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しっぽや(No.58~69)

side〈ARAKI〉

「ニャア~ン」
甘えた声と共に俺の頭に頭突きしてくるカシスに起こされて、俺の意識が浮上する。
「…あ~、はよ、カシス…」
まだボンヤリとしている思考が、カレンダーの日付を見て一気に覚醒した。

1年、という時間を俺は特に意識しないで今まで過ごしてきた気がする。
プレゼントを貰える誕生日やクリスマスが来年も楽しみだ、と思ったことはあっても前の年の同じ日のことを振り返ったことはない。
けれども今年は、どうしても1年前のことを思い出してしまう。
生まれたときから一緒に過ごしてきた黒猫の<クロスケ>が1年前の今日、亡くなった。
17歳のお爺ちゃんだったけど、俺はクロスケはまだずっと一緒に居てくれると信じて疑わなかったのだ。

完全室内飼いのクロスケは、死ぬ直前に家から脱走してしまった。
俺が最後に見たクロスケの姿は、日常の風景過ぎて全く覚えていない。
最後に見たクロスケの姿を思い出せない自分が情けなかった。
クロスケは最後に俺を見たとき、どんなことを思ったのだろうか。
クロスケだけがその答えを知っている。


「カシス、クロスケだったとき、何で出て行っちゃったんだよ」
俺は新たな飼い猫のカシスの頭を撫でながら、恨みがましく聞いてみた。
白久によると、カシスの中にはクロスケの魂が入っているらしい。
しかし今は『カシス』として存在しているので、クロスケの時の記憶はもう無くなっているとも言っていた。
再びこの家の猫になれたから、それはもう覚えている必要が無くなったそうだ。
『まだクロスケの記憶があるうちに、白久にもっと色々聞いといてもらえば良かった』
つい、そんなことを考えてしまう。
でも、波久礼がカシスを事務所に連れてきた後、白久と一緒に過ごす時間が心地よくて
『白久と…した後、爆睡しちゃってたんだよな…』
そう気が付いて、俺は一人頬を赤くしてしまう。

「カシスー、荒木のこと起こしてくれた?」
階下から母さんの声が聞こえてくる。
「起きてる、今、着替えて降りるから」
俺は慌てて返事を返した。
親父はすでに出勤しているこの時間、カシスは俺を起こすため部屋に来るようになっていたのだ。
制服に着替え、学校用の鞄と共に白久の部屋へのお泊まりセットが入ったバッグを持って、リビングに向かう。
テーブルには朝食が準備されていた。

「じゃあ、母さん先に出るから
 クロスケのご飯、カシスにあげといて」
母さんはそう言い残して出勤していった。
テレビ台の上には未だにクロスケの骨壺が入った袋と遺影が置かれている。
一周忌の今日はお線香が炊かれていて、クロスケが好きだったカリカリの小袋とオヤツの焼きササミが供えられていた。
「今朝は豪華だぞ」
カリカリをお皿に出してササミをほぐして添えてやると、カシスは鼻息も荒く夢中で食べている。
「お前、まだ1歳になってないのに絶対クロスケより重いよな」
俺は呆れた声を出してしまうが、晩年、食欲の落ちたクロスケを見ていたので、カシスの若々しい食欲が嬉しくもあった。

朝食を食べ食器を流しに持って行くと、身支度を整える。
カシスはさっさと貰った物を食べきって、リビングのソファーで長くなって寝ていた。
「そーゆーとこは、クロスケに似てんだよな
 クロスケは丸くなってたけど」
俺はカシスの頭を撫でると
「じゃ、行ってくるから」
そう声をかけ、家を出た。


「あれ?今日、泊まり?」
朝の教室で、俺の持っているお泊まりバッグに目ざとく気が付いた日野が声をひそめて聞いてきた。
「まあな」
俺も声をひそめて囁き返す。
「今日、白久の誕生日だから、一緒にいてやりたいんだ
 明日は白久の部屋から、直接学校に行くよ」
俺がヘヘッと笑うと、日野は驚いた顔を見せた。
「化生の誕生日って、わかるの?
 黒谷って、いつだろ」
「白久は自分の誕生日、覚えてないって言ってた
 でも、俺が白久を飼おうと思ったと言うか、初めて、その…したの…って、去年の今日だからさ
 今日が誕生日ってことにしたんだ
 化生にとって飼い主が出来るって、第2の生の始まりみたいなもんだろ?」
赤くなる頬を自覚しながら、俺は更に声を落として囁いた。

「そっか」
日野は納得した顔で頷いている。
「じゃあ、黒谷は終戦記念日が誕生日になるのか
 どこまでも、あの戦争に縛られてるみたいだ…」
少し遠い目をする日野に
「お前も、黒谷の誕生日の日には一緒にいてやりなよ
 しっぽやの方は俺と白久で頑張るからさ」
俺は笑ってそう告げた。
「…うん、ありがと
 俺と黒谷でフォローするから、今日はお前たち早く上がりなよ」
日野の言葉に
「依頼が少なかったら、そうさせてもらう」
俺はありがたく頷くのであった。




