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しっぽや(No.44~57)

「ボクには子供が2人いるけど、どっちも医者にならなくてさ
 長女は獣医師になったから、医療関係者ではあるんだけどね
 長男はサラリーマン、まったく畑違いの仕事してるよ
 ボクが死んだら、ここは閉めようか悩んでるんだ
 後を託せるような人、正直、今のスタッフには居ないからさ
 って、君達に言ってもしょうがないか
 スポンサーに伝えておいてくれないかな
 でもね、後20年は頑張りたいと思ってるよ」
先生は最後に悪戯っぽく微笑んだ。
「はい、三峰様には、そのように伝えておきましょう
 私たちは秩父診療所のことを、ありがたく思っております
 秩父先生にもカズ先生にも、本当に感謝しております
 カズ先生が診療所を閉められるまで、これからもよろしくお願いします」
白久が深々と頭を下げるので
「よろしくお願いします!」
俺も慌てて頭を下げた。

「いやいや、こちらこそ、よろしくね
 ハナちゃんのこと知ってるスタッフ、もう診療所にいないから
 たまにはこうやって、ハナちゃんのこと思い出したいんだ
 君や黒谷、新郷が来てくれて、ハナちゃんの事話せるのがボクの唯一の楽しみだよ」
先生は白久を見ると懐かしそうな顔になった。
「こんな爺さんが未練がましいな、と我ながら思うけどさ
 今なら『ストーカー』なんて思われちゃうかな」
先生は俺を見て苦笑する。
俺は首を振ると
「親鼻さんって、素敵な方だったんですね」
そう言って笑って見せた。

「君は良い子だね、孫に知られたら絶対『キモイ』とか言われてるよ
 荒木君みたいな良い若者と知り合いになるとは
 人生は、何が起こるか分からないものだね」
俺を見て面白そうに笑う先生に
「俺も、お医者さんの知り合いが出来るとは思いませんでした」
エヘヘっと笑ってそう答えた。
たとえ飼い主ではなくとも、こんなにも一途に化生に想いを寄せた人と知り合いになれたのは、何だか嬉しいことであった。


それから、1時間くらい雑談し、俺達は秩父診療所を後にする。
「またおいで」
診療所の前で親しく笑いかけてくれる先生に
「はい!」
元気よく返事をし、駅への道を歩き出した。

「良い先生でしょう」
そう聞いてくる白久に
「うん、あの人がいてくれれば、具合の悪くなった化生が出ても安心だね」
俺は心からそう答えた。
自分は選んでもらえなかったのに、それでも消滅した親鼻さんを想い続けている先生が切なくて、白久に選んでもらえた自分の幸運を感じずにはいられなかった。

隣を歩く白久の手を握ると、白久も握りかえしてくれる。
「カズ先生にお会いになったことのある飼い主は、ゲン様と桜様以外では荒木が初めてです」
白久の言葉に
「え?日野は来たことないの?
 診療所のこと知ってるみたいだったのに?」
俺は驚いてしまう。
「日野様は、クロから話を聞いただけでしょう
 実際に診療所に連れて行ったという話は聞いていません
 カズ先生も『若い子と知り合えた』と荒木のことを指して言っていましたし」
「そっか…」
俺は頬がニヤケてしまった。
『日野が知らなくて、俺が知っている化生のこと』があるのが、嬉しかった。

「本日はこれからどういたしましょうか?
 また、映画でも見に行きますか?
 それとも、買い物にでもまいりますか?」
優しく聞いてくれる白久の存在が愛しくて、俺はその腕に抱きついた。
「どうしよっか、まだまだ時間あるもんね
 買い物、っても特に欲しいもの無いし
 映画は今、面白そうなのやってないんだよなー」
あれこれ考え込む俺は、ふと、そのことに思いついた。
「俺、白久のこともっと知りたい
 白久達がどうやって今まで暮らしてたのか知りたいよ
 化生のこと、もっと教えて
 白久の部屋でお茶飲みながら、ノンビリそんな話しよう」
白久の腕に寄りかかりながら言うと
「はい、では、とっておきのお茶を煎れましょう
 私も荒木のことを、もっともっと教えていただきたいです」
彼は嬉しそうにそう答えた。

「部屋での、まったりデートも良いよね
 あ、あそこ、老舗っぽい煎餅屋がある!お茶請けにあられでも買っていこう」
俺が指さすと
「おや、あっちには近所で見かけないコンビニがありますね
 限定のポテチやジュースがないか、チェックいたしましょう」
白久が笑顔を向けてくる。
お互いの好みを把握している、ささやかで何気ない会話がとても嬉しかった。


俺達は部屋で過ごせる暖かな時間を思いながら、帰路につくのであった。
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