で連れてくる最中、子犬に説明してあげた?」
根気よく問いかける俺に
「子犬に説明?何それ?犬って日本語わかるとか思ってんの?
『今からお家に連れて行きまちゅよ~、新しい家族でちゅよ~』ってか
先輩ってネイチャー系の人なんですか~?
オーラとか見えちゃうの~?」
彼はあざ笑うように答えた。
「そんな力が、あったらいいけどね」
俺はアニマルコミュニケーターだというタケぽんが、少し羨ましかった。
「先輩、変な宗教とかに走りそう」
わざとらしく笑う弘一君に
「俺と君は、今、日本語で話し合っている
でも、その言葉はどこまで通じているのかな?」
俺はそう問いかけた。
弘一君は訝しい顔を見せる。
「俺には君が、あの子犬が心配だ、まだ子供なのに親兄弟と引き離して可哀想だって言ってるように聞こえたよ
ペットショップで1匹だけで売られていればそう感じないかもしれないけど、君はブリーダーの家で家族と仲良く暮らしている子犬を見ているからね
その子犬、自分だけ車に乗せられたとき、すごく泣いたんじゃないかい?」
「知らねーよ!」
彼は語気も荒く、吐き捨てるように言う。
「言葉が通じなくてもさ、気持ちは通じるんだ」
白久の態度には、いつも俺への愛を感じることが出来た。
それに気が付くと、カズ先生に嫉妬していた自分がやっぱり子供に思え恥ずかしくなる。
「俺も、まだまだだけどねー」
ヘヘッと笑ってみせると、弘一君は憮然とした顔になった。
「俺、猫飼ってるんだけど、言葉はわからなくても気持ちは分かるつもりだぜ
嬉しい、お腹空いた、眠い、ほっといてくれ、抱っこしろとかさ
向こうも、ある程度俺の気持ちわかってると思う
まあ『もっと美味しいもの食べたい』って言ってるのわかってても、あえてわからないふりして『このカリカリ美味しいねー』とか安いの食わせたりするけどな
その辺は頭脳勝負だ」
俺は頭を指さして笑ってみせた。
「人間の方が頭良いに決まってんじゃん」
弘一君の態度が少し和らいでくる。
「うん、だから人間が向こうの不安を察知して先に安心させてやるの
察しが悪い奴は、人間同士だってウザいもんなー」
「俺、別にKYな奴じゃねーし…」
彼の語尾は勢いが無くなっていった。
「犬、嫌いじゃないんでしょ?」
弘一君はムクレた顔をしながらも、頷いて見せた。
「捜索に行ってくれてる人、凄く優秀だから、絶対今日中に見つけてくれるよ
もどかしいけど、俺たちはここで待ってよう」
俺の言葉に、彼はまた頷いてくれた。
カズ先生の煎れてくれたお茶を飲みながら、俺達は時計と睨めっこしている気分で白久からの連絡を待っていた。
テーブルに置いていたスマホが着信を告げたのは、俺がこの居間に来てから1時間以上経った頃だった。
『荒木、無事発見保護しました
やはりブリーダーの家に帰るつもりだったらしく、幼いながらも的確に進んでましたよ
賢い子です
新しい家のことを伝えたので、もう大丈夫だと思います
すぐに戻りますから、カズ先生に伝えてください
汚れてしまったので、バスタオルの準備をお願いします』
俺は電話の内容を、2人に伝える。
弘一君はホッとした顔を見せてくれた。
びしょ濡れの子犬を連れた白久が戻ってきたのは、電話から30分近く後だった。
「水も滴る、いい男だ」
カズ先生がバスタオルで子犬を拭いているのを見ていた弘一君が
「俺がやる」
そう言い出した。
先生は少し驚いた顔を見せたが、バスタオルを彼に手渡した。
俺から詳細を聞いた白久が
「その方が、貴方の大事な方になるのですよ
ご挨拶なさい」
子犬に話しかけると、子犬は弘一君の頬を舐めしっぽを振った。
弘一君は涙を浮かべ
「俺の家に行こうな、俺達家族になるんだ」
そう子犬に話しかけてくれる。
話しかけられた子犬は彼の顔中を舐め、激しくしっぽを振り始めた。
誰が見ても喜んでいる。
弘一君は子犬にすがって泣いてしまうが、それを笑うものはここにはいない。
抱きつかれた子犬はさらに嬉しそうに彼にまとわりついていた。
弘一君は別れ際、目を輝かせて俺を見ながら
「子犬の名前、先輩からもらって『ラキ』にします!
