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しっぽや(No.70~84)

side<NAGATORO>

コンコン

しっぽや事務所に響くノックの音で、私の意識が覚醒する。
今日は猫の依頼が少なく控え室で仕事を待っている間、うたた寝をしてしまったようだ。
同じく双子が寝ぼけた顔を向けてくる。
「依頼か…?」
ボンヤリと呟く明戸に
「いえ、荒木様の気配です
 もう、バイトに来る時間なのですね」
私が答えると明戸はムニャムニャ言いながら、また皆野に寄りかかって寝入っていた。
「日野は、今日は部活だって言ってましたね…」
そんな呟きを残し、皆野も明戸に寄りかかって寝てしまう。
この2人、猫だったときは見事な猫団子になって寝ていたのだろうな、そんなことを考えて私は思わず笑ってしまった。

私ももう一眠りしようかと思ったところで、事務所の会話が耳に入ってきた。
『で、あいつの誕生日にはちょっと早いんだけどさ、今週末どうかな』
『日野のためにありがとう、荒木』
『いや、俺も誕生日にブレス貰ったし
 お返しのプレゼント、消えて無くなるものってのも寂しいかなとか思ったけど
 あいつにはこっちの方が喜ばれそうだしさ
 白久と黒谷も一緒に行こうよ』
『よろしいのですか?』
『うん、日野と2人で食べ放題行くと、流石に店に申し訳ない量になるから
 大人数で行った方が、まだカモフラージュになるんだ』
『焼き肉食べ放題か~、テンション上がるね』
その言葉を聞いた私は、思わず控え室から顔を出し
「すいません、よろしかったら私とゲンも混ぜさせてもらって良いでしょうか」
そう言ってしまっていた。

事務所にいた皆が、驚いた顔を向けてくる。
少し恥ずかしく感じながら
「焼き肉食べ放題、私とゲンで行っても負けてしまうのでゲンが行きたがらないんです
 たまには色々なお肉を食べさせてあげたくて」
私はそう説明した。
「うん、ゲンさんあんまり食べないもんね
 日野と一緒に行って、ちょっとずつあいつの皿からかすめ取るのが良いよ
 ゲンさんと割れば、まだ常識的な量になるからこっちも助かるし
 あいつ、学校の駅の側にある焼き肉屋で1人で肉だけで60皿食って、食べ放題注文禁止になってんだ
 俺、あいつに間違えられて食べ放題注文できなかったことあるんだぜ
 俺の方が1cmも背が高いのに、間違えるとかヒドくない?」
荒木はブツブツ文句を言いながらも、その目は笑っていた。

「今週の土曜日、しっぽや終わってから駅前の店に行くんだ
 週末だしこっちの人数多いから、予約しとくよ
 臭いが付いても大丈夫な服、着てきてね
 俺達も一旦マンションで着替えてから行くんで、エントランスで待ち合わせしよう
 8時頃なら大丈夫?
 店の予約は8時半でいいかな」
笑顔の荒木に頷いて
「はい、ゲンに伝えておきます」
そう答える私の心は、早くもゲンに何を食べさせようかと当日に向けられているのであった。


その日の夕飯時、出来上がった豚肉の生姜焼きを刻みキャベツの上に盛りつけながら、私は焼き肉食べ放題のことをゲンに伝えていた。
「そうか、日野少年と行きゃ、バッチリ元は取れるな
 ありがたく、日野少年の皿から肉をかすめ取るとするか」
ゲンはグラスにビールを注ぎ、嬉しそうな顔になった。
「お野菜も、食べてくださいね」
テーブルに皿を置き、私が言い添えると
「ああ、焼き肉屋のナムル盛り合わせは好物だ
 焼いたタマネギも肉に合うしな
 焼きシシトウも好きだけど、俺、当たりを引く確率高いからなー
 あれ、本当に辛いんだ」
ゲンはそう答えて苦笑する。
「少しずつ、色々な物を皆様のお皿からいただきましょう」
「俺達、焼き肉食べ放題窃盗団だ」
ゲンは悪戯っぽい顔で笑う。
ゲンに渡されたグラスを手にし、私達は笑いながら乾杯した。

「そっか、デカワンコちゃん達、焼き肉の食べ放題なんて初めてか」
ゲンが感慨深い顔になる。
「そうですね、秩父先生がご存命だったときは、色々なお店に連れて行っていただきましたが
 あの時代、食べ放題の店、なんてありませんでしたから
 デパートのレストラン、ラーメン屋、お寿司屋、蕎麦屋、喫茶店、定食屋に洋食屋
 大奮発だ、と中華料理店や鰻屋に連れて行っていただいたこともありましたっけ
 焼き肉屋も大奮発に入ってましたね
 それが今では食べ放題だなんて」
私は懐かしく昔を思い出していた。

「俺がナガトを飼い始めた時も、近所にゃ、んな店なかったもんな
 学生で金も無かったし、ワンコちゃん達まで食べ歩きに連れていけなくてさ
 医者とは資本が違うもんなー
 ナガトを連れて行くにしても、ファミレスやファーストフードが多くてごめん」
ゲンは少し申し訳なさそうな顔になる。
「いいえ、一緒に居られるだけで私はとても幸せです」
「…ナガトは本当に健気だな」
食事中だというのに、ゲンは私に近づくと強く抱きしめてくれた。
温かなゲンの腕の中で、私は深い満足と幸せを感じるのだった。


