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しっぽや(No.70~84)

side<HINO>

しっぽやでのバイト中、俺は壁に貼ってあるカレンダーを見てため息をついてしまう。
「荒木は良い具合に土曜日が誕生日だったなー
 俺、今年の誕生日、月曜だよ」
せっかくの誕生日、黒谷と一緒に居たかったけど平日だから無理そうだ。
「そっか、日野の誕生日って月曜か
 確かに月曜ってちょっと憂鬱だよな
 あ、でもさ、俺の時みたいに土曜の授業後から日曜にかけて2人で過ごしたら?
 月曜は黒谷のとこから学校行けば、17歳最後の日と18歳最初の日に一緒にいるのは黒谷になるじゃん」
荒木にそう言われると、それはとても良い考えに思われた。
所長席に座る黒谷を見ると、俺を見て優しく頷いている。

「土日は、俺と白久が頑張るからさ、お前と黒谷は休みなよ
 今週末からショッピングモールで『梅雨でも心晴れ晴れセール』とかやるってチラシが入ってたっけ
 あそこなら雨でも関係ないし、行ってきたら?」
「うーん、荒木の時と同じデートコースってのは何だけど…
 新しいランシューズは欲しいかも
 あそこのスポーツ用品店、けっこー良いのがそろってるんだよな
 どうせならウェアも欲しいし」
悩む俺を後押しするように
「日野、誕生日プレゼントにそれを贈らせてください
 僕ではどれが良いかわからないので、一緒に選んでいただけると助かります」
黒谷が笑顔を向けてくれた。
「じゃあ、そうしよっかな
 今週の土日、泊まりに行くね」
俺の言葉に
「はい、お待ちしております」
黒谷はニッコリと頷くのであった。



週末の土曜日、午前の授業が終わると俺と荒木は連れ立って駅に向かった。
あいにくの雨であったが、俺の心は晴れ晴れしている。
「お前、俺の時、さんざん顔がニヤケてるって言ってたけど
 今日のお前の顔だってデレデレだぜ」
荒木が茶化すように肩を小突いてくるので
「そりゃ嬉しいよ、ゆっくりデート出来るんだからさ」
俺はシレッと答えてやった。
「ちぇ、ごちそうさま」
荒木は肩をすくめて見せた。

駅が近づいてくると、改札内に黒い人影が佇んでいるのが見えてくる。
「あれ、黒谷だ
 流石に雨の日だからスーツじゃないのか
 何かちょいワルな感じで、格好いいじゃん」
気が付いた荒木がそんな声をかけてくる。
黒谷は黒のジーンズに黒のジャケットを着ていて、白いシャツの喉元からシルバーアクセがのぞいていた。
「つか、放し飼いの甲斐犬って、ちょっと迫力かも」
荒木の言葉を裏付けるように、駅を行く人が黒谷に向ける視線は少し恐れが混じっているように思われた。
「いや、放し飼いのハスキーよりマシだって」
俺が苦笑すると
「だな」
荒木も苦笑した。

「日野」
俺に気が付いた黒谷が笑顔を向けてくる。
飼い主があらわれたことで、黒谷に向けられていた周りの視線が和んでいく。
駅に飼い主を迎えにくる犬は、いつの時代も受けが良い。
「やっぱ、化生って不思議だよな
 ゲンさんが言ってた『人として見られながら獣として扱われてる』ってやつ」
荒木の言葉に
「だからお前、気を付けろよ
 駅で待ってる秋田犬って、本当に可哀想に見えるんだから」
俺はそう答えてやった。
「それは、俺も思った…」
荒木は少しばつが悪そうな顔で頷いていた。

改札を抜け黒谷に近づくと
「今日は荷物が多くなるかと、大きな鞄を持ってきました
 中にエコバッグも入ってます
 沢山買い物しても大丈夫ですからね」
誇らかに鞄を見せてくる。
「エコバッグで買い物する犬って、見た人、キュン死しそう」
荒木がこらえきれずに笑いをもらしていた。


俺たちは荒木と別れて、ショッピングモールに向かう。
「特に見たい映画とかやってないし、今日は買い物メインかな
 でもその前に、腹ごしらえ!
 荒木がさ、串揚げの店が美味しかったって言うから行ってみたくて」
俺の言葉に、黒谷は真剣な顔で頷いている。
「シロに聞きました、テーブルで揚げられるとか
 僕がいっぱい揚げるので、どんどん食べてください」
「黒谷も食べてね」
そんな会話を楽しみながら移動していると、幸せな気分が高まっていった。
「俺、黒谷を飼えてから良いことばっかだ
 幸せすぎて怖いって、こんな感じなのかな
 今までそんなことなかったから
 いつも、楽しい気分になると悪いことが起きるんだ」
俺は今までの自分の人生を振り返ってしまう。

小さい頃始めて引っ越しをしたら母さんが霊に取り憑かれ家庭が崩壊し、中学に上がれば両親が離婚して、高校に入れば先輩にレイプされ、先輩が卒業したら別の奴らにレイプされて、夏休みには婆ちゃんが入院するし荒木と揉めることになって…
こんなに長く幸せだけを味わっていたことは、初めてかもしれない。
「今まで苦労した分、幸せになって良いのですよ
 僕に、その手伝いをさせてください」
黒谷の頼もしい言葉が、とても嬉しかった。

