しっぽや(No.58~69)
side〈TAKESHI〉
俺はガキの頃、少し変わった子だったと思う。
飼っていた猫と話が出来ると思いこんでいたのだ。
もうその頃の記憶は定かではなく、夢だったのではないかとさえ思っている。
大好きだった猫の『しるば』が死んだ後、当時幼稚園児だった俺はその事実を受け入れられなかった。
しるばが『猫は人間になれる』と言っていたので、街中でずっとそれらしき人を探していた。
いつまで探してもそんな人は見つからず小学2年生になっていたこともありさすがに諦めかけていた時、俺は『彼』に出会ったのだ。
しるばと同じ、白に銀の毛が混じった長い髪。
一目でしるばだと気が付いた俺は、嬉しさのあまりその人にタックルをかまして飛びついてしまった。
けれども彼はしるばではなかった。
彼は『ナガト』と名乗り、一緒にいたスキンヘッド(当時はそんな言葉を知らず、お坊さんだと思っていた)のおじさんは『ゲンちゃん』と名乗った。
彼らは訳の分からないことをまくし立てるガキだった俺に優しくしてくれて、真剣に話を聞いてくれた。
別れ際、ナガトは電話番号を書いた名刺を俺に手渡してくれる。
ナガトと繋がりをもてたことは、俺にとってとても嬉しいことだった。
その電話番号に電話をかけてみる機会は、案外早く訪れた。
当時妊娠中だった俺の母親が、予定日より早く産気づいたのだ。
母親は元より、父親も慌てて病院に行ってしまい俺は一人家に取り残されてしまう。
『お兄ちゃんになるんだから』
そう自分に言い聞かせても、不安な気持ちは拭いきれなかった。
『寂しくなったら電話してください』
そう言って渡してくれた名刺のことを思い出し、俺はドキドキしながらその番号に電話してみた。
コール音が鳴っている間中、ナガトと会えたことは夢だったんじゃないかと泣きそうになってしまう。
何度目かのコールの後
『はい、長瀞です』
そう言ってナガトが電話に出てくれた。
確かに聞こえたナガトの声に、今度は安堵で涙が出そうになった。
「あの、僕、丈志です
えと、武川丈志です」
俺が必死になって名乗ると
「ああ、タケぽんですか
どうしました?お家の人は居ないのですか?」
ナガトは優しくそう聞いてくれた。
ナガトが自分を覚えていてくれたことが、俺にはたまらなく嬉しかった。
「ママもパパも病院に行っちゃったの
赤ちゃんが産まれそうなんだ
でも、いつ帰ってくるのかわからなくて
僕、お腹空いたよ」
安堵した俺は泣き出してしまう。
すると電話の相手がゲンちゃんに代わり
「タケぽん、自分の家の住所言えるか?
家が分かれば俺とナガトが駆けつけるから、少し我慢して待っててくれ」
そんな頼もしいことを言ってくれた。
俺は何とか住所と最寄り駅を伝える。
「なるほど、あの辺か
ここから遠くないし、1時間くらいで行くからな
知らない人が来ても、鍵開けちゃダメだぞ」
2人が来てくれる、それは夢みたいに嬉しいことであった。
2人が来てくれるまでどれくらい待ったか、よく覚えていない。
ナガトはオニギリとおかずを持ってきてくれた。
「有り合わせの物でごめんなさい
わかっていたら、はりきってお弁当を作ったのですが」
レンジで温め直したそれと、インスタントの味噌汁、それは今まで食べた中で一番美味しいと感じられる物だった。
それから父親が帰ってくるまで2人は家に居てくれた。
知らない人を勝手に家に入れたと怒られるかと思ったけど、ゲンちゃんが名刺を渡すと父親は
「あれ、ここ、こないだ友達がお世話になったって言ってた不動産屋だ
支店長さんがヨンプラザさんのファンだって…貴方のことですか!
