しっぽや(No.70~84)
side<HANYUU>
業務開始前のしっぽや事務所。
皆で簡単な掃除をしている最中に
「黒谷、今日、お昼休み少し長めにもらって良い?」
俺はそんなことを聞いてみた。
「ああ、かまわないよ
何か用事でも出来た?昼休みだけで間に合うの?」
黒谷は笑いながら聞いてくれる。
「うーん、用事って言うかさ…
昨日の夜、サトシが子猫連れて帰ってきたんだ」
俺はため息を付きながら答えてみせた。
「え?そうなの?」
黒谷以外の化生も、俺の言葉に聞き耳を立てている気配が感じられた。
「学校の帰りに同僚と見つけたんだって
チャトラのちびっこい奴なの
街路樹の上で泣いてて、近くに母猫の気配はないし、交通量の多い道の側だし、ほっとけなかったらしくてさ
その同僚が飼ってくれる事になったから保護したんだけど、家族に説明したり準備したりしたいから一晩だけ預かってくれないかって言われて
それで、サトシが連れてきたの」
「なんだ、中川先生が飼う訳じゃないんだ
貰い手もみつかってるし、良かったね」
黒谷はホッとした顔になった。
「…良くない」
俺は昨晩の事を思い出し、頬を膨らませる。
「そいつ、まだ本当にチビでさ
俺の言葉、全然理解出来ないでビャービャー泣いてばっかなの
サトシはチビにかかりっきりで、段ボールハウス作ったり新聞紙切ってトイレ作ったり、ご飯や水を用意したり
それなのに、あのチビ、サトシのこと噛んだんだよ
サトシ、指から血が出たの
俺、子猫だった時、サトシを噛んだ事なんて1回もないもん
せっかくサトシが用意したご飯だって、ちっとも食べないし
サトシは優しいから『まだ赤ちゃんだから仕方ない』って笑ってたけどさー」
俺は皆を相手に昨夜の不満をぶちまけてしまう。
「初めて人間の家の中に連れて行かれると、パニックになりますからね
私もそうでしたよ」
「俺もそうだったな」
双子がうんうんと頷いている。
「あのチビが泣いてばっかだから、サトシ気にして何度も見に行っちゃって
あんまり寝てないんだ、今日も仕事なのに」
「中川先生、優しくて面倒見が良いですからね」
白久が苦笑してみせた。
「俺、昨日、新しいパジャマに替えたから誉めてもらう予定だったの
『可愛い』って言ってもらって、良い雰囲気になって、してもらうつもりだったのにさ
結局、お預け」
俺が大仰にため息を付くと
「それは…タイミングが悪いと言うか…」
長瀞も苦笑する。
「で、あのチビ、今朝もご飯食べてないから、お昼に様子を見てやってくれってサトシに頼まれたんだ
だから、お昼ご飯食べに影森マンションに帰りたいの」
伺うように黒谷を見ると
「え?じゃあ、今って、その子1人で部屋にいるんだ」
彼は考え込む顔を見せた。
長瀞や双子も顔を見合わせている。
「羽生、今日は休んで良いよ
中川先生が帰ってくるまで、その子の面倒見ててあげて」
「え?でも、急に休んじゃ困るでしょ?」
黒谷の言葉に、俺は慌ててしまう。
「私達で羽生の分まで頑張るから、大丈夫ですよ
子猫、水分が上手く取れてなければ、脱水症状を起こしてしまいますし
カズハ様のお店で子猫用のパック牛乳を買って、あげてみてはどうです?
お皿から飲めないようであれば、スポイトで飲ませてあげるとか」
長瀞がそんな提案をしてくれた。
「えー、メンドクサそう…」
渋る俺に
「どうせなら、子猫の面倒見ながら煮込み料理でも作ってみては?
今から煮れば、夜には味が染みてるでしょう」
皆野がそう助言する。
それは、悪くない考えだった。
「そっか、それ良いかも
サトシ、大きめゴロゴロ野菜のカレー好きなんだよね
カレー用の牛肉買って、人参は家にあるからジャガイモとタマネギ買って…後、福神漬け!
