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しっぽや(No.44~57)

side〈KUROYA〉

ピリリリリ

微かな振動とともに電子音が聞こえる。
僕はすぐに机の上に置いてあったiPhoneを手に取った。
『日野からメールだ!』
側に居なくても、この小さな機械ですぐに連絡を取り合えることが嬉しかった。
ゲンからこれを渡されたときは何に使えばいいのかさっぱりわからず、荒木とメールをやり取りする白久を不思議な思いで眺めていたものだ。
今では僕も日野とメールを交わしている。
日野は学校に行っているときも、休み時間にメールをくれる。
飼い主に気にかけていてもらえる事が、僕にはとても幸せだった。

『今日は部活があるからバイトに行けないけど、明日は学校休みだから泊まりに行って良い?
 家にリンゴが無くなったから少し欲しいって、婆ちゃんが言ってるんだ
 それを取りに行くのを口実に、黒谷の部屋に行きたいなって
 今日、母さん仕事休みで夕飯作ってくれるから、それ食べてから出るんで行くの少し遅くなっちゃうけど大丈夫?
 先輩のとこに泊めてもらうって許可はとってあるからね』

メールにはそんな内容が書かれていた。
『日野が泊まりに来てくれる』
それは、心躍る報告であった。
日野はあまり母親との関係が良好でないと言っていたが、夏の事件を切っ掛けに少しずつ打ち解けているらしい。
母親の作る夕飯を食べてから出かける、という気遣いがそれを物語っていた。

『泊まりに来ていただけるのは大歓迎です
 こちらに来る時間が遅いのであれば、駅まで迎えに行きます
 家を出る前にでも連絡をください』

そう返信した後、iPhoneを机の上に戻した僕の顔は緩みっぱなしだった。
飼い主と居られるだけで、僕たち化生は無情の喜びを感じられるのだ。
その日は業務が終わるまで、僕の気分は浮かれていた。


日野から連絡をもらった僕は、駅に飼い主を迎えに行く。
「わざわざ迎えに来てくれなくて良かったのに」
改札を抜け、日野は笑顔を見せながら少し申し訳なさそうな顔になった。
「いいえ、帰ってくる飼い主を待つのは、とても楽しい行為です」
僕が笑うと
「うん、飼い犬のとこに帰れるの、俺も嬉しい」
日野は笑って僕の腕に身を絡ませてくる。
僕たちは身を寄せ合って、人通りの少ない道をマンションまで歩いていった。
2人の間に冬が近づく冷たい夜風が吹き抜けていくが、僕たちの心は温かかった。


部屋に帰り着くと、日野がホッとするのがわかる。
「部屋、暖めといてくれたんだ
 何かここ、自分の家って感じがして居心地良いんだよ
 黒谷が居る場所だからかな」
上着を脱いで、日野がニッコリと笑った。
「そう思っていただけると僕も嬉しいです
 貴方の帰る場所になると約束いたしましたから」
僕の言葉に、日野の目が潤む。
「帰ってきた、帰ってこれたんだ、黒谷のとこに」
日野は僕にギュッと抱きついてきた。
和銅より小さな頼りないその体を、僕はしっかりと受け止める。
「して、黒谷
 黒谷を感じたい、黒谷と一つになりたい」
日野は少し伸び上がって、僕と唇を合わせた。
「僕も、日野と一つになりたいです」
僕は日野の存在の全てを受け止め、熱いキスを返すのであった。


ベッドの中で、僕たちは想いを解放しあい何度も一つに解け合った。
日野の細く引き締まった身体に舌を這わせると、彼は甘い喘ぎを上げ反応してくれる。
冷えていた日野の身体は、すぐに熱を帯びて熱くなった。
いつまでも続くと想われた熱は、やがて少しずつ穏やかになっていく。
それでも僕たちはしっかりと抱き合い、お互いの温もりを確かめ合っていた。

日野が僕の胸を指でなぞり
「黒谷、俺が死んだ後、消滅しないでくれてありがとう」
そう言うと、愛おしそうに胸に唇を押し当ててくれる。
「貴方の最後の命令に従いたかったのです」
日野の唇の感触を心地よく感じながら、僕は囁くように答えた。

「時々、過去世の夢を見るよ
 思い出したい部分しか、思い出せないみたいだけど
 新郷のことも白久のことも、前よりもハッキリ思い出した
 と言っても、俺は黒谷以外の化生とはあまり話したこと無かったけどさ
 ゆっくり話せる状況じゃなかったもんね」
日野は小さく言葉にした後
「消滅してしまった『親鼻(おやはな)』って、彼も秋田犬?
 白久より少し背が高かったよね
 髪の色が白久と違うけど…彼のは虎毛ってやつ?
 彼は、納得して消滅できたの?
 君たち戦後、しっぽやでやっていけたの?」
躊躇うように問いかけた。
「はい、貴方が残してくれた提案で、僕たち『何でも屋』のようなことをしていましたよ
 もっとも、表だった屋号に『しっぽや』は使っていませんでしたが
 『しっぽや』は『ペット探偵』という職業が出来てから使い始めたのです
 和銅の言っていた通り、戦後の復興期、僕たちのような身よりのない者もなにがしかの仕事にありつける時代がやってきました
 親鼻は、そんな時に飼い主と巡り会ったのですよ」


そうして僕は、長い長い昔話を始めるのであった。
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