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しっぽや(No.58~69)

side〈ARAKI〉

今日で期末試験が終わり、明日から試験休みが始まる。
しっぽやでのバイトは明日からで、今日は俺も日野も休みであった。
早い時間に学校から帰れるし翌日の試験勉強をしなくて良いので、俺は少しハイになっていた。
「タケぽんに付き合って先月は控え室で勉強してたから、今回の期末、けっこーいけたかも」
クスクスと、意味もなく笑いが出てきてしまう。
「うん、俺もそんな感じ」
一緒に駅に向かう日野も笑っている。
「ちぇ、そんなこと言って、お前いつも点数いいじゃん」
俺は少しムクレてみせたが
「何はともあれ、これからの休みに乾杯しようぜ」
すぐに機嫌を直して歩き始めた。

これから日野は、俺の家に泊まりに来る。
俺が泊まりに行くのはうるさく言う親父だけど、友達が泊まりに来るのはかまわないらしく、やかましく言われないのだ。
親父は自分より背の低い日野のことを気に入っているようで、日野が来るとお菓子や飲み物を持って何かと部屋に来たがるのは少々ウザかった。

「親父さん帰ってくるの遅いんだし、ちょっとくらい良いじゃん
 変な奴と付き合ってないか、心配なんだろ」
親父が顔を出したがることを、日野は特に気にしていないらしい。
「前に泊まりに行ったとき、シュークリーム沢山持ってきてくれたじゃん
 あれ、美味かったー」
日野は舌なめずりをしている。
「今日も帰りにケーキでも買うか、とか言ってたから、何か持ってきてくれるよ」
「やったー」
俺たちはそんなことを話し合いながら、帰路についていた。
帰る途中のスーパーで、昼ご飯用の食料やお菓子を色々と買い込んだ。
これから俺の部屋で作戦会議をするのだ。


家に帰るとお湯を沸かしてカップ麺を作ったり、唐揚げやシュウマイや焼き鳥、オニギリを温めたりと手際よく動いていく。
「こーゆーことするの、馴れたよな
 俺、前はお茶すら淹れたこと無かったもん」
「お前、甘やかされてるんだな
 俺は、婆ちゃんの手伝いちゃんとしてたぞ」
日野は少し誇らしそうな顔になる。
「俺だって、今はたまに食器とか洗ってるよ
 生活能力0じゃ格好悪いって、化生達見てると思うからさ」
「うん、皆、人間らしい生活をしようと人の真似して頑張ってるもんな」
俺たちは少ししみじみとしてしまう。
しかし、出来上がった物を見ると
「これ、野菜が足りないって長瀞さんに怒られるメニューだ…」
お盆の上は肉と炭水化物で占められていた。
申し訳程度に、カップ麺に野菜が入っている。
「大丈夫、こんな時のために婆ちゃんにこれを持たされてきた!」
日野が取り出した大きなタッパーの中には、根菜の煮物とほうれん草のお浸しが詰まっていた。
「流石、俺たちの行動、お見通しだ」
一瞬、日野のお祖母さんとゲンさんを気遣う長瀞さんの姿がダブって脳裏によみがえった…

俺の部屋のテーブルに食料を広げ、コーラで試験休みに乾杯する。
それらを適当に食べながら俺たちは議題に入った。
それは『ホワイトデーのお返しについて』である。
「バレンタインにあんな可愛くて美味しいプレゼント貰ったんだから、ちゃんとお返ししたいよなー」
日野の言葉に俺は大きく頷いた。
バレンタイン前にタケぽんのため頑張るひろせを見ていたのに、俺は自分が白久に何かをあげる、と言うことに思い至らなかったのだ。

「バレンタインって言うと『チョコ』
 犬にチョコは厳禁だ、って頭があったからかな
 全然意識してなかったよ」
俺がため息を付くと
「暫くひろせのケーキの試食してたから、チョコ食う気にならなかったし
 買うにしてもあの時期のチョコ売場とか、男には近寄りにくいだろ」
日野も腕を組んで難しい顔をする。

「まあ、急遽お泊まりにして、ベタなプレゼント返し出来たけどさ」
俺はバレンタインの夜のことを思い出して、少しニヤケてしまった。
「それは…俺もそうだけどな」
日野は顔を赤らめながら頷いた。
日野も黒谷と甘い夜を過ごしたようだ。
「今月も14日は泊まりに行くけど、また同じじゃプレゼントとしてどうなのかと思ってさ」
白久は喜んでくれるだろうが、俺もあのシェパードパイのように何か思い出が詰まったプレゼントをしたかった。
「かといって、俺、料理とか全然出来ないし…
 お前は?お祖母さんに教わって何か作れない?」
俺の問いかけに
「カレーとかチャーハンくらいは作れるけど
 でも、『プレゼント』って料理じゃないだろ、それ」
日野は苦笑して答えた。
「思い出も何もないもんなー」
思わず、俺も苦笑する。

白久と黒谷が用意してくれた物は美味しくて、俺達だけの思い出があったのが嬉しかったのだ。
「せめて、俺達にしか出来ない、とか、俺達らしいプレゼントみたいな物を用意したいよな」
「うん」
日野は俺の言葉に真剣な顔で頷いた。


