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しっぽや(No.58~69)

side〈SHIROKU〉

しっぽや業務終了後、私は黒谷と一緒にファミレスに夕飯を食べに来ていた。
私も黒谷もすっかりファミレスに馴れて、食後にドリンクバーでお茶を楽しんでいる。
「黒豆のお茶というのも、香ばしくて美味しいですね
 でも1袋買うと多いので、自分ではなかなか買う気にならなくて」
「ドリバだと色んなお茶を飲み比べられて、良いよね
 飲んでみて気に入ったら、自分で買ってみれば良いんだしさ
 まあ、同じお茶でもメーカーによって、味が違うけどね」
そんなことを話し合いながら、私と黒谷はしげしげとメニューを眺めていた。
もう食事は済んでいるのだが、デザートメニューを見ながら作戦会議をしているのだ。

「バレンタインに、日野にチョコケーキを焼こうと思ってたけど
 さすがに飽きてきてるよね
 長瀞に教わって、僕もクッキングパッド先生の使い方覚えて簡単なレシピ見つけたんだけどさ
 シロもそうだろ?」
苦笑混じりの黒谷に問われ、私も苦笑を返す。
「そうなんですよね」

『バレンタインデー』というイベントがあることは知っていたのだが、飼い主がいないときは気にしたこともなかった。
この時期は、買い物先でやたらとチョコが目に付くなという認識しかもってなかったのだ。
しかし今は、愛しい飼い主がいる。
『好きな人にチョコを贈る日だ』となると、荒木にチョコをあげて喜んでもらいたかった。
黒谷も私と同じ気持ちのようだ。
「今は『友チョコ』とか、友達同士でプレゼントしあう事も多いんだって
 なら、飼い犬が飼い主にプレゼントしたっていいよね」
そんな黒谷の言葉に頷きながら
「でも、荒木も日野様も、今はチョコ、喜ばないかも」
私は考え込んでしまう。

新入りの化生ひろせが、飼って欲しいと思っている方に食べていただきたいと、連日のようにクラシックショコラを焼いて事務所に試作品を持ってきているのだ。
このところ、事務所のお茶の時間はクラシックショコラとミルクティーが定番だった。
荒木も日野様もバイトの日は毎回それを食べている。

「ひろせのクラシックショコラ、毎回風味や味、食感が違うとは言ってもさ」
「ベースは同じチョコレートですから
 この状態でチョコレート系の物をプレゼントしても…」
「クドいよね」
私と黒谷は何度目になるかわからないため息を付いた。
ひろせのことは応援したいから試食するのはかまわないのだけれど
「ちょっと、タイミングが悪かったですね」
「だね」
私たちは顔を見合わせて、また苦笑する。

そこで、チョコケーキに代わるデザートはないかと、夕飯ついでにファミレスのメニューを見に来たのであった。
「このフォンダンショコラって良いかなー、と思ってたんだけどさ
 冬の定番みたいなもんだって日野が言ってたから」
「荒木もそう言っていました
 せっかくなので、バレンタインに焼いてみようかと思っていたのですが
 これも、チョコですからねー」
私と黒谷は、メニューに視線を落とした。

「アップルパイも良さそうだけど…
 リンゴ狩りで採ってきたリンゴがもう無いからさ」
「ゲン様が言っていたように、あれは思い出込みの物の方が美味しい気がしますよね」
「バレンタインに餡蜜ってのも何だな、と思うし」
「かといって、パフェやサンデーもちょっと…」
デザートメニューの選択肢は、どんどん無くなっていく。
「パンケーキかチーズケーキに、ジャムやチョコでハートでも描く?」
「そうですねぇ…
 でもそれなら、以前ドッグカフェで食べた肉球ケーキの方が私達らしくて喜んでもらえるかも」
私は夏休みに荒木と食べたケーキを思い出していた。

「僕達らしさ…」
黒谷は私の言葉で何やら考え込んでいる。
「うん、チョコやケーキに拘らないで、僕達らしいプレゼントの方が良い気がしてきた
 それに、甘いものじゃない方が、今は良さそうだし
 ちょっと、食事メニューを見直して考えてみようか」
黒谷の提案は悪くないものであり、私に異存はなかった。

「ハンバーグで肉球を作るとか?
 犬の形っぽい方がいいかな」
「それなら、おにぎりやコロッケでも出来そうですね
 カレーとかピザでも何か出来ないですかね」
「パスタとかうどん、麺ものは無理そうか
 サラダも厳しいね」
今度は食事メニューを見ながら案を出し合っていくが、どうにもしっくりくる物がなかった。

「何というか、食事メニューだと重い気がするなー
 僕としてはお茶の時間に気軽に楽しめたら、と思ってたから」
「私もそう思ってました
 フォンダンショコラを焼こうと思っていたからですかね」
「お茶の時間で甘くないもの…
 サンドイッチのハムをハートで型抜きする?」
ヤケクソのように言う黒谷に
「挟んでしまったら、形が見えませんよ」
私は少し笑ってしまった。