いや、実は俺もファンなんです
その格好、気合い入ってますね
俺もやってみたいけど、さすがにスキンヘッドにする勇気なくて」
とかなんとか、俺にはよく分からない話題でゲンちゃんと盛り上がっていた。
それ以来、2人とは家族ぐるみの付き合いをしている。
中学に上がった直後、何気なく寄ったペットショップでしるばを彷彿とさせるチンチラシルバーの子猫を見かけた。
今まで他の子猫を見ても感じたことのない懐かしさと愛おしさが、胸に沸き上がってきたのだ。
その子猫は他の客には目もくれず、俺を目で追っている。
指を動かしてやるとガラスケースの向こうから、小さな前足を必死に動かして触ろうとしてくれた。
ゲンちゃんとナガトに相談したら
「しるばは落ち着いたら戻るから、探してくれと言っていたのでしょう
タケぽんは、ちゃんと探し出せたのですよ」
「旅行とか行くときは俺の家で預かってやるぜ
父ちゃんと母ちゃん連れて店に行ってみ、きっと2人も気に入るさ」
2人はそんなことを言ってくれた。
子供の時の戯言を覚えていてくれたこと、子猫を飼いたいなんて子供じみた望みを後押ししてくれたこと、俺のことを一人前の人間として扱ってくれる2人がとても好きだった。
俺にとって2番目の銀色の猫だから『銀次』。
そんな単純な名付けられ方をした銀次だけど、俺によく懐いてくれた。
もちろん、両親や妹にも可愛い自分のアピールに余念のない銀次は、すぐに我が家のアイドルになった。
銀次を預かってもらうことを口実に、俺はナガトの仕事場である『しっぽや』に顔を出すようになる。
『ペット探偵』なんて何だか格好良かったし、事務所の人は皆優しくて良い人で、俺はすっかりしっぽやが気に入ってしまった。
『ここでナガトと一緒に働けたら』
いつしか俺は、そんな漠然とした夢を思い描いていた。
俺は単なる友達、と言う以上にナガトのことが好きになっていたのだ。
でも、ナガトにはゲンちゃんがいる。
俺はナガトを好きになって初めて、ナガトとゲンちゃんが恋人同士だと言うことに気が付いたのだ。
その絆はとても強固なもので、とうてい俺なんかが割り込めるものではなかった。
ゲンちゃんは俺のナガトへの想いに気が付いたのか、時々申し訳なさそうな視線を向けてくる。
しかしナガトにとって、俺はいつまでも『小さなタケぽん』でしかなかった。
中学に入り身長が伸びて今まで見上げていたナガトを見下ろすことになっても、それは変わらない。
ナガトに優しくしてもらえるのは嬉しい。
でも俺はナガトに『タケぽん』ではなく『タケシ』と呼ばれて愛して欲しかった。
今はもう子供ではなく、一人前の男なんだと認めて欲しかった。
ナガトをこの手に抱きしめて、想いを遂げさせて欲しかった。
そんなことを夢想する自分が果てしなく子供に思え、自己嫌悪に陥ることが最近ではしばしばある。
「とりあえず、今は受験に集中しないと
高校にすら受からない奴がナガトに『好き』なんて言う資格ないもんな
ゲンちゃんは大学にも行ってたし、今は支店長だ
俺だってさー、将来凄い仕事して、ナガトに誉められたいよ」
銀次をジャラしながら、俺はそんなことを呟いてみる。
「新地高ならしっぽやも近いし、バイトとかさせてもらえないかなー
高校生のバイト員がいるって、ゲンちゃん言ってたけど
もう定員オーバーとか?」
銀次は俺の悩みも知らず、猫じゃらしの動きに集中していた。
「お前は呑気だよな」
思わず苦笑する俺をよそに、銀次は猫じゃらしを捕まえて得意満面の顔を見せるのであった。
そんな俺に転機が訪れる。
銀次を預かってもらうために訪れたしっぽやで、俺は新地高の人と知り合ったのだ。
そして、銀次を迎えに行く日に勉強を見てもらえることになった。
『長時間しっぽやに居られる、ナガトと居られる』
浮かれてしっぽやに向かった俺であったが、ナガトは仕事に出ていて留守だった。
思わずガックリしてしまいそうになるが、今日は勉強を見てもらうことがメインなので、俺は問題集に集中する。
日野先輩は教え方が上手くて、背は小さいけれど頼れる感じの人だった。
『絶対、高校合格するぞ!』
闘志に燃えて問題集と格闘するも、教えてくれる日野先輩が席を外すと次第に頭がコンガラガってくる。
「この辺、わかんねー」
