しっぽや(No.1~10)
「事務所に顔出さないでごめん、白久、何か言ってた?
とりあえず、この子の犬を探してから行こうと思ってたんだ」
バイトの日はいつも白久とランチを食べてから仕事をするので、待ち惚けを食らわせてしまっていることに、俺は罪悪感を覚えていた。
「いえ、今、それどころじゃなくて…」
羽生はオドオドと答える。
「あ、忙しかった?緊急の依頼でも入った?
呼び止めてごめん、俺だけで探してみるよ
どうしても見つからなかったら、後で白久に頼んでみる」
俺がそう言うと、羽生は何故か困った顔でミイちゃんを見つめた。
「この者の言葉に従いて、道中共にせよ」
ミイちゃんが変な時代劇みたいな事を言うと
「はい、かしこまりました…」
その気迫に気圧されたのか、羽生はスゴスゴと頷いた。
「では、参りましょうか」
ミイちゃんはニッコリ笑って、俺の手を取って歩き出す。
すっかり気に入られてしまったようだ。
「ごめんな」
俺は小声で羽生に謝った。
暫く行くと、コンビニの前でミイちゃんが立ち止まった。
『今年もこの季節がやってきた、ハローハロー、白桃&黄桃のダブルソースとバニラアイスの素敵な出会い!』
そこには、コンビニオリジナルアイスのポスターが貼ってあった。
『ミイちゃんが気を取られたポスターって、これか
女の子って、季節ものに弱いよな』
大人びた事を言ってもまだまだ子供なんだな、と俺はおかしくなってくる。
「歩いたら少し暑くなったね
俺がおごるから、食べてみる?」
犬の事は気になるが、俺はそう聞いてみた。
「よろしいのですか?」
ミイちゃんが瞳を輝かせる。
「羽生も食べるか?」
「アイス!」
もちろん、羽生も瞳を輝かせた。
イートインコーナーのあるコンビニなので、アイスを買った俺達はそこで食べていくことにした。
以前は親から貰う小遣いだけで遣り繰りしていた俺だが、今はしっぽやのバイト料が入るため懐に余裕がある。
羽生の『サトシ』探しの報酬が入り、臨時ボーナスを貰っていたのだ。
コンビニのデザートアイスを人様におごれるなんて出世したなー、と俺は感慨にふけっていた。
「美味しい!!」
ミイちゃんと羽生が同時に叫ぶ。
「羽生、黒い服着てるんだから、たらさないよう気を付けてな」
元が猫の化生であり、最近やっと人らしく振る舞えるようになった羽生に声をかけると、コクコクと頷きながらもアイスを食べる事に夢中になっている。
「荒木は、本当に良い方ですね」
ミイちゃんが、俺を見て大人っぽく微笑んだ。
『女の子って、おませだな』
俺は照れくさい思いを感じ、自分もアイスを口にする。
俺達は、暫くその甘みを堪能した。
コンビニを後にすると、俺達は肉屋に向かう。
その途中『大きな犬が放されている』というような騒動は起こっていなかった。
『もう、この辺にはいないのかな
やっぱり白久にお願いして、想念を辿るってのやってもらわないと駄目か』
俺は辺りに注意を払いながら、そんな事を考える。
肉屋に着くと店頭にいたオバチャンに、少し前に大きな犬がこの辺をウロウロしていなかったか聞いてみたが、答えは
「さあ、気が付かなかったねぇ」
といったものだった。
オールドイングリッシュシープドッグならかなり目立って、すぐに目撃情報が手に入ると思っていた俺は焦ってしまう。
「本当に、ここの肉屋だったの?」
俺はミイちゃんに小声で聞いてみる。
ミイちゃんは揚げ立てのメンチカツを見ながら、コクリと頷いた。
「あ、凄い、ここのメンチ、松阪牛の切り落とし入りだって!
でも駄目だよ、犬にメンチなんてあげたら
玉葱が入ってるから、犬の体に悪いんだ」
俺はミイちゃんにそう忠告すると
「オバチャン、トリカラ3個ちょうだい」
トリカラを買って、その袋を手渡した。
「本当は人の食べ物はあげない方が良いんだけどさ
たまになら、あげたいもんね
見つかったら、これあげよう」
俺も、よくクロスケにハムやチーズをあげていたので、食べ物を分けてあげたいその気持ちはわかっている。
「ありがとう!」
ミイちゃんは、また大人びた微笑みを浮かべて俺を見た。
「あの、そろそろ事務所に行った方が…」
俺とミイちゃんに羽生が控え目に声をかける。
「あっと、そうだった!
