しっぽや(No.58~69)
「え?良いんですか?」
タケぽんは嬉しそうな顔になり
「後、1時間くらいなら大丈夫です
今日、妹の誕生日だから夕飯外で食べようって、家族と待ち合わせてて
でも甘いもんは別腹だから、ケーキいただきます
紅茶の銘柄とかわかんないけど、ミルクティーがいいな」
瞳を輝かせて返事をする。
「甘いものは別腹…?
タケぽんはミルクティーがお好きなのですね」
ひろせはタケぽんの言葉を覚えようと、必死になっていた。
それからの俺達は、阿吽の呼吸とでも言うように手際よく動いていた。
「そうそう、短時間とは言えバイトさせたようなもんだし、お礼にお菓子食べていってよ
さあ、ソファーに座って」
黒谷がタケぽんをソファーに座らせる。
「俺、ミルクティー淹れてくる
ひろせも座っててよ、まだ勝手がわかんないだろ?」
俺もそう言ってひろせをタケぽんの隣に座らせた。
「では、私はお茶菓子の準備をしてきます」
長瀞さんと俺は、連れだって控え室に入っていった。
「ねえ、ひろせのあの態度
あれって、やっぱり」
俺が言うと
「間違いないと思います
彼の心拍数はかなり上がっていました」
長瀞さんはうんうんと頷いている。
「ひろせが事務所に入ってきたとき、すごく良い場所だって言ってたよ」
「それは、飼って欲しい方の気配を感じ取っていたからでしょう」
俺達は『やっぱり』と頷きあった。
「協力、してあげたいな」
羽生の飼い主を捜すときはこっちも必死だったので、色々と深く考えてあげられなかった。
今度はきちんと協力してあげたい、という気持ちがあるものの
「タケぽん、受験生なんだよなー
試験まで一ヶ月切ってるし、超追い込みの時期じゃん」
俺はため息をついてしまう。
受験が終わるまで他のことに気を取られている場合じゃないし、本人も気が回らないだろう。
「私ではその辺の事情がよくわかりませんので、荒木様に協力いただきたいです」
長瀞さんに困った顔で頼まれても
「うーん、出来る限りの協力はしてみる」
俺は弱気な感じの返事しか返せなかった。
お茶とお菓子がのったトレイを手にして控え室から出ると
「ひろせは暫く、長瀞と組んで仕事してもらうことになってるんだ」
「ナガト、優秀だもんね
いつもゲンちゃんが自慢してるよ
ナガトに仕事教われば、きっとすぐに独り立ち出来るって」
「はい、頑張ります」
3人は良い感じで盛り上がっていた。
「パウンドケーキ、色んな味があるよ
タケぽん、何が好き?」
俺は焼き菓子の入った皿を置きながら、さりげなく聞いてみる。
「美味しそう!俺、マーブルになってるやつが好き
あ、オレンジがある
フルーツミックスより、オレンジだけの方が好きなんだ
それと、クルミのも好きだなー
チーズも美味しそう」
タケぽんは個包装になっているパウンドケーキをあれこれ手にして、嬉しそうに笑っている。
そんなタケぽんを、ひろせが熱い眼差しで見つめていた。
「バイト代だ、好きなの全部食べてって良いからね」
黒谷に言われ
「うーん、でもさすがに4個は多いかな
すぐ夕飯だし」
タケぽんは選んだケーキを前に悩み始めていた。
「じゃ、全部ひろせと半分こすれば?
そうすれば正味2個じゃん
そんくらいなら、いけるだろ」
俺が助言すると
「半分いただけると嬉しいです」
ひろせはすぐに反応する。
「そっか、そうすれば色々食べられるもんね
じゃ、はい、まずはマーブル半分こ」
タケぽんに手渡されたケーキを、ひろせは恭(うやうや)しく受け取った。
それは、いじらしい光景であった。
「でさ、荒木先輩、新地高の雰囲気とかどうですか
見学に行ったときは、校舎とか明るくてきれいだったけど
やな先生とかいます?