問題集を投げ出した俺に、一緒に控え室にいたひろせがミルクティーを淹れてくれた。
しかもバレンタインが近いからと、お手製のチョコケーキをごちそうしてくれたのだ。
夜食用のお土産まで持たせてくれた。
本当に、ここの事務所の人は優しい人ばかりだ。
俺は、その優しさに甘えてしまう。
「ひろせって、どうやってしっぽやに入ったの?」
ナガトに聞いても黒谷に聞いても『企業秘密』としか教えてくれなかった。
新入りのひろせなら教えてくれるんじゃないか、そう期待して聞いてみたがひろせは困った顔を見せるばかりだった。
ここの企業秘密は、相当なものらしい。
その後、俺は思わずナガトへの想いをひろせに愚痴ってしまった。
今まで誰にも話したことはなく、俺がもっと立派な大人になるまで胸に秘めておこうと思っていたのに、黙って想い続けることに少し疲れてしまったのかもしれない。
ひろせはさっきより困った、と言うか悲しそうな顔で俺を見ていた。
『いきなりこんな事聞かされたって、困るよね
ひろせにとってナガトは先輩で、俺は先輩の知り合いの子供にすぎないし
そう、ナガトにとって、俺は親しくしている子供でしかないんだ…』
ナガトへの想い、ゲンちゃんへの敗北感、自分自身への自己嫌悪、そんな感情が入り乱れて俺は涙を流してしまった。
『本当に、俺ってガキだ、嫌なガキだ』
果てしなく落ち込み始めた俺に
「でも、僕はタケぽんが好きですよ」
ひろせが優しく声をかけてくれる。
『えっ?』っと思って顔を上げると、向かいのソファーに座っていたひろせが立ち上がり、俺の方に顔を近づけてきた。
そしてそのまま俺の唇に、自分の唇を重ねてきたのだ。
突然の行為に、俺は激しく混乱してしまう。
俺はガキの頃、少し変わった子だったと思う。
飼っていた猫と話が出来ると思いこんでいたのだ。
もうその頃の記憶は定かではなく、夢だったのではないかとさえ思っている。
大好きだった猫の『しるば』が死んだ後、当時幼稚園児だった俺はその事実を受け入れられなかった。
しるばが『猫は人間になれる』と言っていたので、街中でずっとそれらしき人を探していた。
いつまで探してもそんな人は見つからず小学2年生になっていたこともありさすがに諦めかけていた時、俺は『彼』に出会ったのだ。
しるばと同じ、白に銀の毛が混じった長い髪。
一目でしるばだと気が付いた俺は、嬉しさのあまりその人にタックルをかまして飛びついてしまった。
けれども彼はしるばではなかった。
彼は『ナガト』と名乗り、一緒にいたスキンヘッド(当時はそんな言葉を知らず、お坊さんだと思っていた)のおじさんは『ゲンちゃん』と名乗った。
彼らは訳の分からないことをまくし立てるガキだった俺に優しくしてくれて、真剣に話を聞いてくれた。
別れ際、ナガトは電話番号を書いた名刺を俺に手渡してくれる。
ナガトと繋がりをもてたことは、俺にとってとても嬉しいことだった。
その電話番号に電話をかけてみる機会は、案外早く訪れた。
当時妊娠中だった俺の母親が、予定日より早く産気づいたのだ。
母親は元より、父親も慌てて病院に行ってしまい俺は一人家に取り残されてしまう。
『お兄ちゃんになるんだから』
そう自分に言い聞かせても、不安な気持ちは拭いきれなかった。
『寂しくなったら電話してください』
そう言って渡してくれた名刺のことを思い出し、俺はドキドキしながらその番号に電話してみた。
コール音が鳴っている間中、ナガトと会えたことは夢だったんじゃないかと泣きそうになってしまう。
何度目かのコールの後
『はい、長瀞です』
そう言ってナガトが電話に出てくれた。
確かに聞こえたナガトの声に、今度は安堵で涙が出そうになった。
「あの、僕、丈志です
えと、武川丈志です」
俺が必死になって名乗ると
「ああ、タケぽんですか
どうしました?お家の人は居ないのですか?」
ナガトは優しくそう聞いてくれた。
ナガトが自分を覚えていてくれたことが、俺にはたまらなく嬉しかった。
「ママもパパも病院に行っちゃったの
赤ちゃんが産まれそうなんだ
でも、いつ帰ってくるのかわからなくて
僕、お腹空いたよ」
安堵した俺は泣き出してしまう。
すると電話の相手がゲンちゃんに代わり
「タケぽん、自分の家の住所言えるか?
