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しっぽや(No.58~69)

side〈ARAKI〉

「今日で春休みもお終いか」
しっぽやでのバイト中、俺は盛大にため息をついてしまった。
「あー、入学式、緊張する」
タケぽんが書類の入力作業をしながら、ブルッと体を震わせた。
「始業式は早く帰れるから良いじゃん
 でも俺、部活に顔出すから明日は来れないんだ
 新入部員獲得の対策練らなきゃ
 タケぽん、クラスで陸上に興味ありそうな奴がいたら紹介して」
日野がタケぽんを拝む真似をしてみせた。
「初めてのクラスで初日からそんな色々聞けないけど…
 まあ、一応、気にしておきます
 つか、俺、部活どうしよっかな
 荒木先輩みたく、帰宅部にしてバイトに精を出したいところなんだけどさ、クラスで浮かないかなって」
タケぽんは俺をチラチラ見ながら唇を尖らせる。

「俺も最初は色々誘われたけど、迷ってるうちに周りが落ち着いた感じかな
 うちのクラス、けっこー帰宅部多いしさ
 って、俺ってクラスで浮いてる?」
俺は少し心配になって、日野に問いかけた。
「そんなこと無いと思うぜ
 確かに、うちのクラス帰宅部多いかもな
 皆、バイトしてたり塾行ってたりするからかな
 部活やってても、3年になったらもう辞める、とか言ってる奴もいるし
 俺もいつまで顔出そうか悩むぜ」
日野は腕を組んで考え込む。
「あれ?そういや、荒木って今月誕生日じゃん」
考え込む日野が、急に俺に顔を向けてきた。

「うん、数ヶ月とは言え、俺の方が年上になるんだからな
 『お兄ちゃん』って呼べよ」
俺が胸を張ると
「お兄ちゃん、背は伸びたの?」
日野は意地悪く聞いてくる。
「白久が、カルシウムの多い食事を作ってくれてるから成果は出てると思う
 毎日牛乳飲んでるし
 身体検査が楽しみだぜ
 それに並んだ感じだと、お前より俺の方が少しだけ背が高いもんね」
俺はフフンと笑ってみせた。
「俺だって毎日牛乳飲んで、煮干しも食べてるよ」
言い合う俺と日野を見て
「あ、こーゆーのって『ドングリの背比べ』って言うんでしたっけ?」
タケぽんが呑気な声を出した。
俺と日野が同時に睨むと、タケぽんは首を竦める。

「皆、本当に仲が良いよね」
俺達のやりとりを聞いていた黒谷が、吹き出した。
バイトに来ていたのに、いつの間にか友達同士の時間を楽しんでしまっていた自分に気が付き、俺は慌てて書類を纏め始める。
「僕も、日野にはカルシウムを多く取らせてるんだけどねー
 こればっかりは、一朝一夕にはいかないもんで」
少し苦笑気味の黒谷に
「俺、今に荒木より大きくなるから」
日野が慌てたように声をかけていた。

「荒木の誕生日っていつなの?
 何かプレゼント用意しないと」
そう聞いてくれる黒谷に
「再来週の土曜日が誕生日なんだ
 でも、ここではいつも良くしてもらってるから
 それで十分だよ」
俺は慌てて答えてみせた。
あまり仕事をしていなくても、毎月けっこうな額のバイト代を貰っているので、これ以上何かを貰うのは少し気が引けたのだ。
「土曜日か…授業は午前中で終わるよね
 じゃあさ、シロの仕事は午前で上がらせるよ
 午後は2人でゆっくりデートでもしたら?
 ああ、どうせなら日曜は有給扱いにしようか
 日曜も2人で過ごすと良いよ
 それが、僕からの誕生日プレゼントってことでどう?」
朗らかに笑う黒谷に
「良いの?」
俺はつい頬が緩んでしまった。

「やったな、荒木
 前に言ってた食べ放題の店にでも行ってくれば?
 あそこのショッピングモールなら、時間潰すとこいっぱいあるじゃん」
日野はニヤニヤ笑っている。
「そうだなー、今なら面白そうな映画もやってるし
 新しい靴とか欲しいと思ってたから、見に行きたいし
 後、どこ行こうかな」
土曜日のことを考えると、気分が高揚してしまう。


コンコン

俺があれこれ考えているとノックと共に扉が開き、柴犬を連れた白久が捜索から帰ってきた。
「お帰り、シロ
 今ちょっと話してたんだけど、再来週の土曜日、荒木の誕生日なんだって
 しっぽやは午前で上がって良いからさ、午後は荒木とデートしてきなよ
 次の日は2人とも有給扱いにしとくから、ゆっくりすると良いよ
 僕からの荒木への誕生日プレゼント」
黒谷の言葉に白久が少し驚いたような顔を向けてきた。

「荒木のお誕生日!
 プレゼントは何が良いでしょうか
 私に用意できる物であれば、何でもお申し付けください」
ジッと見つめてくる白久に
「土日、ずっと一緒にいて
 白久と過ごせる時間が欲しい」
俺は照れくさい思いを感じながらもそう口にする。
「もちろんです、荒木に楽しんでもらえるよう頑張ります」
誇らかに答える白久に、俺は満足感を覚えた。

