しっぽや(No.70~84)
side<HIROSE>
シトシト、シトシトと雨が降っている。
しっぽや所員控え室の窓から見える雨に、僕たち猫はうんざりしていた。
「まだ梅雨前だってのに、昨日からよく降るなー」
明戸が盛大なため息を付く。
「こんなに沢山の水、どこから来るんだろう?
何で空の水が無くならないのかな?」
羽生が不思議そうに空を振(ふ)り仰(あお)いだ。
「雨は…嫌いです」
皆野が沈んだ顔を見せると、明戸がその体に寄り添って
「俺だって、嫌いだよ」
労るように髪を撫でた。
「っつー訳で、俺たちは寝てるから何かあったら起こして
こんな雨の中出歩く猫なんて、いやしないよ
今日は開店休業ー」
明戸はそう宣言すると、双子の皆野と寄り添ったまま寝てしまった。
「俺も寝てよっと」
羽生も明戸に寄りかかって寝始めた。
そんな3人を見ながら
「でもね、私達の側にはいつだって太陽が輝いているんですよ」
長瀞が声を潜めて、悪戯っぽい顔で笑いかけてきた。
「うーん、まあ、雲の向こうはお日様出てるんだよね
全然実感ないけど」
僕の言葉に、長瀞はまた意味ありげに微笑んでみせた。
「俺も雨って好きじゃない
犬だったときは、毛が濡れるのイヤだったぜ
でも、レインコートで散歩するのはトレンディーな気分だったな」
空がヘヘッと笑う。
「そうですかねー、これくらいの雨なら濡れた気がしませんでしたが」
白久が首を傾げると
「秋田犬は雪だってへっちゃらのモコモコじゃん」
空が頬を膨らませる。
「ハスキーだって橇(そり)犬なんだから、かなりモコモコかと」
苦笑する白久に
「俺は野蛮な橇犬とちがって、可愛い愛玩犬だったの」
空は胸を張ってみせた。
コンコン
気だるい空気の中、事務所にノックが響く。
知らない人間の気配なので、依頼人のようだ。
暫くすると
「ミニチュアダックスの子犬だ、誰が出る?」
そんな黒谷の声が聞こえてきた。
「お子ちゃまは雨も平気かー、俺も今日は開店休業だと思ったのにな
はいよ、俺が出るぜ」
空はそう言って立ち上がるとこちらにヒラヒラと手を振って、控え室から出て行った。
「こんな天気でも、犬の方は忙しそうだね」
僕の言葉に
「ですね」
白久は微笑んでみせた。
空が事務所を出て行ってから、電話が鳴る音が聞こえてくる。
『また、犬かな?犬って水遊び好きだから』
そう思った僕は、少しうたた寝しようと隣に座る長瀞にもたれかかった。
「はい、はい、ああ、あの人の紹介で
ええ覚えておりますよ」
僕はぼんやりと、電話の受け答えをしている黒谷の声を遠くに聞いていた。
「それで、種類の方は?
はい?何ですって?ターキッシュバン?
毛の長さの方は?ほう、どちらかというと長毛
毛玉が出来にくいんですか、それはお手入れが楽ですね
では所員を伺わせますので、到着しましたらその者に再度状況の説明をお願いします」
黒谷は電話を切った後、控え室までやって来てそっとドアを開け
「あー、何か、ターキッシュバンの依頼なんだけど、誰が出る?
と言うか、ターキッシュバンって、どんな猫?