授業が終わり、俺と日野は連れ立ってしっぽやに向かった。
駅からの道を歩く俺は、つい、1年前のことを思い出してしまう。
『あの時は、クロスケがいなくなってパニクってたな
 あんな怪しげなペット探偵屋に、1人で依頼しに行くなんてさ
 でも、おかげで白久と会えたんだ…』
初めて白久を見たときの驚き、飼って欲しいと言われたときの警戒、一緒にクロスケを探すうち徐々に惹かれていった不思議な自分の気持ち。
あれから1年しか経ってないのに、そんな出来事が遠い過去のように感じられた。
「何、思い出し笑いしてんだよ
 やーらしいなー」
日野がニヤニヤしながら俺の顔をのぞき込んでくる。
「え?いや、何でもないって」
俺は慌てて顔を引き締めた。
「夕飯、何食べようかな、ってさ
 ファミレスでハンバーグが良いかな」
「せっかくの誕生日なんだから、もっと良いとこ行けば?」
いぶかしい顔の日野に
「ファミレスのハンバーグ、思い出のメニューなんだ」
俺は笑って答えて見せた。


ノックしてドアを開けると、事務所には黒谷と白久がいた。
「荒木、シロの誕生日を考えてくれたんだって?ありがとう
 今日、シロを休みにしてあげれば良かったかな」
微笑む黒谷に
「去年の俺みたいに、白久のこと必要とする人いるかもしれないから
 今日は白久には捜索に出てて欲しかったんだ
 忙しかった?」
俺は少し笑って聞いてみた。
「午前中に、ミックス犬を探し出しました」
白久が誇らかに報告してくる。
「お疲れさま、白久、偉いね」
俺は伸び上がって白久の頭を撫でてやった。

「依頼が少なかったら、今日は2人を早めに上がらせてやって」
日野が黒谷に声をかけると
「そのつもりだよ」
黒谷はニッコリ笑う。
「今日は俺達が頑張ろう」
日野の言葉に
「はい、僕だって捜索能力、シロに引けを取りませんから」
黒谷は悪戯っぽく答えていた。


その後、ミックス犬の依頼のため事務所に50代くらいのおばさんがやってきた。
「私が参ります」
白久が、依頼に来た飼い主を安心させるよう頼もしい態度で話を聞いている。
黒谷が伺うような眼差しを向けてきたが
「白久に行ってもらって」
俺は笑顔でそう告げた。
クロスケを生きている状態で探し出せなかったことは、白久にとって負い目になっているのを俺は感じていた。
今日は白久自身、捜索に意欲を燃やしている。
そんな白久を、応援してあげたかった。

白久とほとんど入れ違う形で、チワワを抱っこした空が戻ってくる。
「あれ、白久、出ちゃった?
 今日は誕生日だ、なんて言ってたから俺が捜索頑張って休ませようと思ったのに」
頬を膨らませる空に
「気にしてくれて、ありがとう」
俺はお礼を言う。
「いいってことよ、何だっけ?『情けは世のため人のため』?
 俺の誕生日の日は、白久に頑張ってもらうからさ
 俺も真似して、カズハに飼ってもらった日を誕生日にすることにしたんだ
 日付なんて、それまで気にしたことなかったから、自分じゃいつだかわかんなかったけど
 カズハに聞いたら、お姉さんの結婚記念日の前の日なんだって
 カズハ、頭良いからちゃんと覚えてるんだぜ」
空は自慢げに胸を張ってみせた。
「情けは人の為ならず、だよ
 お前は何で覚え方が雑かな」
黒谷が空に呆れた顔を向けるが
「荒木が考えてくれたこと、僕達にとって本当に嬉しいことなんだよ」
優しく微笑んで俺を見てくれた。

白久は2時間程で戻ってきた。
依頼のあったミックス犬は、すでに自宅に送り届けてきたらしい。
「居なくなってからすぐに依頼してくださると痕跡が多く残っているので、比較的早く見つかりますね」
そんな白久の言葉に
『クロスケが脱走した時、すぐにここに来れば良かったのかな』
俺は少し考え込んでしまう。
駅でポスターを見ていたのでペット探偵がある事は知っていたけど、自分で帰ってくるんじゃないか、と高を括(くく)っていたのだ。
俯く俺に
「自ら姿を消そうとした者の捜索は、難航します
 お役に立てず、申し訳ありませんでした」
白久はそっと寄り添ってくれる。
「白久は頑張ってくれたよ
 あのままだったら俺、いつかクロスケが帰ってくるんじゃないかって、ずっと心にひっかっかって前に進めなかった」
俺は頭を振って、自分の考えを切り替える。

そんな俺達に
「シロと荒木はもう上がって良いよ
 結局、あんまり早く上がれなかったね」
業務終了30分前に、黒谷が声をかけてくれた。
「片づけは俺達がやっとくから、このまま帰って
 この時間ならまだファミレス空いてるし、ハンバーグ堪能しに行きなよ」
日野も笑ってウインクする。

「それでは、お先に失礼します、お疲れさまでした」
「じゃ、また明日、学校でな」
俺と白久はありがたくその言葉に従って、事務所を後にするのであった。
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