クシャンッ

白久の連れていた柴犬が『やってられないな』という感じでクシャミをする。
あまりのタイミングの良さに、事務所内は笑いに包まれるのであった。




誕生日の土曜日、俺は朝から気もソゾロだった。
「お前、ニヤケすぎ」
学校にいる間、日野に何度もからかわれるが、俺の頬は緩みっぱなしだった。

授業が終わり、駅への道を日野と並んで歩く。
「これ、俺からの誕生日プレゼント」
日野が小さな紙袋を渡してきたので、俺は驚いてしまう。
「ありがと、いいのか?」
俺の言葉に、日野は少し照れくさそうな顔で笑って頷いた。

袋の中身を取り出すと、それは水晶で作られたブレスだった。
「正確には俺とミイちゃんからのプレゼント
 ミイちゃんのパワーが入ってるお手製ブレスなんだぜ
 荒木にはあんまり必要ないかもしれないけどさ
 水晶って4月の誕生守護石なんで、せっかくだから作ってもらったんだ
 誕生石はダイヤだから、それはプレゼント無理だし
 同じ大きさの玉で作ると数珠っぽくなるから、大きさの違う玉で組んでもらったよ
 気が向いたら付けてみて、左手の方が邪魔にならないかな」
日野はヘヘッと笑って、頭をかいている。
ブレスなんて付けたこと無くて恥ずかしい気もしたけど、せっかくなので俺は言われた通りそれを左手に付けてみた。

「あ、すげー、相性良いみたい」
日野が驚いた顔をするので、俺も驚いてしまう。
「え?何が?」
ポカンとする俺に、日野が笑顔を向けてきた。
「荒木が腕にはめたらさ、石の輝きが増したよ
 持ち主と相性良いとそうなるんだ、ってミイちゃん言ってた」
そう言われてシゲシゲとブレスを見ても、俺にはどう変わったのか判別が付かない。
でも、悪い気はしなかった。
「ありがと、大事にする
 お前の誕生日には焼き肉でも奢るよ
 でも、食べ放題な
 普通に上カルビ何十皿も頼まれたら、あっと言う間に破産しちゃうからさ」
俺の言葉に
「楽しみにしてる」
日野は楽しそうに笑った。


駅に着くと、改札の向こうにいる白久の姿が目に入った。
今日はカジュアルな服装で来てもらっている。
「白以外の服、格好良いじゃん」
日野が茶化すように俺をツツいた。
「うん」
俺は白久に少し見とれながら答えた。
「が、なんつーか…」
日野は躊躇いながら言葉を続ける。
「気のせいか、悲哀感が漂うな~
 黒谷だとそんなことないんだけど
 駅で1人ポツンと待ってる秋田犬って、どうしても涙を誘う…」
「う、うん…」
日野の言葉を裏付けるように、白久は何人かの人にチラチラ見られていた。
その目は一様に『早く待ち合わせ相手(飼い主?)が来れば良いのにね』という、同情的なものに感じられた…

俺の気配に気が付いた白久が、嬉しそうな顔を向けてくる。
俺は急いで改札を抜け、白久の元に駆けつけた。
「ごめん、待った?」
「いいえ、私も先ほど着いたばかりです
 あの、服装はこのようなもので良かったでしょうか?
 何だか人に見られている気がして
 この組み合わせだと、変なのでしょうか…」
白久は心配そうな顔になる。
それは服装のせいじゃなく、ハチ公的な意味で見られていたと思ったけど
「白久が格好いいから、見られてたんだよ」
俺は笑ってそう言った。
白久はホッとした顔になる。

「じゃ、楽しんできなよ
 俺の誕生日の時は、しっぽやの方、頼むな」
遅れてきた日野に声をかけられ
「ああ、お前の誕生日、6月だよな?
 そんときは、俺と白久が頑張るぜ」
「今日はよろしくお願いします
 日野様の到着を、クロが楽しみにしていますよ
 今朝、はりきってお弁当を作っていましたから」
俺と白久は笑顔で答えた。
「黒谷、豆ご飯炊くって言ってたんだ、楽しみ」
日野はヘヘッと笑うとホームへの階段に向かっていった。
「じゃ、俺達も行こうか」
「はい」
俺達はショッピングモールに向かう電車に乗るために、反対側のホームを目指すのであった。


「今日はどこを回りますか?
 荒木の行きたいところ、どこにでもお供いたします」
笑顔で聞いてくる白久に
「見たい映画があるんだ、後、買い物もしたい
 そうだ、お昼ご飯は食べ放題の店に行ってみよう
 そーゆー店、まだ案内したことなかったもんね
 俺も入ったことない店なんだけどさ、ちょっと白久に教えてもらいたいとこだから」
俺はそう答える。
「私が荒木に教えるのですか?」
白久は驚いた顔を見せた。
「そのうち日野と行ってみようかと思ってたんだけど、どうせなら初めては白久とが良いかなって」
俺が舌を出すと
「荒木との初めての場所…
 頑張ります」
白久は頼もしく頷いてくれた。
俺はその反応に満足し、楽しい気分が増していくのであった。
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