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しっぽや(No.44~57)

既に見知っている荒木君と日野君が化生と共にやってきて、新年会の開始となった。
「皆、今年もよろしくな
 変わらず化生と共にあろう」
そんなゲンの挨拶で、乾杯する。
野菜が投入された鍋からは、グツグツと具が煮える温かな音が響き食欲をそそる匂いが漂っていた。

「皆さん、今回魚に詳しい桜ちゃんが参加してくれてるんで、ちと珍しいもんがテーブルにならんでまーす!
 豪華!剣先イカの姿作りは桜ちゃん作
 唐揚げはワカサギじゃなく、チカだってよ
 ツミレは鰯じゃなく鯵でーす」
ゲンが皆に向かい話しかけると、俺は一斉に注目を浴びた。
「凄ーい!このイカ刺し桜さんが作ったの?
 俺、ゲソの刺身、初めて食べた
 コリコリしてて美味しい」
「あんまり魚臭くなくて食べやすいと思ったら、鯵のツミレなんだ」
「チカ?初めて食べました
 てっきりワカサギだと思ってましたよ」
尊敬混じりの視線を向けられ、俺は照れくさくなってしまう。
「いや、自分で釣ってこれれば、もっと珍しいものを用意できたんだが」
俺の言葉に続き
「暖かくなって仕事が一段落ついたら、色々釣ってくるからな
 そしたらごちそうするよ」
新郷がそんな事を言う。
「楽しみにしてます!」
期待に満ちた眼差しで見つめられ、俺はさらに照れくさい気持ちになるのであった。

「ビールをオレンジジュースで割ると、飲みやすくなりますねー」
カズハさんが感心したように中川さんに話しかけている。
「アルコール苦手でも、けっこーいけちゃうでしょ
 これならカズハさんも飲めるんじゃないかなって思って
 気に入ってもらえたなら良かった
 そうそう、スーパーでクラフトビール祭りやってたから色々買ってみたんです
 フルーティーで飲みやすいのもあるから、試してみますか?
 口に合わなかったら、俺とゲンさんで後を引き受けるから大丈夫」
「せっかくだから、少しずつもらってみようかな」
興味津々と言った顔のカズハさんからは、酒を強要されている戸惑いはみじんも感じられない。

「先生、カルピス割りたいからこっちも炭酸貰って良い?」
「ストレートのGOGOティーにオレンジジュース入れるのもありだな」
学生組はアルコールには興味がないようで、オリジナルジュース作りに没頭している。
皆が自分のペースで過ごし、楽しく和やかに笑っているこの集まりは、とても居心地がよいものだった。

「桜さんも、気になるのあったら開けてみてください」
中川さんが親しげに話しかけてくれる。
「ありがとう、最近クラフトビールよく見かけますね
 興味はあったけど、ついオーソドックスなのばかり選んでしまって
 実は未だに飲んだことないんですよ」
俺は苦笑気味に告白する。
「とりあえずビール!の1杯目はクラフトビールじゃ、なーんか趣がねーんだよなー
 やっぱフツーにヱビスとかキリン、朝日あたりでいきてーじゃん」
ゲンが俺の隣に移動してきてヒヒッと笑う。
「わかります、それで俺も今まで試したことなかったんですよ
 今回せっかくだから、と思って」
クラフトビールの瓶や缶を物色しているゲンに、中川さんが笑顔を向けた。

「お、缶に猫の絵が描いてある
 これは猫好きへの挑戦みたいなクラフトビールだな
 その挑戦、受けた!」
ゲンが缶を取り上げると、カズハさんが
「僕も、ちょこっとだけ」
はにかむような笑顔でグラスを差し出した。
ゲンがほんの少しグラスに注いだそれを口にして
「さっぱりしてる気がするけど、僕にはきついかな」
カズハさんは苦笑した。
「ゲン、俺にも頼む」
興味がわいた俺もグラスを差し出した。
俺にとってはスッキリしていて飲みやすい味であった。
「へえ、美味いものだな」
俺が感心して言うと
「気に入るのがありましたか?良かった」
中川さんが笑顔を見せる。
「よし、次はこっち!」
「これ、フルーツっぽい香りがする
 これは飲みやすいです」
「こっちのはコクがあってまろやかだな」
「これはちょっと苦みが強いかな
 しかし、深い味わいだ」
気が付くと、初対面の人を交えて俺は楽しく酒を飲んでいた。

「桜ちゃん、良かったね」
俺の機嫌を敏感に感じ取っている新郷が笑顔を向ける。
「ああ、参加して良かったよ」
俺は素直に頷いた。
「新郷もこれ飲んでみるか?」
俺が差し出したグラスを受け取った新郷が中身を飲み干すと
「あれ、いつも飲んでるビールと違う
 コク旨じゃん!」
ニヒッと笑ってそう言った。
「お、違いの分かる男だな
 空はもうダウンだ」
ゲンが指さした先には
「俺、やっぱ、甘くてミルク入ってないとダメだー」
ペットボトルのカフェオレをあおっているハスキーの化生がいる。
「空は本当に可愛いね」
その頭を、カズハさんが優しく撫でていた。
それを見て、化生と触れ合っていても変に思われないこの空間を作りたがるゲンの気持ちが、分かるような気がした。


