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しっぽや(No.58~69)

イチゴ狩りに行く前日、しっぽやでの業務を終えた俺達は6人で夕飯を食べに行った。
「ここが『松野屋』ですか
 以前、羽生が社会勉強のためにお弁当を買いに行った店ですね」
初めて来たらしい白久が、物珍しげに店を眺める。
「ああ、そんなこともあったっけ
 そう言えば、ゲンさんに会ったのはあの時が初めてだったなー」
荒木が感慨深げな顔になった。

「牛丼は持ち帰りも良いけどさ、やっぱり店で出来立てを食べる方が美味しい気がするよ
 ここ、牛丼以外のメニューも美味しいんだ
 朝の定食とかお手軽だし」
俺と一緒に何度か店に来ている黒谷が、得意げに教えていた。
ひろせとタケぽんも、珍しそうな顔でメニューを見ている。
「え?タケぽん初めて?」
俺が聞くと
「うちの方、牛丼屋はランラン亭しかないんです
 松野屋って、メニューのバリエーション豊富!
 でもここは、鉄板の牛丼を試してみるべきですよね」
タケぽんは鼻息荒く答えた。

皆でワイワイ言いながら夕飯を食べる。
何だか、すでにトリプルデートをしているような気分になっていた。


夕飯の後、影森マンションの各々の部屋に帰っていく。
「明日の待ち合わせは11時に駐車場だね
 朝はのんびりしちゃおうか」
「そうですね、朝ご飯を遅めに食べればイチゴはデザート代わりになりますね
 早めの夕飯で、イチゴ狩りの後、どこかに連れて行ってくれるそうですよ」
部屋着に着替えた黒谷が、飲み物を用意しながらそう答えた。
「牛丼の後は緑茶がサッパリしていて良いかと思い、やぶきた茶にしてみました
 どうぞ」
黒谷が煎れてくれたお茶はとても美味しかった。
黒谷とゆっくり過ごせる時間に、幸せを感じてしまう。
「明日の朝もだけどさ、今夜ものんびりしよう」
「はい」
俺の言葉に、黒谷は嬉しそうに頷いた。

「そうだ、俺も黒谷のことシャンプーしてあげるよ
 荒木が白久のこと洗ってあげたって言ってたから
 荒木って、時々凄く大胆だよな」
「よろしいのですか?
 荒木と一緒に入浴しているシロが羨ましかったんです
 シロの真似をして、僕も入浴剤を買ってみました」
頬を赤らめ素直に喜ぶ黒谷がとても可愛かった。
「じゃ、入浴剤使ってみよう
 荒木みたいに上手く洗ってあげられるといいけど」
俺達はシャワールームに移動した。

春とは言え、夜はまだまだ肌寒い。
お湯を張った湯船から立ち上る湯気が、冷えてきた体を温めてくれる。
「桧の香りだって、何かゴージャスだね
 桧風呂なんて入ったことないや」
俺は入浴剤の袋を見ながら、湯気の香りを堪能する。
一緒に湯船に浸かっている黒谷も
「爽やかですね」
そう言って微笑んだ。
2人で入るには狭い湯船なので、俺達は密着しあっていた。
最近はルームランプだけをつけた部屋のベッドでしていたので、明るい電灯の元、黒谷の体をマジマジと見るのは久しぶりだった。
以前も感じたことであったが、顔の印象から受ける外見年齢に比べ、その体つきは若々しい。
黒谷は本来、この体つきに似合った外見の青年だったのだ。

『過去世の俺が、余計なこと言ったから』
そう思うと、申し訳なくなってくる。
俺は黒谷の頬を両手で挟み、優しく撫でてやった。
「ごめんね、黒谷は本当は白久と同じくらいの年に見える外見だったのに」
俯いた俺に、黒谷は優しくキスをしてくれた。
「和銅のおっしゃる通りでした
 僕達のような集団には、ある程度以上の年に見える者が必要だったのです
 僕の外見のおかげで、スムーズに契約が交わされるケースが多々ありましたよ
 助言、ありがとうございました」
微笑む黒谷が、何度も唇を合わせてくれる。
俺は黒谷が愛おしくてたまらなくなった。

密着した俺に触れている黒谷自身が、反応し始めている事がわかる。
俺も、とっくに反応していた。
「まだシャンプーは済んでいませんが
 先に、しても良いですか」
上気した顔で聞いてくる黒谷に
「うん、して…
 今夜はゆっくりできるから、ずっと俺に触れてて」
俺はそう答え、黒谷に抱きついた。
「かしこまりました」

黒谷に貫かれ、黒谷に満たされる。
黒谷を洗ってあげた後、ベッドに移動した俺達はまた繋がりあった。
欲望が満たされた後も俺達は互いの体を離さずに、触れ合ったまま時を過ごす。
触れ合っているだけで、互いの愛を感じることができた。
触れ合って、繋がって、俺達は溶け合うように眠る。
翌朝、もう一度抱いてもらい、俺は満たされた思いを感じながら待ち合わせ場所である駐車場に移動した。


「おはようございます」
俺が先に来ていたゲンさんに声をかけると
「おう、おはよう
 って、もう日は高いけどな」
笑いながら挨拶してくれる。
「スッキリした顔だ
 飼い犬とゆっくり出来て良かったな」
そう言って頭を撫でてくれるゲンさんに
「良い夜を過ごしましたよ」
俺は笑って頷いて見せた。


