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しっぽや(No.58~69)

ひろせの誘いを受け、昨日は仕事が休みの彼の部屋を朝から訪れて、一緒に持って行くお菓子を作った。
ひろせの言う通り、彼と一緒に何かが出来るのは俺にとっても楽しいことだった。
ひろせは俺の合格祝いに焼いてくれた思い出の桜パウンドケーキを作る、と言ってくれた。
お菓子の作り方なんて全く知らなかった俺は、ひろせに言われるままに小麦粉や砂糖なんかを計っていく。
ひろせがそれを使って美味しそうなお菓子を作っていく様は、魔法のようであった。

「タケシが食べてくれることを考えながらお菓子を作るのも楽しかったけど、タケシと一緒に作れるのはもっと楽しいかも」
パウンドケーキが焼き上がるのを待つ間、ミルクティーを飲みながらひろせは嬉しそうにウフフッと笑う。
「俺も楽しい、お菓子作りって、何か科学の実験みたい
 混ぜたりするのは難しそうだから、1人でなんて作れないけどさ」
俺はひろせの笑顔に見とれながら、笑ってみせた。
「桜味の物ばっかりになっちゃうのも飽きがきそうだから、後はマーブルクッキーを桜型で型抜きして桜に見立てましょう
 小分けにして包んでおけば、お土産に持って帰ってもらえるし」
「そうだね、きっと皆に喜ばれるよ」
「温かい飲み物は、やはり桜ティーですかね
 でもそうすると、桜味が被っちゃうか」
ひろせは顎に手を当てて、考え込んだ。
「じゃあさ、ベリーティーも用意したら?
 春っぽくていいじゃん
 俺、ポット2個持って行けるよ!」
俺はひろせにいいところを見せたくて、胸を張ってみせた。
「お願いします」
ひろせは頼もしそうな顔で俺を見てくれた。

「皆がどんな物を用意してくるのか楽しみですね」
「うん、ゲンちゃんの考えることは、いつも楽しいんだ」
こんな風にひろせと過ごせる時間が、本当に楽しい。
『恋人がいるって、いいもんだなぁ』
俺はしみじみとそんなことを考えてしまった。

「そうだ、歓迎会の後、泊まりに来ますか?
 解散が12時近いので、泊まっていった方が体が楽だと思いますが」
そんなひろせの問いかけで、俺は飲んでいた物を吹き出しかけてしまった。
ゴホゴホとむせる俺に
「タケシ、大丈夫ですか?お茶が熱かった?
 気管に入っちゃったのかな?」
ひろせが慌てて背中をさすってくれる。
「いや、ごめん、ちょっとむせちゃって」
俺はドキドキを悟られないよう、何とかそう答えてみせた。
『俺が泊まるって意味、分かってないんだろうな
 ひろせ、思考的には猫だから』
心配そうな顔のひろせに
「えっと、うん、その方が楽そうだから泊まらせてもらおうかな…」
俺はさりげなさを装いながら呟くように答える。

「じゃあ、着替えとか部屋に置いていっちゃっていいですからね
 毎回持ってくるの荷物になるでしょ?
 黒谷や白久の部屋にも、日野や荒木の着替えや私物、ずいぶん置いてあるし」
ひろせは普通にとんでもない秘密を暴露した。
『やっぱ先輩達、そーゆー関係、だよな』
俺はまたドキドキして顔が赤くなってしまう。
日野先輩と荒木先輩が時々とても艶めいた表情で自分の飼い犬を見つめていることに、ひろせの飼い主となった今の俺は気が付いていた。

2人の先輩達は親切で
『化生のことで何かあったら、聞いて
 わかることなら教えるよ』
と言ってくれている。
『でも…ひろせとの、その…初の………やり方とか…
 ぜってー聞けねー!!』
俺は勢いよく立ち上がり
「オーブン使ってるせいか、ちょっと、部屋が熱いね
 顔洗わせて」
そう言って洗面所に行き、冷たい水で頭を冷やすのであった。



そんな昨日の出来事を思い出し、俺はため息をついて考え込んでしまう。
『キスはしてるから「友達以上」ではある
 でもHしてないから「恋人未満」ってやつになっちゃうのかなー』
何だか俺とひろせの関係は、宙ぶらりんな感じだった。
『今の俺の身分みたいだ
 中学は卒業したから「中学生」じゃない
 でも高校の入学式まだだから「高校生」とも言い難いもんな』
ベッドに腰掛けながら悶々とする俺の足に、カリカリを食べ終わった銀次がすり寄ってくる。
俺は銀次を抱き上げて、頬擦りしてやった。
柔らかい毛に顔を埋めると、少し気分が落ち着いてくる。

『うん、とりあえず…
 着替えは持って行こう』
俺はそう決心すると、荷物を用意し始めた。
それから朝食を食べる。
ひろせの飼い主になったので、今は俺もしっぽやでバイトさせてもらえていた。

