このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

しっぽや(No.58~69)

side〈TAKESHI〉

いよいよ明後日が入試の日、というところまできた。
今日はしっぽやで、最後の勉強会を開いてもらえることになっているのだ。
自分でもここ数週間の頑張りで、学力が上がっている気はしている。
もちろん緊張はしているし、受験を甘く見ている訳ではないけど『いけるんじゃないか』そんな手応えを感じていた。

しっぽやの扉をノックしてすっかり馴染みになった室内に入ると
「やあ、タケぽんこんにちは
 悪いね、日野は部活でどうしても顔出ししなきゃいけない用が出来たとかで、少し遅れるんだ
 荒木は発見した犬を送りに行ってもらってるから、ちょっと席を外しててさ
 暫く1人で自習してて
 明後日が試験日なのに、本当にごめんね」
黒谷が申し訳なさそうな顔で話しかけてくる。
「大丈夫です、日野先輩からは遅れるってメールで連絡もらってますよ
 俺こそ、部活で忙しいのに勉強見てもらって悪いです
 でも、すごく助かってます」
俺が笑って答えると、黒谷もホッとした顔になった。
「日野も荒木も後輩が出来る、って嬉しそうだからさ
 合格、出来ると良いよね」
ニッコリ笑う黒谷に
「頑張ります!」
俺は元気に答えて見せた。

どうも、黒谷は日野先輩と付き合ってるんじゃないかと、この頃の俺は気が付いていた。
荒木先輩は白久と付き合っているようだ。
何となくそんなことが気になるのは
『ナガトにはゲンちゃんがいるけど…
 ひろせって、事務所の誰かと付き合ったりしてるのかな』
そんなことを考えるようになったからだろうか。
「控え室、使わせてもらいますね」
いつものようにそう言って、俺は勝手知ったる場所となったしっぽや所員控え室の扉を開けた。
控え室のソファーにはいつものように、ひろせが居た。
そしてひろせの横には何だか格好良い人が居て、2人はとても親しげに会話をしていた。

相手の男は座っていても長身だと言うことがわかり、スーツを着ていても筋肉質であることが伺える逞しい体つきであった。
野性的で鋭い眼光に似合う個性的な白とグレーの髪、凄みのある顔立ちを押さえるような理知的な眼鏡、ひろせを見るときの優しそうな瞳…
初めて見るその人に、俺は何となく気圧されてしまった。
「タケぽん!」
俺に気が付いたひろせが嬉しそうに立ち上がり、近付いて来る。
「あ、こんにちは
 えと、お邪魔でしたか?」
俺は何となくばつの悪いものを感じ、オドオドした態度になってしまう。
ひろせの秘密を盗み見た気持ちになっていたのかもしれない。

「君が『タケぽん』か」
男の人が立ち上がると俺より背が高く、圧倒的な存在感を感じさせた。
彼は俺に手を差しだし、余裕あるフレンドリーな態度で
「初めまして、俺は空ってんだ
 ここの事務所の犬捜索ナンバーワンってやつさ
 犬のしつけ教室なんかもやってるんだ
 良かったら、学校で宣伝しといて
 学生さんの参加も大歓迎だぜ」
そう言ってウインクして見せた。
「あの、どうも、タケぽんです」
俺はと言うと、何とも間抜けな自己紹介しか出来なかった。
空はそっと俺の耳元に口を寄せ
「ひろせって、可愛いだろ?
 よろしくな」
まるで宣戦布告をするようにそう言って二ヤッと笑って見せた。
そしてスーツのポケットから可愛くラッピングされた箱を取り出すと
「じゃ、ひろせ、これ」
そう言って、それをひろせに手渡した。
「ありがとうございます」
ひろせはそれを受け取ると、嬉しそうな笑顔を向ける。

「空、ミニチュアダックスの依頼だ」
黒谷の声が、控え室に響き渡った。
「ご指名かよ、って、まあ俺だろうな
 俺ってば、犬捜索のナンバーワンだからさ」
空はヘヘッと得意げに笑うと
「じゃ、行ってくるわ」
そう言い残して手を振り、颯爽と控え室を出ていった。

俺はその時、ゲンちゃんに感じたのと同じような敗北感を感じていた。
『そう、だよな…
 ひろせは俺なんかより大人で、キレイで、優しくて
 ひろせを好きな人、いっぱいいるよね
 ひろせが好きな人だって
 あの人、頼れる感じで格好良かったし、仕事出来るみたいだし…』
落ち込み始めた俺に、ひろせはいつものように笑顔で語りかけてくる。
「タケぽん、ミルクティー淹れますね」
「あ、ああ、ありがと…」
俺は何とかお礼の言葉を口にする。
「せっかくだから、これを淹れてみましょうか」
ひろせは空から貰った箱のラッピングをほどき始めた。

「え、それ?」
ひろせへのプレゼントではないのかといぶかしむ俺に
「今の、空のかいぬ…っと、空の恋人さん
 紅茶に詳しい方なんです
 いつも同じ紅茶でミルクティー淹れてるから、タケぽん飽きちゃうかなって思って相談してみたんですよ
 そうしたら、ミルクティーに合う紅茶を分けてくれるって
 僕は紅茶屋さんに行ってもよくわからないから、助かりました」
ひろせは照れくさそうな笑顔を見せた。

