しっぽや(No.58~69)
駅に降りると改札を抜け、俺達は違う路線のホームを目指す。
その途中に、パン屋があるのだ。
「あ、今日も出てる」
中途半端な時間のせいか学生の姿はなく、客は1人もいなかった。
近寄ってケースの中を見ると
「メロンパンばっかり…
ここ、メロンパン屋なんだ」
新郷が少し驚いた声を上げた。
いつも遠目にしか見ていなかったので、俺達はどんなパンを売っているのか知らなかったのだ。
大ぶりのメロンパンに生クリームやチョコクリーム、小豆などが挟んである。
「お昼ご飯にはならないが、デザートに良さそうだな」
「うん、どれも美味しそう
1個ずつ買ってみない?」
瞳を輝かせる新郷に、俺は笑って頷いた。
少し迷って、俺は生クリームと小豆がサンドされている物を選ぶ。
新郷は生クリームとカスタードクリーム入りを選んでいた。
「潰さないよう、気をつけなきゃ」
新郷がそっと鞄にパンを入れた。
それから俺達は、ホームに向かう。
暫く待つと、電車がホームに入ってきた。
「今度は1時間以上ゆっくり出来るよ」
電車に乗り込んで席に座った新郷が笑顔を向けてくる。
「新郷は退屈しないのか?
雑誌はほとんど目を通してしまったんじゃ」
俺が心配すると、彼は首を振った。
「この電車に乗ると、だんだん山が見えてくるから、俺、景色見てるだけでも楽しいんだ」
少し遠い目をする新郷に、ドキリとする。
彼が生前住んでいたのは、村の山寄りの場所だったのだ。
「山が見える場所で、暮らしたいか?」
躊躇いがちに聞くと彼はまた首を振り
「桜ちゃんが居る場所で暮らしたい」
キッパリとそう口にした。
「俺の居場所は、桜ちゃんの隣だよ」
新郷の言葉に、俺は胸が熱くなった。
人前でなければ、彼をしっかりと抱きしめたかった。
「そうだな」
代わりに、そっと新郷の手を握る。
新郷は幸せそうに笑っていた。
出発したのは朝だったが、現地に到着した時は昼近くになっていた。
俺達以外にも同じ駅で降りた人達が、芝桜の咲く公園を目指し歩いている。
公園、と言っても丘の上にあるため暫く坂道を上らなければならない。
「さて、これからもう少し歩くぞ
軽い山登りだ」
俺の言葉に
「桜ちゃんオーバーだな、ちょっと坂を上るだけじゃん」
新郷は笑顔を向けてくる。
その言葉には、山育ちの新郷の逞しさが伺えた。
しかし、俺にとっては坂と言うより山に近い傾斜の坂道だ。
舗装されているとはいえ、スピードを上げて歩くのは困難だった。
日頃の運動不足を痛感してしまう。
新郷は俺の歩調に会わせ、ゆっくりと歩いてくれた。
「鳥の鳴き声が近くに聞こえるな」
「桜ちゃん気をつけて、そこに蜂がいる」
緑の多い道を歩くのは気持ちが良い。
「桜はもうすっかり散ってしまっているな
今はツツジが咲き始めている」
「でも、葉桜もキレイだよ」
俺達は景色を楽しみながら、移動した。
暑くなってきたので上着を脱いで鞄に入れ、飲み物を口にする。
「桜ちゃんの作ってくれたお茶、美味しい」
「カズハ君に教えてもらったんだ
冷茶はお湯で煎れたお茶を氷で冷やさないといけないと思っていたが、水でも出せるもんなんだな」
水出ししただけのお茶を新郷に誉められ、俺は少し照れくさくなってしまう。
「色んな人と知り合えて、色んな知識が増えていくのは良いものだ」
「俺も、色んな人に桜ちゃん自慢できるの嬉しい」
悪戯っぽい顔で笑いながら、新郷が小声で囁いた。
30分近く上ると、やっと公園の入り口が見えてくる。
自生している芝桜ではなく、人工的に植えられている公園のため入園料を支払い、俺達は進んでいった。
「わ、満開!キレイに咲いてるじゃん」
新郷が周りを見渡しながら、感嘆の声を上げる。
俺も、規則的に色分けされ植えられている芝桜を見ながら
「いつもながら、凄いな」
思わずため息をついてしまった。