漢字だと羅綺!かっけー!」
そんなことを言い出した。
『何で無難に「ラッキー」とかにしないかな』
そう思ったが、中二病全開の彼に言っても無駄だろう。
「お世話になりました」
頭を下げるカズ先生に
「私達の方が、いつもお世話になっておりますから」
白久が微笑んだ。
白久と並んで歩く帰り道
「お疲れさま、頑張ってくれたね」
そう言う俺に
「荒木に格好いいところを見せたくて、張り切ってしまいました
なんて、カズ先生にはご内密に」
白久は苦笑しながら答えた。
俺は嬉しくて、顔が笑ってしまう。
「今回、無報酬でしょ?
頑張った白久に特別報酬で、俺、今日、泊まってく」
俺の言葉に、白久は優しい微笑みを見せてくれた。
「貰い過ぎてしまいますよ」
「お釣りはいいから」
懐かしいやり取りを交わしながら、俺達はしっぽやへと帰って行くのであった。
屋根付きの駐車スペースに停めてある車の中にいたカズ先生が、俺たちの姿に気が付いて降りてきた。
俺達もカズ先生に近付き、一緒に駐車スペースに立つ。
「ごめんね、いきなり雨の中呼び出しちゃって」
恐縮するカズ先生に
「かまいませんよ
少しでもご恩返しできれば、幸いです」
白久は頭を下げた。
「こんにちは、今日は俺も補佐役で来ました」
俺も頭を下げると
「荒木君まで、すまないねー
おや、制服だ、学校行ってたの?部活かな?」
カズ先生は不思議そうな顔をする。
「うちの高校、土曜は半ドンなんですよ」
「こりゃまた、半ドンなんて古い言葉を知ってるね
今の学校は週2日休みが多いから、若い子には通じないと思ってたよ
ゆとりじゃない学校があるのは、ボクなんかには頼もしいな」
カズ先生はハハッと笑った。
「カズ先生」
白久がやんわり促すと
「そうだ、依頼、依頼」
先生はハッとした顔になる。
「電話でも言ったけど、秋田犬の子犬なんだ
名前は、まだ無い」
「カズ先生、猫じゃないんだから」
俺は苦笑してしまう。
「いや、ほんとに無いんだよ
さっきブリーダーから貰い受けて、家に連れてきたばかりなんだ
だからあの子、この辺の地理感がまるっきり無いんだよね
自力では帰ってこれないよ
うっかりしてた、孫がリードを付けてくれてると思って、いきなりドア開けちゃったんだ
面目ない」
先生はガックリと肩を落とした。
「では、その子犬は自分がおかれている状況を理解していないのですね」
白久が緊張した声を出す。
「多分、何で自分だけ連れ出されたかわかってないだろうね
他にも何匹か兄弟残ってたから、ブリーダーの家に帰ろうとするかも
これ、血統書とブリーダーの家の場所
それと子犬の写真」
先生が渡してくれた封筒には、プリントアウトされたデータや写真が入っていた。
「虎毛…」
写真を見た白久が思わず呟いた。
「うん…ハナちゃんの髪の色と一緒」
2人は懐かしそうな顔を見せる。
俺の知らない白久の過去を知るカズ先生に、俺はやはり嫉妬してしまった。
「それでは、この家を起点に捜索を開始します
進展がありましたら、荒木のスマホに連絡いたしますのでお待ちください」
白久はそう宣言するとブリーダーの住所が書いてある書類だけを持ち、傘をさして雨の中に消えていった。