『俺のために紅茶を?』
現金なもので、俺はひろせの言葉を聞いてとたんに心が晴れ晴れとしてしまった。
「今の人、空って、恋人がいるんだ」
何となくウキウキとした口調になってしまう。
「ええ、恋人は可愛らしい感じの方ですよ
 空ってあんなに大きいけど、その人の前では子犬みたいに甘えっこなんです」
クスクスと笑うひろせにつられ、俺も笑ってしまった。
そういえば子犬みたいに愛嬌のある人だったよな、と俺の空に対する印象が変わっていた。

「それぞれの茶葉のレシピを書いてくれてます
 カズハさんって、マメだな」
のぞき込むと箱の中には小分けにされた紅茶の小袋と、メモ用紙が入っている。
「どれを飲んでみますか
 タケぽんの飲みたい物を淹れますよ」
そう聞かれ箱の中とメモを見比べている俺の顔のすぐ近くに、ひろせの顔があった。
ひろせは、真剣な顔で箱をのぞき込んでいる。
俺は少しその顔に見とれてしまった。
「タケぽん?」
ひろせに問いかけるような視線を向けられ
「あっと、じゃあ、このキャラメルってのお願いします」
俺がドキドキしながら指さすと
「はい、ちょっと待っててくださいね」
ひろせは笑顔で答えてくれた。

しばらくすると、控え室は甘いキャラメルの香りでいっぱいになった。
「少し砂糖も入れてみました
 どうでしょう」
紅茶のカップを置いたひろせは、いつものように心配そうな、少し期待するような顔で聞いてくる。
「うん、美味しい
 こんなの初めて飲んだ
 紅茶って、いっぱい種類があるんだね」
俺が笑顔で答えると
「カズハさんに、もっと色々教わります
 僕も勉強しなきゃ
 タケぽんに『美味しい』って思ってもらいたいから」
そんな健気な答えが返ってきて、俺はまたドキドキしてしまった。

「合格のお祝いのパウンドケーキに、桜の紅茶を入れてみようかと思っているんですがどうでしょうか
 そう思って、桜ティーも分けてもらったんです
 試験に合格するのって『桜咲く』って言うんでしょ?
 タケぽんなら絶対に桜咲きますよ」
ひろせの言葉に、俺は胸が熱くなる。
『俺のために、色々考えてくれてるんだ』
俺はこの時はっきりと、ひろせのことが好きだと自覚した。

ナガトに対する未練を全て断ち切れたわけではない。
でも、ナガトと同じくらいひろせのことを好きになっている自分に気が付いたのだ。
ちょっと優しくしてもらったくらいで簡単に好きになってる自分がガキっぽいとは思ったが、ひろせが俺に向けてくれる真っ直ぐな好意がとても心地良かった。
『知り合いのガキに向けてくれる親切かもしれない
 とんだ勘違い野郎だって思われるかもしれない
 でも、受験に合格したら、俺、ひろせに告白しよう
 ナガトのときみたく、何も言わずに悩むだけってのはもう止めよう』
俺はスッキリとした気持ちになった。

それから問題集を集中して解いていく。
遅れて来た日野先輩に最後の追い込みを見てもらい、しっぽや業務終了まで勉強させてもらった。
「頑張れよ、受験番号は聞かないでおくからな
 合格発表されたら、自分で結果、伝えに来い」
「俺、部活やってないから、後輩出来るの楽しみにしてるんだ
 正式に『後輩』って呼ばせてね
 回答欄1個間違えるとか、お約束しないよう気を付けて」
そう言ってくれる先輩達に頭を下げ
「頑張ります」
俺は力強く宣言するのであった。



翌日が試験日という緊張の夜。
不意にスマホが着信を告げた。
画面には知らない番号が表示されている。
『?誰だろ、こんな時期に機種変した奴いるのかな?
 メールで教えてくれればいいのに』
不審に思いながら電話に出ると
『あの、タケぽんのスマホでしょうか?
 っと違う、武川丈志さんのスマホですか?』
慌てたようなひろせの声が聞こえてきた。
耳元で聞こえるひろせの声にドキドキしながら
「あ、うん、そう、タケぽんです
 ひろせ、スマホ支給してもらえたんだ」
俺は嬉しくなってそう答えた。

『そうなんです、支給してもらえたのは良いんだけど
 実は僕、スマホって使ったことなくて
 相手が忙しいときはメールの方が良いって言われたのに…
 まだ、その機能よくわからないんです
 明日が試験で忙しいのに、いきなりごめんなさい』
「ううん、電話してくれて嬉しいよ
 もしかして、初電話の相手って、俺?」
俺は少し浮かれてしまう。
『はい!僕の初めての相手はタケぽんに、って決めてました!』
ひろせはこっちが赤面してしまうような言い回しをしてきた。

『今日、初めて一人で捜索に出て、無事、迷子猫を発見できたんです』
「凄いじゃん!ひろせ、頑張ったんだ」
『試験、僕は応援するしかできないけど、頑張ってください』
「うん、ひろせの応援でやる気出た」
ちょっと恋人同士みたいな、何気ない会話が俺に元気を与えてくれた。

電話を切った後も俺の高揚した気分は続き、試験当日も全力を出しきることが出来た。
ひろせに胸を張って会いに行きたいと、俺は強く思っていた。
8/28ページ
スキ