食事の後は、お茶を飲みながら2人でテレビを見ていた。
ゲンはバラエティーと言う番組はあまり好きではないらしく、見るのはニュースや情報番組が多かった。
「昔はドラマも見てたけど、毎週同じ番組を見る根気が無くなった」
ゲンはよくそう言って笑っていた。
「私達がテレビを見始めた頃はこんなに番組が無かったので、とりあえず勉強のために何でも見ていました
 けれども、どうにも『人間の心理』という物がわからず、ドラマは見なくなりましたね
 ああ、動物が出てくる物は別ですが
 どのように振る舞えば、人間に喜んでいただけるか勉強になるかと思って
 シェパードやエアデールテリアが出てくる番組は、よく見てましたよ」
私の言葉に
「カールとトントン?古いとこついてくるなー」
ゲンが苦笑する。
「じゃあ、探偵的な三毛猫の番組も見てた?」
「ええ、同じ猫として気になりますから
 でも何匹も違う猫が出てくるから、何だか話が分からなくなってしまうんですよね
 他の動物が出てくる番組や映画もそうなんですが」
今度は私が苦笑した。
「そっか、ナガト達にとっちゃ、何人もの役者が同じ役をやってるような感じなんだ
 そりゃ、不自然極まりなくて話なんかわかんねーな」
ゲンは面白そうに笑っている。
私にとってはゲンとテレビを見るより、こうやって会話している方がよほど楽しかった。

「お、源泉掛け流し露天風呂のある老舗旅館だってさ
 室内、風情あんなー
 そして夕食が豪華!でも俺、あんなに食べ切れねー
 俺が食事付きの旅館に行くときゃ、日野少年にお供してもらわねーと」
テレビ画面に意識を戻したゲンが腕を組んで考え込んだ。
「どこかに、旅行に行きたいですか?
 そういえば、最近は泊まりがけでどこかに出かけることがなかったですね」
ゲンの言葉で影森マンションで暮らす前は、時々泊まり掛けで旅行に行っていた事を思い出した。
影森マンションの居心地が良すぎて、引っ越してからは日帰り旅行にしか行っていなかったのだ。
「たまには良いかな、って
 うちのベッド以外でナガトとするのもさ」
ゲンは私の耳元でそっと囁いた。
「私は、慣れた場所の方が安心できて良いのですが
 でも、ゲンがそうしたいのであれば、いつでも連れて行ってください
 ゲンの側が、一番安心できる場所ですから」
私はゲンの肩に頭をすり付け甘えてみせた。

「猫は場所が変わるの嫌がるからな
 まあ、露天風呂のある旅館に連れてって、他の奴らのイヤラシい目にナガトの体を晒す気は無いけど」
ゲンは優しく髪を撫でてくれる。
それだけで、私の中にゾクゾクする感覚が生まれていった。
「ああ、あんな風に内風呂が露天になってる旅館なら大丈夫か
 お値段もそれなりだけど、たまの贅沢にゃもってこいだ
 近場の市場で新鮮な魚や、干物も買えるってさ
 後で検索して調べてみるか」
ゲンは画面を見ながらも、私をずっと撫でてくれていた。

「ん…」
思わず、熱い吐息を彼の首筋に吐いてしまう。
それに気が付いたゲンが、優しい目で私を見ると
「本当に、ナガトは可愛いな」
そっと、唇を合わせてくれる。
私はそれを受け入れながら、積極的に舌を絡ませていった。
「露天風呂じゃないけど、バスルームでしようか?」
キスをしながら聞いてくるゲンに、私は頷いた。
一刻も早く、彼と一つになりたかったのだ。

着ている物を脱ぎ、私達は熱く唇を重ね合いながらバスルームで抱き合った。
お互いの肌に触れる中心は、激しく反応している。
「やっぱ、内風呂がある旅館じゃないと無理だな」
ゲンは怪しくクツクツと笑う。
「最近、皆の間で入浴剤がブームなんです
 それで、温泉旅行に行った気になれるからって
 私も買ってみたので、今夜はそれで旅に出ましょう」
首筋から胸にかけて移動するゲンの唇の感触を楽しみながら告げると
「そうだな、でも、その前に…」
彼は私の中心に手を伸ばし、優しく包み込むと刺激を与えてくれる。
「あっ…んん…、ゲン…ゲン…」
甘い喘ぎが止まらない私を、体制を入れ替えたゲンが後ろから貫いた。
飼い主と一つになれる喜びと、彼が与えてくれる刺激で私は歓喜の中欲望を解放した。

その後、温めのお湯を湯船に張り、入浴剤を入れて私達は湯に浸かる。
「一汗かいた後の温泉か、良いねー」
「贅沢ですね」
「なんちゃって温泉だけどな」
私達は顔を見合わせて笑い、軽く唇を合わせた。
「そうだ、少年達と行く焼き肉屋って、駅前の?」
「はい、たまにゲンと行く店ですね
 私達は食べ放題じゃないメニューしか頼みませんけど」
「そっか」
ゲンはなにやら考え込む顔を見せた。
「どうかしましたか?」
「いや、風呂出る前にもう一回しても良いかなって」
ニヒッと笑いながらのゲンの問いに
「はい、私もして欲しい」
再び熱くなっていく体を感じながら答えるのであった。
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