飼い主さんが言うには、どっちかというと長毛って毛の長さらしいけど」
自信なさそうな顔でそう言った。
「キッシュとパン?どっちも美味しいね~」
羽生が寝ぼけながらムニャムニャ呟いている。
「長毛ならまかせた」
双子も再び寝る体勢に入っていった。
僕と長瀞は顔を見合わせる。
「調べてみますか」
長瀞がスマホを取り出して操作し始めた。
「こんな雨の中、猫が外に出るなんて、よっぽどの理由があるのでは」
白久が真剣な顔になった。
「6歳の雄だって話だから、子猫が浮かれて飛び出した訳じゃなさそうなんだよね
朝から姿が見えないから自分でも探したけど発見できなかったって、飼い主さん言ってたし
電話では穏やかな声の人だったから、虐待とかしてなさそうな感じなんだけど」
黒谷も首を捻っている。
「虐待してたら、わざわざペット探偵になんか依頼しないものね」
僕も、その猫が心配になってきた。
「あった、これです
トルコを原産地とする猫の一品種、被毛は半長毛」
長瀞がスマホの画面をこちらに向けてくる。
「ああ、ほんとだ、尻尾はフサフサなのにそれ以外は中途半端な長さだね
飼い主さんが説明に困った訳だ
へー、頭と尻尾だけ柄が入ってて、後は真っ白な毛色なのか」
黒谷が納得した顔を見せた。
「と言うか、ここ、読んでみてください」
長瀞が指さす先を黒谷が読み上げる。
「この猫の面白い特性は、水に興味を示すことである
入浴や水浴びを大変に好み、水泳を行う…って、ええ?猫なのに?」
僕たちは驚いた声を出してしまった。
画面には、気持ちよさそうに湖で泳ぐ猫の写真が何枚もある。
「じゃあこの子、水遊びしたくて雨の日に脱走したの?」
呆然と呟く黒谷に
「その可能性が高いですね」
長瀞は苦笑した顔を向けるのであった。
「猫にしては、大きめの種類なんですね
雄だと7kg越えるようです」
長瀞がスマホを見ながら言うと、黒谷と白久が僕に視線を向けてきた。
大柄な半長毛、それで僕は覚悟を決めた。
「僕が1人で出ます
いつまでも長瀞に補佐してもらうわけにはいかないから、1人で頑張ってみたいんです」
僕の言葉に
「住所が少し遠い場所なんだけど、大丈夫?
前に長瀞がヒマラヤンの捜索したでしょ、あっちの方なんだよ
依頼人の息子さんがあのヒマラヤンの飼い主と知り合いらしくて、うちのこと教えてもらったんだって」
黒谷が少し心配そうな顔を向けてくる。
「それは、電車の乗り継ぎが大変そうですね」
白久も心配そうな顔になった。
「頑張ります」
僕がもう1度言うと
「乗り換え案内の検索の仕方、教えましょう
大丈夫、ひろせの捜索能力も上がってきてるので1人で出来ますよ
長毛種の無意識の海との繋がり方は教えたでしょう?
半長毛とも、きっと繋がっています
気だるい海に浮かれた気分を発見したら、それを追いなさい」
長瀞はそうアドバイスしてくれた。
かくして僕は、1人で旅立つことになったのであった。
スマホの乗り換え案内とにらめっこして、僕は何とか依頼人の家にたどり着いた。
「遠いところを、わざわざすいません」
依頼人は60代くらいのお爺さんで、優しそうな人だった。
「いつもは散歩に出ても1時間もすれば帰ってくるのに、今日は2時間経っても帰ってこなくて
事故にでも合ったんじゃないかと近所を探してみても、みつからないんですよ
今もまだ戻ってきていません
過保護だとお思いでしょうが、心配で」
困った顔を見せる依頼人を安心させるよう
「お察しします」
僕は真剣な顔で頷いて見せた。
「猫の名前は『ダビッド』と言います
呼びにくいので、いつもは『ダービー』なんて呼んでるんですけどね
ハイカラな名前だと思われたでしょう」
依頼主は苦笑する。
「元々は家を出ている息子が飼っていた猫なんですよ
息子がツーリングに行っている間に預かって世話してたら、可愛くなちゃって
ダービーも、うちのカミさんにベッタリになりましてね
引き離すのは忍びないからと、息子が譲ってくれたんです」
「そうでしたか」
話を聞くと、その猫は自分でこの家に居ることを望んだことがわかった。
自分から、その居場所を放棄することは考えられない。
散歩癖があるなら迷子になっていることも考えられず、事故に巻き込まれた可能性を感じ僕はドキリとする。
「あの、奥様は?」
家の中は静まりかえっていて、依頼人以外の人間の気配は感じなかった。
彼は暫く逡巡した後
「カミさんは今、入院中なんです」
ポツリとそう言った。
「いや、命に関わるような病気じゃないんですよ
ぎっくり腰で動けなくなりましてね
