しっぽや(No.44~57)
ボクはハナちゃんへの想いを断ち切るため、父の勧める相手と見合い結婚した。
子宝にも恵まれ、他人から見れば人生順風満帆といった感じであったろう。
秩父診療所はスポンサーのおかげで、診療所とは言え安定した経営を続けている。
そのスポンサーなる人物がどんな人なのかは、タカ叔父さん以外知らなかった。
休診日に、たまにそのスポンサーの関係者が健康診断を受けに来たりしていたが、対応はタカ叔父さん一人でやっていた。
穏やかな日々が流れていく。
ボクは30十代中盤になり、タカ叔父さんは50代に入っていた。
ハナちゃんは、何故か以前タカ叔父さんがやっていたサングラスに付けヒゲ、という変装をするようになっていた。
もっとも、サングラスは完全に視線が分からなくなる物ではなく、色の濃い眼鏡程度のものであったので、威圧感やイカガワシサは感じられない。
「どうでしょう、この格好をすると『ナイスミドル』というやつに見えるでしょうか」
大真面目な顔で聞いてくるハナちゃんに
「そんなのつけない方がハンサムだよ
うん、でも、タカ叔父さんがやってたより、似合ってるかな」
その姿を少し懐かしく思いながら答えると、ハナちゃんは嬉しそうに笑っていた。
タカ叔父さんが珍しく秩父総合病院に顔を出した数日後、父からボクに電話がかかってきた。
「え…?タカ叔父さんが、胃ガン…?」
その報告はいきなりのことで、ボクにはその意味が上手く飲み込めなかった。
「まだ末期じゃない、今から治療すれば十分間に合うんだ
なのにあいつ、診療所を休めないとか言いやがって
すぐにうちに入院しろと親戚一同で詰め寄ったんだが、頑として首を縦に振りゃしない
お前からも言ってくれよ
だいたい、そっちはそんなに人手が足りないのか?」
不機嫌な父の声を聞きながら、ボクは激しく混乱していた。
次の日、診療所に出勤するとボクは真っ先にタカ叔父さんに詰め寄った。
「父さんから聞いたよ、何で入院しないのさ
こっちのことはボク達に任せて、治療に専念してよ!」
憤るボクにタカ叔父さんは困った顔を見せ
「お前等を信頼してない訳じゃないんだけど、まあ、色々とやりたいことがあるというか…
最低限の事後処理はしておきたいんだ」
そんな言い訳がましい事を口にする。
「診療所のことは治ってからやればいいじゃないか、ハナちゃんからも言ってやってよ!」
タカ叔父さんに付き従っている彼にそう言っても、悲しそうな困ったような顔をするばかりだった。
「でな、カズ…
もしも僕に万一のことがあったら、この診療所を継いで欲しいんだが…」
タカ叔父さんの言葉で、ボクの頭に血が上る。
「そんな縁起でもないこと言ってないで、早く入院しろ!」
ボクはそう怒鳴ると部屋から飛び出した。
タカ叔父さんが何を考えているか分からず、涙がこぼれていた。
それから1年足らずで、タカ叔父さんは亡くなった。
病床のタカ叔父さんの元には、影のようにハナちゃんが付き添っていた。
財産目当てではないかと親戚からは目され、こころよく思われていなかったが、彼の献身的な看病に次第に皆が心を打たれていく。
秩父診療所での事務仕事をこなす合間に、足繁くタカ叔父さんの看病をしに秩父総合病院に通う。
いつ寝ているのだろう、と思うような献身ぶりだった。
ハナちゃんは誰よりも、タカ叔父さんの回復を祈っていた。
しかし、その願いが届くことは無かった…
彼はその最後の瞬間までタカ叔父さんの側にいた。
最後まで手を握り、旅立つタカ叔父さんを健気に見送ったのだ。
タカ叔父さんの死後、その遺言書が公開され、ハナちゃんが処理を一手に引き受けた。
生前から、2人で色々と準備していたらしい。
驚いたことに、ハナちゃんには遺産的な物は一切残されていなかった。
さすがに親戚一同は
『血縁者ではないが、あれだけ献身的に看病してくれた者に何も残さないとは』
と呆れた顔を見せる。
