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しっぽや(No.58~69)

side<SIROKU>

自分の誕生日が近づいてくる。
それは今まで感じたことのない、不思議な感覚であった。
『誕生日』などという日を、私は今まで意識したことがなかった。
飼い主である荒木の誕生日を教えてもらい、初めて『生まれてきてくれた日に感謝する』という感情が芽生えたのだ。
荒木が生まれてきてくれた日が、とても尊いものに感じられた。

荒木は私の誕生日を考えてくれた。
それは荒木と初めて契った日。
まだ飼っていただける訳ではなかったのに、荒木は私を受け入れてくれた。
私と離れたくないと言ってくれた。
あの日、私は荒木のことをこれ以上なく愛しいと思い、守りたいと強く感じた。
この方の生活を守るためなら、共に過ごした数日の記憶を荒木が覚えていなくとも悔いはないと思えた。
たとえ飼っていただけなくとも、長らく飼って欲しいと思う人間に巡り会えなかった私にとって、荒木との出会いはこの上なく輝かしいものであったのだ。


アラーム音で起こされた私は、カレンダーの日付を確認する。
1年前の今日は、荒木がしっぽやに依頼をしに来てくれた日だ。
あの時の私は初めて会えた心浮き立つ人間を前に、とても舞い上がってしまっていた。
どうしても彼の役に立ちたくて、猫の捜索依頼であったというのに自分が探すと名乗りを上げてしまった。
それを後悔はしていない。
しかし、もし猫が捜索に出ていたら、クロスケ殿が亡くなる前に荒木に会わせてあげられたのではないか、という思いは負い目となって私の心に澱(おり)のように沈み込んでいる。
クロスケ殿のことはもうどうにもならないことであったが、他の飼い主に同じような思いをさせないよう気を引き締めて捜索に当たらなければ、と最近の私は思っていた。


クロスケ殿と初めて想念を交わそうとした時、猫の心の複雑さに私は戸惑ってしまった。
最初はどんなに呼びかけてもなかなか応えてもらえなかった。
想念をキャッチした後も
『泣かれるから鬱陶しい、こっちの気が滅入る』
『もうササミも美味くない』
『暖かいってのは幸せだ』
『また、カーテンに包まれる』
などと言った散文的な返答ばかりで、犬の私にはさっぱり要領を得なかった。
しっぽやで犬に慣れている双子や長瀞との意志疎通が、どんなに楽なものかを痛感したのだ。

数日、根気強く呼びかけたせいだろうか
『犬ってのはバカだな、愚直ってやつか?察しろ』
『俺様をかまうより荒木を泣かせるな、あいつが泣くから』
『俺様は還んなきゃいけないんだ、あいつが心配なのに』
『俺様の姿を見たら、きっとあいつは頭がおかしくなっちまう』
クロスケ殿の想念は、ずいぶんと分かり易いものに変わっていった。
そしてクロスケ殿は誰かを心配して自ら姿を隠したのだと、だんだん私にも察しが付いてきた。

そしてあの日、寝ていた私にクロスケ殿の想念が突き刺さったのだ。
『おい、犬、俺様はもう還る
 荒木が世話をかけたな、最後の礼だ、荒木には姿を見せてやる
 荒木がみつけた良い場所に居るからな
 だが、あいつには絶対に俺様を見せるな
 あいつに見せる前に燃やしてくれ
 何も見せないとあいつも納得しないだろう、案外頑固だから
 屈辱的だが、こうなったら灰くらいは見せてやるさ…
 すぐ帰るからな…
 泣くなよ…
 パパ…大好き…』
飛び起きた私が時計を見ると、それは明け方に近い時間だった。
生き物が、生まれる前の場所に還ることの多い時間であった…
その段になってやっと私は、クロスケ殿の想いを理解した。
クロスケ殿は亡骸を荒木のお父様に見られたくなくて、死に場所を求めて家を出たのだと。

依頼は成功せず、荒木とは接点を失ってしまうはずだった。
せめて最後に私のことを知って欲しくて記憶の転写をしたが、荒木は私を恐れず嫌悪もしなかった。
それどころか、荒木は私と契ってくれた。
クロスケ殿の亡くなられた日、私は初めて化生出来た事に感謝した。
荒木という人間と巡り会えた事に、心から感謝したのだ。
それは荒木が言ってくれたように、第2の生の始まりといえる感情であった。
そして翌日には、私は正式に荒木に飼っていただけることになる。
私は愛しい飼い主を手に入れた。


1年前を思い出し回想に浸っていた私は、時計を確認し焦ってしまう。
いつもならとっくに朝食を食べ終わっている時間であった。
『時間のない朝は、これですね』
私はコーンフレークを器に出すと牛乳をかけ、慌ただしく朝食を済ませる。
『荒木が教えてくださった食べ物』
そう思うと簡単な食事とはいえ、とても美味しく感じられた。
『今度はグラノラでも買ってみますか
 荒木はコーンフレークより、そちらの方が好きだと言っていたし』
荒木に教えてもらったささやかな情報が愛おしい。