白久、お腹空かしてるよ!」
俺は慌てて
「ごめん、俺だけじゃやっぱ無理だ
プロに頼むから、すぐ見つかるよ
あ、お金の事は心配しないで良いからね」
依頼料は俺の給料から引いてもらえばいいや、と考えミイちゃんに力強く頷いてみせた。
俺達がしっぽや事務所の扉の前まで来ると
「まだ見つからんのか!?
途中報告の一つも寄越さず、何をやっているんだ、あの若造は!」
そんな大声が聞こえてきた。
『げっ、まさかさっきの外人?
しっぽやの依頼人だったのか、って見つかるまで事務所に居座るって、何様なんだよ』
俺と羽生は顔を見合わせる。
事務所に入り難いこと、この上ない。
「大丈夫、入りや」
ミイちゃんが羽生に命令すると、羽生はそっと扉を開ける。
事務所の応接セットのソファーには、やはり先程見た外人が横柄な態度で腰掛けていた。
しかし、黒谷も白久もそんな外人の態度は意に介さず、いつもの様子でくつろいでいた。
「荒木!」
扉を開けたのは羽生なのに、白久がいち早く俺に気が付いて満面の笑みを向けてくる。
それに気が付いた外人がこちらに視線を向け
「羽生、三峰(みつみね)様は見つかったのか?」
勢い込んで聞いてきた。
『マズい、羽生が依頼を受けてたのか』
そうとは知らず犬探しを手伝ってもらっていたから、当然羽生の捜索に進展は無い。
「いえ、あの、その…」
羽生は外人の剣幕に怯えて震え上がっていた。
「すいません、俺がちょっと羽生を引き止めちゃってたから…」
俺が弁解すると、外人は訝しげな視線を俺に向けてくる。
「何だ、お前?」
近寄ってきた白久が俺を庇うように抱きしめ
「荒木は私の飼い主です」
きっぱりとそう宣言した。
『人前で何てこと言ってんだ!』
そんな白久の言葉に、俺の方が慌ててしまう。
「は?まだガキじゃねーか
こんなチビガキが、お前みたいなデカイヌ飼いきれるのかよ」
しかし、外人のリアクションは俺が想像したものとは違っていた。
「荒木は、とても良い飼い主です」
白久は誇らかにそう告げる。
明らかに、この外人は白久の正体を知っていた。
「波久礼(はぐれ)、荒木を侮辱するような発言は許しませんよ」
俺の後ろからミイちゃんが姿を現すと、その外人、波久礼はソファーから飛び下り
「三峰様、ご無事でございましたか!
三峰様から目を放してしまうとは、一生の不覚にございます!」
そう言って、ミイちゃんの前に跪く。
彼の無造作に伸ばした灰色の髪が目に付いた。
「ミイちゃんの探してた犬って…まさか、この人!?」
俺は思わず叫んでしまった。
「うむ、そうじゃ
正確には98%森林オオカミの血が入っている狼犬なのだが、まあ犬であろう」
ミイちゃんは鷹揚に頷いた。
「三峰様は、私の事を狼とは認めてくださらないのですね…」
波久礼は大きな体を竦ませて、悲しそうな瞳を向けた。
「お主の中に2%の犬の血があったればこそ、前の世で掛け替えのない人と巡り会えたのであろう?
その2%の血を誇りに思いや」
ミイちゃんにピシャリと言われ、波久礼は益々縮こまった。
俺は展開に付いていけず、惚けたように立ちすくんでいた。
「荒木、波久礼は狼犬の化生なのですよ
狼より狼犬を飼育する方が手続きが楽ので、人間によって交配された犬種です」
白久がそう説明してくれる。
「いつかお話したことがありましたね、財を成された化生がいると
三峰様が、そのお方なのです
こちらの事務所も、三峰様の出資で運営しております
私が暮らしているマンションの持ち主でもありますね
三峰様は、日本狼の化生にございます」
白久が、どこか厳かな響きをもって『日本狼』と言う言葉を口にした。
「えっ?日本狼って、随分前に絶滅したんじゃ?」
俺が驚いた声を上げると、跪いていた波久礼が立ち上がり強い口調で話しかけてくる。
「三峰様は、お前よりもずっと長き時を生きておられる
小僧、態度に気をつけっ!!」
ゴスッ!!
