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しっぽや(No.32~43)

「まあ、嫌いな奴を当て馬には使わないから、荒木だってあのチビに好かれてる事には変わりないんだぜ?
 ただあのチビにとっては、荒木より荒木のお父さんの方が、より好きって事」
明戸がカラカラと笑う。
「でも、荒木には白久がいるから良いじゃないですか」
皆野が微笑んで白久を見る。
「うん、そうだね」
少し照れくさかったが、俺は素直に頷いた。
「私は誰よりも荒木が好きです」
俺を見ながらそう言って笑ってくれる白久が、とても愛おしかった。

お弁当やパンを食べ終わった俺達は、そのままお茶の時間に突入する。
飲み物をジュースから紅茶に切り替え、チョコレートやクッキーを摘んでいた。
アールグレイの良い香りが事務所に漂い、ゆるやかな時間が流れている。
依頼人は1人も来ないし、電話も鳴らない。
皆でワイワイと話をする、楽しい時間が過ぎていった。
今日はこのままノンビリモードだな、と思っていたら、化生達が一斉にドアを見つめた。
『あ、依頼人?』
テーブルの上を片付けないと、と俺と日野が慌てて動き始める。
ノックと同時に扉が開き
「助けてくれ!」
焦った顔のゲンさんが事務所に飛び込んできた。

「道路が冠水したんだ、水が店に入ってきそうだから土嚢(どのう)でせき止める
 協力してくれ!」
ゲンさんの緊張が、皆に伝染する。
「かしこまりました」
所長である黒谷が、真っ先に答えた。
ゲンさんは俺と日野に顔を向け
「何年か前も道路が冠水して、床下浸水になったことがあってな
 それに懲りて、土嚢を用意しといたんだ
 うちの店だけじゃ置ききれないんで、上にも預かってもらってる
 悪いが、バケツリレーの要領で1階に下ろすのを手伝ってくれ
 空、お前は下で土嚢を積むのを手伝ってくれ」
そう言うと、3階に上がって行く。
「カズハに持ってけと言われたこいつの出番だぜ!」
空は黒いゴム長靴を履き、レインコートを羽織ると階段を下りていった。

俺や白久達も空に続いてドアの外に出る。
階段の上から新郷が顔を覗かせ
「今から土嚢出すから、受け取ってどんどん下に回してくれ
 荒木と日野は、もうちっと上の段で受け渡し頼む」
そう指示を出した。
俺と日野はそれに従い、3階に続く階段を少し上がる。
「重いから気をつけてくれ」
新郷に渡された土嚢を、俺より少し下にいる日野に渡す。
日野はそれをさらに下にいる明戸に渡した。
そんな風に、土嚢を下に運んでいる最中、ゲンさんが上から降りてきて
「俺も土嚢積みに回るよ
 土嚢を出し終わったら、店に来てくれ
 万が一のために、荷物を棚の上にのせるのを手伝って欲しいんだ」
そう声をかけてきた。
「わかりました!」
俺と日野はそう答え、ひたすら土嚢を運ぶ。
「これでラスト!」
新郷に渡されたそれを日野に渡すと、俺は1階に移動する。

「うわ!凄いことになってる」
事務所に来る時は排水溝に流れ込む雨が川のように流れていた道路が、今は2、3cmくらい水が溜まり湖のようになっていた。
大野原不動産は道路より高い場所に入り口があるものの、今は辛うじて浸水を免れているような状態だ。
雨はまだ止む気配をみせない。
俺と日野は大野原不動産に入り、事務机の引き出しを机の上に積み上げたり、棚の下の物を上に移動させ始めた。

あらかた移動が終わると、レインコートから水を滴らせたゲンさんが店に入ってくる。
「いやー、ありがとう、本当に助かった
 今日はこんな天気だから、事務の子には休んでもらってたんだ
 俺一人じゃどうにもならなかったよ
 これだけやっときゃ、前ほどの被害を受けずに済みそうだ
 お礼に今度何か奢るからな」
ホッとした顔を見せるゲンさんに
「ゲンさんにはいつもお世話になってるから、良いですよ
 お互い様ってことで」
俺は笑ってそう答える。

「そうそう『情けは人の為ならず』ってやつ」
日野もヘヘッと笑ってみせた。
「くー、ありがたいこと言ってくれるぜー
 オジサン、感激!」
ゲンさんは照れたように笑った。
「そういや、ちょうど今日の現国の授業で、そんなこと習ったっけ」
俺と日野が顔を見合わせると 
「中川ちゃん、良いこと教える教師だな!」
ゲンさんは感心したように頷いた。


作業が終わり事務所に戻ると、そろそろ終業時間になっていた。
「今日はノンビリできると思ったら、大忙しだったな」
「ここにバイトに来てから、こんなに体を動かしたの初めてかも」
「俺達今まで、ずいぶん楽してたんだなー」
気分が高揚していたのか何だか可笑しくなって、俺も日野も笑い出してしまう。
控え室のドアが開き、一足先に戻ってきていた明戸が顔を見せた。
「お二人さん、ご苦労様
 今、テレビのニュースで見たら、電車止まってるってよ
 影森マンションにお泊まり決定だね」
笑顔で告げられた言葉に
「やったー!」
俺と日野は思わずハイタッチを交わしてしまったのであった。