家にいると私やダービーの世話をしようと無理して動くから、暫く入院してろって言ったんです
明後日には退院しますし」
依頼人は強がっているものの、寂しそうに見えた。
「カミさんが入院中にダービーにもしものことがあったら、と思うと申し訳なくて」
涙ぐむ依頼人に
「ダービーさんには、奥様が入院することを伝えましたか?」
僕は気になっていることを問いかけた。
「いや、ダービーは頭の良い猫なんで心配するといけないからと、カミさんは『ちょっと旅行に行ってくる』って伝えてました」
その答えで、僕の中には事故と同じくらいの可能性が浮かんできた。
『もしかしたら、奥様を探しに行ったのかも』
それならいつもの道ではなく、遠出をするので迷子になる可能性も出てくる。
どちらにしろ、早く探しに行った方が良い状況だ。
依頼人が猫の不在に気がついて、早めに連絡をしてくれたのは不幸中の幸いであった。
「それでは、この家を起点に捜索を開始します
もし入れ違いでダービーさんが帰ってきたら、こちらに連絡をください」
僕は依頼人にスマホの番号が書いてある名刺を渡すと、外に出た。
表は相変わらず、シトシトと雨が降っている。
傘をさして家の周りを歩き回るが、猫の気配は皆無であった。
『昨日から降ってるし、道行く猫から情報をもらうのは無理だな
庭で、大型犬を飼ってるお家でもあれば』
そう思ったが、犬の気配は遠かった。
『そうか、最近は大型犬も室内で飼われてることが多いから
外の情報を聞くのは無理か
今の時間だと、散歩に出ている犬も居ないし』
僕はそれに気が付いてガッカリする。
『やはり、無意識の海と繋がってみるしかないか』
今まで、一人でそれを試してみたことは無かった。
いつも長瀞に補佐してもらって、何とか意識を拾えていたのだ。
しかも、長瀞のように広範囲の意識は拾えない。
それでもやるしかない、と自分を奮い立たせると僕は意識を広げながら集中する。
暫くすると、凪いだ海を感じることが出来た。
シトシト、シトシトと雨が降っている。
しっぽや所員控え室の窓から見える雨に、僕たち猫はうんざりしていた。
「まだ梅雨前だってのに、昨日からよく降るなー」
明戸が盛大なため息を付く。
「こんなに沢山の水、どこから来るんだろう?
何で空の水が無くならないのかな?」
羽生が不思議そうに空を振(ふ)り仰(あお)いだ。
「雨は…嫌いです」
皆野が沈んだ顔を見せると、明戸がその体に寄り添って
「俺だって、嫌いだよ」
労るように髪を撫でた。
「っつー訳で、俺たちは寝てるから何かあったら起こして
こんな雨の中出歩く猫なんて、いやしないよ
今日は開店休業ー」
明戸はそう宣言すると、双子の皆野と寄り添ったまま寝てしまった。
「俺も寝てよっと」
羽生も明戸に寄りかかって寝始めた。
そんな3人を見ながら
「でもね、私達の側にはいつだって太陽が輝いているんですよ」
長瀞が声を潜めて、悪戯っぽい顔で笑いかけてきた。
「うーん、まあ、雲の向こうはお日様出てるんだよね
全然実感ないけど」
僕の言葉に、長瀞はまた意味ありげに微笑んでみせた。
「俺も雨って好きじゃない
犬だったときは、毛が濡れるのイヤだったぜ
でも、レインコートで散歩するのはトレンディーな気分だったな」
空がヘヘッと笑う。
「そうですかねー、これくらいの雨なら濡れた気がしませんでしたが」
白久が首を傾げると
「秋田犬は雪だってへっちゃらのモコモコじゃん」
空が頬を膨らませる。
「ハスキーだって橇(そり)犬なんだから、かなりモコモコかと」
苦笑する白久に
「俺は野蛮な橇犬とちがって、可愛い愛玩犬だったの」
空は胸を張ってみせた。
コンコン
気だるい空気の中、事務所にノックが響く。
知らない人間の気配なので、依頼人のようだ。
暫くすると
「ミニチュアダックスの子犬だ、誰が出る?」
そんな黒谷の声が聞こえてきた。
「お子ちゃまは雨も平気かー、俺も今日は開店休業だと思ったのにな
はいよ、俺が出るぜ」
空はそう言って立ち上がるとこちらにヒラヒラと手を振って、控え室から出て行った。
「こんな天気でも、犬の方は忙しそうだね」
僕の言葉に
「ですね」
白久は微笑んでみせた。
空が事務所を出て行ってから、電話が鳴る音が聞こえてくる。
『また、犬かな?犬って水遊び好きだから』
そう思った僕は、少しうたた寝しようと隣に座る長瀞にもたれかかった。
「はい、はい、ああ、あの人の紹介で
ええ覚えておりますよ」
僕はぼんやりと、電話の受け答えをしている黒谷の声を遠くに聞いていた。
「それで、種類の方は?