「前に白久にファミレスやファーストフードとか、店の入り方を教えたことあったからさ
 まだ行ったこと無い店、案内できると良いかなと思うんだ
 何か良い店無い?」
俺の問いかけに、日野は微妙な顔をする。
「それは俺も考えた
 でもさ、行けそうなとこほとんど行ってんだよな
 テーブルマナー気にしないとだめな店とか、ドレスコードみたいなのがある店は無理だし
 回るテーブルのあるような中華とかも」
「それは…逆に俺が入り方、教えて欲しい…」
日野の答えで俺はガックリと肩を落とした。

「牛丼屋もあらかた回ったし、立ち食い系も行ったもんなー」
日野の呟きに
「え?俺、まだ白久にそーゆー店、案内してないや」
俺は少し焦ってしまうが、ホワイトデーに行く雰囲気じゃ無さすぎることに気が付いた。
「そういや、食べ放題は行ったことないな
 後、鍋とか焼き肉とか鉄板焼系も」
日野がハッとした顔でそう言った。
「あ、俺も行ってない」
俺達は顔を見合わせる。
「けっこー良くない?
 黒谷も白久も行ったこと無さそうだし
 珍しがるんじゃない?」
「うんうん!」
俺達は笑顔になった。

「でも、しっぽやの近所って食べ放題系の店、無いよな」
日野がまた、難しい顔になった。
「そうだった、それでまだ行ったこと無いんだ
 映画館の入ってるショッピングモールに食べ放題の洋食屋があったけど
 仕事終わってから行くとなると、けっこう遅くなるよなー」
「どうせなら、デートしながらゆっくり利用したいぜ
 あそこのショッピングモール、パンの食べ放題や串揚げの食べ放題とか、店が豊富だから」
「14日、いきなり白久と黒谷に休んでもらうの悪いもんな」
俺達はため息をついた。

「鍋は、ダメだね」
俺の言葉に日野が大きく頷いた。
新年会の時の鍋パーティーで、2人とも競って俺達の世話をしたがったのだ。
「俺達がお返ししたいのに、世話焼かれてちゃ本末転倒だ」
俺達はさっさと次の議題に移ることにする。

「焼き肉とかもんじゃは?
 4人で行ってワイワイ食べるのに良くない?
 駅の方にそんな店があったじゃん」
俺がそれに思い至ると
「そーだなー、でも、黒谷も白久もスーツだもんな
 服に匂いが付くよね
 いったん帰って着替えて行くのもありだけど
 夕飯の後、帰ってから、ほら、なんてゆーか
 いや、するまえにシャワー浴びれば良いんだけどさ
 せっかくのホワイトデーだから、行くんならもうちょっとロマンチックな店の方が良いのかとか、色々…」
日野は赤くなりながらシドロモドロに口を開いた。
それを聞いて俺もハッとする。
「…うん、焼き物系って、腹一杯食べた後は爆睡コースになりそう
 ホワイトデー向きじゃないか」
俺も日野と同じ思いになった。
俺達はまた、振り出しに戻ってしまう。


考え疲れたのであろう、日野が立ち上がって大きく伸びをする。
「ところでさー、カシスはいつまで籠城してんの?
 俺と会うの初めてじゃないだろ?
 ほら、唐揚げやるから出てこいよ」
日野はベッドに移動すると、その下をのぞき込んだ。
「大きくなってきたせいか、最近こいつ、人見知り激しいんだよ
 お前とは何度か会ってるから、そのうち出てくると思うけど
 ジャラシで釣ってみるか」
俺は猫ジャラシを取り出すと、クッションを使って虫がその下に逃げ込む様を再現して見せた。
釣られて出てきたカシスを見て、日野が息を飲んだ。

「あ…れ…、カシスってまだ子猫だったんじゃ…
 前に会ったとき、こんなにデカかったっけ…」
顔をヒキツらせる日野に
「毛だよ、毛
 こいつ、長毛種の血が入ってるみたいだから
 冬毛で膨れてんだ」
俺はそう言って取り繕うが、まだ1歳になっていないのに抱き上げたズッシリ具合がヤバいとは感じていた。
「唐揚げとか、あげない方が良い?」
恐る恐る聞いてくる日野に
「ほんの一欠片だけなら大丈夫だと思う
 お前のこと『良い人間だ』って印象付けてやって」
俺は苦笑混じりの返事を返す。

「カシス、ほら、美味いぞー
 ちょいちょい遊びに来るから、俺のこと歓迎してくれよ」
日野は唐揚げの衣の付いてない肉の部分を、ほんの少し手に取るとカシスに差し出した。
カシスは警戒しながらも、日野の手から肉片を食べている。
『あれ、歓迎?』
俺はその言葉で、あることを思い出した。
「そうだ、お前、歓迎会の時、巻き寿司作ってたじゃん!
 あれ作ればお前らしいんじゃないか?」
鼻息も荒い俺に
「え、あんなん料理に入るの?
 だって、巻くだけじゃん」
日野はキョトントした顔を向けてくる。
「俺にとっては立派な料理だよ」
俺が笑顔を向けると、日野は『えー?』とか言いながらも照れた顔を見せた。
「あ、でも俺、材料揃ってないと作れない…
 あの時は酢飯や具を、長瀞さんが用意してくれたから出来たんだ
 自分でそこまで用意出来ないよ」
日野は落胆した顔で俯いた。
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