事務所の後片付けを終えた俺達は、雨の中影森マンションに移動する。
空は『カズハの店が心配だ』と、一足先に事務所を出ていた。
明戸と皆野は中川先生のところで夕飯を食べて授業を受ける、と言っていたので俺と白久、日野、黒谷だけが最上階に向かう。
部屋に入る別れ際に
「明日、7時半に待ち合わせて一緒に学校行こうな」
そう日野が言うので
「ああ、わかった」
そう答えながら、いつもと違う登校が少し楽しみになった。

玄関でレインコートを脱ぐと、大量の滴がしたたる。
「うわ、びしょびしょ、ごめん、水浸しになっちゃった」
謝る俺に
「かまいませんよ、制服も濡れてしまったでしょう?
 ハンガーにかけて、乾かしてください」
白久は優しく言ってくれた。
俺は白久の部屋に上がるとクローゼットからハンガーを出し、制服を全部脱いで掛けていった。
『そういえば、前にも白久の部屋でハンガー借りて制服乾かしたっけ』
ふと、そんなことを思い出す。
あの時は、どこまで制服を脱いだらいいかと迷ったものだ。
白久も、濡れたスーツをハンガーに掛けている。
激しい雨の中移動してきたので、白いスーツにはかなり泥はねの汚れがついてしまっていた。
俺の視線に気が付いたのか
「明日、クリーニングに出しますよ」
白久が苦笑気味に教えてくれる。
白いシャツの下から現れる白久の肉体に、俺はドキドキしてしまう。
こんな風に白久と二人っきりになるのは、久しぶりだった。

「荒木、このままシャワーをお使いください
 ユニットバスですが、お湯を溜めて入れば体が温まります」
「白久、一緒に入らない?俺、洗ってあげるよ」
気が付くと、俺はそんなことを口走っていた。
白久に触れたい、という欲望がわき上がっていたのだ。
「それでは、お願いします」
白久は熱い瞳で俺を見て、そっと唇を合わせてくれた。


そのまま二人でバスルームに移動する。
暖かいシャワーに打たれながら、俺達は抱き合って深く唇を合わせていた。
雨に打たれて冷えた体は、とっくに熱くなっていた。
互いの体に触れている中心は、特に熱くなっている。
白久と一つになりたいという欲望は押さえきれなくなっていた。
「白久…して…」
舌を絡ませあいながら熱い息とともに言うと、白久の手が移動する。
優しく、俺の中心を刺激し始めた。
「んん、白…久、あ…」
白久に抱きつきながら、俺はその刺激に身を任せていた。
しかし気を抜くと、膝が崩れそうになる。
「荒木…お慕いしております」
白久は貪るように俺の唇を求めながら、もう片方の手でしっかりと体を支えていてくれた。

体勢を入れ替えた白久が、俺を後ろから貫いた。
「ああっ!」
久しぶりに白久に満たされる感触で、一瞬頭が真っ白になる。
「荒木」
逞しく動く白久を感じるのが、とても幸せだった。
俺達はそのまま、欲望を解放する。
シャワーは止めていたが、体は芯から暖まっていた。

行為の後も、俺達は抱き合ってジャレるように唇を合わせる。
「白久、シャンプーしてあげるね」
俺が言うと
「荒木に頭を洗っていただくと、また、したくなってしまいます」
白久は悪戯っぽく笑う。
「それはご飯の後、ベッドまでお預け」
俺も笑いながら答えたら
「かしこまりました」
白久はキスをして答えてくれた。


シャワールームを出ると、お湯を沸かして夕飯を作る。
夕飯は、カップ麺とオニギリにしたのだ。
「こんなものでよろしいのですか?」
心配そうな白久に
「台風だから、非常食
 こーゆー時のカップ麺って、美味しいんだ
 野菜が足りない、って長瀞さんには言われそうだけど」
俺は笑ってみせる。
「なるほど、台風の時はカップ麺ですか
 でも、荒木と一緒に食べると、何でも美味しいです」
白久は感心した顔を見せた。

テレビの台風情報では、かなりの被害が報告されていた。
この辺の浸水被害も報道されている。
交通機関は未だに影響が出ていた。
しかし今は風は吹いているが、雨の勢いはずいぶん弱まっていた。
「ゲンさんとこ、大丈夫だったかな」
映像を見ていると、少し不安になってくる。
「かなり土嚢を積んだし、この辺は川がないのでそこまでの被害にはならないでしょう
 排水が追いつけば、すぐに水は引きますよ」
白久の言葉に、俺はホッとした。
「それに崩れる山がないから安心だ、と双子はよく言っています
 あの子達は長雨による山崩れで、飼い主もろとも亡くなったそうですからね
 台風の日は二人で居るのは怖いから、と事務所に来たし、今は中川先生と羽生のところに居るのですよ」
白久の言葉に、俺は息を飲む。
酷い被害をもたらす台風に浮かれていた自分が、不謹慎だったと気が付いた。

「けれど、台風のおかげで荒木に来ていただけました」
その言葉で、白久も俺と同じ事を考えていたのだと嬉しくなる。
「ベッド行く?お預けは解除」
俺の言葉に、白久は嬉しそうに頷いた。
その笑顔を見て、俺はやっぱり台風に感謝してしまうのであった。

その夜、また、白久との幸せな時間の思い出が増えた。
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