すぐに荒木や白久、タケぽんにひろせが集まって、俺達はゲンさんのワゴンに乗り込んだ。
俺は後部席ではなく、助手席に座る。
「何だ、日野少年、後ろで飼い犬とまったりしてろよ」
ゲンさんが驚いた顔を向けてきた。
「ゲンさんのお世話しないと、長瀞さんに申し訳ないからさ」
俺が笑うと
「帰りは俺が助手席乗るからね」
荒木も後ろから声をかける。
昨日皆で夕飯を食べたとき、長瀞さんが居なくてもゲンさんに楽しんでもらおうと色々相談しておいたのだ。
「食事の時は俺が隣に座って、ゲンちゃんの皿に野菜突っ込むー!」
元気なタケぽんの声で
「俺は介護が必要な老人か!」
ゲンさんは照れくさそうな顔になって笑っていた。


車は昼過ぎにはイチゴ農園に到着する。
「制限時間は30分な、練乳のお代わりは不可
 でも、こんなん付けなくても甘いぜ
 俺達はここのハウスを利用するんで、他のとこで採るのは禁止
 お土産にしたい分は、こっちのパックに詰めてくれ」
イチゴハウスの前でゲンさんが色々説明してくれた。
春休みらしく人の姿は多いものの、ハウスの数も多いので争奪戦のようにならずにすみそうであった。

「お前、今回も大量に土産用を買ってくんだろ?
 時間、間に合いそう?」
少し心配そうに聞いてくる荒木に
「黒谷と手分けするから平気」
俺はヘヘンと笑って答えた。
「頼もしいね~」
ゲンさんがニヤっと笑ってこちらを見ている。
「ゲンさんも、長瀞さんへのお土産用、頑張って選んでね」
「モチロン」
俺の言葉に、ゲンさんは得意げに笑って見せた。

ハウスの中は、腰の高さくらいの高い場所にイチゴが植えてある台が並んでいた。
「前に行ったことあるのとは違う!
 これは採るの楽で良いね」
俺が驚いた声を出すと
「デカワンコちゃん達やタケぽんは、地べたのイチゴを屈んで選ぶの大変だと思ってな」
ゲンさんがそう答える。
「背が低くたって、屈んで採るの大変だよ」
「まったくだ」
俺と荒木はムクレてみせた後、笑ってイチゴに突撃するのであった。

可愛らしく真っ赤に熟れたイチゴが、大量に並んでいる。
俺はそれを1個採って口に入れてみた。
甘くジューシーな果汁が口いっぱいに広がっていく。
「美味しい!」
思わず叫んだ俺の言葉に呼応するように
「甘い!

「すげー!」
そんな叫びが聞こえてきた。
「売っているものとは、甘みが違いますね」
「うん」
微笑む黒谷に頷いて
「採るぜ!」
俺は次々とイチゴを食べながら、持ち帰り用も摘んでいく。
「ジャムにする間もなく、俺、持って帰ったのこのまま食べちゃいそう」
俺が苦笑すると
「ジャムは、僕が作っておきますよ」
黒谷が笑ってそう言ってくれた。

30分はあっという間だった。
持ち帰り用の精算を済ませた俺達は車に乗り込んだ。
「日野少年、どれくらい食った?」
「200個くらいかなー、前に行った農園のイチゴより粒が大きかったから、存外食えなかった」
「大した記録だよ、日野少年と行けば、俺が食えなくても勝ちだな」
「日野先輩、凄いスピードでした!
 俺、ちょっと見とれちゃった」
「見とれたというか、呆気にとられたというか
 いつもながら見事な食いっぷり」
会話を楽しみながら、ドライブは続く。
市街地から高原に入り、やがて車はログハウス風の建物の駐車場に入って行った。

「え?ここ、ドッグカフェ?広くない?」
荒木が驚いた声を上げる。
「そ、ドッグラン併設ドッグカフェ
 犬連れじゃなくても利用可能か確認してあるよ
 ま、本当は俺達も犬連れなんだけどな」
ゲンさんがヒヒッと笑う。
「ドッグランにゴールデンもラブもいる!」
生前、犬と暮らしていたひろせが弾んだ声を出した。

「ちょっと触らせてもらってきな
 こーゆーとこに連れてきてもらってる犬はお行儀いいから、猫にいきなり襲いかかってこないさ
 デカワンコちゃん達も少し一緒に走ってきたら?
 たまにはこんな広いとこを駆け回りたいだろ」
ゲンさんの言葉に、黒谷と白久が顔を見合わせた。
「黒谷、行こう!俺、黒谷と走りたい!」
俺も、思いっきり走りたい気持ちになっていた。
「はい!」
車を降りた俺に、黒谷が続く。
「白久が走ってるとこ見たいな」
「見ていてください!クロには負けませんよ」
荒木の言葉に白久が嬉しそうに答えていた。

俺達は開放感溢れる空間を走ったり、遊びに来ていた犬を触らせてもらったり楽しく体を動かした。
その後、ドッグカフェで早めの夕飯を堪能し家路につく。


「ゲンさん、いつもありがとう」
「春休みの、最高の思い出になったよ」
「また、皆で出かけようね」
俺達の言葉に
「若い奴らが化生に関わってくれて、嬉しいんだ
 家族が増えた気にもなるしな」
ゲンさんはしみじみと答えた。

『家族』
俺は今まで婆ちゃん以外を家族と思ったことはなかった。
でも今は違う。
母さんも、しっぽやに関わる人たちも、大事な『家族』だ。
こんなにも素敵な『家族』と巡り会えたことに、俺は心から感謝する。

そして『家族』と引き合わせてくれた黒谷に、さらなる愛を感じるのであった。
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