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しっぽや(No.44~57)

side〈KAZUHA〉

飼い犬兼恋人とベッドで想いを確かめ合った後、彼の逞しい腕の中で僕は幸せを感じていた。
以前の飼い犬を恋しいと思う気持ちは随分と薄れ、僕は空と過ごせる時間にこの上ない幸せを感じるようになっていた。
言葉には出さないけれど、空も同じ気持ちではないかと思う。
以前は一緒に町を歩いている途中、空の気が散っているように感じられたが、今は僕の存在だけに集中していた。
『以前の飼い主が生きているのではないか』という思いが薄れて、町中でその存在を探らなくなっているのだろう。

「カズハ…」
空が頬をすり寄せてきた。
大きな体で甘えてくる空が、可愛らしくてたまらなかった。
「何か、おねだりがあるの?」
こちらの機嫌を伺い、少し期待するような顔の空にそう尋ねてみる。
「うん…」
彼はモジモジしながらエヘヘッと笑って答えた。
「あの、あのさ…カズハ、連休で休める日ってある?」
「連休…?」
空に聞かれ、僕はシフトを思い出す。

クリスマスシーズンが激務のため、その前に少し休みを多く入れてもらっているので来週の金、土曜日は連休であった。
「うん、連休はあるけど、どうしたの?」
僕の問いかけに空はさらにモジモジする。
しかし、意を決したように
「こないだ、連休を利用して荒木と日野が白久と黒谷のとこに2泊したんだって
 2人とも、飼い主とゆっくり過ごせたって満足そうでさ
 …それが、羨ましいな、って
 俺も、カズハとゆっくりしてみたくて…」
空の顔の方が僕の顔より上にあるのに、『上目遣い』というに相応しい顔でそう答えてきた。

僕は思わず吹き出してしまった。
荒木君や日野君には
『カズハさんの家って、影森マンションなんでしょ?
 空のとこにしょっちゅう泊まりに行けて、良いですね』
と羨ましがられてるのだ。
2人はまだ学生だし、なかなか外泊させてもらえないのだろう。
白久や黒谷にしてみれば、飼い主が頻繁に泊まりにくる空の方が羨ましいに決まっている。
今日だって、僕と空は仕事の後に一緒に夕飯を食べに行き、急遽そのまま泊まることになったのだ。
「皆、誰かが羨ましい
 隣の芝生ってやつだね」
前に荒木君とそんな話をしたっけ、と思い出しながらクスクス笑う僕に、空は伺うような視線を向けてくる。

「うん、わかった
 来週は金、土曜日が連休だから、木曜の夜から空のとこに連泊させてもらうよ
 日曜は空のとこから直接仕事に行こうかな
 そうすれば、3泊になるね」
そう答えた僕を、空は力強く抱きしめてくれた。
「やったー!じゃあ俺、金曜か土曜に1日休みもらうから、デートしよう!
 一緒にお出かけ、その後もカズハと一緒だ!」
子供のようにハシャぐ空がとても可愛かった。
そんな空を見て
「僕も、やってみたいことがあるんだ」
自然とそんな言葉が口から出ていた。
「何、何?俺で手伝えること?
 何でも命令して、俺、頑張るから」
頬を紅潮させる空に
「あのね、僕も、しっぽやでバイトしてみたいな、って
 いや、あの、お給料とかはいらないんだけど
 その…、空と一緒に働いてみたくて…」
僕はそう、お願いしてみる。
実は僕も、飼い犬と一緒に仕事をしている荒木君や日野君が羨ましかったのだ。

「カズハが?一緒に仕事?
 頑張る、俺、頑張って捜索してカズハに格好いいとこ見せるんだ!」
空は鼻息も荒く宣言した。
「でも、黒谷に聞いてみないと」
空の独断ではダメではないかと焦る僕に
「荒木と日野は試験があるから来週から来られない、って言ってたんで大丈夫だよ
 カズハが電話番と受付してくれたら、黒谷の旦那も捜索に出れるし
 それか、しつけ教室の補佐してもらうのもいいかも
 俺、犬に言い聞かせるのは得意だけど、飼い主の方に何て言えばいいか悩むときがあるから」
空は照れた笑いを見せた。
空がどんな風にしつけ教室をやっているかとても興味があったので、その提案は僕にとって嬉しいものであった。

「空のしつけ教室のお手伝いしたいな」
「じゃあさ、プランって言うの?
 どんな風に進行すればいいか一緒に考えてくれる?
 実は俺、いつもその辺考えないで、行き当たりばったりでやってたんだ」
空はペロリと舌を出す。
「最初は参加人数少なかったから臨機応変に個別対応っての出来たけど、最近は参加人数増えててさ
 初めて参加してくれた人と、何度か参加してる人にどんなことやればいいのかわからなくなってきちまって」
困った顔を見せる空に
「初参加者用初心者コースとリピーター用中級者コースを用意して、コース分けしたら?」
僕はそう提案してみる。
「カズハって頭良い!」
空は驚いた顔で僕を見てギュッと抱きついてきた。
「役に立てた?」
空の頭を撫でながら聞くと、彼はコクコクと頷いた。

「あのね、もう1こおねだり」
空が甘えて頬をすり寄せてくる。
「もう1回、して良い?」
耳元で囁く空に
「良いよ」
僕は微笑んで答えた。

僕達は熱く見つめ合い唇を重ね、再度情熱の海に身を投げ出すのであった。
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