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しっぽや(No.44~57)

戻ってきた店員に、空が内金を払う。
「出来上がったら捜索のついでに取りに行って、プレゼントするからね
 もうちょっと待ってて」
空が笑顔で話しかけてくる。
その笑顔を見て、僕は思い立つ。
「あ、じゃあ、僕からのプレゼントは伊達眼鏡にするよ
 今度は僕に選ばせて」
僕たちは伊達眼鏡が置いてあるコーナーに移動した。

「空には何色が似合うかな
 髪の色と合わせると、オーソドックスな銀フレームとか
 ブルーもクールで良さそう」
空が『頭良さそうに見えるやつが良い』と言うので、あれこれ試して銀の細身のフレームを選んだ。
「これかけて、カズハとお揃いで歩きたいな」
照れながら言う空のため、会計を済ませた後すぐに使えるよう値札を外してもらう。
ブルーの眼鏡ケースも一緒に買い求めた。
それでも、空がプレゼントしてくれる眼鏡の金額の10分の1位の金額にしかならず、僕は申し訳なく感じてしまった。


店を出てケースに入れた眼鏡を渡すと
「ありがとう!カズハとお揃い、嬉しいな
 皆に自慢するんだ!
 明日のしつけ教室にかけていこう」
空は頬を紅潮させ、大事そうに胸に抱きしめた。
それから早速眼鏡を取りだしてかけてみる。
店のショーウィンドーに映る自分たちを見て、満足そうな顔になった。
「お揃い、お揃い」
嬉しそうに呟く空は、本当に可愛かった。

最初は慣れていない眼鏡のせいで足下がおぼつかなかった空も、すぐに普通に歩けるようになる。
少し遠出をしようと言うことで、僕たちは電車に乗り少し離れた場所にあるショッピングモールに行ってみることにした。
「白久がここで、荒木と映画見たんだって」
「羨ましい?」
僕が聞くと、空は首を捻る。
「俺、映画ってちゃんと見たことないから、よくわかんねー
 難しい話だと、寝ちゃうかもしれないし
 テレビで見てても、たまに寝ちゃうから」
空は頭を掻いた。
『何でもかんでも羨ましがるだけじゃないんだ』
僕はちょっと笑ってしまう。
「今はあんまり面白そうなのやってないね
 それよりも、ランチ食べに行こうか」
「うん!ここ、色んな店が入ってるのな
 何食べようか迷うぜ!カズハは何が良い?」
食べ物の話題でウキウキしだす空は、理知的な眼鏡をかけていても可愛らしい。
「食べ放題のお店があるよ?洋食屋さんだけど、どう?」
「食べ放題?何それ?どんだけ食べても良いの?」
驚き顔の空に僕が頷いてみせると
「行ってみたい!」
顔を輝かせて答えた。

僕は普段あまり食べないので、この手の店には入ったことがなかった。
でも、美味しそうにモリモリと食べる空を見ると、いつもよりは食が進む。
「さっきの唐揚げ、揚げたてだった
 どんだけ食べても良いって、凄いね!
 日野が来たら、店が潰れちゃうよ
 あ、ラザニアが出来立てだって
 俺、ちょっと取ってくる」
皿に残っていたピラフをかき込んで、空が立ち上がる。
「美味しそうだね、僕も行くよ」
2人で同じ物を取ってきて席に戻った。
「ラザニアもお揃い
 遠出のデートって楽しい!またしよう」
「うん、今まで近所巡りばっかりだったもんね」
空と一緒なら、どこに行っても楽しかった。


それから色んな店を見て回り、夕飯を買って帰る。
家に着くと8時を回っていた。
「すぐ食べられる物ばかりだから、楽できるな」
「今日は特別にこれ飲んじゃう
 クリスマスだもんね」
僕は買ってきた物の中から、シャンパンを取り出した。
シャンパングラスなんて持ってないので、普通のグラスを用意する。
テーブルに暖め直したチキン、サラダ、バゲット、スープ等を並べ僕たちは乾杯した。
「「メリークリスマス!」」
久しぶりに口にするアルコールは、少し刺激的な味だった。

「明日も、カズハと一緒」
空がエヘヘッと笑う。
「空の仕事、見れるの楽しみ」
僕も笑ってしまう。
夕飯の後は、ソファーで話しながらまったりとしていた。
『白久は荒木にシャンプーしてもらったことがある』
と空が羨ましげに言うので、僕も空を洗ってあげることにする。

『荒木君、前に熱心に犬のシャンプーの仕方聞いてたけど、白久で実践するなんて
 …大胆だ』
僕は空と一緒にシャワールームに入っただけでドキドキしてしまう。
空の広い背中、引き締まった腰や足を泡立てたスポンジで洗っていく。
こちらを向かせ前面を洗い始めると、激しく反応している空自身が目に入り、さらにドキドキした。
やはり、とてつもない『お預け』状態になっているようだ。
シャンプーを終え、泡を流し終わると空の息は上がっていた。

「カズハ、どうしよう
 今すぐしたい」
裸の空に抱きしめられ熱い自身を押しつけられると、僕もたまらなくなる。
アルコールが入っていて大胆な気持ちになっていた僕は
「…して」
そうねだってしまう。
いつもとは違う場所で空に激しく愛されて、僕は何度も達してしまった。

