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しっぽや(No.58~69)

「春からうちの高校に入学するんだってな
 野上も寄居も喜んでたぞ
 俺は中川 智
 受け持ち学年違うけど、校内で見かけたら声かけてくれ」
爽やかな感じの男の人が優しく声をかけてくれる。
彼が新地高校の『中川先生』だ。
「俺は羽生、ひろせより先輩なんだぜ」
もの凄い美少年が得意げにヘヘンと笑って見せた。
黒猫の化生の羽生は元が子猫なのでまだ子供っぽい、と荒木先輩が言っていた通りのようであった。

「俺は桜沢 慎吾
 しっぽやの上にある会計事務所の所長だ
 君のことは昔からゲンに聞いていた
 ゲンは君が化生の飼い主になってくれて嬉しいんだよ
 また、こんな催しに参加してくれ」
刑事みたいに鋭い目つきでおっかないと思っていた桜さんが、それでも目を細めて微笑んでくれた。
「俺は芝 新郷
 桜の花を語らせたら日本一、いや、世界一だぜ
 なんせ、世界で一番美しい桜と暮らしてるんだからな
 俺と桜ちゃんの馴れ初めを聞きたかったら、いつでも訪ねてきな
 それとも、この桜の下で桜ちゃん語りを聞きたいかな?」
新郷がニヒッと笑うと、桜さんが真っ赤になりながら
「余分なことは言わなくていいから」
と、その口をふさごうとする。
『うん、わかりやすいツンデレ…』
その光景を見て、俺は昼に聞いた先輩達の話を思い出してほのぼのとした気持ちになっていた。


「今回のミッションは『桜』
 どんな感じだ?」
ゲンちゃんの言葉で、俺とひろせは用意していたお菓子を取り出した。
「俺達『桜菓子・洋』組は、桜のパウンドケーキと桜型マーブルクッキーを焼いてきました
 お土産にしてもらっても良いかなって、小分けに包んできたのでどうぞ」
ひろせがお菓子の小袋を配って回る。

「実は、『桜菓子・和』組の俺達も小分けにしてきたんだ
 忙しくて手作り出来なかったんで、近所の和菓子屋で買ってきたものだが」
桜さんが少しすまなそうな顔になった。
「ここの和菓子は美味いんだぜ、早めに予約しないと売り切れ必至
 桜餅と道明寺をセットにしてもらったんだ」
今度は新郷が小箱を配って回った。

「和組って、てっきりカズハさんとこだと思ってました」
俺が驚くと
「僕達は『ヘルシー&ビューティー』なんです
 ゲンさん『ビューティー』って何なんですか」
カズハさんは少し困った顔を見せる。
「いやいや、これ、ビューティーだと思うぜ
 じゃじゃーん、野菜のコンソメゼリー寄せ!
 こーゆーとこで食べやすいよう、カップ入り」
空が示した先には、透明なプラスチックのカップの中にいろんな色の刻んだ野菜が入ったゼリーがあった。
桜の花びらの形にカットされた人参やカボチャも入っていて、とてもキレイだ。

「俺のも、けっこーキレイに出来たぜ
 俺達のミッションは『巻き巻き』」
日野先輩が得意げに重箱を指し示す。
そこには断面が花の絵のように見える太巻きが沢山入っていた。
「お前、最近職人みたいだな」
お重をのぞき込んだ荒木先輩がビックリした声を上げる。
「いやー、こないだ作ったのが好評だったから、楽しくなっちゃってさー
 あ、ちゃんとワンコ巻きも作ってきたからな
 猫もいるからニャンコ巻きも
 長毛種じゃないけど、その辺カンベンな」
日野先輩が重箱を開けていくと、次々と可愛らしい太巻きがあらわれた。

「俺達は『ほっこり』って、ザックバランすぎない?このお題」
荒木先輩が顔をしかめるのを、ゲンちゃんは面白そうに笑って見ていた。
「天然鯛の桜色を桜に見立てて、鯛のあら汁鯛つみれ入りを作ってきました
 桜の花の塩漬けで味を付けて召し上がってください」
白久がポットのあら汁を紙コップに分けてくれる。
温かいあら汁は、桜の香りがしてとても美味しかった。

「俺達はいつも通り『飲み物』
 お酒もジュースも、春限定品をチョイスしてみたよ」
羽生が飲み物置き場を得意げに見る。
「いつも飲み物ばかりで何だから、今回は珍しそうな乾き物も買ってきたんだ
 薫製ナッツ、これは癖になる味だよ
 それと、ゆず胡椒柿の種にハーブ&オリーブサラダ煎餅、海苔わさびスプリングルス、どれも期間限定品
 学生組もつまんでくれ」
中川先生がお菓子の袋を広げていった。

「そして俺達は『ザ・花見』!」
ゲンちゃんが得意そうにタッパーを開けていく。
「花より団子でつくね団子
 いなり寿司かと思いきや、中は挽き肉、ガッツリいなり
 焼おにぎりを気取ってイモモチ
 ここは素直に鶏唐&エビフライ
 さあ、食った食った!」
ゲンちゃんに言われるまでもなく、俺達は料理に箸を伸ばし次々と器を空にしていった。

