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しっぽや(No.1~10)

先生は暫く泣きながら羽生に謝っていたが、やがてポツリ、ポツリと過去を話始めた。
「俺、中学生の頃、この近くの公団に住んでたんだ
 箱に入って捨てられてる小さな子猫を拾ったんだけど、家じゃ飼えないから捨ててこいって言われて…
 でも、捨てられなくて…
 当時は潰れた町工場があったから、そこに忍び込んで段ボール箱の中で子猫を飼ったんだよ
 毎日牛乳持って、かまいに行ってた
 でも、だんだん元気が無くなってきて
 病院に連れて行きたかったけど、金が無かったんだ
 そんな時、修学旅行があってさ
 帰ってきて、慌てて見に行ったら、もう動かなくなってて…
 死んじゃってた…」
先生はそこまで言うと、また盛大に泣き出した。

「河原に埋めてお墓を作ってあげたのに、すぐ親の都合で引っ越す事になった…
 1回も、お墓参りしてあげられなかったよ…
 後から本読んで、子猫は牛乳だけあげても育たないの知ってさ
 猫用ミルクがあることすら知らなかったんだ
 俺がもっと早く、ちゃんと本読んでれば、修学旅行なんて行かなければ、って何度も後悔したよ
 小さくて、弱くて、すぐ死んじゃって、猫は嫌だ、モロ過ぎて怖いよ…
 きっと、ハニーは俺のこと恨んでる、化け猫になって、いつか俺のこと殺しに来るんだって思ってた
 俺、覚悟してるから」
先生は、羽生の目をジッと見つめた。

「怖い人間が、母さんや兄弟から俺を引き離して箱に入れたのを覚えてる
 でも、サトシが拾ってくれて、美味しいものくれて、撫でてくれて、目がキレイだって言ってくれて、愛してくれて、俺、本当に幸せだった
 ごめんね、サトシのせいじゃないんだ
 俺、寿命だったんだよ、体、弱かったんだ
 だから、簡単に捕まって箱に入れられちゃったの
 でも、そのおかげでサトシに会えた
 俺が死んだ後、サトシが泣いてばかりだったの知ってるよ
 サトシに泣いて欲しくなかった、側に居たかった
 猫じゃなければ、家で一緒に居られたのかな、って思ってた
 もっと、丈夫な体になりたかった
 ずっと、ずっと考えてた
 それで俺、化生したんだ」
今や、羽生の記憶はハッキリ戻っていた。

「また、俺のこと飼ってくれる?」
羽生の問いかけに
「うん」
中川先生は、子供のような笑顔で頷いていた。

「先生、羽生の名前って『ハニー』なの?」
俺は、何となく気になっていた事を聞いてみる。
「ああ、うん、食べ物の名前を付けたかったんだけど、黒い食べ物って海苔とかイカ墨くらいしか思い付かなくて
 それじゃ、可愛くないだろ?
 瞳がキレイなハチミツ色だったから、ハニーにしたんだ」
照れ笑いを浮かべる中川先生を見ながら
『…うん、名前付けたの中学生の時だったからしょうがないけど…
 美少年を抱き締めて「ハニー」って呼んでる先生、教育委員会にバレたら首になりそう…』
俺はぼんやりとそんな事を考えていた。

「羽生の件については、また、後ほど相談いたしましょう
 中川様、仕事が終わりましたら、こちらにご足労願えますか?」
白久が名刺を渡すと
「ああ、はい、わかりました
 それで、貴方はいったい?」
先生は当然の疑問を口にする。
「私は、荒木の飼い犬です」
白久は誇らかに答えた。
先生は困った顔を俺に向けるが、俺にも何をどう言っていいのかわからなかった。

白久に対抗するように羽生が
「俺は、サトシの飼い猫だよ」
そう言うと、先生にキスをする。
先生は真っ赤になって驚いているが、羽生は
「荒木と白久がしてたの
 俺もサトシとしてみたかったから」
ニコニコしながら、とんでもない事を口にした。
先生に驚いた顔で見られ、今度は俺が真っ赤になる。
『そういや、羽生に初めて会った時、そんなとこ見せたかも…』

「最近の高校生は…」
先生の呟きに、俺はさらに赤くなるのであった。


結局、羽生は中川先生が飼う事に決まった。
しっぽや事務所でその後の話を聞く俺に
「私たち獣は、魂のサイクルが人より早いのです
 大抵死んでから3年くらいのうちに転生か化生するのですが…
 羽生は10年以上迷っていたようですね
 幼いなりに、必死で考えていたのでしょう」
白久がそう教えてくれる。

「化生して、こんなに早く飼い主が決まるのは前代未聞だし、化生直前の飼い主に飼ってもらえるのも前代未聞だよ」
黒谷は呆れたように言うものの
「良かったな、羽生」
優しく羽生の頭を撫でていた。

「うん、俺もう、黒谷と白久の膝にはのらない
 だって、サトシがのせてくれるもん!
 荒木の膝にはのりたいけど…
 白久にのどぶえ食い千切られたくないから、止めとく
 まだ死にたくない
 もっと、ずっと、サトシと一緒に居たいから!」

羽生はそう言って、大輪の花のような笑顔を見せるのであった。
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