授業の進みって早いですか?俺、受かってもついていけるかなー」
俺が戻った後は、会話は完全に高校受験がらみのことになってしまった。
それでもひろせは自分にとってはよくわからないタケぽんの言葉を、聞き逃すまいと集中しているのがわかった。
「俺の同級生の日野って奴も、ここでバイトしてるんだ
あいつ、頭良いから少し勉強見てもらったら?
水曜ここ来るように伝えとくから、良かったら問題集とか持って来なよ」
「日野?ゲンちゃんに聞いたことある!
ちっこいのに、すっごい食べるって
米、5合くらい余裕なんでしょ?」
タケぽんは、微妙に否定しにくい感想を日野に対して持っていた。
「新地高の人に勉強見てもらえるなんて、感激!
来週、絶対来ます!」
タケぽんがニッコリ笑うと
「来週も、お会いできるのですね」
ひろせもウットリと微笑んだ。
「じゃ、また来週」
そんな挨拶で別れ、タケぽんは帰って行った。
ひろせはタケぽんが去った後のドアを切ない瞳で見つめている。
俺と黒谷、長瀞さんは顔を見合わせて頷きあい
「ひろせ、俺達協力するからな」
安心させるよう声をかけるのであった。
「しかし、今までは羽生が飼い主と巡り会えた時期が一番早かったが」
黒谷が優しい顔でひろせを見ている。
「しっぽやに着いた瞬間、飼って欲しい方と会えるなんて
凄いですね」
長瀞さんも微笑みながらひろせを見ていた。
「これが、飼っていただきたい方と出会えた感覚なのですね
彼を見た瞬間、離れたくない、共にいたいと感じました」
ひろせは自分でもビックリしたような顔で、胸を押さえている。
「幸せなのに、彼が帰ってしまうと胸が苦しくて」
そんなひろせに
「タケぽん、受験生で試験の日が近いんだ
今、けっこー大事な時期なんだよね
俺も出来る限り協力するから、焦らないで」
俺はそう、声をかけた。
「大事な時期…
わかりました、タケぽんの負担にならないようにいたします」
ひろせは真剣な顔で頷いた。
「とは言え、アピールはしときたいよな
来週、タケぽんが来たとき2人っきりになれる時間とか少し作ってあげるよ
2月だし、ちょっと早いけどバレンタインのチョコ渡すとか
ベタかなー、男にチョコ貰っても気づかないか」
考え込む俺に
「バレンタイン、知ってます
バレンタインにはあのお方がチョコケーキを焼くのです
毎年お客様に大好評でした
チョコは毒だから、と私たちには普通にケーキを焼いてくださいました
いつも、それが楽しみで」
ひろせは懐かしそうな顔になる。
「お客様に好評?」
首を捻る俺に
「僕は生前、ペンションの看板猫だったのです
あのお方はケーキを焼くのがお上手で
『可愛い猫と犬がお出迎えしてくれる、ケーキの美味しいペンション』として、雑誌に載ったこともあるのですよ」
ひろせは誇らかに教えてくれた。
「あのお方のように、僕もタケぽんにケーキを焼けたら良いけど
どうやってケーキを作るのか、僕にはさっぱりわかりません」
ひろせはうなだれてしまった。
「ケーキ、私もお菓子は日頃作らないので詳しくないのです
黒谷は以前、リンゴ狩りのリンゴでアップルパイを作ってましたね」
長瀞さんに視線を向けられ
「いやー、あれは市販のパイシートを利用して、説明書き通りに作っただけだからなー
シロも同じようなもんだよ」
黒谷は困った顔をする。
「皆野もお菓子なんて作らないですからねー
日野様のお婆さまは、洋菓子はクッキーやホットケーキくらいしか作らないと言っていたし
ここは、クッキングパッド先生にご教示いただきましょう」
長瀞さんは一人頷くと、スマホを取り出した。
「ひろせ、ケーキの名称はわかりますか?」
長瀞さんに聞かれ
「確か、クラシックショコラと呼んでいたかと」
ひろせは考え込みながら答える。
長瀞さんがスマホを操作して
「あった、これですね
本格的な物から、お手軽に出来るものまで色々紹介されてます
ひろせ、来週の水曜までに作れるよう私のところで特訓しましょう」
ひろせに力強く頷いて見せた。
「よろしくお願いします!」
ひろせは頼もしそうに長瀞さんを見ていた。
「え?長瀞、何それ?どこ触れば出てくるの?