「ごめんごめん、いつまでもこんなとこに立たせちゃって
ボク達は待ってるしかないから、家に入ってお茶でも飲んでよう」
そう促され、俺たちは先生の家に入っていった。
「お邪魔します」
お医者さんの家というと豪邸なイメージがあったけど、カズ先生の家は俺の家と大差なかった。
居間に通されると、そこには俯いた少年が1人ポツンと座っていた。
「ほら、コウちゃん挨拶して
こちらペット探偵の方だよ
優秀だから、すぐ探してくれるって」
先生がそう言うと彼は顔を上げ、俺を睨むようにジロジロ見回してくる。
「お前、どこ中?バイトなんかしていいのかよ」
強い語調でそう聞いてくるが、その目元が赤いことに俺は気が付いていた。
泣いていたのを悟られないよう、強がっているのが見え見えだった。
去年カズ先生が言っていた『中学に上がったばかりの孫』のようだ。
『ってことは、今、中二か
難しい年頃だなー』
俺はあまり彼を刺激しないよう
「俺は野上 荒木
今、高校3年生だからバイトもOKなんだ
受験生でバイトしてるってのも、あれだけどさ」
なるべく穏やかな声でそう言った。
彼は探るような視線を俺とカズ先生に向けてくる。
「先輩だぞ、先輩」
先生が頷きながら言うと
「俺は川口 弘一(かわぐち こういち)
中学2年生です」
彼は渋々と言った感じで、そう答えた。
「嫁に行った娘の子だから、秩父姓じゃないんだ」
「ああ、獣医なったって娘さんの」
内情を知っているような俺たちの会話が気にくわないのか、彼はまたムスッとした顔になった。
「コウちゃん、ココアでもいれてあげようか?」
カズ先生の言葉に
「いつまでもコウちゃんとか呼ぶな、子供じゃないんだから
俺はコーヒー、ブラックで」
彼は精一杯大人びた口調でそう答える。
「荒木君は、やぶきた茶が良いかな
ちょっと良いのが手に入ったんだよ
甘みがあって、すっきりしてるんだ」
「日本茶って、値段と美味しさが比例しますよね
やぶきた茶は渋みが少なくて好きです
香気が弱いって言われてるけど、俺、そこまでこだわらないし」
この辺は白久とカズハさんの受け売りも入っているが、弘一君はギョッとした顔で俺を見た。
「お茶好きって、ジジイかよ」
小声で呟く彼の子供っぽさに、俺もカズ先生も笑いを堪えるのが大変だった。
カズ先生がお茶を入れに席を立つと、どうにも気詰まりな空気が流れる。
弘一君は
「もういらないよ、あんな犬
俺んとこ来たくなきゃ、勝手に家に帰れば良いんだ」
ぶっきらぼうにそう言った。
「弘一君が飼うことになってたの?」
俺が聞くと
「別に、俺は犬なんか欲しかった訳じゃないぜ
ジジイが『秋田犬が飼いたい』とか言い出して、誕生日プレゼントだって俺に押しつけようとしただけだ」
彼は腕を組んで、フンッとバカにしたような鼻息を吐いた。
「車で連れてくる最中、子犬に説明してあげた?」
根気よく問いかける俺に
「子犬に説明?何それ?犬って日本語わかるとか思ってんの?
『今からお家に連れて行きまちゅよ~、新しい家族でちゅよ~』ってか
先輩ってネイチャー系の人なんですか~?
