しっぽや(No.44~57)
「君、名前は何て言うの?」
秩父医師にそう訪ねられ
「親鼻と申します」
親鼻が彼をしっかりと見つめながら答えた。
『彼の問いに答える』そんな事が嬉しいのだろう。
親鼻は、一瞬たりとも秩父医師から目を離さなかった。
「おやはな?変わってるね、それ名前?通称?
でも『ハナちゃんか』
そう呼ぶと可愛いもんだ
よしよしハナちゃん、よく頑張ったね
こないだ来たオジサンはたんこぶ作っただけなのに、大騒ぎしたんだよ
ハナちゃんは縫ってる間も、うめき声ひとつ上げなかったね」
秩父医師は傷に包帯を巻き終わると、親鼻の頭を乱暴に撫でる。
親鼻はこの上なく幸せそうな顔をして、うっとりとしていた。
「で、うちに来たってことは、保険証無いんだろ?
悪いけど、慈善事業じゃないからね
実費はいただくよ」
秩父医師に改まった顔でそう告げられ
「もちろんです!一生かかっても返済いたします!」
親鼻は真面目な顔で返答する。
「いや、一生かけなきゃなんないほどボッタクらないって
じゃあ、時間外ってのも合わせて8000円
払える?まあ、我慢強かったハナちゃんに免じて、もう少しおまけしようか?」
笑いながら言う医師の診察料が高いものなのか安いものなのか、病院に行ったことのない僕たちにはわからないが、それは2日分の働きに相当する金額であった。
親鼻はすぐに身体に身につけている袋から紙幣を取り出し、医師に手渡した。
秩父医師は少し驚いた顔を見せ
「ダメだよ、現金あんまり持ち歩いちゃ」
そう窘(たしな)める。
「はい」
怒られたと思った親鼻はションボリとうなだれた。
「いや、でも、俺らみたいなのは宿に金なんて置いておけないしさ」
岩さんが取りなしてくれて、医師はハッとした顔になる。
「ああ、そうか、宿住まいなんだね
それじゃ、身につけてた方が安全か
ありがとう、診察料、確かにちょうだいするよ」
手渡された紙幣を捧げ持ち笑顔になった医師に、親鼻の顔も綻んだ。
「あの、またこちらに伺ってもよろしいですか?」
頬を赤らめながら聞く親鼻に
「そりゃそうだよ、抜糸しなきゃいけないからね
1週間後にまたおいで、できれば診療時間内に
怪我しても仕事は休めないかな
利き手じゃないから、あまり激しく動かさなければ問題ないだろう
でも、できるだけ濡らすのは避けてね
これ化膿止め、朝晩食後に飲むんだぞ
痛みが酷いようなら、この痛み止めも飲みな」
秩父医師は薬を手渡した。
「はい!」
親鼻はそれを恭しく受け取って、しっかりと胸に抱きしめた。
僕たちは程なく、秩父診療所を後にする。
「良い先生だろ?
前にジョンが怪我したときに連れてったら、文句言いながら、ちゃんと診てくれたんだ」
岩さんの言葉に
「とても良い先生です」
親鼻が力強く頷いた。
「あんたは今日はもう安みなよ
俺も、あんたの分まで頑張るからさ」
現場に戻る岩さんに
「ありがとうございました」
親鼻が深々と頭を下げた。
「僕も親鼻を送っていったら、現場に戻ります」
僕の言葉に岩さんは手を上げて答えてくれた。
宿に戻る途中
「親鼻、あの秩父医師に飼って欲しいと感じたのかい?」
そう問いかけると、彼は頷いて
「こんな風に人に惹かれたのは初めてです
あの方の側にいるだけで、心が浮き立ちました
名前を呼ばれ撫でていただけたときは、涙が出そうなほど嬉しくて
黒谷も和銅と居たとき、このような心持ちだったのですか?」
興奮した顔で聞き返してきた。
僕はその感覚を懐かしく思い出しながら
「うん、そうだね
飼い主の側にいるだけで、この上ない幸せを感じられたよ」
そっと答えた。
しかし
「どうすれば秩父先生に飼っていただけるのでしょうか」
親鼻からのその問いには、答えることが出来なかった。
僕が和銅に飼ってもらえる切っ掛けになったのは、和銅の身体に悪霊が入り込もうとしたからだ。
それを阻止したくて夢中だった。
「ごめん、わからないよ
親鼻と秩父先生が、これから絆を作り上げていくしかないんじゃないかな」
謝る僕の言葉に
「絆を作る…」
それでも親鼻は何かを感じてくれたようであった。
「秩父先生のお役に立てることがないか、今度伺ったときにでも聞いてみます」
嬉しそうに言う親鼻に
「うん、僕たちも協力するよ
まずは、今夜の現場を終わらせるか!
親鼻が居ないから工期が遅れた、なんて言われないようにするからね」
そう宣言すると
「ありがとう、化生して、黒谷達と仲間で良かった」
彼は深々と頭を下げた。
飼って欲しい方と巡り会えた親鼻をうらやましく思いつつも、僕は仲間のために何か出来ることが少し誇らしかった。
こうして、親鼻と秩父医師の物語は始まるのであった。
秩父医師にそう訪ねられ
「親鼻と申します」
親鼻が彼をしっかりと見つめながら答えた。
『彼の問いに答える』そんな事が嬉しいのだろう。
親鼻は、一瞬たりとも秩父医師から目を離さなかった。
「おやはな?変わってるね、それ名前?通称?