僕も日野に作ってあげたいんだけど」
黒谷が慌てて自分のスマホを取り出して、長瀞さんに操作の仕方を教わり始めた。
「タケぽん、喜んでくださるかな」
少し不安そうなひろせに
「パウンドケーキ、美味しそうに食べてたじゃん
甘い物は別腹って言ってたし、あいつ甘いもの好きだよ
きっと喜んでくれるって」
俺はそう話しかける。
「いきなり『飼って欲しい』って言っても戸惑うだろうからさ
受験勉強の追い込み中の夜食のお供にどうぞ、とかさりげなく渡してみなよ
受験が終わってから、ゆっくり気持ちを伝えた方が良いかもね
事務所にタケぽんが来るよう、色々理由付けて誘うからさ」
俺の話を、ひろせは真剣な顔で聞いていた。
俺はふと自分と白久の出会いを思い出し
『白久にはいきなり「飼って欲しい」って言われたんだっけ』
クスリと笑ってしまった。
少し強引で戸惑うこともあったけど、すぐに白久の誠実さにひかれ、離れたくない存在に変わっていった。
その後、辛い事件があった。
それでも、俺はやっぱり白久が好きなんだと確認も出来た。
そして、俺が白久の唯一の飼い主だと気が付けた。
俺にとっても白久は唯一の存在であった。
俺がそんな感慨に浸っていると
コンコン
ノックと共に扉が開き、ミックス犬を連れた白久が帰ってきた。
「荒木」
俺に笑顔を向ける愛しい飼い犬に近づき
「白久、お疲れさま」
そう言って唇を合わせる。
「外、寒かったでしょ
温かいお茶でも淹れるね」
「ありがとうございます」
白久のために何か出来ることに、俺は誇らかな喜びを感じていた。
出会ったばかりでまだ何も始まっていないひろせとタケぽんが、俺と白久のような絆で結ばれれば良いな、と願わずにはいられなかった。
タケぽんは嬉しそうな顔になり
「後、1時間くらいなら大丈夫です
今日、妹の誕生日だから夕飯外で食べようって、家族と待ち合わせてて
でも甘いもんは別腹だから、ケーキいただきます
紅茶の銘柄とかわかんないけど、ミルクティーがいいな」
瞳を輝かせて返事をする。
「甘いものは別腹…?
タケぽんはミルクティーがお好きなのですね」
ひろせはタケぽんの言葉を覚えようと、必死になっていた。
それからの俺達は、阿吽の呼吸とでも言うように手際よく動いていた。
「そうそう、短時間とは言えバイトさせたようなもんだし、お礼にお菓子食べていってよ
さあ、ソファーに座って」
黒谷がタケぽんをソファーに座らせる。
「俺、ミルクティー淹れてくる
ひろせも座っててよ、まだ勝手がわかんないだろ?」
俺もそう言ってひろせをタケぽんの隣に座らせた。
「では、私はお茶菓子の準備をしてきます」
長瀞さんと俺は、連れだって控え室に入っていった。
「ねえ、ひろせのあの態度
あれって、やっぱり」
俺が言うと
「間違いないと思います
彼の心拍数はかなり上がっていました」
長瀞さんはうんうんと頷いている。
「ひろせが事務所に入ってきたとき、すごく良い場所だって言ってたよ」
「それは、飼って欲しい方の気配を感じ取っていたからでしょう」
俺達は『やっぱり』と頷きあった。
「協力、してあげたいな」
羽生の飼い主を捜すときはこっちも必死だったので、色々と深く考えてあげられなかった。
今度はきちんと協力してあげたい、という気持ちがあるものの
「タケぽん、受験生なんだよなー
試験まで一ヶ月切ってるし、超追い込みの時期じゃん」
俺はため息をついてしまう。
受験が終わるまで他のことに気を取られている場合じゃないし、本人も気が回らないだろう。
「私ではその辺の事情がよくわかりませんので、荒木様に協力いただきたいです」
長瀞さんに困った顔で頼まれても
「うーん、出来る限りの協力はしてみる」
俺は弱気な感じの返事しか返せなかった。