家が分かれば俺とナガトが駆けつけるから、少し我慢して待っててくれ」
そんな頼もしいことを言ってくれた。
俺は何とか住所と最寄り駅を伝える。
「なるほど、あの辺か
ここから遠くないし、1時間くらいで行くからな
知らない人が来ても、鍵開けちゃダメだぞ」
2人が来てくれる、それは夢みたいに嬉しいことであった。
2人が来てくれるまでどれくらい待ったか、よく覚えていない。
ナガトはオニギリとおかずを持ってきてくれた。
「有り合わせの物でごめんなさい
わかっていたら、はりきってお弁当を作ったのですが」
レンジで温め直したそれと、インスタントの味噌汁、それは今まで食べた中で一番美味しいと感じられる物だった。
それから父親が帰ってくるまで2人は家に居てくれた。
知らない人を勝手に家に入れたと怒られるかと思ったけど、ゲンちゃんが名刺を渡すと父親は
「あれ、ここ、こないだ友達がお世話になったって言ってた不動産屋だ
支店長さんがヨンプラザさんのファンだって…貴方のことですか!
いや、実は俺もファンなんです
その格好、気合い入ってますね
俺もやってみたいけど、さすがにスキンヘッドにする勇気なくて」
とかなんとか、俺にはよく分からない話題でゲンちゃんと盛り上がっていた。
それ以来、2人とは家族ぐるみの付き合いをしている。
中学に上がった直後、何気なく寄ったペットショップでしるばを彷彿とさせるチンチラシルバーの子猫を見かけた。
今まで他の子猫を見ても感じたことのない懐かしさと愛おしさが、胸に沸き上がってきたのだ。
その子猫は他の客には目もくれず、俺を目で追っている。
指を動かしてやるとガラスケースの向こうから、小さな前足を必死に動かして触ろうとしてくれた。
ゲンちゃんとナガトに相談したら
「しるばは落ち着いたら戻るから、探してくれと言っていたのでしょう
タケぽんは、ちゃんと探し出せたのですよ」
「旅行とか行くときは俺の家で預かってやるぜ
父ちゃんと母ちゃん連れて店に行ってみ、きっと2人も気に入るさ」
2人はそんなことを言ってくれた。
子供の時の戯言を覚えていてくれたこと、子猫を飼いたいなんて子供じみた望みを後押ししてくれたこと、俺のことを一人前の人間として扱ってくれる2人がとても好きだった。
俺にとって2番目の銀色の猫だから『銀次』。
そんな単純な名付けられ方をした銀次だけど、俺によく懐いてくれた。
もちろん、両親や妹にも可愛い自分のアピールに余念のない銀次は、すぐに我が家のアイドルになった。
銀次を預かってもらうことを口実に、俺はナガトの仕事場である『しっぽや』に顔を出すようになる。
『ペット探偵』なんて何だか格好良かったし、事務所の人は皆優しくて良い人で、俺はすっかりしっぽやが気に入ってしまった。
『ここでナガトと一緒に働けたら』
いつしか俺は、そんな漠然とした夢を思い描いていた。
俺は単なる友達、と言う以上にナガトのことが好きになっていたのだ。
でも、ナガトにはゲンちゃんがいる。
俺はナガトを好きになって初めて、ナガトとゲンちゃんが恋人同士だと言うことに気が付いたのだ。
その絆はとても強固なもので、とうてい俺なんかが割り込めるものではなかった。
ゲンちゃんは俺のナガトへの想いに気が付いたのか、時々申し訳なさそうな視線を向けてくる。
しかしナガトにとって、俺はいつまでも『小さなタケぽん』でしかなかった。
中学に入り身長が伸びて今まで見上げていたナガトを見下ろすことになっても、それは変わらない。