でも『ハナちゃんか』
そう呼ぶと可愛いもんだ
よしよしハナちゃん、よく頑張ったね
こないだ来たオジサンはたんこぶ作っただけなのに、大騒ぎしたんだよ
ハナちゃんは縫ってる間も、うめき声ひとつ上げなかったね」
秩父医師は傷に包帯を巻き終わると、親鼻の頭を乱暴に撫でる。
親鼻はこの上なく幸せそうな顔をして、うっとりとしていた。
「で、うちに来たってことは、保険証無いんだろ?
悪いけど、慈善事業じゃないからね
実費はいただくよ」
秩父医師に改まった顔でそう告げられ
「もちろんです!一生かかっても返済いたします!」
親鼻は真面目な顔で返答する。
「いや、一生かけなきゃなんないほどボッタクらないって
じゃあ、時間外ってのも合わせて8000円
払える?まあ、我慢強かったハナちゃんに免じて、もう少しおまけしようか?」
笑いながら言う医師の診察料が高いものなのか安いものなのか、病院に行ったことのない僕たちにはわからないが、それは2日分の働きに相当する金額であった。
親鼻はすぐに身体に身につけている袋から紙幣を取り出し、医師に手渡した。
秩父医師は少し驚いた顔を見せ
「ダメだよ、現金あんまり持ち歩いちゃ」
そう窘(たしな)める。
「はい」
怒られたと思った親鼻はションボリとうなだれた。
「いや、でも、俺らみたいなのは宿に金なんて置いておけないしさ」
岩さんが取りなしてくれて、医師はハッとした顔になる。
「ああ、そうか、宿住まいなんだね
それじゃ、身につけてた方が安全か
ありがとう、診察料、確かにちょうだいするよ」
手渡された紙幣を捧げ持ち笑顔になった医師に、親鼻の顔も綻んだ。
「あの、またこちらに伺ってもよろしいですか?」
頬を赤らめながら聞く親鼻に
「そりゃそうだよ、抜糸しなきゃいけないからね
1週間後にまたおいで、できれば診療時間内に
怪我しても仕事は休めないかな
利き手じゃないから、あまり激しく動かさなければ問題ないだろう
でも、できるだけ濡らすのは避けてね
これ化膿止め、朝晩食後に飲むんだぞ
痛みが酷いようなら、この痛み止めも飲みな」
秩父医師は薬を手渡した。
「はい!」
親鼻はそれを恭しく受け取って、しっかりと胸に抱きしめた。
僕たちは程なく、秩父診療所を後にする。
「良い先生だろ?
前にジョンが怪我したときに連れてったら、文句言いながら、ちゃんと診てくれたんだ」
岩さんの言葉に
「とても良い先生です」
親鼻が力強く頷いた。
「あんたは今日はもう安みなよ
俺も、あんたの分まで頑張るからさ」
現場に戻る岩さんに
「ありがとうございました」
親鼻が深々と頭を下げた。
「僕も親鼻を送っていったら、現場に戻ります」
僕の言葉に岩さんは手を上げて答えてくれた。
宿に戻る途中
「親鼻、あの秩父医師に飼って欲しいと感じたのかい?」
そう問いかけると、彼は頷いて
「こんな風に人に惹かれたのは初めてです
あの方の側にいるだけで、心が浮き立ちました
名前を呼ばれ撫でていただけたときは、涙が出そうなほど嬉しくて
黒谷も和銅と居たとき、このような心持ちだったのですか?」
興奮した顔で聞き返してきた。
僕はその感覚を懐かしく思い出しながら
「うん、そうだね
飼い主の側にいるだけで、この上ない幸せを感じられたよ」
そっと答えた。
しかし
「どうすれば秩父先生に飼っていただけるのでしょうか」
親鼻からのその問いには、答えることが出来なかった。
僕が和銅に飼ってもらえる切っ掛けになったのは、和銅の身体に悪霊が入り込もうとしたからだ。
それを阻止したくて夢中だった。
「ごめん、わからないよ
親鼻と秩父先生が、これから絆を作り上げていくしかないんじゃないかな」
謝る僕の言葉に
「絆を作る…」
それでも親鼻は何かを感じてくれたようであった。
「秩父先生のお役に立てることがないか、今度伺ったときにでも聞いてみます」
嬉しそうに言う親鼻に
「うん、僕たちも協力するよ
まずは、今夜の現場を終わらせるか!
親鼻が居ないから工期が遅れた、なんて言われないようにするからね」
そう宣言すると
「ありがとう、化生して、黒谷達と仲間で良かった」
彼は深々と頭を下げた。
飼って欲しい方と巡り会えた親鼻をうらやましく思いつつも、僕は仲間のために何か出来ることが少し誇らしかった。
こうして、親鼻と秩父医師の物語は始まるのであった。