お茶とお菓子がのったトレイを手にして控え室から出ると
「ひろせは暫く、長瀞と組んで仕事してもらうことになってるんだ」
「ナガト、優秀だもんね
いつもゲンちゃんが自慢してるよ
ナガトに仕事教われば、きっとすぐに独り立ち出来るって」
「はい、頑張ります」
3人は良い感じで盛り上がっていた。
「パウンドケーキ、色んな味があるよ
タケぽん、何が好き?」
俺は焼き菓子の入った皿を置きながら、さりげなく聞いてみる。
「美味しそう!俺、マーブルになってるやつが好き
あ、オレンジがある
フルーツミックスより、オレンジだけの方が好きなんだ
それと、クルミのも好きだなー
チーズも美味しそう」
タケぽんは個包装になっているパウンドケーキをあれこれ手にして、嬉しそうに笑っている。
そんなタケぽんを、ひろせが熱い眼差しで見つめていた。
「バイト代だ、好きなの全部食べてって良いからね」
黒谷に言われ
「うーん、でもさすがに4個は多いかな
すぐ夕飯だし」
タケぽんは選んだケーキを前に悩み始めていた。
「じゃ、全部ひろせと半分こすれば?
そうすれば正味2個じゃん
そんくらいなら、いけるだろ」
俺が助言すると
「半分いただけると嬉しいです」
ひろせはすぐに反応する。
「そっか、そうすれば色々食べられるもんね
じゃ、はい、まずはマーブル半分こ」
タケぽんに手渡されたケーキを、ひろせは恭(うやうや)しく受け取った。
それは、いじらしい光景であった。
「でさ、荒木先輩、新地高の雰囲気とかどうですか
見学に行ったときは、校舎とか明るくてきれいだったけど
やな先生とかいます?
授業の進みって早いですか?俺、受かってもついていけるかなー」
俺が戻った後は、会話は完全に高校受験がらみのことになってしまった。
それでもひろせは自分にとってはよくわからないタケぽんの言葉を、聞き逃すまいと集中しているのがわかった。
「俺の同級生の日野って奴も、ここでバイトしてるんだ
あいつ、頭良いから少し勉強見てもらったら?
水曜ここ来るように伝えとくから、良かったら問題集とか持って来なよ」
「日野?ゲンちゃんに聞いたことある!
ちっこいのに、すっごい食べるって
米、5合くらい余裕なんでしょ?」
タケぽんは、微妙に否定しにくい感想を日野に対して持っていた。
「新地高の人に勉強見てもらえるなんて、感激!
来週、絶対来ます!」
タケぽんがニッコリ笑うと
「来週も、お会いできるのですね」
ひろせもウットリと微笑んだ。
「じゃ、また来週」
そんな挨拶で別れ、タケぽんは帰って行った。
ひろせはタケぽんが去った後のドアを切ない瞳で見つめている。
俺と黒谷、長瀞さんは顔を見合わせて頷きあい
「ひろせ、俺達協力するからな」
安心させるよう声をかけるのであった。
「しかし、今までは羽生が飼い主と巡り会えた時期が一番早かったが」
黒谷が優しい顔でひろせを見ている。
「しっぽやに着いた瞬間、飼って欲しい方と会えるなんて
凄いですね」
長瀞さんも微笑みながらひろせを見ていた。
「これが、飼っていただきたい方と出会えた感覚なのですね
彼を見た瞬間、離れたくない、共にいたいと感じました」
ひろせは自分でもビックリしたような顔で、胸を押さえている。
「幸せなのに、彼が帰ってしまうと胸が苦しくて」
そんなひろせに
「タケぽん、受験生で試験の日が近いんだ
今、けっこー大事な時期なんだよね
俺も出来る限り協力するから、焦らないで」
俺はそう、声をかけた。
「大事な時期…
わかりました、タケぽんの負担にならないようにいたします」
ひろせは真剣な顔で頷いた。
「とは言え、アピールはしときたいよな
来週、タケぽんが来たとき2人っきりになれる時間とか少し作ってあげるよ