「新郷、ボラは釣れますか?
 荒木が、以前ご馳走になったボラのお刺身を気に入っているのです
 また釣れたら分けてください」
白久が新郷に話しかけてきた。
「何が釣れるかは運だからなー
 俺、ボラは1回も釣ったこと無いんだ
 でも、桜ちゃんって定期的にでっかいボラ釣り上げるんだよね
 河口で狙えば、そのうちトド釣るんじゃないか」
ニヒッと笑う新郷に
「え?トドってあんな大きい動物釣れるの?凄い」
荒木君が物凄く驚いた顔をする。

「野上、今の会話のトドってのは魚だぞ
 成長したボラだ
 『とどのつまり』のトドですよね、桜さん」
中川さんがクスクス笑いながら聞いてきた。
高校教師をしているだけあって博識だ。
「ああ、ボラが最も成長した物を『トド』って言うんだ
 『止め』『止まり』が語原だとか
 それで、結論として行き着く先を『とどのつまり』って言うんだよ」
俺の説明を、荒木君は感心した顔で聞き入ってくれた。
「もし釣れたら連絡するよ」
新郷の言葉に
「楽しみにしてます」
白久と荒木君は嬉しそうに頷いた。

「桜さん、僕にはイカの捌き方教えてください
 日野がこの剣先イカのお刺身を気に入ったので」
今度は黒谷が話しかけてくる。
「なんか、するめいかより味が濃厚な気がして美味しいです」
日野君がニッコリと笑いながら言う。
「ヤリイカやコウイカも、刺身にすると美味しいよ」
俺が教えると
「食べてみたい」
日野君の顔が輝いた。
「イカは寄生虫がいるから、刺身にするときは気を付けてな
 イカ以外も、生で食べるときは気を付けないと
 スーパーで買った魚なんかを刺身にするときは、作る人が虫がいないかよく見るんだぞ」
俺のアドバイスを黒谷は真剣な顔で聞いてくれた。

「そろそろ、鍋のシメいこーぜ
 シメ物担当は黒谷、日野組です」
ゲンに紹介され2人が立ち上がる。
「今回は雑炊用ごはん、うどんの他に、焼おにぎりも用意してみました
 これに鍋つゆかけると、香ばしい簡単茶漬け風になるかなって」
日野君がエヘヘッと笑う。
「ああ、リンゴ狩りの時みたいにか」
荒木君が納得した顔を見せている。
以前、似たような物を食べているのだろう。
「味が濃い味噌にはうどん、醤油にご飯、塩は焼おにぎりで良いかな?」
黒谷の言葉に反対意見は出なかったので、鍋に具が投入される。
火が通るまで、俺は焼おにぎりに塩鍋ツユををかけて食べてみることにした。

「香ばしさが加わると、また美味しいな」
雑炊の優しい味とは違うそれに、俺は驚いた声を上げてしまう。
「美味い、今度うちでもやってみようぜ
 これ、昼の弁当でも出来るんじゃない?
 インスタントのお吸い物なんかかけてさ」
新郷がニヒッと笑う。
「スープ類でもいけますよ
 コンポタかけると、和風リゾットみたいになるんです」
荒木君が笑顔でそう教えてくれた。


日付が変わる頃、新年会はお開きになる。
「学生組はお泊まりだな
 明日もバイト、頑張れよ
 また皆で集まろうな」
ゲンが優しい顔で荒木君と日野君を見送った。
皆、自分の化生と寄り添いながら幸せそうな顔で帰って行く。
それを見て、俺の胸に暖かい気持ちが広がっていった。

「皆、良い奴だろ?」
笑顔で聞いてくるゲンに
「ああ、化生の関係者は皆良い人だな
 俺も、お前も」
俺も笑顔でそう答える。
「皆、家族みてーなもんだ
 慎吾、お前は1人じゃない」
ゲンは久しぶりに俺の名前を呼び、肩を叩いた。
「ああ、そうだな」
家族と死に別れた俺を気遣ってくれるゲンの言葉が、心に染み渡っていった。

リビングでは新郷と長瀞が後片づけをしている。
「日野様が残さず食べてくださるので、作りがいがありますよ」
「剣先イカあんなに気に入ってくれるなら、2ハイ買ってくりゃよかったな」
そんな2人に
「ナガト、俺が洗い物するから、お茶煎れて」
ゲンが話しかける。
何だかんだとキッチンとリビングを行ったり来たりしていた長瀞を、気遣っているのだろう。
「ゲン、俺も洗い物手伝うよ
 新郷、食器をキッチンに持ってきてくれ」
俺の言葉に
「了解!」
新郷が元気に返事を返す。

片付けを終えお茶を飲みながら
「また、集まる機会があったら誘ってくれ」
俺はごく自然にそんなことを口にしていた。
ゲンは優しい顔で
「まかせとけ!次は釣果、期待してるぜ」
そう答えた。

「荒木君のために、ボラを釣ってくるか
 タイミング良く釣れると良いがな」
考え込む俺を
「桜ちゃんなら釣れるよ」
新郷がそっと抱きしめてくれる。
「日野君でも食べきれないほど、色々釣ってきたいもんだ」
俺は新郷の腕の中で、新たに増えた『家族』のために出来ることがある事に喜びを感じ、幸せな気分に浸るのであった。
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