その景色は、芝桜を使って描いた巨大なアート作品と言うべきものであた。
芝桜のキャンバスの向こうに、森と山が見え、雄大な自然を感じられる。
俺は暫くその光景に見とれてしまった。
「こっちの、ちっこいのも健在
ほら、笑ってる顔
これは野球のボール」
新郷が指し示す場所には、小さな作品が並んでいる。
「これは、音符か
花で絵を描くなんて、凄いもんだ」
そこには色分けされている芝桜が、可愛らしい作品を描いていた。
俺達は芝桜を堪能しながら、巨大アートの間を歩いていく。
「違う角度から見ると、また違う印象に見えるな」
遠くを眺める俺に
「近くで見ると、小さくて可憐な花達なんだよ」
新郷が足下を指し示す。
「一つ一つは小さな花でも、集まると大きな事が出来る
なんて言うと、キザ?」
照れた笑顔の新郷に
「そうだな」
俺は笑って頷いて見せた。
「俺達化生はさ、単なる犬や猫だ
人に愛してもらいたいだけの、ただの獣なんだよ
人間の役に立ちたい、なんて思っても何が出来るわけでもない
この小さな芝桜と同じなんだ
染井吉野みたいに、満開の花で人を楽しませることは出来ない」
新郷は少し寂しそうな顔で俯いた。
「でも、秩父先生に会って色んな事を教えてもらって、桜ちゃんに飼ってもらえて、考えが変わったよ」
新郷はニッコリ笑いながら顔を上げた。
「俺や黒谷なんかがずーっと昔、道路工事して暮らしてたって、教えたよね
あのとき秩父先生に『時代を担(にな)う手伝いをしている』って言ってもらったことがあったんだ
その時はよく分からなかったけど
今考えると、その道路を走った車が運んできた物を、桜ちゃんが手にしたかもしれない
他の化生の飼い主が手にしたかもしれない
それで、嬉しい思いをしてくれたかもしれない
道路を通って、旅行に行ったかもしれない
自分たちのやったことの結果が見れなくても、俺達のやってたことは無駄じゃなかったんだってね」
新郷はヘヘッと笑って見せた。
「しっぽや始めて、ペットが見つかって嬉しそうな飼い主を直に見てたから忘れてたけどさ
ここで芝桜見てたら、そんなことを思うようになったんだ
小さな芝桜も、巨大な絵が描ける
だから、毎年ここに来れるの楽しみでさ」
愛おしそうに芝桜を見つめる新郷に、俺の胸も熱くなる。
「大変な時代を、生きていたんだな」
そんな思いをしながら、ひたすら飼い主を求めていた化生という存在が切なかった。
「でもさー、あの新入りの洋猫とか羽生は、運が良いよねー
すぐ飼い主見つかってんだもん」
新郷は少しムクレて見せた。
「波久礼や双子にも、早く飼い主が現れるといいな」
「いや、今、波久礼は何か違う境地に達しちゃってると思う」
「あ、ああ、確かに…」
俺達はそんなことを語り合いながら、少し笑ってしまう。
「歩き回って、お腹空いたー!
取りあえず何か食べてから、腹ごなしにまた歩こうよ」
新郷がいつもの調子に戻ってニヒッと笑った。
「そうだな、混んいでるが、せっかくだから屋台で何か買おう
手分けして買えば少しは時短出来るだろう」
「山に来たんだから、山の幸堪能しようぜ
山菜の天ぷらに鮎の塩焼き、焼き椎茸なんかいいな
で、メインは桜蕎麦」
「桜エビ入りじゃなく、沖アミだけど
桜エビを使っていたら、あの値段では提供出来ないからな
まあ、雰囲気だ」
「桜ちゃんと食べる桜蕎麦、風流ってもんだよ」
俺達は笑いながら屋台ブースに移動する。
どの屋台も行列が出来ていたが、俺達は手分けして目当ての物を買っていった。
タイミング良く家族連れが退いたばかりのイートコーナーのテーブルに座り、持ってきたお茶を取り出した。
「ビールで乾杯したいけど、これからまだ歩くしな」
「それは、家でゆっくり飲もう」
俺達は緑茶で乾杯すると、買ってきた物を分け合った。
「こーゆーとこで食べると、しょっぱい鮎も、蕎麦も、冷めた天ぷらも不思議と美味いんだよね
大自然のマジックってやつ?
