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しっぽや(No.44~57)

side〈ARAKI〉

「明けましておめでとうございます
 今年もよろしくお願いします」

俺が白久とそんな挨拶を交わせたのは、1月3日のことであった。
本当は大晦日からずっと白久のところに居たかったけど、大掃除の手伝いをしたり叔父さんが来たり親戚の家に行ったりと、忙しない年末年始を過ごしていたのだ。
「やっと、白久とゆっくり正月を満喫できるよ」
今日から白久の部屋に3泊出来ることは、俺にとって何より嬉しいお年玉だ。
しっぽやも三が日は休みなので、今日は1日、正月気分に浸ろうと楽しみにしている。
白久の部屋に荷物を置いたら、日野や黒谷と一緒に初詣に行く事になっていた。

「こちらは荒木に差し上げるお年玉です
 どうぞ、お受け取りください」
白久が微笑みながら厚めのポチ袋を手渡してくれた。
「ありがと」
俺は照れた気分で小さな袋を受け取った。
俺が20歳になるまではお年玉を渡したい、と白久が言うので素直に厚意を受け取ることにしたのだ。
「じゃ、今日の初詣の屋台は、俺の奢り
 それが、俺から白久へのお年玉」
俺はヘヘッと笑ってみせる。
白久から貰ったお年玉で買うので結果的には全て白久の奢りなのだが、何だか受け渡しの一手間で楽しい気分になってくる。
「ありがとうございます
 何を食べましょうか、楽しみですね」
白久も同じ気分なのか、嬉しそうに微笑んだ。

扉を開けると、ちょうど日野と黒谷も部屋から出てくるところだった。
「明けましておめでとうございます
 今年もよろしくお願いします」
2人とも新年の挨拶を交わす。
2人に会うのは、去年の最後のバイトの日以来だった。
バタバタしていたので、メールも送りそびれていた。
「去年からずっと、黒谷のとこに泊まり?」
俺は少し羨ましいものを感じながら日野に聞いてみる。
「ううん、黒谷のとこには今日から泊まり
 年末年始は家族で過ごしてたんだ
 家族サービスってやつ
 婆ちゃんのおせち食べて、母さんからお年玉貰って、初詣行って、正月番組見て、こたつでミカン食べて、ダラダラしてた
 何年ぶりかな、そんな普通の正月」
日野は照れた顔で頭を掻いた。

「黒谷との時間は、焦って作らなくてもいいかなって思えるようになってさ
 この先いくらだって、一緒に居られるんだし」
余裕を見せながらそう言う日野が、少し大人に感じられる。
「お前は?白久のとこで年越し?」
逆に日野に訪ねられ、俺は年末年始の顛末を報告した。
「何だ、荒木も家族サービスしてたのか」
日野の言葉に
「忙しないサービスだったよ」
俺は肩を竦めて見せた。
「でも、お年玉、稼げたろ?」
声をひそめて聞いてくる日野に
「まあな」
笑いを隠せない顔で返事をしてしまう。

「そろそろ参りましょうか」
荷物を持った白久と黒谷に促され、俺達は影森マンションを後にする。
「向こうであまり買わなくても良いように、飲み物は色々用意してきました
 温かい物も冷たい物もありますので、飲みたくなったら遠慮なく言ってくださいね」
黒谷が日野に話しかけていた。
「うん、ありがと
 でも俺、向こうで甘酒だけは飲みたくて
 何か、あれ飲むと『正月』って感じするんだよな」
日野は照れた顔で笑っている。
「荒木は?向こうで何か飲みたい物はありますか?」
白久に尋ねられ
「俺は別に無いかな
 あ、オヤキ売ってたら食べたい!ナスのやつ
 後はフランクフルト
 屋台で食べると、いつもより美味しく感じるんだよね」
俺は何を食べようかワクワクしてきた。

「焼きそば、たこ焼き、お好み焼きは外せないよな
 屋台小麦粉3種の神器!」
日野は鼻息も荒く宣言する。
「確かにそうなんだけど、3種食べると腹にたまるなー
 って、今回はお前と一緒だから、色んな物少しずつ食べられるのか!
 屋台メニュー全種制覇いけるかも」
「4人で攻めれば不可能じゃないかもよ」
俺と日野は顔を見合わせてニンマリ笑った。

「白久と黒谷は何食べたい?
 やっぱ、肉系?チキンステーキとかタン串が良いかな?
 ケバブサンドも美味しいよね
 渋めに、焼き鳥ともつ煮込み?」
俺が聞くと、白久も黒谷も戸惑った顔を見せた。
「秩父先生がご存命だったときに、何度かお祭りの屋台に連れて行ってもらった事はあるのですが
 今は屋台の種類が増えていて、何が何やら」
困惑顔の2人に
「じゃ、俺達が屋台の食べ物教えてあげる」
俺と日野は笑顔を向けるのであった。

白久と黒谷は
「飼い主と屋台巡りをしている犬が、少し羨ましかったのです」
「僕たちも、同じ事が出来るのですね」
嬉しそうに微笑んだ。
「しかし、祭りの最中に飼い主とはぐれるケース、多いんですよね」
そう言って苦笑する白久の手をしっかり握り
「はぐれたって、白久は必ず俺のこと見つけてくれるだろ?」
俺は確認するように聞いてみる。
「はい!」
白久は真剣な顔で、力強く頷いてくれた。