ハナちゃんの印象は、親戚の間では既に好人物に変わっていた。
秩父診療所は、タカ叔父さんの遺言に従い、ボクが受け継ぐことになった。
タカ叔父さんが居ないこの診療所を上手く経営していけるか心配がない訳でもなかったが、ハナちゃんが側に居てくれる。
ハナちゃんと一緒なら何でも出来る気がしていた。
やはりボクはまだ、ハナちゃんに未練を残していたのだ。
タカ叔父さんが居ない今なら、きっと彼はボクを見てくれると思っていた。
自分で言うのも何だが、ボクの面差しは若い頃のタカ叔父さんに似ているのだ。
タカ叔父さんの代わりに、ボクがハナちゃんの『秩父先生』になれると信じて疑わなかった。
優しく名前を呼んでくれて、愛してもらえると思いこんでいた。
「え?何、これ…?」
秩父診療所でハナちゃんから差し出された封筒を見るボクの頭は、激しく混乱する。
その封筒の表には
『退職届』
そんな文字が書かれていた。
「待って、だって、ハナちゃんが居なかったら、ここの事務回らないよ」
焦るボクに
「大丈夫ですよ、仕事の引継はちゃんと済ませてありますから
残された者達でも、十分やっていけます
カズ君、どうかこの診療所をお願いします
貴方が秩父先生と理念を同じくする限り、この診療所には今までと変わらない出資をするようスポンサーには話をつけてありますので
そして、そのスポンサー絡みの者達が訪れた際は簡単なものでかまいませんので、健康診断をしてあげてください
彼らは私の大事な仲間なのです」
ハナちゃんは穏やかに微笑んだ。
サングラスと付けヒゲを付けていない彼を、ボクは久しぶりに見た気がする。
白黒斑だった髪は真っ白になり、目尻や口元に疲れたシワが出来ていた。
短期間で急激に老け込んだ様子だった。
「ここ辞めて、どうするのさ
タカ叔父さんと一緒に住んでた家だって、売っちゃったんだろ?
売り上げは全部、診療所経営資金に回されてたし、ハナちゃん行くとこないじゃないか
タカ叔父さんは冷たいよ、ハナちゃんに何も残していかないなんて」
ボクは必死で彼を引き留めようとした。
「心配してくれてありがとうございます
私は、そうですね…元いた場所に還ります」
ハナちゃんが、とても儚く見えた。
「秩父先生は私に多くの幸せと、これを残してくださいました」
彼は左手の薬指にある古い傷を愛おしそうに見つめる。
それはまるで、エンゲージリングのようであった。
「ボクじゃタカ叔父さんの代わりになれないの?
ボクだって、子供の頃からハナちゃんが好きだったんだ!
ボクをハナちゃんの『秩父先生』にしてよ!」
ボクは泣きながら彼にすがりついていた。
彼は一瞬だけボクを抱きしめてくれる。
そして、そっとキスをしてくれた。
以前盗み見た、タカ叔父さんとしていたようなものではない。
子供に対する親愛の挨拶のような、軽いキスだった。
「どうか、この診療所をお願いします
あのお方の理念の火を消さないでください
私の仲間達が病に苦しまぬよう、気にかけてください
カズ君、お元気で」
ハナちゃんは深々と一礼し、部屋から出ていった。
ボクは追いかけることも出来ず、呆けたように突っ立っていた。
いつの間にか、机の上にはハナちゃんが変装に使っていたサングラスが置かれている。
ボクはそれを手に取ると、胸に抱いて泣き崩れた。
今後、彼に会えないだろう事は容易に想像が付いた。
彼は、永遠にボクの元から去って行ってしまったのだ。
ハナちゃんが去って数ヶ月後、スポンサーの関係者だという男達が3人ほど診療所を訪ねてきた。
ボクはそのうちの1人から、目が離せなくなる。
まだ若いのに白髪の彼の面差しが、ハナちゃんに似ていたのだ。
リーダー格らしい、ボクと同じ年くらいの男が
「生前、秩父先生には大変お世話になりました
このたびの秩父先生のこと、謹んでお悔やみ申し上げます」
そう言って頭を下げると、他の2人も同じように頭を下げる。
「あの、君達はハナちゃん、いえ、親鼻さんをご存じですか?