いや、桜ちゃんと一緒に食べているというマジックか」
「しょっぱいものの後に甘いデザートがあるからいいじゃないか
メロンパン、買っておいて良かったな
しかし、この焼き椎茸は本当に美味いぞ
凄く肉厚で、醤油で味付けしただけなのに旨味が濃い!」
「桜ちゃん、気に入った?
今度肉厚の椎茸売ってたら、買ってきて作ってあげるね」
優しい顔で俺を見る新郷に
「いつも、ありがとう」
自然と感謝の言葉を口にする。
「俺、桜ちゃんの役に立ってる?」
「新郷がいない人生なんて、考えられないよ」
俺の答えに新郷は満足そうな笑顔を見せた。
「桜ちゃん、持ってきた本、読み終わりそう?
続き気になるだろ
帰りの電車で読みきれなかったら、今晩読んじゃったら?」
新郷がそんなことを聞いてくる。
「いや、読み切れなかったら明日読むよ
明日も休みで、ゆっくり出来るからな」
俺はそう答えると辺りに注意を払う。
周りの人達は自分たちの会話に夢中になっているので、こちらに注意を向けている者はいない。
俺は声をひそめて
「今夜はお前に付き合うと言ったろ?
お前が満足するまで、その、相手をするから…
何と言うか…」
さすがに言葉の途中で羞恥に襲われ、言いよどんでしまう。
「うん、俺、めちゃくちゃ頑張る!
あ、帰りはウナギでも食べてく?麦トロの方が良いかな
スタミナつけとかなきゃ」
新郷は瞳を輝かせ、勢い込んで宣言した。
「期待…してるから」
小さな声で呟いた俺の言葉を新郷は聞き逃さず、満面の笑みで頷いた。
愛する者と一緒に居られる喜びで、俺の心はまた暖かな光で満たされるのであった。
その途中に、パン屋があるのだ。
「あ、今日も出てる」
中途半端な時間のせいか学生の姿はなく、客は1人もいなかった。
近寄ってケースの中を見ると
「メロンパンばっかり…
ここ、メロンパン屋なんだ」
新郷が少し驚いた声を上げた。
いつも遠目にしか見ていなかったので、俺達はどんなパンを売っているのか知らなかったのだ。
大ぶりのメロンパンに生クリームやチョコクリーム、小豆などが挟んである。
「お昼ご飯にはならないが、デザートに良さそうだな」
「うん、どれも美味しそう
1個ずつ買ってみない?」
瞳を輝かせる新郷に、俺は笑って頷いた。
少し迷って、俺は生クリームと小豆がサンドされている物を選ぶ。
新郷は生クリームとカスタードクリーム入りを選んでいた。
「潰さないよう、気をつけなきゃ」
新郷がそっと鞄にパンを入れた。
それから俺達は、ホームに向かう。
暫く待つと、電車がホームに入ってきた。
「今度は1時間以上ゆっくり出来るよ」
電車に乗り込んで席に座った新郷が笑顔を向けてくる。
「新郷は退屈しないのか?
