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しっぽや(No.44~57)

side〈ARAKI〉

学校が冬休みに入ったので、俺と日野は連日のようにしっぽやでバイトをする日々を過ごしていた。
今日は白久の部屋に泊まれる今年最後の日なので、俺の心は浮かれ気味であった。

最近の俺は事務仕事の手伝いの他、保護された犬や猫を依頼主のところに送り届けるといった外回りの仕事もするようになっていた。
いなくなったペットが戻ってきてホッとした顔の依頼人を見ると、誇らしい気分になる。
『自分が探し出した訳じゃないんだけどさ』
そう思いつつも、多少なりともその手伝いが出来ていることが嬉しかった。



「長瀞さん、遅いね」
俺はドアを見ながら誰にともなく話しかけた。
「ん?ああ、そうだね」
所長机の椅子に座っている黒谷が、壁に掛かっている時計を見て気が付いたような声を上げる。
「長毛種猫の依頼だったんだろ?
 いつもならとっくに帰ってきてるんじゃ」
日野も心配げな顔になった。
俺達が事務所に来たときには、すでに長瀞さんの姿は無かったのだ。
もうお昼近い時間である。

「今回の依頼、居なくなってから時間が経ってるから手こずってるのかもね
 居なくなったの、2週間前だって話なんだ
 現場もここから離れた場所だし」
黒谷がため息と共に教えてくれた。
「2週間前って…飼い主、今まで何やってたんだよ」
俺は少しムッとしてしまう。
「他のペット探偵に頼んでたんだけど、発見できなかったらしいよ
 困り果ててたときに、うちのことを口コミで知ったんだって」
黒谷の言葉に、俺はハッとなった。

『そっか、俺は運良くここのポスターが目に止まる環境にあったけど
 ここ、HPとか無いから近隣の人しか知らないんだ』
そう考えると、飼い主に同情さえしてしまう。
「もう少しここのことアピールした方がいいか、悩みどころだね
 あまり手広くやっても、対応しきれなかったら意味ないからさ
 最近は近隣の駅の他に、カズハ君のお店や猫カフェ、ドッグカフェにもポスター貼らせてもらって、地道に頑張ってみてるんだけど
 空のしつけ教室のおかげで、これでも近所ではかなりうちの知名度上がったんだよ」
苦笑気味の黒谷に
「あんまり遠いところからの依頼が来ても、ビミョーか」
日野も考え込んだ。


コンコン

ノックの後に、リードで繋いだ中型のミックス犬を連れた白久が戻ってきた。
まだ若い犬らしく、事務所内を落ち着き無く嗅ぎ回っている。
半分垂れている耳が、犬の動きにあわせてヒョコヒョコ揺れるのが可愛らしい。
「危機一髪でした、この子、車にひかれそうになってしまって
 飼い主が依頼の時に渡してくれたジャーキーで釣って、何とか事なきを得ましたよ」
白久は疲れたようなため息と共にそんな言葉を吐き出した。

「ああ、うん、若い方はねー」
黒谷が少し遠い目をしたのは、以前に捜索した若い甲斐犬のことを思い出しているのだろう。
「何にしろ、お疲れ様、シロ
 送り届けがてら、荒木とお昼に行ってきなよ
 そういえば商店街の福引き始まってるから、ついでに引いてくれば?」
「もうそんな時期ですか
 今回は4回分の福引き券、貯まりましたよ」
白久は笑顔を見せて
「では、行きましょうか荒木」
俺に向かって手を差し出してきた。
「うん、行こう」
俺はその手を握り返し、笑顔で頷くのであった。


犬を送り届けた俺達は、いつものファミレスに向かう。
ランチを食べながら
「犬の捜索依頼って送り届けられる範囲しか受けてないの?」
俺はそう聞いてみた。
「その時々ですかね
 発見場所が遠い場合は、事務所に戻らず直接届けに行ったりしますし
 事務所に戻るのは、依頼主に事前に成功報酬等の連絡を入れてもらうためです
 今はスマホを持っているので、自分で直接依頼主に連絡すれば良いのですが
 つい癖で、事務所に戻ってしまうのですよ」
白久が苦笑しながら教えてくれた。

「そっか、長瀞さんも、直接依頼主のところに行ってるのかな
 場所が遠いって言ってたから」
俺が考え込むと
「手間取ってるのかも
 居なくなってから時間が経っていると、最悪のケースも考えられますし」
白久は暗い顔を見せた。
さっきの犬は、車にひかれかけたと言っていた。
他のペット探偵にも頼んだと言っていたのに発見できないとなると、もしかして…
俺はクロスケの時のことを思い出し、暗い気分になる。
そんな俺を気遣うように
「荒木、商店街の福引き券が4枚あります
 帰りに寄って引いてみましょう
 荒木が私のために引いてくださると嬉しいのですが」
白久は努めて明るく俺に話しかけてきた。
「うん、何か良いもの当たると良いね」
俺も笑顔でそう答えるのであった。


クリスマスが過ぎ、お正月ムードの街を歩いて抽選所に向かう。
商店街主催の福引きなので景品は豪華ではないが、特賞はペアの温泉旅行宿泊券だった。
『白久と温泉旅行』
そう考えると顔が緩んでしまう。
ここは是非とも特賞を当てようと意気込んで、俺は勇んでガラポンを回してみた。