マンションから駅に近づくと、人混みも増えていく。
人垣の中に見知った顔が姿を現した。
向こうもこちらに気が付いて近寄ってくる。
「荒木、日野!明けましておめでとうございます
 えっと、後、何だっけ?」
首を捻る羽生に
「今年もよろしくお願いします、だよ」
中川先生が優しく教えてあげていた。
「そうだった!
 今年もよろしくお願いします」
笑顔で頭を下げる羽生に、俺と日野も新年の挨拶を返す。
「野上達はこれから初詣か?
 今日は3日だけど、けっこー混んでたぞ
 はぐれないよう、気を付けて行ってこい
 もっとも、迷子になっても、優秀な探偵がすぐに探し出してくれるか」
中川先生は爽やかに笑っている。
「小学生じゃないんだから大丈夫です」
俺は苦笑気味の返事を返した。

「屋台出てた?」
日野が目を輝かせて聞くと羽生が嬉しそうな顔で
「いーっぱい出てた!
 これ、サトシに買ってもらったの
 赤くて可愛いでしょ」
そう言ってリンゴ飴を差し出して見せる。
「黒猫に真っ赤なリンゴ飴、絵になると思わないか
 赤っていうのは、黒に映える色だよな~」
デレデレした顔の中川先生に
「はいはい、ごちそうさま」
俺と日野は笑いながら肩を竦めてみせた。

「そうだ、2人にお年玉やるか」
そう言うと、中川先生はジャケットのポケットの中を探り出した。
俺と日野は驚きつつも期待してしまう。
「特定の生徒に金は渡せないけど、これくらいなら許されるだろ
 はい、お年あめ玉」
先生は俺と日野の手に、のど飴の小袋を数個渡してくれた。
「先生、昭和の親父ギャグだよ、それ」
日野が呆れた顔をして見せる。
「人混みで、風邪うつされないように気を付けろよ
 冬休みの残り、風邪で寝て過ごすのは嫌だろ?
 風邪のひき始めは葛根湯が効くぞ
 体調が変だと思ったら、すぐに飲めよ」
先生は意に介さず教師らしい注意を添えて、羽生と共に去っていった。

確かに、今日から白久と一緒に居られるのに体調を崩したくないと思った俺は、忠告に従って飴を口に入れる。
白久にも舐めさせた。
日野も同じ行動をとっている。
「まあ、人混み行くと風邪もらう危険、あるもんな
 せっかくの黒谷との正月、寝正月なんて勿体ないし」
日野は神妙な顔で頷いていた。


電車に乗って、この辺では結構有名なお寺にお参りに行く。
先生の言っていた通り、人出は多かった。
「ここ、元旦はお参りするのに並ぶんだ
 それに比べれば、空いてる方だよ」
混雑はしていても、入場規制は行われていない。
ゆっくりと進む人混みに紛れ、俺達は本堂に向かっていった。
「お参り済んだら、おみくじ引いてみよう」
俺の言葉に、白久は嬉しそうな顔で頷いた。

参道から20分以上かかって、やっと本堂にたどり着く。
俺はお賽銭を投げると
『今年も白久と一緒に楽しく過ごせますように』
そんなことをお祈りしてみる。
『しっぽや、商売繁盛の方が良かったのかな?』
そんな考えも浮かんだが、それは俺よりミイちゃん辺りが頼めばよいことのように感じられた。
自分の思考に没頭していた俺は、人混みの中、日野と黒谷の姿を見失ってしまった。
けれども、白久はピッタリと俺の側につき従っていてくれた。
「荒木、こちらです」
白久に手を引かれ、俺は本堂の人混みの中から抜け出した。
日野と黒谷は、一足先におみくじ売場に移動していた。
こんな時は、気配で探り合える化生を連れていると便利である。
白久と黒谷は付き合いが長いので、お互いの気配を熟知しあっているのだ。

「今年始めの運試し、何が出るかな」
日野はおみくじの棒が入っている筒を、気合いを込めて揺すっていた。
逆さまにして出てきた棒を巫女さんに渡すと、おみくじと引き替えてくれる。
同じくおみくじを受け取っている黒谷に続き、俺と白久もチャレンジしてみた。
「何を引いたか、見せ合おう」
日野の提案で俺達は混雑しているおみくじ売場を後にする。
結果は俺が大吉(!)、日野が小吉、白久と黒谷は吉だった。

「ちぇ、小吉か」
ムクレる日野に
「小吉は、大吉、中吉に続き3番目に良いものです
 運勢占いとしては上位の結果ですよ」
黒谷が優しく話しかけていた。
「え?吉より良いの?」
「はい、吉の次は半吉ですから」
黒谷の言葉に機嫌を直した日野は、改めておみくじを見つめる。
「本当だ、何か内容は良い感じ
 待ち人来る、病回復、失せ物出るだって」
嬉しそうな日野とは反対に、俺は自分のおみくじを複雑な思い出ながめていた。
大吉であるはずなのに『待ち人遅く来る、病不良、失せ物出難し』と、ビミョーな事が書かれていたのだ。

「これ、結んでいった方が良いのかな」
顔をしかめる俺に
「おや、荒木のおみくじ、印刷が擦れているのでしょうか
 ここに点があるようにも見えますね」
白久がそう指摘する。
言われてみると『大』の字の上に汚れが付いていて、それは『犬吉』に見えなくもない状態になっていた。
俺はそれに気付くと嬉しくなり、おみくじをたたみ直して財布に入れるのであった。
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