桜の花の下、少し舞い散る花びらに見とれながらの歓迎会はとても楽しくて、俺はこの人たちに受け入れてもらえて良かったと、心から思うのであった。



楽しかった歓迎会が終わり、俺達は影森マンションに帰宅した。
皆と居るときは気にしていなかったけど、部屋でひろせと2人っきりになると俺はまた意識してしまう。
「春とはいえ、夜はまだ冷えますね
 お風呂に入って暖まってください」
ひろせのそんな言葉で、俺はさらにドキドキしてきた。
「白久に教わって、入浴剤を買ってみたんです
 桜の香りというのがあったので、今日にピッタリかなって選んでみました」
そんなひろせの心遣いが嬉しかった。
「ひろせ、先に入りなよ
 髪乾かすの、時間かかるだろ?」
ドキドキを悟られないよう俺が言うと、彼は少し迷っていたが素直に頷いた。

ひろせがシャワールームに消えると、俺は息をつく。
『一緒に入りたい』
そんなひろせの気持ちが感じられたと思ったのは、俺のイヤらしい妄想だろうか。
『ひろせも、俺のこと意識してくれてるのかな』
そうであれば嬉しいけど、彼から流れてくる気持ちは純粋な好意に感じられた。
自分一人が邪な気がして、少し落ち込んでしまう。

悶々としているとカチャリと音がして、シャワールームからひろせが戻ってきた。
「タケシもどうぞ、暖まってください
 お湯が冷めていたら、追い炊きしてくださいね」
「う、うん」
湯上がりのひろせは頬がピンクに染まり色っぽく、すれ違うと桜の良い香りがした。

冷えてきていた体に、桜の香りのお湯は気持ちよく暖かだった。
しかし
『さっきのひろせと同じ匂いがする…』
そう気がつくと、俺はまたドキドキしてきた。
『こんなんで俺、今晩保つのかな』
自分で自分に呆れるしかない状況に情けなくなってくる。
シャワールームから戻ると、ひろせは飲み物を用意して待っていてくれた。
「お風呂上がりは冷たい方が良いかなって
 ビタミンもとれるし、オレンジジュースを選んでみました」
俺のことを考えていてくれるひろせに、愛しい想いが膨れ上がる。

俺は思わずひろせを抱きしめていた。
「ありがとうひろせ、大好き」
そう伝えると、彼は嬉しそうに俺の肩に頬を寄せてくる。
「僕は猫だから、まだ人間の気持ちが上手くくみ取れなくて
 タケシが最近何かを気にしていることはわかるけど、それが何か具体的にわからないんです
 僕のことを、とても心配してくれているような気もするし、愛されているような気もするし
 至らなくてごめんなさい」
ひろせは俺に抱かれながら、少しションボリとそう言った。
そんな告白を聞いて、俺の胸は彼への想いでいっぱいになった。

「ごめん、俺がまだガキだから、どうしていいのか自分でもよく分からないんだ
 もっとちゃんと、ひろせに相応しい大人になってから…したいけど
 それまで我慢できそうにないってゆーか
 7月に誕生日が来て16歳になるから
 だから、そうしたら、その…」
必至に言う俺に
「契って、いただけるのですか?
 僕のような人外の化け物と」
ひろせは驚いた顔を見せた。
「僕が化け物だから、触れたくないのかと思ってました
 ああ、今ならわかります、タケシの気持ちが流れ込んでくる
 僕の体のことを心配して、触れてこなかったのですね
 僕が、嫌な思いをしないようにと」
ひろせは涙を浮かべながら俺を見た。

その時、俺の想いがひろせに流れたように、ひろせの想いも俺に流れ込んできた。
彼は俺に触れてもらいたがっていたのだ。
化生という人外の身でそれを望む事は、まだ若すぎる学生の俺の負担になるんじゃないかと遠慮して、俺と同じように本心を隠そうとしていたのだ。
俺達はずっと相手に欲望を抱き続け、それを押し隠してきた似たもの同士だったようだ。
胸の内をさらけ出し、俺達は笑い出してしまった。
そして、熱く見つめ合いキスをする。

「タケシは誕生日が7月なのですね
 何だか爽やかで、タケシらしい
 お祝いに、ごちそう作ります」
微笑むひろせに
「うん、楽しみにしてる」
俺は笑って答えた。
「また、泊まりに来て良い?」
今度は俺の問いかけに
「はい、楽しみにしています」
ひろせも笑って答えてくれた。

「じゃ、そろそろ寝ようか」
まだ少し照れくさい想いを感じながら俺がベッドに誘うと、ひろせは嬉しそうな顔で俺に寄り添ってきた。
ひろせを腕に抱き、その髪の柔らかな感触を楽しみながら、俺は眠りに落ちていく。

俺がもう少しだけ大人になるまで、ひろせは待っていてくれる。
今はまだ銀次と寝るように、無邪気にひろせと一緒に寝よう。

ひろせに相応しい格好いい大人になれるよう頑張ろう、と俺は強く思うのであった。
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