ナガトに優しくしてもらえるのは嬉しい。
でも俺はナガトに『タケぽん』ではなく『タケシ』と呼ばれて愛して欲しかった。
今はもう子供ではなく、一人前の男なんだと認めて欲しかった。
ナガトをこの手に抱きしめて、想いを遂げさせて欲しかった。
そんなことを夢想する自分が果てしなく子供に思え、自己嫌悪に陥ることが最近ではしばしばある。
「とりあえず、今は受験に集中しないと
高校にすら受からない奴がナガトに『好き』なんて言う資格ないもんな
ゲンちゃんは大学にも行ってたし、今は支店長だ
俺だってさー、将来凄い仕事して、ナガトに誉められたいよ」
銀次をジャラしながら、俺はそんなことを呟いてみる。
「新地高ならしっぽやも近いし、バイトとかさせてもらえないかなー
高校生のバイト員がいるって、ゲンちゃん言ってたけど
もう定員オーバーとか?」
銀次は俺の悩みも知らず、猫じゃらしの動きに集中していた。
「お前は呑気だよな」
思わず苦笑する俺をよそに、銀次は猫じゃらしを捕まえて得意満面の顔を見せるのであった。
そんな俺に転機が訪れる。
銀次を預かってもらうために訪れたしっぽやで、俺は新地高の人と知り合ったのだ。
そして、銀次を迎えに行く日に勉強を見てもらえることになった。
『長時間しっぽやに居られる、ナガトと居られる』
浮かれてしっぽやに向かった俺であったが、ナガトは仕事に出ていて留守だった。
思わずガックリしてしまいそうになるが、今日は勉強を見てもらうことがメインなので、俺は問題集に集中する。
日野先輩は教え方が上手くて、背は小さいけれど頼れる感じの人だった。
『絶対、高校合格するぞ!』
闘志に燃えて問題集と格闘するも、教えてくれる日野先輩が席を外すと次第に頭がコンガラガってくる。
「この辺、わかんねー」
問題集を投げ出した俺に、一緒に控え室にいたひろせがミルクティーを淹れてくれた。
しかもバレンタインが近いからと、お手製のチョコケーキをごちそうしてくれたのだ。
夜食用のお土産まで持たせてくれた。
本当に、ここの事務所の人は優しい人ばかりだ。
俺は、その優しさに甘えてしまう。
「ひろせって、どうやってしっぽやに入ったの?」
ナガトに聞いても黒谷に聞いても『企業秘密』としか教えてくれなかった。
新入りのひろせなら教えてくれるんじゃないか、そう期待して聞いてみたがひろせは困った顔を見せるばかりだった。
ここの企業秘密は、相当なものらしい。
その後、俺は思わずナガトへの想いをひろせに愚痴ってしまった。
今まで誰にも話したことはなく、俺がもっと立派な大人になるまで胸に秘めておこうと思っていたのに、黙って想い続けることに少し疲れてしまったのかもしれない。
ひろせはさっきより困った、と言うか悲しそうな顔で俺を見ていた。
『いきなりこんな事聞かされたって、困るよね
ひろせにとってナガトは先輩で、俺は先輩の知り合いの子供にすぎないし
そう、ナガトにとって、俺は親しくしている子供でしかないんだ…』
ナガトへの想い、ゲンちゃんへの敗北感、自分自身への自己嫌悪、そんな感情が入り乱れて俺は涙を流してしまった。
『本当に、俺ってガキだ、嫌なガキだ』
果てしなく落ち込み始めた俺に
「でも、僕はタケぽんが好きですよ」
ひろせが優しく声をかけてくれる。
『えっ?』っと思って顔を上げると、向かいのソファーに座っていたひろせが立ち上がり、俺の方に顔を近づけてきた。
そしてそのまま俺の唇に、自分の唇を重ねてきたのだ。
突然の行為に、俺は激しく混乱してしまう。