彼が今、何処にいるか知ってはいませんか?」
ボクがおずおずと問うと、彼らは一様に暗い顔をして頷いた。
その顔を見て、ボクは彼が既にこの世にいないことを悟ってしまう。
「やはり、そうでしたか…
ボクでは彼の『秩父先生』になれなかった
どうしても、彼の心を振り向かせることが出来なかった」
初めて会う人達の前だというのに、ボクは泣き出してしまった。
彼らはボクをバカにするような素振りは見せず、親愛のこもった目で見つめてくれた。
嗚咽をもらすボクに
「親鼻のことを、好いていてくれたのですね」
リーダー格の男が優しく問いかける。
その言葉に、揶揄の響きは感じられなかった。
泣きながら頷くと
「ありがとうございます、親鼻はここに居られて、本当に幸せだったのですね」
白髪の彼が微笑んだ。
年や髪の色こそ違うけれど、その微笑みはやはりハナちゃんを彷彿とさせる。
「貴方は、もしかして親鼻さんのご親戚ですか?
彼によく似ている」
ボクの言葉に彼は少し驚いた顔を見せたが
「そうですね、親鼻と私は、親戚のようなものです」
かなり年上であろうハナちゃんのことを、彼は旧知の友のように語っていた。
「親鼻とシロが似ていることに気が付くとは、聡い方だ
カズ先生、今後、僕達の健康診断をお願いしてもよろしいでしょうか」
リーダー格の言葉に、僕は強く頷いた。
「それは、親鼻さんがボクに託してくれた願いです
貴方達の健康管理をさせてください」
涙を拭い、ボクは誇らかにそう言った。
『本当に、未練がましいな』
タカ叔父さんにはもう出来ないことを、ボクがハナちゃんのためにやれる。
そんなささやかなプライドを胸にこの先生きていこうと、ボクは心に誓うのであった。
子宝にも恵まれ、他人から見れば人生順風満帆といった感じであったろう。
秩父診療所はスポンサーのおかげで、診療所とは言え安定した経営を続けている。
そのスポンサーなる人物がどんな人なのかは、タカ叔父さん以外知らなかった。
休診日に、たまにそのスポンサーの関係者が健康診断を受けに来たりしていたが、対応はタカ叔父さん一人でやっていた。
穏やかな日々が流れていく。
ボクは30十代中盤になり、タカ叔父さんは50代に入っていた。
ハナちゃんは、何故か以前タカ叔父さんがやっていたサングラスに付けヒゲ、という変装をするようになっていた。
もっとも、サングラスは完全に視線が分からなくなる物ではなく、色の濃い眼鏡程度のものであったので、威圧感やイカガワシサは感じられない。
「どうでしょう、この格好をすると『ナイスミドル』というやつに見えるでしょうか」
大真面目な顔で聞いてくるハナちゃんに
「そんなのつけない方がハンサムだよ
うん、でも、タカ叔父さんがやってたより、似合ってるかな」
その姿を少し懐かしく思いながら答えると、ハナちゃんは嬉しそうに笑っていた。
タカ叔父さんが珍しく秩父総合病院に顔を出した数日後、父からボクに電話がかかってきた。
「え…?タカ叔父さんが、胃ガン…?」
その報告はいきなりのことで、ボクにはその意味が上手く飲み込めなかった。
「まだ末期じゃない、今から治療すれば十分間に合うんだ
なのにあいつ、診療所を休めないとか言いやがって
すぐにうちに入院しろと親戚一同で詰め寄ったんだが、頑として首を縦に振りゃしない
お前からも言ってくれよ
だいたい、そっちはそんなに人手が足りないのか?」
不機嫌な父の声を聞きながら、ボクは激しく混乱していた。
次の日、診療所に出勤するとボクは真っ先にタカ叔父さんに詰め寄った。
「父さんから聞いたよ、何で入院しないのさ
こっちのことはボク達に任せて、治療に専念してよ!」
憤るボクにタカ叔父さんは困った顔を見せ