サトシ、カレーには福神漬け派なんだ」
俺はサトシの喜ぶ顔を想像して、嬉しくなってくる。
「じゃあ、決まりだ
羽生はもう上がって良いよ
カレー作りながら、ちゃんと子猫の面倒もみてあげてね」
黒谷の朗らかな笑顔に押され
「わかった、じゃあ皆、お疲れさまでしたー」
俺は挨拶をすると、しっぽや事務所を後にした。
マンションに帰る前に、カズハの働くペットショップで子猫用牛乳とスポイトを買い求める。
事情を話したら、カズハは子猫用カリカリのサンプルを5個もおまけしてくれた。
スーパーに寄ると牛肉が特売で、いつもより100gあたり30円も安かった。
午前中のタイムセールでジャガイモとタマネギは1個20円だったし、鳥唐揚げも特売で、自分のお昼ご飯用に1パック買ってみた。
『何か、得した気分』
俺はあのチビに少し感謝しながら、家路を急ぐのであった。
マンションの部屋に帰ると、俺は荷物を置いて子猫の様子を見に行った。
子猫はサトシが作ってくれた段ボールハウスの隅でうずくまっている。
ご飯も水も、口を付けた形跡はなかった。
俺は、自分が猫だった時のことを思い出して心臓がドキドキしてきた。
『このチビも、体の弱い子だったらどうしよう』
夜に大声でビャービャー泣いていたから、そんなこと考えたこともなかったのだ。
「チビ、牛乳買ってきてやったからな」
俺は段ボールハウスから水の入っている小皿を取り出すと、洗って牛乳を入れてやった。
「ほら、子猫用の牛乳なんだぞ、カズハが教えてくれたんだ」
小皿を段ボールハウスに戻しても、チビは反応せずに固まったままだ。
俺はますます焦ってしまう。
「お皿からだと、飲めないか?
スポイトも買ってきたんだ、飲ませてやるからおいで」
俺が子猫を抱き上げようとすると、嫌がってもがいている。
しかし、昨夜サトシを噛んだときのような力強さは感じられなかった。
『衰弱してきてる?』
俺は子猫の小さすぎる感触にゾッとする。
子猫からは、何の意思も読みとれなかった。
子猫をしっかりと抱いて固定すると、俺は小皿の牛乳をスポイトで吸って口元に持っていってやった。
ミルクの臭いを感じているはずなのに、子猫は頑なに口を開けようとはしない。
少しだけ口元に牛乳を垂らしてやると濡れた感触がイヤなのか、子猫は口周りを舐め始めた。
そしてキョトンとした顔をする。
『マ…マ……?』
初めて、このチビから意思のある反応が返ってきた。
もう少しミルクを口元に垂らしてやると、チビは小さな舌を動かしてさっきより積極的に舐めている。
『マ…マ…、ママ…』
「ママのこと思い出したか?ママはここには居ないんだ
ここには兄ちゃんしか居ないけど、ちゃんとミルクあげるからな」
俺は優しくチビに話しかけてやった。
『に…に…、にーにー?』
問いかけるように見上げてくる子猫の頭を、俺は指で撫でてやる。
チビは俺が触っても嫌がらなかった。
「急にいっぱい飲むとお腹壊すから、少しずつだぞ」
チビは俺の腕の中で、安心したようにミルクを舐め続けている。
『にーにー、にーにー』
甘えるような想念を送ってくるチビを相手に、俺はふいに兄姉のことを思い出していた。
『そうだ、まだサトシに拾ってもらう前、俺にも兄姉がいた
にーにーとねーねーが居たんだ』
体が弱くて1番のチビだった俺は、いつもにーにーとねーねーに置いてけぼりをくらっていた。
『ちーちーはトロいなー』
俺はチビだったから、ちーちーと呼ばれていたのだ。
遊びには上手く加われなかったけど、寝るときはいつも皆でくっついていて、そこは暖かくってホワホワで、安心できる場所だった。
俺はママもにーにーもねーねーも大好きで、皆で居るのが嬉しかった。
