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しっぽや(No.58~69)

「そっか…」
言われてみれば、俺も酢飯や厚焼き卵なんて作れなかった。
用意できるとしたら、ササミフライを買ってくることだけだろう。
「思い出のメニューだと思ったんだけどなー」
また、ため息をついてしまった。
「いや、でも、まてよ…
 巻き寿司か…可愛のあったよな
 黒谷も長瀞さんにアドバイスしてもらったとか言ってたし
 多少手伝ってもらうのはありかな
 朝から作って、昼の弁当に、とか、うんうん」
日野はぶつぶつ呟きながら、1人で頷いていた。
「荒木、いけそう
 巻き寿司、良いアイデアだよ!」
日野は顔を上げて俺を見ると、ニッコリと笑いかけた。

訳が分からずポカンとする俺に
「材料の用意、婆ちゃんに頼もう
 それくらい手伝ってもらうのは有りって事にして
 作るのは俺だからさ」
日野はニヒッと笑って見せた。
「前にクッキングパッドで巻き寿司見てたら、可愛いの色々出てきてさー
 あれ、作ってみようかな、って
 まあ、婆ちゃんに教わりながらだけど」
「何それ、お前、そんなの見てんの?」
俺はそんなサイト見たことが無く、全然想像が出来なかった。
「美味しそうなのあったら婆ちゃんに作ってもらおうと思って、よくチェックしてるんだ」
日野はそう言うとスマホを取り出して操作し始める。

「黒谷とお揃いにしたくて、スマホに機種変して良かった
 っと、これこれ、可愛いくね?」
日野に差し出された画面を見ると、切り口がキャラクターに見える巻き寿司が色々紹介されていた。
「凄い!こんなの作れるんだ」
俺は驚いてしまう。
「この猫のやつ、海苔で猫の顔を描いてるだけだから、犬っぽく出来そうだと思わない?
 それと、これ」
日野が指さした先には、カットされたリンゴに見える具が巻かれた巻き寿司が紹介されていた。
「リンゴと言えば、リンゴ狩り
 思い出のイベントだもんな
 俺達らしいじゃん」
笑顔の日野に
「うん!これでいこう!」
俺は大きく頷いた。

しかし、このメニューは俺が何か手伝えるとは思えなかった。
「日野に任せっきりなのも何だかなー」
俺も白久のために何か作ってあげたかった。
「お昼用の弁当か…
 弁当?」
俺は正月の屋台を思い出す。
「俺と白久が買ったオムフランク、黒谷がウインナーで作れば弁当のおかずになるって言ってたっけ
 ウインナーを卵で巻くだけなら、俺にも出来そう
 お祖母さんに教えてもらえないかな」
俺は白久と2人で発見した思い出のメニューを、再現してみたくなった。
「なるほど、婆ちゃんに頼めば大丈夫だよ
 ホワイトデーのお返しは、俺達の『巻き巻き弁当』で決まりだな」
得意げな顔の日野に、俺も笑い返した。

「14日の出勤時間昼にしてもらって、俺んちで弁当作って持って行こうぜ
 13日から泊まりに来れる?」
「親父が部屋に顔出したとき、お前から言ってくれよ
 そうすりゃ、平気」
俺の言葉通り、ケーキを持って部屋にあらわれた親父に日野が『婆ちゃんが荒木に会いたがってるんで、泊まりに来てもらって良いか』と聞くと、二つ返事で了解してくれた。
日野の前で度量の広い親を演じたいのが見え見えだったが、俺にはとても助かった。


こうして俺達のホワイトデーお返し『巻き巻き弁当』作戦がスタートしたのであった。




13日のバイトの後、俺はそのまま日野の家に泊まりに行った。
14日の朝は少し早起きをして、俺達はお祖母さんに教わりながら弁当作りを開始する。

「甲斐犬っぽいご飯って、こんなので良いかしら?」
お祖母さんが用意してくれたご飯は、蒲焼きのタレと擦った黒ごまが混ざっていてそれらしく見える物だった。
白久をイメージしたご飯には、少しだけ鰹節が混ざっていた。
ご飯を巻いている日野に
「ここを押して、耳っぽいヘコミを作るの」
お祖母さんがアドバイスしている。
俺は顔のパーツになるように海苔を切っていた。
出来上がった物は歪んだ海苔巻きに見えたが、お祖母さんがキレイに切ってくれると断面は犬の顔っぽい形になっている。
「猫より、目と鼻を離して置くと犬っぽいかも」
そんなアドバイスに従ってピンセットを使い海苔を置いていく。
『か、可愛い』
俺の手で、海苔巻きが白久に変身した。
ご飯の色が濃い黒谷バージョンの顔パーツは、お祖母さんに薄焼き卵でつくってもらう。
こちらも可愛く仕上がって、俺と日野は胸をなで下ろした。

海苔の代わりに薄焼き卵で巻いて作ったリンゴ柄の巻き寿司も、大成功であった。
切った寿司の断面にリンゴの葉に見立てた貝割れの葉を置くと、具のカニかまの色合いが引き立った。
お重に犬とリンゴの寿司を詰めていくと、飼い犬とのリンゴ狩りの思い出がよみがえり幸せな気持ちになる。