はい?何ですって?ターキッシュバン?
毛の長さの方は?ほう、どちらかというと長毛
毛玉が出来にくいんですか、それはお手入れが楽ですね
では所員を伺わせますので、到着しましたらその者に再度状況の説明をお願いします」
黒谷は電話を切った後、控え室までやって来てそっとドアを開け
「あー、何か、ターキッシュバンの依頼なんだけど、誰が出る?
と言うか、ターキッシュバンって、どんな猫?
飼い主さんが言うには、どっちかというと長毛って毛の長さらしいけど」
自信なさそうな顔でそう言った。
「キッシュとパン?どっちも美味しいね~」
羽生が寝ぼけながらムニャムニャ呟いている。
「長毛ならまかせた」
双子も再び寝る体勢に入っていった。
僕と長瀞は顔を見合わせる。
「調べてみますか」
長瀞がスマホを取り出して操作し始めた。
「こんな雨の中、猫が外に出るなんて、よっぽどの理由があるのでは」
白久が真剣な顔になった。
「6歳の雄だって話だから、子猫が浮かれて飛び出した訳じゃなさそうなんだよね
朝から姿が見えないから自分でも探したけど発見できなかったって、飼い主さん言ってたし
電話では穏やかな声の人だったから、虐待とかしてなさそうな感じなんだけど」
黒谷も首を捻っている。
「虐待してたら、わざわざペット探偵になんか依頼しないものね」
僕も、その猫が心配になってきた。
「あった、これです
トルコを原産地とする猫の一品種、被毛は半長毛」
長瀞がスマホの画面をこちらに向けてくる。
「ああ、ほんとだ、尻尾はフサフサなのにそれ以外は中途半端な長さだね
飼い主さんが説明に困った訳だ
へー、頭と尻尾だけ柄が入ってて、後は真っ白な毛色なのか」
黒谷が納得した顔を見せた。
「と言うか、ここ、読んでみてください」
長瀞が指さす先を黒谷が読み上げる。
「この猫の面白い特性は、水に興味を示すことである
入浴や水浴びを大変に好み、水泳を行う…って、ええ?猫なのに?」
僕たちは驚いた声を出してしまった。
画面には、気持ちよさそうに湖で泳ぐ猫の写真が何枚もある。
「じゃあこの子、水遊びしたくて雨の日に脱走したの?」
呆然と呟く黒谷に
「その可能性が高いですね」
長瀞は苦笑した顔を向けるのであった。
「猫にしては、大きめの種類なんですね
雄だと7kg越えるようです」
長瀞がスマホを見ながら言うと、黒谷と白久が僕に視線を向けてきた。
大柄な半長毛、それで僕は覚悟を決めた。
「僕が1人で出ます
いつまでも長瀞に補佐してもらうわけにはいかないから、1人で頑張ってみたいんです」
僕の言葉に
「住所が少し遠い場所なんだけど、大丈夫?
前に長瀞がヒマラヤンの捜索したでしょ、あっちの方なんだよ
依頼人の息子さんがあのヒマラヤンの飼い主と知り合いらしくて、うちのこと教えてもらったんだって」
黒谷が少し心配そうな顔を向けてくる。
「それは、電車の乗り継ぎが大変そうですね」
白久も心配そうな顔になった。
「頑張ります」
僕がもう1度言うと
「乗り換え案内の検索の仕方、教えましょう
大丈夫、ひろせの捜索能力も上がってきてるので1人で出来ますよ
長毛種の無意識の海との繋がり方は教えたでしょう?