雑誌はほとんど目を通してしまったんじゃ」
俺が心配すると、彼は首を振った。
「この電車に乗ると、だんだん山が見えてくるから、俺、景色見てるだけでも楽しいんだ」
少し遠い目をする新郷に、ドキリとする。
彼が生前住んでいたのは、村の山寄りの場所だったのだ。
「山が見える場所で、暮らしたいか?」
躊躇いがちに聞くと彼はまた首を振り
「桜ちゃんが居る場所で暮らしたい」
キッパリとそう口にした。
「俺の居場所は、桜ちゃんの隣だよ」
新郷の言葉に、俺は胸が熱くなった。
人前でなければ、彼をしっかりと抱きしめたかった。
「そうだな」
代わりに、そっと新郷の手を握る。
新郷は幸せそうに笑っていた。
出発したのは朝だったが、現地に到着した時は昼近くになっていた。
俺達以外にも同じ駅で降りた人達が、芝桜の咲く公園を目指し歩いている。
公園、と言っても丘の上にあるため暫く坂道を上らなければならない。
「さて、これからもう少し歩くぞ
軽い山登りだ」
俺の言葉に
「桜ちゃんオーバーだな、ちょっと坂を上るだけじゃん」
新郷は笑顔を向けてくる。
その言葉には、山育ちの新郷の逞しさが伺えた。
しかし、俺にとっては坂と言うより山に近い傾斜の坂道だ。
舗装されているとはいえ、スピードを上げて歩くのは困難だった。
日頃の運動不足を痛感してしまう。
新郷は俺の歩調に会わせ、ゆっくりと歩いてくれた。
「鳥の鳴き声が近くに聞こえるな」
「桜ちゃん気をつけて、そこに蜂がいる」
緑の多い道を歩くのは気持ちが良い。
「桜はもうすっかり散ってしまっているな
今はツツジが咲き始めている」
「でも、葉桜もキレイだよ」
俺達は景色を楽しみながら、移動した。
暑くなってきたので上着を脱いで鞄に入れ、飲み物を口にする。
「桜ちゃんの作ってくれたお茶、美味しい」
「カズハ君に教えてもらったんだ
冷茶はお湯で煎れたお茶を氷で冷やさないといけないと思っていたが、水でも出せるもんなんだな」
水出ししただけのお茶を新郷に誉められ、俺は少し照れくさくなってしまう。
「色んな人と知り合えて、色んな知識が増えていくのは良いものだ」
「俺も、色んな人に桜ちゃん自慢できるの嬉しい」
悪戯っぽい顔で笑いながら、新郷が小声で囁いた。
30分近く上ると、やっと公園の入り口が見えてくる。
自生している芝桜ではなく、人工的に植えられている公園のため入園料を支払い、俺達は進んでいった。
「わ、満開!キレイに咲いてるじゃん」
新郷が周りを見渡しながら、感嘆の声を上げる。
俺も、規則的に色分けされ植えられている芝桜を見ながら
「いつもながら、凄いな」
思わずため息をついてしまった。
その景色は、芝桜を使って描いた巨大なアート作品と言うべきものであた。
芝桜のキャンバスの向こうに、森と山が見え、雄大な自然を感じられる。
俺は暫くその光景に見とれてしまった。
「こっちの、ちっこいのも健在
ほら、笑ってる顔
これは野球のボール」
新郷が指し示す場所には、小さな作品が並んでいる。
「これは、音符か
花で絵を描くなんて、凄いもんだ」
そこには色分けされている芝桜が、可愛らしい作品を描いていた。
俺達は芝桜を堪能しながら、巨大アートの間を歩いていく。
「違う角度から見ると、また違う印象に見えるな」
遠くを眺める俺に
「近くで見ると、小さくて可憐な花達なんだよ」
新郷が足下を指し示す。
「一つ一つは小さな花でも、集まると大きな事が出来る
なんて言うと、キザ?」
照れた笑顔の新郷に
「そうだな」
俺は笑って頷いて見せた。
「俺達化生はさ、単なる犬や猫だ
人に愛してもらいたいだけの、ただの獣なんだよ
人間の役に立ちたい、なんて思っても何が出来るわけでもない
この小さな芝桜と同じなんだ
染井吉野みたいに、満開の花で人を楽しませることは出来ない」
新郷は少し寂しそうな顔で俯いた。
「でも、秩父先生に会って色んな事を教えてもらって、桜ちゃんに飼ってもらえて、考えが変わったよ」
新郷はニッコリ笑いながら顔を上げた。
「俺や黒谷なんかがずーっと昔、道路工事して暮らしてたって、教えたよね
あのとき秩父先生に『時代を担(にな)う手伝いをしている』って言ってもらったことがあったんだ
その時はよく分からなかったけど
今考えると、その道路を走った車が運んできた物を、桜ちゃんが手にしたかもしれない
他の化生の飼い主が手にしたかもしれない
それで、嬉しい思いをしてくれたかもしれない
道路を通って、旅行に行ったかもしれない
自分たちのやったことの結果が見れなくても、俺達のやってたことは無駄じゃなかったんだってね」
新郷はヘヘッと笑って見せた。
「しっぽや始めて、ペットが見つかって嬉しそうな飼い主を直に見てたから忘れてたけどさ
ここで芝桜見てたら、そんなことを思うようになったんだ
小さな芝桜も、巨大な絵が描ける
だから、毎年ここに来れるの楽しみでさ」
愛おしそうに芝桜を見つめる新郷に、俺の胸も熱くなる。
「大変な時代を、生きていたんだな」
そんな思いをしながら、ひたすら飼い主を求めていた化生という存在が切なかった。
「でもさー、あの新入りの洋猫とか羽生は、運が良いよねー
すぐ飼い主見つかってんだもん」
新郷は少しムクレて見せた。
「波久礼や双子にも、早く飼い主が現れるといいな」
「いや、今、波久礼は何か違う境地に達しちゃってると思う」
「あ、ああ、確かに…」
俺達はそんなことを語り合いながら、少し笑ってしまう。
「歩き回って、お腹空いたー!