『うん、まあ、こんなもんだよね』
ガラポンを回しコトン、コトンと出てきた玉は、ハズレが3個、6等が1個だった。
ティッシュ3個とバスタオル1枚を手にして、俺達は事務所に戻る。
「白久と温泉旅行に行きたかったなー」
ため息を付く俺に
「荒木が私のために当ててくださった
 それだけで十分です」
白久はバスタオルを大事そうに抱えてみせた。

事務所に戻った俺達と入れ違いで、黒谷と日野がランチに行くことになった。
「俺もガラポン引いてみるよ
 黒谷が5枚、福引き券あるって言ってるから
 特賞は温泉旅行か、気合い入れて引くぜ!
 当たったら、荒木にもお土産買ってくるからな
 やっぱ、温泉旅行の土産は温泉饅頭かなー」
気の早いセリフを残し、日野は事務所を後にした。

長瀞さんは、まだ帰ってきていなかった。
連絡も無いらしい。
他の化生達は捜索に出ていて、空は午後のしつけ教室を行っている。
「今日って、何気に忙しいね」
シンとしている事務所内を見回して言う俺に
「事前に依頼数がわかりませんから、日によって落差が出てしまうのですよ」
白久は苦笑を見せた。


そんな静かな事務所内に

ドダダダダダッ

荒々しい足音が響きわたると同時に『バンッ』と乱暴に扉が開かれた。
そこには息を切らせた波久礼が立っている。
「貴方、少しは落ち着いたかと思ったら
 今は猫達がいないから良かったものの、驚かせてしまいますよ」
白久に呆れた顔を向けられ
「そうか、猫達は居ないのか
 しかたない、私が自分でやろう
 白久、流しを借りるぞ」
波久礼は何かを抱えて控え室に消えていった。
俺と白久は顔を見合わせる。
それから2人で、そっと控え室をのぞき込んだ。

控え室のソファーには波久礼の着ていたコートが乱雑に置かれ、泥だらけのスーツが床に投げ出されている。
波久礼は流しで、何かを洗ってた。
「大丈夫、怖くないよ
 お湯の温度はどうだい?温かいだろう?
 大丈夫だよ、大丈夫」
水音に混じり、波久礼の優しい囁きが聞こえる。
「ニァ……」
それに答えるように、か細い猫の鳴き声が聞こえてきた。
俺と白久は再度顔を見合わせると、波久礼に近づいた。

波久礼が洗っていたのは、小柄な猫であった。
俺達に気が付いた波久礼が
「すまん、流しは後で洗って消毒しておくから、この子を温めさせてくれ
 泥水に浸かっていたので、芯まで冷えてしまっているんだ」
泥で固まった猫の長い毛を丁寧にほぐしながら、すまなそうな顔を見せる。
「いえ、それはかまいませんが
 その方はいったい?」
白久に訝しい顔を向けられると、波久礼は目を泳がせ
「あー、その、何だ、バスタオルがあれば貸して欲しいのだが
 それと、雨の日に保護されたもののためにドライヤーがあったと思ったが」
微妙に言葉を濁した返事をする。
「白久には新しいの買ってあげるから、さっきもらったやつあげよう」
俺が苦笑して言うと
「はい」
白久も同じような顔で頷いた。

洗われてドライヤーをかけてもらった猫は、濡れているときの倍の大きさに見えた。
事務所のソファーに座る波久礼の膝の上で、クツロいだ顔を見せている。
フワフワの毛で、耳や顔、足先の茶色い猫だった。
「この子って、ヒマラヤンって種類?」
俺が手を伸ばしても怯えた様子は見せず、温和しく撫でさせてくれる。
人慣れしているので、飼い猫のようだ。
「そうですね、足先が白くないし毛も長いのでバーマンではなさそうかと
 長瀞に確認してもらおうと思っていたのだが」
波久礼が優しい微笑みを浮かべると、猫は微かにノドを鳴らした。

「ヒマラヤン?」
白久が首を傾げ、考え込む顔を見せる。
所長机の上に置いてある依頼リストをめくりながら
「波久礼、その方どこで保護したのですか?」
少し厳しい声で詰問した。
「いや、今日は猫カフェの今年最後の営業日だと熊さんが言っていたのでな
 挨拶に行こうと思っていたのだが
 どうにもボンヤリしていたのか、電車の乗り継ぎを間違えてしまって…」
波久礼は少し頬を赤らめて、ゴホンと咳払いする。
「ここからは離れた駅なんだが時間帯が悪かったのか、次の電車が中々こなくてな
 それで、少し散策してみようかと
 駅から少し離れると、田圃や用水路があるのどかな風景が広がる場所に出て…」
「で、用水路からその方の助けを求める想念が届いたのですね」
白久が『ふう』っとため息をつくと、波久礼はばつの悪そうな顔で俯いた。

「波久礼、貴方、猫の探知能力上がってませんか?
 その調子で何匹も保護していくと、パンクしますよ」
白久の言葉に波久礼は巨体を縮こまらせて
「…すまん」
小さな声で呟いた。
波久礼が電車を乗り間違えたのは偶然なのか猫に呼ばれたのか、判断がつきかねる状況ではあった。
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