でも俺だけ人間に捕まって箱に入れられて、あの場所から引き離されたのだ。
そんな俺をサトシが見つけて、世話をしてくれた。
俺はすぐにサトシが大好きになったんだ。
昔のことを思い出した俺の目から、涙がこぼれる。
小さなうちに死んでしまったが、愛してくれる者と巡り会えていた俺は幸せだったのだと感じ、サトシへの想いが深まっていった。
『にーにー?』
涙を流す俺を、チビが不思議そうに見上げてくる。
「おまえも、ちゃんと幸せになれるよ」
指で頭を撫でると、チビは安心しきった顔になった。
「少し寝な、夜中に泣いてて疲れてるだろ
起きたらまた、ミルクやるからな
サトシが帰ってくるまで、ずっと側にいてやるよ」
俺の言葉をチビは最後まで聞いてなかったろう。
すぐに腕の中で安らかな寝息を立て始めた。
俺はチビを段ボールハウスに戻すと、愛するサトシのためにカレー作りを始めるのであった。
灰汁(あく)を取りながら、コンソメで下味を付けた肉と野菜をじっくりと煮ていく。
気が付くと、もうお昼の時間になっていた。
俺はカレーの残りのタマネギを使い、唐揚げを卵でとじて親子丼を作ってみた。
簡単だけど、美味しそうに出来た事に満足する。
『今度、サトシにも作ってあげよう』
塩もみしたキュウリを添えて、お昼ご飯の完成だ。
ソーセージを焼くことすら上手く出来なかった頃に比べ格段に成長したな、と嬉しくなってしまう。
食べてみると卵が良い感じに半熟で、大成功の出来映えだった。
「にぃにぃ、にぃにぃ」
ご飯を食べている俺を、チビが呼び始めた。
もう意味のない泣き声ではなく、はっきりと俺に話しかけてくる。
「ちーちー、起きたのか?
待ってな、食べ終わったらミルクやるからな」
俺は自然と、自分が以前に呼ばれていた名でチビのことを呼んでいた。
チビは俺が側にいることに安心したのか、段ボールハウスの中でゴソゴソ動き始めた。
やっと、自分が置かれている状況を確認しようと言う気持ちが生まれたようであった。
業務開始前のしっぽや事務所。
皆で簡単な掃除をしている最中に
「黒谷、今日、お昼休み少し長めにもらって良い?」
俺はそんなことを聞いてみた。
「ああ、かまわないよ
何か用事でも出来た?昼休みだけで間に合うの?」
黒谷は笑いながら聞いてくれる。
「うーん、用事って言うかさ…
昨日の夜、サトシが子猫連れて帰ってきたんだ」
俺はため息を付きながら答えてみせた。
「え?そうなの?」
黒谷以外の化生も、俺の言葉に聞き耳を立てている気配が感じられた。
「学校の帰りに同僚と見つけたんだって
チャトラのちびっこい奴なの
街路樹の上で泣いてて、近くに母猫の気配はないし、交通量の多い道の側だし、ほっとけなかったらしくてさ
その同僚が飼ってくれる事になったから保護したんだけど、家族に説明したり準備したりしたいから一晩だけ預かってくれないかって言われて
それで、サトシが連れてきたの」
「なんだ、中川先生が飼う訳じゃないんだ
貰い手もみつかってるし、良かったね」
黒谷はホッとした顔になった。
「…良くない」
俺は昨晩の事を思い出し、頬を膨らませる。
「そいつ、まだ本当にチビでさ
俺の言葉、全然理解出来ないでビャービャー泣いてばっかなの
サトシはチビにかかりっきりで、段ボールハウス作ったり新聞紙切ってトイレ作ったり、ご飯や水を用意したり
それなのに、あのチビ、サトシのこと噛んだんだよ
サトシ、指から血が出たの
俺、子猫だった時、サトシを噛んだ事なんて1回もないもん
せっかくサトシが用意したご飯だって、ちっとも食べないし
サトシは優しいから『まだ赤ちゃんだから仕方ない』って笑ってたけどさー」