「やっぱりパイってデザートの鉄板だから、リンゴ以外のフルーツで焼いてみる?
 洋梨…、は時季じゃないか
 ベリー系にはまだ早い気がするし、何かベリー系って春っぽいもんね
 今の時季っぽい果物…」
黒谷はまたメニューを見て首を捻って考え込んだ。
「いっそ、甘くないパイはどうでしょうか
 お肉を使ったパイもありましたよね
 確かクッキングパッド先生で『パイ』を調べたら、そんなレシピも出てきた記憶があります
 あまりにも沢山レシピが出てきたので、途中で見るのを止めてしまいましたが」
私の言葉に
「シロ…『パイ』だけで検索したら、収集つかなくなるよ…」
黒谷は少し呆れたような顔で苦笑した。

私達は早速、『パイ 肉』で検索してみることにした。
「これでも、ちょっと収集つかないか
 牛の腎臓を使ったキドニーパイだって
 内臓だと癖があるかな?」
大量に出てきたレシピを見て黒谷が考え込んだ。
「こちらはラム肉を使ってますね、ラムも癖があるから…
 あれ?同じ名称なのに、こちらのレシピは牛豚合い挽きを使ってる
 これなら普通に美味しそうですよ」
私が見つけたレシピを、黒谷もチェックする。

「へー、シェパードパイだって
 今度はこれだけで検索してみようか」
黒谷がスマホを操作すると、似たような材料を使ったパイだけが表示された。
「シェパードパイ、シェパーズパイ、コテージパイ、名称は違っても、基本的には同じ物みたいだ
 羊飼いのパイだってさ、だからshepherd's
 残り物を刻んで入れても良い、お手軽家庭料理でもあるんだね
 肉とジャガイモが入ってれば良いみたいだ
 そういえば、肉じゃがだって家にある野菜、適当に入れることあるもんなー」
黒谷は感心した顔で頷いている。

「シェパード…」
私はと言えば、その言葉に活路を見いだした気になっていた。
「私がシェパードパイを作れば、私らしいでしょうか」
思わず、そんなことを黒谷に問いかけてしまう。
「秋田犬がシェパード?」
訝しい顔の黒谷に
「ハロウィンパーティーの時、私の仮装はシェパードでしたから」
私はそう答える。
「そっか、良いね
 偽シェパードの作ったシェパードパイ
 これだけならお茶の時間に食べられるし、肉も野菜も入るから栄養バランスも良い
 バレンタインシェパードパイ、僕ものっかるよ
 作るの手伝うから、14日に2人がバイトに来た時のお茶の時間に出そう」
黒谷は顔を輝かせて賛同してくれた。

「僕の仮装はボルゾイだったからなー
 ボルゾイなんて食べ物無いよね」
一応検索してみたけれど、結果は0件だった。
少しがっかりした顔の黒谷に
「メインは決まったから、これでいきましょう」
私は微笑みかけた。
「そうだね
 しゃべるのに夢中になって、のど乾いてきた
 今度はコーヒーでも飲むか
 カプチーノにしてみよう、事務所じゃいれられないもんね
 シロも飲む?一緒にいれてくるよ」
黒谷の申し出に
「お願いします」
私はありがたく甘えることにする。

『シェパードだった私を、荒木は覚えていてくれているでしょうか
 あの時のロシアンブルーの荒木はとても可愛くて
 「イタズラしても良い」と言われ、ドキドキしたものです』
私は黒谷が戻ってくる間、ハロウィンパーティーの夜のことを思い出し幸せに浸っていた。
「お待たせ、はいどうぞ
 あれシロ、顔が赤いよ?そこの場所、暖房強い?
 席、代わろうか?」
少し心配そうな顔の黒谷に
「いえ、大丈夫です
 ご飯を食べた後だから、体が温まっているだけですよ」
私は慌てて手を振った。

「砂糖使う?
 日野はこの泡に砂糖のせて、スプーンですくって食べるの好きなんだ
 僕も真似してたら癖になっちゃってさ」
黒谷が差し出した砂糖を受け取り
「へえ、私もやってみようかな
 カプチーノはデザートを頼んだときに飲むことが多いから、私も荒木も砂糖は入れないんですよ」
私はいつもとは違う飲み方を試してみることにする。
泡に砂糖をのせ、そっとスプーンですくって口に入れてみると、コーヒーの香りと砂糖の甘さがデザートのように感じられた。
「美味しいですね」
私が黒谷を見ると、彼は砂糖の封を開けずじっとカプチーノに見入っていた。

「どうしました?」
私が聞くと
「ああ、うん、カプチーノって白い泡がフワフワしてて
 コーヒーの茶色が混じって…
 かなり強引だけど、ボルゾイっぽいかなーなんて」
黒谷は少し照れたように笑った。

「シェパードパイとカプチーノでお茶にしたら、僕達っぽいバレンタインになるかな」
はにかむ黒谷に
「良いですね、日野様、きっとわかってくださいますよ
 私達だけの思い出の詰まったバレンタインメニューです!」
私は力強く頷いて見せた。


こうして、私と黒谷のバレンタインデーに向けての作戦が始まったのであった。
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