「さて、今日も頑張りますか」
私は自分に気合いを入れるとペットを探す飼い主のため、しっぽやへと向かうのであった。




そして迎えた誕生日当日。
今日も飼い主とはぐれてしまった犬達を探し出さなければ、と私は使命感にも似た思いを抱いていた。

「シロ、ここ数日張り切ってるじゃない
 何か気合いが違うよ
 良いことでもあった?」
しっぽや事務所で、黒谷がニヤニヤしながら私に話しかけてきた。
「あ、俺もそう思ってた!
 こないだなんか、ビーグルの依頼なのに率先して探しに行ったし
 いっつも洋犬は俺に回してくるじゃん?」
応接セットのテーブルで報告書を書いていた空も、顔を上げて私を見つめてくる。
「実は、今日は私の誕生日なんです
 だから、少しは頑張らないと、と思って」
私は少し誇らかに、2人にそう告げた。

「え?君、そんな日覚えてたの?
 水くさいな、どうして今まで教えてくれなかったんだ」
「すげー!俺、化生する前は血統書に書いてあった日を祝ってもらってたけど
 自分じゃいつだか、全然覚えてなかったぜ」
黒谷と空はとても驚いた顔を見せる。
「あ、いえ、本当の誕生日ではないのですが
 1年前の今日は、荒木と初めて契った日なのです
 それで、荒木がこの日を私の誕生日にすると良いと決めてくださって
 『飼い主が出来るのは、化生の第2の生の始まりだ』と
 クロスケ殿の命日でもありますし、今日は私と荒木にとって、とても大切な日なのですよ」
私は幸せを感じながら答えた。
「今夜は荒木がお祝いに、泊まっていってくれることになってます
 せっかくなので、記念日のプレゼントを三峰様から用立てていただきました」
私の言葉を2人は感慨深げに聞いていた。

「そうか…それでいくと、僕の誕生日は終戦記念日になるんだね
 やはり、あの戦争は忘れられないな…」
黒谷は少し遠くを見ながら呟いている。
「どうしよう、俺、覚えてない…
 すげー暑かったから夏なんだけど
 波久礼の兄貴が子猫拾って、その後拾わないようにって、お目付役で一緒にこっち来て…
 ダメだ、カズハにメールで聞いてみる」
空は慌ててスマホを操作し始めた。

「僕も、荒木の提案にのらせてもらうね
 日野が来たら、僕の誕生日のこと話してみるよ
 荒木は素敵なことを考えるね」
「俺ものっかるー!荒木って、良い奴だよな
 カズハに飼ってもらうためのアドバイスもしてくれたし
 カズハ、初めて契った日、覚えてくれてるかな…」
「ええ、荒木は最高の飼い主です」
2人に荒木を誉められて、私はとても誇らしい気持ちになった。

そんな中、所長机の上の電話が着信を告げる。
「はい、ペット探偵『しっぽや』です」
すぐに黒谷が受話器を取って対応した。
「はい、はい、居なくなったのはミックス犬ですね
 垂れ耳、長毛、洋犬ミックス…住所と居なくなった場所は同じ、と
 お住まいの場所はこの近くなのですね、住所は、はい、はい、ええ、分かります
 それでは所員を伺わせますので、その者に再度、状況のご説明をお願いいたします
 それでは、失礼いたします」
黒谷の話を聞きながら、私と空は目を見合わせた。
「洋犬ミックスなら俺が行こうか?」
受話器を置いた黒谷に空が問いかけるが
「いえ、私が参ります」
私は空を遮って名乗りを上げた。
「じゃあ、シロに行ってもらうか
 荒木がバイトにくる前に一仕事終わらせると良いよ」
笑いかけてくる黒谷に頷いて、私は彼から依頼メモを受け取るとしっぽやを後にするのであった。


依頼のあったミックス犬は、すぐに発見できた。
『貴方の方はちょっとした散歩のつもりでも、飼い主の方は本当に心配するのですからね
 外に出るのは飼い主と一緒の時以外、厳禁ですよ』
私は送り届けた犬にそう注意をし、飼い主から成功報酬を受け取ると事務所に戻った。
戻る途中のコンビニで、昼ご飯用のお弁当を買い求める。
「お帰りシロ、早かったね
 あれ、お昼はビニ弁?誕生日なのに、侘びしいなぁ」
帰った私に、黒谷が苦笑を向けてくる。
「朝、ちょっと時間がなくて
 コンビニの品ぞろえも、たまにはチェックしたいですからね
 ケースに入った唐揚げとコロッケは、けっこう美味しいですよ」
私はビニール袋を掲げて見せた。

控え室では、先に空がお昼を食べている。
何だか大きなおにぎりを頬張っていた。
「お帰り白久、これ、新郷の兄貴に教えてもらった爆弾おにぎり
 好きな具を色々入れてみたんだ
 唐揚げとミートボール、ウインナーに卵焼きに焼き鳥!」
得意満面の空に
「お野菜が足りませんよ」
長瀞が呆れた顔を向けた。
「野菜はこっちのタッパーに入れてきたよ
 ブロッコリーとアスパラと人参をチンしたんだ
 後、赤と黄色のパプリカ刻んで散らしてみた
 どう?トレンディー?」
「良いですね、彩りも華やかだし」
長瀞に誉められた空が得意げな顔になる。
「飼い主いる歴長い奴に色々教えてもらうと、為になるぜ」
空のその言葉は今日のために新郷に教えを請うていた私には、共感できるものであった。
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