俺は皆を相手に昨夜の不満をぶちまけてしまう。
「初めて人間の家の中に連れて行かれると、パニックになりますからね
私もそうでしたよ」
「俺もそうだったな」
双子がうんうんと頷いている。
「あのチビが泣いてばっかだから、サトシ気にして何度も見に行っちゃって
あんまり寝てないんだ、今日も仕事なのに」
「中川先生、優しくて面倒見が良いですからね」
白久が苦笑してみせた。
「俺、昨日、新しいパジャマに替えたから誉めてもらう予定だったの
『可愛い』って言ってもらって、良い雰囲気になって、してもらうつもりだったのにさ
結局、お預け」
俺が大仰にため息を付くと
「それは…タイミングが悪いと言うか…」
長瀞も苦笑する。
「で、あのチビ、今朝もご飯食べてないから、お昼に様子を見てやってくれってサトシに頼まれたんだ
だから、お昼ご飯食べに影森マンションに帰りたいの」
伺うように黒谷を見ると
「え?じゃあ、今って、その子1人で部屋にいるんだ」
彼は考え込む顔を見せた。
長瀞や双子も顔を見合わせている。
「羽生、今日は休んで良いよ
中川先生が帰ってくるまで、その子の面倒見ててあげて」
「え?でも、急に休んじゃ困るでしょ?」
黒谷の言葉に、俺は慌ててしまう。
「私達で羽生の分まで頑張るから、大丈夫ですよ
子猫、水分が上手く取れてなければ、脱水症状を起こしてしまいますし
カズハ様のお店で子猫用のパック牛乳を買って、あげてみてはどうです?
お皿から飲めないようであれば、スポイトで飲ませてあげるとか」
長瀞がそんな提案をしてくれた。
「えー、メンドクサそう…」
渋る俺に
「どうせなら、子猫の面倒見ながら煮込み料理でも作ってみては?
今から煮れば、夜には味が染みてるでしょう」
皆野がそう助言する。
それは、悪くない考えだった。
「そっか、それ良いかも
サトシ、大きめゴロゴロ野菜のカレー好きなんだよね
カレー用の牛肉買って、人参は家にあるからジャガイモとタマネギ買って…後、福神漬け!
サトシ、カレーには福神漬け派なんだ」
俺はサトシの喜ぶ顔を想像して、嬉しくなってくる。
「じゃあ、決まりだ
羽生はもう上がって良いよ
カレー作りながら、ちゃんと子猫の面倒もみてあげてね」
黒谷の朗らかな笑顔に押され
「わかった、じゃあ皆、お疲れさまでしたー」
俺は挨拶をすると、しっぽや事務所を後にした。
マンションに帰る前に、カズハの働くペットショップで子猫用牛乳とスポイトを買い求める。
事情を話したら、カズハは子猫用カリカリのサンプルを5個もおまけしてくれた。
スーパーに寄ると牛肉が特売で、いつもより100gあたり30円も安かった。
午前中のタイムセールでジャガイモとタマネギは1個20円だったし、鳥唐揚げも特売で、自分のお昼ご飯用に1パック買ってみた。
『何か、得した気分』
俺はあのチビに少し感謝しながら、家路を急ぐのであった。
マンションの部屋に帰ると、俺は荷物を置いて子猫の様子を見に行った。
子猫はサトシが作ってくれた段ボールハウスの隅でうずくまっている。
ご飯も水も、口を付けた形跡はなかった。
俺は、自分が猫だった時のことを思い出して心臓がドキドキしてきた。
『このチビも、体の弱い子だったらどうしよう』
夜に大声でビャービャー泣いていたから、そんなこと考えたこともなかったのだ。
「チビ、牛乳買ってきてやったからな」
俺は段ボールハウスから水の入っている小皿を取り出すと、洗って牛乳を入れてやった。
「ほら、子猫用の牛乳なんだぞ、カズハが教えてくれたんだ」
小皿を段ボールハウスに戻しても、チビは反応せずに固まったままだ。
俺はますます焦ってしまう。
「お皿からだと、飲めないか?