取りあえず何か食べてから、腹ごなしにまた歩こうよ」
新郷がいつもの調子に戻ってニヒッと笑った。
「そうだな、混んいでるが、せっかくだから屋台で何か買おう
手分けして買えば少しは時短出来るだろう」
「山に来たんだから、山の幸堪能しようぜ
山菜の天ぷらに鮎の塩焼き、焼き椎茸なんかいいな
で、メインは桜蕎麦」
「桜エビ入りじゃなく、沖アミだけど
桜エビを使っていたら、あの値段では提供出来ないからな
まあ、雰囲気だ」
「桜ちゃんと食べる桜蕎麦、風流ってもんだよ」
俺達は笑いながら屋台ブースに移動する。
どの屋台も行列が出来ていたが、俺達は手分けして目当ての物を買っていった。
タイミング良く家族連れが退いたばかりのイートコーナーのテーブルに座り、持ってきたお茶を取り出した。
「ビールで乾杯したいけど、これからまだ歩くしな」
「それは、家でゆっくり飲もう」
俺達は緑茶で乾杯すると、買ってきた物を分け合った。
「こーゆーとこで食べると、しょっぱい鮎も、蕎麦も、冷めた天ぷらも不思議と美味いんだよね
大自然のマジックってやつ?
いや、桜ちゃんと一緒に食べているというマジックか」
「しょっぱいものの後に甘いデザートがあるからいいじゃないか
メロンパン、買っておいて良かったな
しかし、この焼き椎茸は本当に美味いぞ
凄く肉厚で、醤油で味付けしただけなのに旨味が濃い!」
「桜ちゃん、気に入った?
今度肉厚の椎茸売ってたら、買ってきて作ってあげるね」
優しい顔で俺を見る新郷に
「いつも、ありがとう」
自然と感謝の言葉を口にする。
「俺、桜ちゃんの役に立ってる?」
「新郷がいない人生なんて、考えられないよ」
俺の答えに新郷は満足そうな笑顔を見せた。
「桜ちゃん、持ってきた本、読み終わりそう?
続き気になるだろ
帰りの電車で読みきれなかったら、今晩読んじゃったら?」
新郷がそんなことを聞いてくる。
「いや、読み切れなかったら明日読むよ
明日も休みで、ゆっくり出来るからな」
俺はそう答えると辺りに注意を払う。
周りの人達は自分たちの会話に夢中になっているので、こちらに注意を向けている者はいない。
俺は声をひそめて
「今夜はお前に付き合うと言ったろ?
お前が満足するまで、その、相手をするから…
何と言うか…」
さすがに言葉の途中で羞恥に襲われ、言いよどんでしまう。
「うん、俺、めちゃくちゃ頑張る!
あ、帰りはウナギでも食べてく?麦トロの方が良いかな
スタミナつけとかなきゃ」
新郷は瞳を輝かせ、勢い込んで宣言した。
「期待…してるから」
小さな声で呟いた俺の言葉を新郷は聞き逃さず、満面の笑みで頷いた。
愛する者と一緒に居られる喜びで、俺の心はまた暖かな光で満たされるのであった。