お祖母さんに手伝ってもらい、ウインナーの卵巻きも出来上がった。
メニューに野菜が少ないのでそれをさらにレタスで巻いて、ハートのピックで止めてみる。

完成した弁当は、思い出満載の可愛らしい物に仕上がった。



俺と日野は弁当を持ってしっぽやに移動する。
「喜んでくれるかな」
俺の言葉に
「大丈夫、絶対喜んでくれるって
 初めて作ったにしては、上手く作れたと思うぜ」
日野は笑顔を返してくれた。


コンコン

ノックして扉を開けると、笑顔の白久と黒谷が出迎えてくれる。
弁当を作っていくと言っておいたので、楽しみにしてくれていたようだ。
「俺達が受け付けやってるから、控え室でゆっくり食べてきな」
「ありがと
 良かったら明戸と皆野も食べてみて」
お裾分け用に作ってきたタッパーを双子に渡し、俺達は控え室に移動した。

「お吸い物の方が合うかな?」
俺はお椀を用意すると、インスタントのお吸い物を人数分作っていった。
日野はお重を広げていく。
「これは、僕達がモデルだ!
 日野が作ってくれたのですか?」
黒谷が感嘆の声を上げた。
「あ、うん、婆ちゃんに手伝ってもらったけど
 犬巻き寿司の顔のパーツは、荒木が付けてくれたんだ
 後、オムウインナーも荒木作だぜ」
照れた顔で頭をかく日野の言葉で
「荒木が…」
白久が声を詰まらせる。
「こんなの初めて作ったから、卵の厚みが均等じゃないんだけどさ
 屋台では簡単に作ってるように見えたのに、料理って難しいね」
お吸い物のお椀をテーブルに置いた俺が舌を出すと、白久は俺を抱きしめてくれた。
「荒木の初めて作った料理をいただけるなんて…
 また、荒木との楽しい初めての思い出が増えました」
白久がそっと唇を合わせてくる。
俺は照れくさくも、誇らかな思いで一杯だった。

日野の家から事務所に来たので、ササミカツも買ってきてある。
これも、俺と白久にとっては歓迎会の時に2人で選んだ、思い出のメニューであった。
温め直したササミカツをテーブルに置き
「「いただきます」」
俺達はランチを食べ始めた。

「こーゆーの食べるとき、どこから食べるか悩むよな」
日野はそう言いながら、犬巻き寿司の耳にかぶりついていた。
「そんなこと、僕は今まで気にしたこと無かったなー」
黒谷は犬の顔の半分を一気に口に入れる。
俺も少し迷ったが、犬の鼻先にそっと唇を触れさせキスをしてからかぶりついた。
俺の様子を見ていた白久が
「自分がモデルだと思うと、何だか照れてしまいますね」
そんなことを言いながら微笑んだ。
リンゴ柄巻き寿司を口にすると
「リンゴ狩りのときを思い出します
 飼い主とのピクニック、憧れていましたから本当に嬉しくて」
白久は懐かしそうな顔になる。
俺はそんな白久が可愛くてしかたなかった。
「また、ピクニック行こう
 きっと、ゲンさんが誘ってくれるよ」
「はい、次も荒木に喜んでいただけるようなお弁当を作ります」
「うん、いつもありがとう」

俺達は幸せなホワイトデーランチを十分に満喫したのであった。



業務終了後、俺達は影森マンションの自分達の部屋に帰る。
「今からピクニックには行けませんが、最後の温泉旅行を楽しみましょうか」
白久は部屋に入ると、優しい顔で笑いかけてくれた。
年末に貰ったご当地温泉入浴剤セットは、残り1つになっていたのだ。

「うん、最後は草津の湯だ」
「お医者様でも草津の湯でも、恋の病は治せないのですよね」
白久は悪戯っぽい顔で舌を出した。
「いいの、俺、白久に対する想いを治す気なんてないから
 ずっと、白久が好きだもん」
俺は少し胸を張って言ってみる。
「私もですよ」
白久は俺を強く抱きしめて、唇を重ねてきた。
舌を絡め合いながらお互いの体に指を滑らせていく。
俺達は、お互いを感じたくてたまらなくなっていた。

着ている物を脱いだ俺達は、早速シャワールームに移動して湯船にお湯を溜めていく。
お湯が溜まるまでの間も、抱き合いながら唇を重ねていた。
「美味しいランチと可愛い荒木
 今回、私は貰ってばかりですね」
白久は嬉しそうに笑っている。
白久の手は、優しく俺の体の中心を刺激していた。
「ううん…俺も…もらってる…
 気持ち…良くして…もらってる…あっ…
 白久…あんっ…」
どんどん息が上がっていく俺の頬に、白久は優しく口付けしてくれる。
密着している白久の中心も、痛いほど張りつめているのが感じられた。
「白久…きて…」
その命令で、白久が熱い自身で俺を満たしてくれる。
俺達は激しく繋がりあい、想いを解放しあった。

気が付くと、湯船のお湯は溢れそうなくらい溜まっていた。
「先に髪や体を洗って、余分なお湯で流しましょうか」
「うん、俺が洗ってあげる
 バレンタインのお返しだから、今日はとことんサービスするよ」
俺はヘヘッと笑って見せた。
「荒木…」
白久が俺を抱きしめて、頬を擦り寄せてくる。
「それでは私も、ベッドに移動してからうんとサービスいたします」
甘く囁く白久に、俺は頬が熱くなるのを感じた。

ホワイトデーの甘い夜は、まだ始まったばかりであった。
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