半長毛とも、きっと繋がっています
気だるい海に浮かれた気分を発見したら、それを追いなさい」
長瀞はそうアドバイスしてくれた。
かくして僕は、1人で旅立つことになったのであった。
スマホの乗り換え案内とにらめっこして、僕は何とか依頼人の家にたどり着いた。
「遠いところを、わざわざすいません」
依頼人は60代くらいのお爺さんで、優しそうな人だった。
「いつもは散歩に出ても1時間もすれば帰ってくるのに、今日は2時間経っても帰ってこなくて
事故にでも合ったんじゃないかと近所を探してみても、みつからないんですよ
今もまだ戻ってきていません
過保護だとお思いでしょうが、心配で」
困った顔を見せる依頼人を安心させるよう
「お察しします」
僕は真剣な顔で頷いて見せた。
「猫の名前は『ダビッド』と言います
呼びにくいので、いつもは『ダービー』なんて呼んでるんですけどね
ハイカラな名前だと思われたでしょう」
依頼主は苦笑する。
「元々は家を出ている息子が飼っていた猫なんですよ
息子がツーリングに行っている間に預かって世話してたら、可愛くなちゃって
ダービーも、うちのカミさんにベッタリになりましてね
引き離すのは忍びないからと、息子が譲ってくれたんです」
「そうでしたか」
話を聞くと、その猫は自分でこの家に居ることを望んだことがわかった。
自分から、その居場所を放棄することは考えられない。
散歩癖があるなら迷子になっていることも考えられず、事故に巻き込まれた可能性を感じ僕はドキリとする。
「あの、奥様は?」
家の中は静まりかえっていて、依頼人以外の人間の気配は感じなかった。
彼は暫く逡巡した後
「カミさんは今、入院中なんです」
ポツリとそう言った。
「いや、命に関わるような病気じゃないんですよ
ぎっくり腰で動けなくなりましてね
家にいると私やダービーの世話をしようと無理して動くから、暫く入院してろって言ったんです
明後日には退院しますし」
依頼人は強がっているものの、寂しそうに見えた。
「カミさんが入院中にダービーにもしものことがあったら、と思うと申し訳なくて」
涙ぐむ依頼人に
「ダービーさんには、奥様が入院することを伝えましたか?」
僕は気になっていることを問いかけた。
「いや、ダービーは頭の良い猫なんで心配するといけないからと、カミさんは『ちょっと旅行に行ってくる』って伝えてました」
その答えで、僕の中には事故と同じくらいの可能性が浮かんできた。
『もしかしたら、奥様を探しに行ったのかも』
それならいつもの道ではなく、遠出をするので迷子になる可能性も出てくる。
どちらにしろ、早く探しに行った方が良い状況だ。
依頼人が猫の不在に気がついて、早めに連絡をしてくれたのは不幸中の幸いであった。
「それでは、この家を起点に捜索を開始します
もし入れ違いでダービーさんが帰ってきたら、こちらに連絡をください」
僕は依頼人にスマホの番号が書いてある名刺を渡すと、外に出た。
表は相変わらず、シトシトと雨が降っている。
傘をさして家の周りを歩き回るが、猫の気配は皆無であった。
『昨日から降ってるし、道行く猫から情報をもらうのは無理だな
庭で、大型犬を飼ってるお家でもあれば』
そう思ったが、犬の気配は遠かった。
『そうか、最近は大型犬も室内で飼われてることが多いから
外の情報を聞くのは無理か
今の時間だと、散歩に出ている犬も居ないし』
僕はそれに気が付いてガッカリする。
『やはり、無意識の海と繋がってみるしかないか』
今まで、一人でそれを試してみたことは無かった。
いつも長瀞に補佐してもらって、何とか意識を拾えていたのだ。
しかも、長瀞のように広範囲の意識は拾えない。
それでもやるしかない、と自分を奮い立たせると僕は意識を広げながら集中する。
暫くすると、凪いだ海を感じることが出来た。