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しっぽや(No.32~43)

side〈ARAKI〉

夕飯を食べた後、リンゴ狩りで採ってきたリンゴをデザートに食べながら、俺と親父と母さんはリビングのテレビに釘付けになっていた。
バラエティやドラマを見ているのではない。
ニュース番組のお天気コーナーに映されている、衛星写真に圧倒されているのだ。
「ちょっと、何?この雲…台風の目がこんなにクッキリ見えるなんて」
「今年は台風が少なくて良かったと思ってたら、こんな時期に、こんな大物が来るなんてな~」
「明日の夕方、この辺直撃じゃない
 仕事行けるかしら?って、帰りの方が心配だわ」
「僕もその辺心配だよ、電車が止まるのを見越して車で行っても帰りに道路が冠水してたら目も当てられないしね」
「今の時点でかなり雨が降ってるのに、直撃したらもっと凄くなるんでしょ?」
「まだ離れてるのに、もう風も凄いよな」
心配そうに話し込む両親とは違い、俺の心の中は期待と不安が半々だった。

『学校が休みになるかも
 でも学校帰り、しっぽやにバイト行きたい、白久に会いたい
 電車が止まるのは心配だけど…
 止まれば白久のとこに泊まる口実になる』
学校のことは日野に聞いてみた方が良いかな、と考えていると
「荒木、学校から連絡来たか?明日、休校になるんじゃないか?」
親父がそう訪ねてきた。

「後で日野に電話してみる」
俺の答えに
「日野君のお家、学校から近いのよね?
 もし電車止まっちゃったら、泊めてもらったら?」
母さんがそんな事を言い出した。
『そっか、しっぽやに行く前に移動できなくなる可能性があるか
 せっかく白久のとこに泊まれると思ってたのに』
そう気が付いてガックリしたが、日野の家に泊まるのも楽しそうだった。
『日野のお祖母さん料理上手いから夕飯期待できるな
 そうだ、バイト代で新しいゲーム買ったって言ってたから対戦するのも良いか
 DVD観まくるのも良いかも』
「電話したとき、泊めてもらえるか聞いてみるよ
 準備、色々してった方が良いかな」
俺が楽しそうに言うと
「でも、ご迷惑じゃないのか?
 明日は学校休んで、家にいなさい
 バイトもあるのか?それは行かなくて良いから」
親父がムスッとした顔で口を挟んできた。

「荒木も、もう高校生なのよ?
 家にいるより、友達のとこにお泊まりする方が楽しいに決まってるじゃない
 プチ家出とかされるより、どこに泊まってるか分かってる方が安心でしょ?
 まったく、アナタ過保護なんだから」
母さんが呆れた声を上げた。
「いや、しかしだな、こいつには無断外泊の前科が…」
親父がブツブツ言いだしたところで
「ミィミィ、ンルルルルル」
カシスが甲高い泣き声を上げ、親父の足にまとわりついた。
「んん?どうしたカシス?風の音が怖いのか?
 ほら、パパのとこおいで~
 よちよち、お家の中にいれば大丈夫だからね」
とたんに、親父の興味は俺からカシスに移行した。
もうクロスケの意識は無いと白久は言っていたが、カシスは時々こうやって親父の関心を逸らせてくれるのだ。

『サンキュー、カシス、愛してる
 今度、刺身でも分けてやるからな』
俺は心の中でカシスに礼を言うと
「行けそうなら、バイトも行くよ
 台風の中、避難中にはぐれるペットとかいるかもしれないし
 電車止まったら、先輩のとこに泊めてもらえるから大丈夫
 事務所の側に社員寮になってるマンションがあるんだ」
そう宣言する。
親父は何か言いたげだったが、抱き上げたカシスに前足で頬を触られ、顔が緩んで言葉もどこかに飛んでいったようだ。
「あら、社員寮まであるの
 ペット探偵、なんて胡散臭そうだと思ったけど、社員旅行にも連れて行ってもらったし、しっかりした企業なのね」
母さんが感心した顔で頷いた。
「うん、良いとこだよ
 皆、飼い主とペットの為に頑張ってるんだ」
俺は誇らしい思いで母さんに告げるのであった。


部屋に戻ると、俺は日野に電話をかけた。
「天気予報見た?明日、学校って休みになるかな?」
『特に連絡来てないけど…ってことは、学校あるんじゃないか?
 うちの学校、そーゆーとこ融通きかないよな』
日野から考え込むように答えが返ってくる。
「そっか、直撃予想時間が夕方だもんな
 せめて昼で帰りたいよ
 あ、もし帰りに電車止まってたら、泊まりに行って良い?」
『いいぜ!婆ちゃんも荒木に会いたがってるし
 てか、明日は部活が中止になるだろうから、しっぽや行って帰りに電車止まれば黒谷のとこに泊まれるんじゃないかと期待してるんだけどさ~』
日野が楽しそうにそう言った。
「俺も、そう思ってた」
『良いタイミングで電車が止まんないかな』
俺達は笑いながらそんな事を言う。
『黒谷に、明日、荒木と一緒にバイトに行くって電話しとくよ』
「わかった、おやすみ」
『うん、おやすみ~』