「夜桜見物した後ゲンちゃんとこに泊めてもらうから、今日は帰らないよ」
俺は母親にそう伝え、しっぽやに向かうのであった。




しっぽやでの業務中、俺はソワソワしっぱなしだった。
「今回の歓迎会、参加人数多いんだ
 せっかくの夜桜見物だから、新郷と桜さんも参加するって
 今の時期、上は仕事忙しいみたいだけど息抜きもしたいってさ」
「あ、桜さんって怖そうに見えるけど、モロに『ツンデレ』って感じだから怖くないぜ
 多分、夜桜にひっかけて新郷の『桜ちゃん自慢』が始まるだろうなー」
「カズハさんとは会ったことあるんだっけ?
 中川先生はうちの学校の先生だけど、色々うるさく言う人じゃないから」
「そうそう、今時珍しい熱血漢
 だけど爽やか系だから暑苦しくはないかな」
色々説明してくれる2人の先輩も少し浮かれ気味である。
しかし、俺みたいな葛藤は感じられず、純粋に夜桜見物&飼い犬の部屋へお泊まりを楽しみにしているようであった。


業務終了後、俺達はいったん影森マンションに帰り準備をしてから駐車場に集合する。
「いやー、今夜は風もないし良い月が出てるし、ロマンチックな花見になりそうじゃないか」
車に荷物を積み込んでいるゲンちゃんは、上機嫌であった。
「今回、近場なんだけど荷物多いから車で移動するぜ
 俺のとこは黒谷、白久、日野少年、荒木少年とナガトが乗って
 中川ちゃんとこは、羽生、新郷、桜ちゃんな
 カズハちゃんとこは、空、タケぽん、ひろせが乗る、と」
ゲンちゃんの言葉で
「カズハさんって、免許持ってたの?」
皆が一斉にカズハさんを振り返る。
注目されたカズハさんは
「あ、はい、一応…
 ほとんどペーパードライバーですが
 今日のために少し練習したので、安全運転で頑張ります」
アワアワしながら赤くなっていた。

荷物を積み終えて車に乗り込むと、俺達は桜の名所目指して出発する。
スペースの都合上、体の大きな俺と空が後部座席に乗り、ひろせが助手席に座った。
「犬を飼えたら一緒にドッグランに行きたくて、前に頑張って免許取ったんですよ
 でも、機会がなくてほとんど乗ってなかったんです」
カズハさんはガチガチに緊張した状態でハンドルを握っているので、俺は少し怖くなってしまった。
「大丈夫、だって俺と一緒にドライブデートして練習したじゃん
 カズハは物知りだし、何だって出来るんだ」
カズハさんを安心させるように、空が朗らかな声を上げた。

「そうそう、タケぽんって『アニマルコミュニケーター』ってやつなんだって?
 何、俺の考えてることとかわかっちゃうの?」
空が興味深げな視線を俺に向けてきた。
「いや、自分でも本当にそんな能力あるのかわかんないんだ
 ひろせの事なら、わかるけどさ」
俺は少し赤くなりながら、助手席のひろせに視線を向ける。
ひろせは嬉しそうに笑っていた。

そんな時、空のお腹が『ググ~』と鳴る。
「…空、今、お腹空いてる?」
俺が苦笑しながら尋ねると
「え?何で分かるの?
 それがアニマルコミュニケーターの能力ってやつ?」
空はもの凄く驚いた顔をした。
思わずカズハさんが笑い声を上げる。
「今のは、僕も分かったよ
 歓迎会の料理を楽しみにしてて、お昼ご飯、あまり食べなかったんだね」
その言葉で
「カズハは能力が無くったって、俺のこと分かってくれてるんだぜ」
空は得意満面の笑顔を見せた。
それで緊張が溶けたのか、カズハさんの運転はスムーズになっていった。


20分くらいで、近所の桜の名所とされている公園にたどり着いた。
もの凄く混んでいるわけでもなく、人気がないわけでもなく、家族連れや友達同士、近所同士の集まりがワイワイやっているようなほのぼのとした場所だ。
夜間は桜のライトアップもされているし、屋台も出ている。
駐車場に車を停めると、俺達は荷物を抱えて移動した。

「都心の方は場所取りだけでも大変だ、つーんだから、花なんか愛でてる気分じゃねーよな
 ここなら、花を愛でつつ、賑やかさも感じつつ盛り上がれるってもんだ」
ゲンちゃんは大きな桜の木の下に、ブルーシートを敷き始めた。
皆でそれを手伝って、料理を並べ始める。
あっという間に宴会場が完成した。

「では、タケぽんの歓迎会を始めたいと思います」
飲み物を用意した後、ゲンちゃんが『ウォッホン』とわざとらしい咳払いをし、そう切り出した。
俺とひろせ以外が
「「しっぽや世界へようこそ!
 これからもひろせを可愛がってくれよな」」
そう言って俺達に笑顔を向けてくれる。
なじみ深い顔も、初めて見る顔も、俺に親しく笑いかけてくれるのだ。
俺は嬉しくて、泣きそうになってしまった。

「これから、よろしくお願いします
 武川 丈志です、タケぽんって呼んでください
 ずっと、ひろせを大事にします」
俺が頭を下げると
「ひろせです、ずっとタケシに大事にされます」
ひろせが悪戯っぽく答えていた。
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