「ここのお店ですね
 まずは、幸せなお昼ご飯の手伝いです」
「うん」
俺たちは意気揚々と店に入るのであった。




串揚げのお店で食べ放題の制限時間いっぱいまで堪能し、俺たちは店を出た。
「やっぱ、カレーに揚げ物って最高!」
「揚げながら食べるのは、楽しいですね
 後片付けをお店任せに出来るので、楽出来ます
 また、行ってみましょう」
「鯛焼きって、揚げても美味しいね
 小さいからどんどんいけちゃうよ」
「僕は、ヤングコーンが気に入りました」
2人で大満足の感想を述べながら、スポーツ用品店に向かう。
しかし俺は、ふと不安にかられてしまった。

「ウェア選ぶ前に、腹一杯食べちゃった
 今までのサイズが入らなかったら、どうしよう」
「体型が変わってるようには見えないですが
 それなら、シューズから選んだらどうでしょう
 足は急に大きくならないから」
黒谷は優しく微笑んでくれる。
「そっか、そうだね
 あ、黒谷のも買う?今度一緒に走ろうよ
 シューズが違うと、足にかかる負担が減るんだ」
「日野とお揃いのシューズで走りたいです
 空にばかり、ボディーガードを任せておけないですからね
 どうせなら、ウェアも日野に選んで欲しいのですが」
黒谷が伺いを立てるように聞いてきた。
「うん、黒谷の毛色に似合う色合いで探してみよう」
黒谷と一緒に走る、それを想像するだけで頬がゆるんでしまう。

そんな会話を楽しむ俺の中から、以前荒木に言われたことに対する危惧は消えていた。
今日だって見ようによっては『ヤクザと援交相手』的な外見だけど、俺たちに対する反応は『飼い犬にオシャレさせて連れ歩いてる親ばか』な感じがするのだ。
そう考えると心が軽くなる。
「梅雨が明けたら、本格的に暑くなる前に少し走りに行こう」
俺の言葉に満面の笑みを浮かべて頷く黒谷が、とても可愛かった。


時間をかけてシューズを選び、今度はウェアのコーナーに移動する。
「前はこのサイズで入ったけど、大丈夫かな」
さっきよりはお腹がヘコんできたんじゃないかと、俺はウェアを体に当ててみた。
黒谷は先ほどから無言であった。
『こーゆーの、着ない人にはわからないもんな
 前にカズハさんと一緒に行って選んだときも、カズハさんの目が泳いでたっけ』
そんなことを思いだし、俺は黒谷の態度にさして注意を払わなかった。
「取りあえず、試着してみよう」
試着室を探し視線を巡らす俺の耳元に
「日野、僕達つけられています」
黒谷がそっと囁いた。
「え?な、何で?誰が?」
焦る俺に
「ゲンくらいの年の男性です
 敵意は感じられません
 振り向かないで、そこの鏡越しに確認できますか?」
黒谷は俺を守るように寄り添ってくれた。

『まさか、先輩?あの人、大人びて見えるから
 それでいかがわしい店に出入りしてて、俺も無理矢理連れて行かれたことあったっけ
 それとも、空が前に追い払った先輩とか
 あいつら、結局卒業前に退学になったんだよな
 ヤクザの使い走りしてる、なんて噂もあったし』
俺はドキドキしすぎて、イヤな汗が流れてくる。
やっぱり、幸せな時は長く続いてくれないのかと絶望的な気分になった。
倒れそうになる俺を、黒谷が力強く支えてくれた。
その腕の逞しい感触に勇気をもらい、俺は置かれていた鏡に視線を向ける。

『?って、どの人?』
チラッと見た限りでは、俺の知っている顔はいなかった。
『ゲンさんくらい、というと…』
しかし店内には、体型が気になってきてウォーキングを始めようかと悩む男性、子供に頼まれたけど種類がありすぎてメモを見ながら混乱している男性、まずは形から入ろうとするものの値札を見て躊躇する男性、そんな人ばかりだった。
『…あれか、俺が選んだ物を一式揃えれば良いとか思ってるオジサンに、チラ見されてたオチか
 通ぶってあれこれ選んでたからな、俺』
そう気が付くと、とたんに恥ずかしくなってくる。
『いやでも、俺も全くの素人って訳じゃないしさー
 高校の部活とは言え、陸上やってる人間だし』
心の中で言い訳しながら
「黒谷、大丈夫だよ」
俺は彼の腕に自分の手を添えた。

「知っている方ですか?」
俺の態度に黒谷から緊張が抜けていく。
「いや、どの人だかわかんないけど、多分俺が選んだ物を真似しようとしてるだけだよ」
俺は苦笑しながら囁いた。
「日野自身に注意を払っているような気配でしたが…」
訝しげな黒谷の囁きと、鏡越しにその人物と視線が合ったのはほとんど同時だった。
相手は俺達が気が付いていることを悟ったらしく、何気なく売場から離れようとする。
その後ろ姿を見て、俺の中に
『あの背中…もしかして?』
という疑問が生まれた。

「黒谷、追いかけて
 絶対危害は加えないで」
俺の囁きに
「かしこまりました」
黒谷は素早く反応し、あっという間に相手の前方に回り込んだ。
後ろから追いかける俺が挟み撃ちにするような形で迫って行き、その人物は行き場を失った。

「父…さん…?」
俺が恐る恐る声をかけると、その人は観念したらしく気まずそうな顔でコクリと頷くのであった。
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