電話を終えた俺は、吹き荒れる風の音を聞きながら、ワクワクした気持ちでベッドに潜り込むのであった。




次の日、100均で買ったレインコートとタオルをカバンに入れ、レインシューズを履いて登校する。
まだ電車も動いていたし傘で防げる雨量だったが、流石に風が強く、単なる雨ではないことを物語っていた。

俺や日野じゃなくても、授業中、皆がそわそわしているのが分かる。
何となく期待に満ちあふれた雰囲気が広がっていた。
「今日はどのクラスも集中力に欠けてるぞ」
4時間目の現国の時間、教室に入ってきた中川先生が苦笑いを見せる。
「皆のお待ちかねのお知らせだ
 今日の授業は4時間目で終わり」
先生がそう言うと、クラス中から歓声が上がった。
「お前達、寄り道せずに帰れよ?
 すでに止まってる路線が出てて、交通に影響が出てるんだ」
『はーい』
などとお行儀の良い返事をしつつも、クラスの中のざわめきは収まらない。
「ほら、これで最後なんだから集中集中!」
中川先生の爽やかな笑いで授業が始まる。
結局、浮かれた雰囲気のまま1時間が終わり、帰りの時間になった。


俺と日野は帰り支度を手早く済ませ友達に挨拶し、一緒に校門を出る。
「駅前のパン屋で昼飯買ってかない?」
日野の提案で、俺達はパン屋に向かった。
少し多めにパンを買い込み駅に行くと、いつもより混雑している。
駅の電光掲示板には運転見合わせをしている路線の案内が、次々と表示されていた。
俺と日野は顔を見合わせて、つい笑ってしまう。
「今日、お泊まりできそうじゃん」
「向こうの駅前の肉屋で、メンチも買っとこうぜ
 あ、コンビニでお菓子やジュースも買っとくか
 後、非常食にカップ麺!」
何だか俺達は、遠足に行く前の浮かれた気分になっていた。


朝よりも強い雨の中を歩き、俺と日野はしっぽや事務所に到着する。
「チャチだけど、無いよりマシだったな」
俺達はビル1階で100均製レインコートを脱いでビニール袋に入れた。
学校では友達に『ずいぶんな重装備だ』と笑われたが、長めのレインシューズにズボンの裾を入れていたので、あまり濡れずに済んでいた。
制服は無事だが、買ってきた物が入った袋はかなり濡れてしまった。
「中身は無事だから良いか」
俺達は滴のしたたる袋を手に階段を上り、ドアをノックすると事務所に入った。

「荒木!」
「日野!」
気配を読んで待機していた各々の飼い犬が、タオル片手に出迎えて髪や荷物を拭いてくれる。

「雨の中、大変でしたね」
労ってくれる白久に
「白久に会いたかったから平気」
俺は笑って答えた。
「皆、居る?この天気だとご飯食べに行くの大変だろ?
 色々買ってきたんだ、皆で食べよう」
俺達が買ってきた物を応接セットのテーブルに置くと
「やったー!メンチ、メンチ!」
匂いを嗅ぎつけた空が控え室から姿を現した。
「お弁当を作ってきたので、荒木と日野も食べてくださいね」
空に続き、双子の明戸と皆野が姿を現すが、後は誰も出てこない。
「あれ、これだけ?
 依頼が多くて出てるの?」
こんな日に大変だと思いながら聞くと
「今日は依頼が少なそうだから、後のメンバーは自宅待機にしてるんだ」
日野の髪を拭きながら黒谷が教えてくれた。

俺と日野が買ってきた物や、皆野作のお弁当をテーブルに広げ、ランチが始まる。
「あ、これ、前に日野に買ってもらったパン屋のパンだ」
「このコロッケ、長瀞さんのフリカケが入ってる
 美味しいアレンジメニューだね」
「インスタントのお味噌汁やスープもありますよ」
「サンドイッチ半分こしよう」
たわいもない話をしながら大勢で食べるご飯は美味しかった。
風も雨も強くなり、事務所の窓に雨音高く雨が吹き付けていたが、室内には和やかな空気が流れていた。

「白久、前にカシスの中にクロスケの意識はもう無い、って言ってたよね
 でもあいつ、親父が俺にあれこれうるさく言い始めると、助けに入ってくれるんだ」
俺の言葉に明戸と皆野が反応する。
顔を見合わせて、クスクスと笑い出した。
「あのチビ、よっぽど荒木のお父さんが好きなんだな」
明戸の言葉に、俺は首を捻る。
「荒木に焼きもち焼いてるんですよ
 だから、荒木のお父さんが荒木のことをかまうのを邪魔しようとするんです」
皆野が笑いながら解説してくれた。
「前の猫の意識じゃなく、あのチビの独占欲って奴
 俺達も、生前ちっとは覚えがあるな」
明戸が悪戯っぽくウインクした。

「荒木のお父さんの前で、カシスが荒木に甘えたりしませんか?」
皆野の問いに
「ああ、うん、いやに甘えてくるときがあるよ」
俺は心当たりがあった。
「それ、当て馬って奴だぜ
 荒木に撫でてもらいながら、チラチラお父さんの方を見てるだろ?
 『お父さんが撫でてくれないから、仕方なく荒木のところにいるんだけどな~』ってアピールしてんの」
明戸の言葉はけっこーショックだった。
「えー、本気で甘えてきてると思ってたのに」
愕然とする俺に
「猫って奴は複雑だなー」
空の呆れたような言葉がかけられた。
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