体を乾かしてベッドに入る頃には深夜になっていた。
心地よい疲労感に包まれていた僕たちは、すぐに眠りに落ちるのであった。





翌朝、目覚ましに起こされるまで僕たちは熟睡していた。
「おはよう空
 昨夜はちょっと張り切り過ぎちゃったね」
僕は彼の腕の中で舌を出した。
「おはよう
 カズハのシャンプー、犬だったとき美容院で洗ってもらったのより気持ちよかった」
空は照れた笑顔を見せ、キスをしてくれる。
「それに、昨夜の可愛いカズハのプレゼント、最高だった」
空がニヒッと笑うので、僕は頬が熱くなる。
「格好良い空のプレゼントも、最高だったよ」
僕もそう言って、空にキスをした。

朝食を食べながら、今日の仕事のことを聞いてみる。
「今回のしつけ教室はコース分けしてみたんだ
 午前が初心者、午後が中級者
 各2時間コースで、時間あったら合間に捜索にも出るよ
 カズハには、しつけ教室を見学してもらって改善点があったら指摘して欲しいんだ」
「わかった
 空は働き者だね」
微笑む僕に、空は得意げな顔を向ける。
「カズハに格好いいとこ見せたいんだもん!」
そんな空の頭を、僕はそっと撫でてあげた。


朝食後、身支度を整え(空は早速昨日の眼鏡をかけていた)僕たちはしっぽやに移動する。
業務開始前の事務所に入るのは初めてなので、少し緊張してしまう。
「おはよう、カズハ君、今日は空のお守りお願いしますね」
黒谷にそう声をかけられ
「おはようございます、今日は1日よろしくお願いします」
僕は頭を下げた。


業務開始直後の事務所に、犬連れの人が続々と集まってきた。
皆、空が開催するしつけ教室参加者であった。
何人か見知ったお客さんの姿もある。
『お店に置いてあったチラシを見て、参加してみようと思った』
と言ってもらえ、少しでも空の役に立ててるんだと嬉しくなった。
参加者が全員揃うと、公園に移動する。


「しつけ教室にご参加、ありがとうございます
 今回から初参加の方、前回のおさらいをしたい方用に初心者コースを設けてみました
 あまり堅苦しく構えずに、飼い犬と遊ぶ感覚で気楽に楽しんでください
 今日は補佐として樋口一葉さんにお越しいただいています
 ペットショップで見知っている方もいるでしょうか
 何か疑問点等ありましたら、彼にも質問していただいて大丈夫です」
空に紹介された僕は
「本日はよろしくお願いします」
参加者に対し頭を下げた。
人間への対応に悩むと言っていた空だけど、昨日考えておいた挨拶文をきちんと暗唱することができていて、とても堂々とした頼れる雰囲気であった。

「あまり沢山のことを一度に覚えさせようとすると人も犬も混乱しますので、今回は『来い』という命令だけを覚えてもらいます
 日本語だと咄嗟に『来い』『おいで』『こっちこっち』等バラバラの言葉が出てしまいますので、命令は『カモン』に統一します
 犬は英語の発音の善し悪しを問いませんので無理に『come on』何て言おうとせず、『カモン』で良いですからね」
空が悪戯っぽく笑うと、参加者の空気が和むのが感じられた。

「では実際に、何度か参加経験のあるワンちゃんに実践してもらいます
 クリーム君、手伝って」
空が呼ぶと、クリーム色のミニチュアダックスの子犬を連れた女の子が進み出る。
クリームは、うちの店にいた頃より大きくなっていた。
リードを外すと適当に辺りを嗅ぎ回りながら遠ざかっていくが、女の子が
「クリーム、カモン」
と呼ぶと、トコトコトと戻ってくる。
参加者からは、賞賛のため息が漏れた。
「戻ってきたら、大仰に誉めてください」
空の言葉で、女の子が
「クリームは凄いね、偉い偉い」
そう言って撫でてやるとクリームは得意げに転がって腹を見せる。

その後、他の参加者達も実践してみた。
予め空が犬達に
『良いかお前ら、人間ってのは犬が居ないと寂しくて泣いちまう生き物なんだ
 飼い主を泣かせたくなかったら「カモン」って言われたら、戻ってやるんだぞ
 そうすれば喜びまくって、お前らのこと誉めちぎってくれるからな
 気になる臭いを嗅いでるときも「カモン」の言葉で戻ること
 じゃないと、飼い主泣いちまうぞ』
と伝えているらしい。
直に犬に情報を伝えられる空がいるのは、躾においてはとても有効である。
最後には、頑固で躾に時間のかかるテリア系の犬まで『カモン』を覚えていた。
「『カモン』を覚えても、リードを付けずに散歩すると不測の事態が起こる可能性がありますので、散歩中は必ずリードを使ってくださいね
 まずはお庭やお家の中で『カモン』を実践してみてください」
そう注意し、しつけ教室は大成功で終わった。


その後空は捜索に出たり、午後のしつけ教室をしたり大活躍をしていた。
『カズハ君が居ると、空が業務に集中するから助かるよ』
と黒谷に言ってもらえて、嬉しくなる。

業務終了後、空と一緒に影森マンションへ帰る道すがら
「カズハとずっと居られて楽しかった
 また、泊まりに来てくれる?」
そう空に聞かれた僕は
「うん、また泊まりに行く
 でも、今夜も一緒だよ」
微笑んで頷いた。

積み重なっていく2人の時間と近づく心の距離、空との絆がまた強くなったのを感じ、僕は暖かな想いに満たされていくのであった。
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