言葉の途中で、ミイちゃんの肘鉄が波久礼のみぞおちに重い音を立ててヒットした。
巨体の波久礼がくずおれるのを意に介さず
「女性の年の話をするなど、ほんに、この犬は無粋で困るわ」
ホホホホホ、とミイちゃんは高らかに笑ってみせたが、その目は笑っていなかった。
羽生が何故、ミイちゃんに対してビクビクしていたか、分かった気がした…
とりあえず、この子の犬を探してから行こうと思ってたんだ」
バイトの日はいつも白久とランチを食べてから仕事をするので、待ち惚けを食らわせてしまっていることに、俺は罪悪感を覚えていた。
「いえ、今、それどころじゃなくて…」
羽生はオドオドと答える。
「あ、忙しかった?緊急の依頼でも入った?
呼び止めてごめん、俺だけで探してみるよ
どうしても見つからなかったら、後で白久に頼んでみる」
俺がそう言うと、羽生は何故か困った顔でミイちゃんを見つめた。
「この者の言葉に従いて、道中共にせよ」
ミイちゃんが変な時代劇みたいな事を言うと
「はい、かしこまりました…」
その気迫に気圧されたのか、羽生はスゴスゴと頷いた。
「では、参りましょうか」
ミイちゃんはニッコリ笑って、俺の手を取って歩き出す。
すっかり気に入られてしまったようだ。
「ごめんな」
俺は小声で羽生に謝った。
暫く行くと、コンビニの前でミイちゃんが立ち止まった。
『今年もこの季節がやってきた、ハローハロー、白桃&黄桃のダブルソースとバニラアイスの素敵な出会い!』
そこには、コンビニオリジナルアイスのポスターが貼ってあった。
『ミイちゃんが気を取られたポスターって、これか
女の子って、季節ものに弱いよな』
大人びた事を言ってもまだまだ子供なんだな、と俺はおかしくなってくる。
「歩いたら少し暑くなったね
俺がおごるから、食べてみる?」
犬の事は気になるが、俺はそう聞いてみた。
「よろしいのですか?」
ミイちゃんが瞳を輝かせる。
「羽生も食べるか?」
「アイス!」
もちろん、羽生も瞳を輝かせた。
イートインコーナーのあるコンビニなので、アイスを買った俺達はそこで食べていくことにした。
以前は親から貰う小遣いだけで遣り繰りしていた俺だが、今はしっぽやのバイト料が入るため懐に余裕がある。
羽生の『サトシ』探しの報酬が入り、臨時ボーナスを貰っていたのだ。
コンビニのデザートアイスを人様におごれるなんて出世したなー、と俺は感慨にふけっていた。
「美味しい!!」
ミイちゃんと羽生が同時に叫ぶ。
「羽生、黒い服着てるんだから、たらさないよう気を付けてな」
元が猫の化生であり、最近やっと人らしく振る舞えるようになった羽生に声をかけると、コクコクと頷きながらもアイスを食べる事に夢中になっている。
「荒木は、本当に良い方ですね」
ミイちゃんが、俺を見て大人っぽく微笑んだ。
『女の子って、おませだな』
俺は照れくさい思いを感じ、自分もアイスを口にする。
俺達は、暫くその甘みを堪能した。
コンビニを後にすると、俺達は肉屋に向かう。
その途中『大きな犬が放されている』というような騒動は起こっていなかった。
『もう、この辺にはいないのかな
やっぱり白久にお願いして、想念を辿るってのやってもらわないと駄目か』
俺は辺りに注意を払いながら、そんな事を考える。
肉屋に着くと店頭にいたオバチャンに、少し前に大きな犬がこの辺をウロウロしていなかったか聞いてみたが、答えは
「さあ、気が付かなかったねぇ」
といったものだった。
オールドイングリッシュシープドッグならかなり目立って、すぐに目撃情報が手に入ると思っていた俺は焦ってしまう。
「本当に、ここの肉屋だったの?」
俺はミイちゃんに小声で聞いてみる。
ミイちゃんは揚げ立てのメンチカツを見ながら、コクリと頷いた。
「あ、凄い、ここのメンチ、松阪牛の切り落とし入りだって!
でも駄目だよ、犬にメンチなんてあげたら
玉葱が入ってるから、犬の体に悪いんだ」
俺はミイちゃんにそう忠告すると
「オバチャン、トリカラ3個ちょうだい」
トリカラを買って、その袋を手渡した。
「本当は人の食べ物はあげない方が良いんだけどさ
たまになら、あげたいもんね
見つかったら、これあげよう」
俺も、よくクロスケにハムやチーズをあげていたので、食べ物を分けてあげたいその気持ちはわかっている。
「ありがとう!」
ミイちゃんは、また大人びた微笑みを浮かべて俺を見た。
「あの、そろそろ事務所に行った方が…」
俺とミイちゃんに羽生が控え目に声をかける。
「あっと、そうだった!