「お前等を信頼してない訳じゃないんだけど、まあ、色々とやりたいことがあるというか…
最低限の事後処理はしておきたいんだ」
そんな言い訳がましい事を口にする。
「診療所のことは治ってからやればいいじゃないか、ハナちゃんからも言ってやってよ!」
タカ叔父さんに付き従っている彼にそう言っても、悲しそうな困ったような顔をするばかりだった。
「でな、カズ…
もしも僕に万一のことがあったら、この診療所を継いで欲しいんだが…」
タカ叔父さんの言葉で、ボクの頭に血が上る。
「そんな縁起でもないこと言ってないで、早く入院しろ!」
ボクはそう怒鳴ると部屋から飛び出した。
タカ叔父さんが何を考えているか分からず、涙がこぼれていた。
それから1年足らずで、タカ叔父さんは亡くなった。
病床のタカ叔父さんの元には、影のようにハナちゃんが付き添っていた。
財産目当てではないかと親戚からは目され、こころよく思われていなかったが、彼の献身的な看病に次第に皆が心を打たれていく。
秩父診療所での事務仕事をこなす合間に、足繁くタカ叔父さんの看病をしに秩父総合病院に通う。
いつ寝ているのだろう、と思うような献身ぶりだった。
ハナちゃんは誰よりも、タカ叔父さんの回復を祈っていた。
しかし、その願いが届くことは無かった…
彼はその最後の瞬間までタカ叔父さんの側にいた。
最後まで手を握り、旅立つタカ叔父さんを健気に見送ったのだ。
タカ叔父さんの死後、その遺言書が公開され、ハナちゃんが処理を一手に引き受けた。
生前から、2人で色々と準備していたらしい。
驚いたことに、ハナちゃんには遺産的な物は一切残されていなかった。
さすがに親戚一同は
『血縁者ではないが、あれだけ献身的に看病してくれた者に何も残さないとは』
と呆れた顔を見せる。
ハナちゃんの印象は、親戚の間では既に好人物に変わっていた。
秩父診療所は、タカ叔父さんの遺言に従い、ボクが受け継ぐことになった。
タカ叔父さんが居ないこの診療所を上手く経営していけるか心配がない訳でもなかったが、ハナちゃんが側に居てくれる。
ハナちゃんと一緒なら何でも出来る気がしていた。
やはりボクはまだ、ハナちゃんに未練を残していたのだ。
タカ叔父さんが居ない今なら、きっと彼はボクを見てくれると思っていた。
自分で言うのも何だが、ボクの面差しは若い頃のタカ叔父さんに似ているのだ。
タカ叔父さんの代わりに、ボクがハナちゃんの『秩父先生』になれると信じて疑わなかった。
優しく名前を呼んでくれて、愛してもらえると思いこんでいた。
「え?何、これ…?」
秩父診療所でハナちゃんから差し出された封筒を見るボクの頭は、激しく混乱する。
その封筒の表には
『退職届』
そんな文字が書かれていた。
「待って、だって、ハナちゃんが居なかったら、ここの事務回らないよ」
焦るボクに
「大丈夫ですよ、仕事の引継はちゃんと済ませてありますから
残された者達でも、十分やっていけます
カズ君、どうかこの診療所をお願いします
貴方が秩父先生と理念を同じくする限り、この診療所には今までと変わらない出資をするようスポンサーには話をつけてありますので
そして、そのスポンサー絡みの者達が訪れた際は簡単なものでかまいませんので、健康診断をしてあげてください
彼らは私の大事な仲間なのです」
ハナちゃんは穏やかに微笑んだ。
サングラスと付けヒゲを付けていない彼を、ボクは久しぶりに見た気がする。
白黒斑だった髪は真っ白になり、目尻や口元に疲れたシワが出来ていた。
短期間で急激に老け込んだ様子だった。
「ここ辞めて、どうするのさ
タカ叔父さんと一緒に住んでた家だって、売っちゃったんだろ?