スポイトも買ってきたんだ、飲ませてやるからおいで」
俺が子猫を抱き上げようとすると、嫌がってもがいている。
しかし、昨夜サトシを噛んだときのような力強さは感じられなかった。
『衰弱してきてる?』
俺は子猫の小さすぎる感触にゾッとする。
子猫からは、何の意思も読みとれなかった。
子猫をしっかりと抱いて固定すると、俺は小皿の牛乳をスポイトで吸って口元に持っていってやった。
ミルクの臭いを感じているはずなのに、子猫は頑なに口を開けようとはしない。
少しだけ口元に牛乳を垂らしてやると濡れた感触がイヤなのか、子猫は口周りを舐め始めた。
そしてキョトンとした顔をする。
『マ…マ……?』
初めて、このチビから意思のある反応が返ってきた。
もう少しミルクを口元に垂らしてやると、チビは小さな舌を動かしてさっきより積極的に舐めている。
『マ…マ…、ママ…』
「ママのこと思い出したか?ママはここには居ないんだ
ここには兄ちゃんしか居ないけど、ちゃんとミルクあげるからな」
俺は優しくチビに話しかけてやった。
『に…に…、にーにー?』
問いかけるように見上げてくる子猫の頭を、俺は指で撫でてやる。
チビは俺が触っても嫌がらなかった。
「急にいっぱい飲むとお腹壊すから、少しずつだぞ」
チビは俺の腕の中で、安心したようにミルクを舐め続けている。
『にーにー、にーにー』
甘えるような想念を送ってくるチビを相手に、俺はふいに兄姉のことを思い出していた。
『そうだ、まだサトシに拾ってもらう前、俺にも兄姉がいた
にーにーとねーねーが居たんだ』
体が弱くて1番のチビだった俺は、いつもにーにーとねーねーに置いてけぼりをくらっていた。
『ちーちーはトロいなー』
俺はチビだったから、ちーちーと呼ばれていたのだ。
遊びには上手く加われなかったけど、寝るときはいつも皆でくっついていて、そこは暖かくってホワホワで、安心できる場所だった。
俺はママもにーにーもねーねーも大好きで、皆で居るのが嬉しかった。
でも俺だけ人間に捕まって箱に入れられて、あの場所から引き離されたのだ。
そんな俺をサトシが見つけて、世話をしてくれた。
俺はすぐにサトシが大好きになったんだ。
昔のことを思い出した俺の目から、涙がこぼれる。
小さなうちに死んでしまったが、愛してくれる者と巡り会えていた俺は幸せだったのだと感じ、サトシへの想いが深まっていった。
『にーにー?』
涙を流す俺を、チビが不思議そうに見上げてくる。
「おまえも、ちゃんと幸せになれるよ」
指で頭を撫でると、チビは安心しきった顔になった。
「少し寝な、夜中に泣いてて疲れてるだろ
起きたらまた、ミルクやるからな
サトシが帰ってくるまで、ずっと側にいてやるよ」
俺の言葉をチビは最後まで聞いてなかったろう。
すぐに腕の中で安らかな寝息を立て始めた。
俺はチビを段ボールハウスに戻すと、愛するサトシのためにカレー作りを始めるのであった。
灰汁(あく)を取りながら、コンソメで下味を付けた肉と野菜をじっくりと煮ていく。
気が付くと、もうお昼の時間になっていた。
俺はカレーの残りのタマネギを使い、唐揚げを卵でとじて親子丼を作ってみた。
簡単だけど、美味しそうに出来た事に満足する。
『今度、サトシにも作ってあげよう』
塩もみしたキュウリを添えて、お昼ご飯の完成だ。
ソーセージを焼くことすら上手く出来なかった頃に比べ格段に成長したな、と嬉しくなってしまう。
食べてみると卵が良い感じに半熟で、大成功の出来映えだった。
「にぃにぃ、にぃにぃ」
ご飯を食べている俺を、チビが呼び始めた。
もう意味のない泣き声ではなく、はっきりと俺に話しかけてくる。
「ちーちー、起きたのか?
待ってな、食べ終わったらミルクやるからな」
俺は自然と、自分が以前に呼ばれていた名でチビのことを呼んでいた。
チビは俺が側にいることに安心したのか、段ボールハウスの中でゴソゴソ動き始めた。
やっと、自分が置かれている状況を確認しようと言う気持ちが生まれたようであった。