白久、お腹空かしてるよ!」
俺は慌てて
「ごめん、俺だけじゃやっぱ無理だ
プロに頼むから、すぐ見つかるよ
あ、お金の事は心配しないで良いからね」
依頼料は俺の給料から引いてもらえばいいや、と考えミイちゃんに力強く頷いてみせた。
俺達がしっぽや事務所の扉の前まで来ると
「まだ見つからんのか!?
途中報告の一つも寄越さず、何をやっているんだ、あの若造は!」
そんな大声が聞こえてきた。
『げっ、まさかさっきの外人?
しっぽやの依頼人だったのか、って見つかるまで事務所に居座るって、何様なんだよ』
俺と羽生は顔を見合わせる。
事務所に入り難いこと、この上ない。
「大丈夫、入りや」
ミイちゃんが羽生に命令すると、羽生はそっと扉を開ける。
事務所の応接セットのソファーには、やはり先程見た外人が横柄な態度で腰掛けていた。
しかし、黒谷も白久もそんな外人の態度は意に介さず、いつもの様子でくつろいでいた。
「荒木!」
扉を開けたのは羽生なのに、白久がいち早く俺に気が付いて満面の笑みを向けてくる。
それに気が付いた外人がこちらに視線を向け
「羽生、三峰(みつみね)様は見つかったのか?」
勢い込んで聞いてきた。
『マズい、羽生が依頼を受けてたのか』
そうとは知らず犬探しを手伝ってもらっていたから、当然羽生の捜索に進展は無い。
「いえ、あの、その…」
羽生は外人の剣幕に怯えて震え上がっていた。
「すいません、俺がちょっと羽生を引き止めちゃってたから…」
俺が弁解すると、外人は訝しげな視線を俺に向けてくる。
「何だ、お前?」
近寄ってきた白久が俺を庇うように抱きしめ
「荒木は私の飼い主です」
きっぱりとそう宣言した。
『人前で何てこと言ってんだ!』
そんな白久の言葉に、俺の方が慌ててしまう。
「は?まだガキじゃねーか
こんなチビガキが、お前みたいなデカイヌ飼いきれるのかよ」
しかし、外人のリアクションは俺が想像したものとは違っていた。
「荒木は、とても良い飼い主です」
白久は誇らかにそう告げる。
明らかに、この外人は白久の正体を知っていた。
「波久礼(はぐれ)、荒木を侮辱するような発言は許しませんよ」
俺の後ろからミイちゃんが姿を現すと、その外人、波久礼はソファーから飛び下り
「三峰様、ご無事でございましたか!
三峰様から目を放してしまうとは、一生の不覚にございます!」
そう言って、ミイちゃんの前に跪く。
彼の無造作に伸ばした灰色の髪が目に付いた。
「ミイちゃんの探してた犬って…まさか、この人!?」
俺は思わず叫んでしまった。
「うむ、そうじゃ
正確には98%森林オオカミの血が入っている狼犬なのだが、まあ犬であろう」
ミイちゃんは鷹揚に頷いた。
「三峰様は、私の事を狼とは認めてくださらないのですね…」
波久礼は大きな体を竦ませて、悲しそうな瞳を向けた。
「お主の中に2%の犬の血があったればこそ、前の世で掛け替えのない人と巡り会えたのであろう?
その2%の血を誇りに思いや」
ミイちゃんにピシャリと言われ、波久礼は益々縮こまった。
俺は展開に付いていけず、惚けたように立ちすくんでいた。
「荒木、波久礼は狼犬の化生なのですよ
狼より狼犬を飼育する方が手続きが楽ので、人間によって交配された犬種です」
白久がそう説明してくれる。
「いつかお話したことがありましたね、財を成された化生がいると
三峰様が、そのお方なのです
こちらの事務所も、三峰様の出資で運営しております
私が暮らしているマンションの持ち主でもありますね
三峰様は、日本狼の化生にございます」
白久が、どこか厳かな響きをもって『日本狼』と言う言葉を口にした。
「えっ?日本狼って、随分前に絶滅したんじゃ?」
俺が驚いた声を上げると、跪いていた波久礼が立ち上がり強い口調で話しかけてくる。
「三峰様は、お前よりもずっと長き時を生きておられる
小僧、態度に気をつけっ!!」
ゴスッ!!
言葉の途中で、ミイちゃんの肘鉄が波久礼のみぞおちに重い音を立ててヒットした。
巨体の波久礼がくずおれるのを意に介さず
「女性の年の話をするなど、ほんに、この犬は無粋で困るわ」
ホホホホホ、とミイちゃんは高らかに笑ってみせたが、その目は笑っていなかった。
羽生が何故、ミイちゃんに対してビクビクしていたか、分かった気がした…