2月だし、ちょっと早いけどバレンタインのチョコ渡すとか
ベタかなー、男にチョコ貰っても気づかないか」
考え込む俺に
「バレンタイン、知ってます
バレンタインにはあのお方がチョコケーキを焼くのです
毎年お客様に大好評でした
チョコは毒だから、と私たちには普通にケーキを焼いてくださいました
いつも、それが楽しみで」
ひろせは懐かしそうな顔になる。
「お客様に好評?」
首を捻る俺に
「僕は生前、ペンションの看板猫だったのです
あのお方はケーキを焼くのがお上手で
『可愛い猫と犬がお出迎えしてくれる、ケーキの美味しいペンション』として、雑誌に載ったこともあるのですよ」
ひろせは誇らかに教えてくれた。
「あのお方のように、僕もタケぽんにケーキを焼けたら良いけど
どうやってケーキを作るのか、僕にはさっぱりわかりません」
ひろせはうなだれてしまった。
「ケーキ、私もお菓子は日頃作らないので詳しくないのです
黒谷は以前、リンゴ狩りのリンゴでアップルパイを作ってましたね」
長瀞さんに視線を向けられ
「いやー、あれは市販のパイシートを利用して、説明書き通りに作っただけだからなー
シロも同じようなもんだよ」
黒谷は困った顔をする。
「皆野もお菓子なんて作らないですからねー
日野様のお婆さまは、洋菓子はクッキーやホットケーキくらいしか作らないと言っていたし
ここは、クッキングパッド先生にご教示いただきましょう」
長瀞さんは一人頷くと、スマホを取り出した。
「ひろせ、ケーキの名称はわかりますか?」
長瀞さんに聞かれ
「確か、クラシックショコラと呼んでいたかと」
ひろせは考え込みながら答える。
長瀞さんがスマホを操作して
「あった、これですね
本格的な物から、お手軽に出来るものまで色々紹介されてます
ひろせ、来週の水曜までに作れるよう私のところで特訓しましょう」
ひろせに力強く頷いて見せた。
「よろしくお願いします!」
ひろせは頼もしそうに長瀞さんを見ていた。
「え?長瀞、何それ?どこ触れば出てくるの?
僕も日野に作ってあげたいんだけど」
黒谷が慌てて自分のスマホを取り出して、長瀞さんに操作の仕方を教わり始めた。
「タケぽん、喜んでくださるかな」
少し不安そうなひろせに
「パウンドケーキ、美味しそうに食べてたじゃん
甘い物は別腹って言ってたし、あいつ甘いもの好きだよ
きっと喜んでくれるって」
俺はそう話しかける。
「いきなり『飼って欲しい』って言っても戸惑うだろうからさ
受験勉強の追い込み中の夜食のお供にどうぞ、とかさりげなく渡してみなよ
受験が終わってから、ゆっくり気持ちを伝えた方が良いかもね
事務所にタケぽんが来るよう、色々理由付けて誘うからさ」
俺の話を、ひろせは真剣な顔で聞いていた。
俺はふと自分と白久の出会いを思い出し
『白久にはいきなり「飼って欲しい」って言われたんだっけ』
クスリと笑ってしまった。
少し強引で戸惑うこともあったけど、すぐに白久の誠実さにひかれ、離れたくない存在に変わっていった。
その後、辛い事件があった。
それでも、俺はやっぱり白久が好きなんだと確認も出来た。
そして、俺が白久の唯一の飼い主だと気が付けた。
俺にとっても白久は唯一の存在であった。
俺がそんな感慨に浸っていると
コンコン
ノックと共に扉が開き、ミックス犬を連れた白久が帰ってきた。
「荒木」
俺に笑顔を向ける愛しい飼い犬に近づき
「白久、お疲れさま」
そう言って唇を合わせる。
「外、寒かったでしょ
温かいお茶でも淹れるね」
「ありがとうございます」
白久のために何か出来ることに、俺は誇らかな喜びを感じていた。
出会ったばかりでまだ何も始まっていないひろせとタケぽんが、俺と白久のような絆で結ばれれば良いな、と願わずにはいられなかった。