売り上げは全部、診療所経営資金に回されてたし、ハナちゃん行くとこないじゃないか
タカ叔父さんは冷たいよ、ハナちゃんに何も残していかないなんて」
ボクは必死で彼を引き留めようとした。
「心配してくれてありがとうございます
私は、そうですね…元いた場所に還ります」
ハナちゃんが、とても儚く見えた。
「秩父先生は私に多くの幸せと、これを残してくださいました」
彼は左手の薬指にある古い傷を愛おしそうに見つめる。
それはまるで、エンゲージリングのようであった。
「ボクじゃタカ叔父さんの代わりになれないの?
ボクだって、子供の頃からハナちゃんが好きだったんだ!
ボクをハナちゃんの『秩父先生』にしてよ!」
ボクは泣きながら彼にすがりついていた。
彼は一瞬だけボクを抱きしめてくれる。
そして、そっとキスをしてくれた。
以前盗み見た、タカ叔父さんとしていたようなものではない。
子供に対する親愛の挨拶のような、軽いキスだった。
「どうか、この診療所をお願いします
あのお方の理念の火を消さないでください
私の仲間達が病に苦しまぬよう、気にかけてください
カズ君、お元気で」
ハナちゃんは深々と一礼し、部屋から出ていった。
ボクは追いかけることも出来ず、呆けたように突っ立っていた。
いつの間にか、机の上にはハナちゃんが変装に使っていたサングラスが置かれている。
ボクはそれを手に取ると、胸に抱いて泣き崩れた。
今後、彼に会えないだろう事は容易に想像が付いた。
彼は、永遠にボクの元から去って行ってしまったのだ。
ハナちゃんが去って数ヶ月後、スポンサーの関係者だという男達が3人ほど診療所を訪ねてきた。
ボクはそのうちの1人から、目が離せなくなる。
まだ若いのに白髪の彼の面差しが、ハナちゃんに似ていたのだ。
リーダー格らしい、ボクと同じ年くらいの男が
「生前、秩父先生には大変お世話になりました
このたびの秩父先生のこと、謹んでお悔やみ申し上げます」
そう言って頭を下げると、他の2人も同じように頭を下げる。
「あの、君達はハナちゃん、いえ、親鼻さんをご存じですか?
彼が今、何処にいるか知ってはいませんか?」
ボクがおずおずと問うと、彼らは一様に暗い顔をして頷いた。
その顔を見て、ボクは彼が既にこの世にいないことを悟ってしまう。
「やはり、そうでしたか…
ボクでは彼の『秩父先生』になれなかった
どうしても、彼の心を振り向かせることが出来なかった」
初めて会う人達の前だというのに、ボクは泣き出してしまった。
彼らはボクをバカにするような素振りは見せず、親愛のこもった目で見つめてくれた。
嗚咽をもらすボクに
「親鼻のことを、好いていてくれたのですね」
リーダー格の男が優しく問いかける。
その言葉に、揶揄の響きは感じられなかった。
泣きながら頷くと
「ありがとうございます、親鼻はここに居られて、本当に幸せだったのですね」
白髪の彼が微笑んだ。
年や髪の色こそ違うけれど、その微笑みはやはりハナちゃんを彷彿とさせる。
「貴方は、もしかして親鼻さんのご親戚ですか?
彼によく似ている」
ボクの言葉に彼は少し驚いた顔を見せたが
「そうですね、親鼻と私は、親戚のようなものです」
かなり年上であろうハナちゃんのことを、彼は旧知の友のように語っていた。
「親鼻とシロが似ていることに気が付くとは、聡い方だ
カズ先生、今後、僕達の健康診断をお願いしてもよろしいでしょうか」
リーダー格の言葉に、僕は強く頷いた。
「それは、親鼻さんがボクに託してくれた願いです
貴方達の健康管理をさせてください」
涙を拭い、ボクは誇らかにそう言った。
『本当に、未練がましいな』
タカ叔父さんにはもう出来ないことを、ボクがハナちゃんのためにやれる。
そんなささやかなプライドを胸にこの先生きていこうと、ボクは心に誓うのであった。