オーラとか見えちゃうの~?」
彼はあざ笑うように答えた。
「そんな力が、あったらいいけどね」
俺はアニマルコミュニケーターだというタケぽんが、少し羨ましかった。
「先輩、変な宗教とかに走りそう」
わざとらしく笑う弘一君に
「俺と君は、今、日本語で話し合っている
でも、その言葉はどこまで通じているのかな?」
俺はそう問いかけた。
弘一君は訝しい顔を見せる。
「俺には君が、あの子犬が心配だ、まだ子供なのに親兄弟と引き離して可哀想だって言ってるように聞こえたよ
ペットショップで1匹だけで売られていればそう感じないかもしれないけど、君はブリーダーの家で家族と仲良く暮らしている子犬を見ているからね
その子犬、自分だけ車に乗せられたとき、すごく泣いたんじゃないかい?」
「知らねーよ!」
彼は語気も荒く、吐き捨てるように言う。
「言葉が通じなくてもさ、気持ちは通じるんだ」
白久の態度には、いつも俺への愛を感じることが出来た。
それに気が付くと、カズ先生に嫉妬していた自分がやっぱり子供に思え恥ずかしくなる。
「俺も、まだまだだけどねー」
ヘヘッと笑ってみせると、弘一君は憮然とした顔になった。
「俺、猫飼ってるんだけど、言葉はわからなくても気持ちは分かるつもりだぜ
嬉しい、お腹空いた、眠い、ほっといてくれ、抱っこしろとかさ
向こうも、ある程度俺の気持ちわかってると思う
まあ『もっと美味しいもの食べたい』って言ってるのわかってても、あえてわからないふりして『このカリカリ美味しいねー』とか安いの食わせたりするけどな
その辺は頭脳勝負だ」
俺は頭を指さして笑ってみせた。
「人間の方が頭良いに決まってんじゃん」
弘一君の態度が少し和らいでくる。
「うん、だから人間が向こうの不安を察知して先に安心させてやるの
察しが悪い奴は、人間同士だってウザいもんなー」
「俺、別にKYな奴じゃねーし…」
彼の語尾は勢いが無くなっていった。
「犬、嫌いじゃないんでしょ?」
弘一君はムクレた顔をしながらも、頷いて見せた。
「捜索に行ってくれてる人、凄く優秀だから、絶対今日中に見つけてくれるよ
もどかしいけど、俺たちはここで待ってよう」
俺の言葉に、彼はまた頷いてくれた。
カズ先生の煎れてくれたお茶を飲みながら、俺達は時計と睨めっこしている気分で白久からの連絡を待っていた。
テーブルに置いていたスマホが着信を告げたのは、俺がこの居間に来てから1時間以上経った頃だった。
『荒木、無事発見保護しました
やはりブリーダーの家に帰るつもりだったらしく、幼いながらも的確に進んでましたよ
賢い子です
新しい家のことを伝えたので、もう大丈夫だと思います
すぐに戻りますから、カズ先生に伝えてください
汚れてしまったので、バスタオルの準備をお願いします』
俺は電話の内容を、2人に伝える。
弘一君はホッとした顔を見せてくれた。
びしょ濡れの子犬を連れた白久が戻ってきたのは、電話から30分近く後だった。
「水も滴る、いい男だ」
カズ先生がバスタオルで子犬を拭いているのを見ていた弘一君が
「俺がやる」
そう言い出した。
先生は少し驚いた顔を見せたが、バスタオルを彼に手渡した。
俺から詳細を聞いた白久が
「その方が、貴方の大事な方になるのですよ
ご挨拶なさい」
子犬に話しかけると、子犬は弘一君の頬を舐めしっぽを振った。
弘一君は涙を浮かべ
「俺の家に行こうな、俺達家族になるんだ」
そう子犬に話しかけてくれる。
話しかけられた子犬は彼の顔中を舐め、激しくしっぽを振り始めた。
誰が見ても喜んでいる。
弘一君は子犬にすがって泣いてしまうが、それを笑うものはここにはいない。
抱きつかれた子犬はさらに嬉しそうに彼にまとわりついていた。
弘一君は別れ際、目を輝かせて俺を見ながら
「子犬の名前、先輩からもらって『ラキ』にします!
漢字だと羅綺!かっけー!」
そんなことを言い出した。
『何で無難に「ラッキー」とかにしないかな』
そう思ったが、中二病全開の彼に言っても無駄だろう。
「お世話になりました」
頭を下げるカズ先生に
「私達の方が、いつもお世話になっておりますから」
白久が微笑んだ。
白久と並んで歩く帰り道
「お疲れさま、頑張ってくれたね」
そう言う俺に
「荒木に格好いいところを見せたくて、張り切ってしまいました
なんて、カズ先生にはご内密に」
白久は苦笑しながら答えた。
俺は嬉しくて、顔が笑ってしまう。
「今回、無報酬でしょ?
頑張った白久に特別報酬で、俺、今日、泊まってく」
俺の言葉に、白久は優しい微笑みを見せてくれた。
「貰い過ぎてしまいますよ」
「お釣りはいいから」
懐かしいやり取りを交わしながら、俺達はしっぽやへと帰って行くのであった。