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しっぽや(No.32~43)

暫く移動すると日野、黒谷組と行きあった。
「日野、何個くらい食べた?」
「え?黒谷と半分こしながらなんで、まだ8個しか食ってない
 正味4個ってとこか?」
日野はサラリと答える。
「俺と白久は2人で3個だよ」
俺が苦笑しながら言うと
「ゲンさんとこは2人で2個以上は無理だ、って言ってたからな
 その分、俺達が頑張」
日野は頼もしく笑う。

「お土産用のリンゴ、どれにするか決めた?」
俺の問いに、日野は難しい顔を見せた。
「どれも美味くて、迷ってる
 お菓子にするとどんな味になるのか、想像つかないんだよ
 品種が色々あると、逆に迷うな」
頭をかく日野に
「お前が美味しいって思ったやつを選べば良いんだよ
 リンゴ、黒谷に採ってもらってる?
 それ、すごく美味しいだろ?」
俺はそう助言する。
「ああ、うん、俺だと手が届かない高い場所のを選んで採ってもらってるよ
 引きが良いのか、どれも美味くてさ
 …って、そうか」
日野がハッとした顔を見せた。
「うん、多分、そーゆーこと
 お前がお祖母さんのために選んだんなら、きっと美味しいと思ってもらえるよ」
俺が日野の背中を軽く叩くと、日野は照れた笑顔を見せる。
「婆ちゃんの土産用は、自分で採る」
ヘヘッと笑いながら宣言し
「黒谷、俺が今食べる分とお菓子作ってくれる分は、黒谷が選んで採って
 黒谷が食べる分は俺が選ぶね」
側にいた黒谷にそう告げた。
「かしこまりました」
黒谷は嬉しそうな顔で頷いた。

そんな2人を見ながら
『俺、まだ白久のためにリンゴ選んでないや』
そんな事に思い至った。
「白久、今度は俺が白久に選んであげるね」
「荒木が私のために」
俺の言葉で白久の顔が輝いた。
俺達は日野と別れ、また違う品種の木に移動する。
ゲンさんがプリントアウトしてくれた紙と睨めっこしながら、1つを選び白久に手渡した。

白久は宝石を渡されたように恭(うやうや)しくそれを受け取ると、そっとハンカチで表面を拭い、白い歯を立てる。
シャリっと、爽やかな音が響いた。
暫くシャクシャクと咀嚼する音が続いたが
「とても甘くて、美味しいです」
白久はニッコリと笑ってくれる。
「俺も、家への土産分は自分で採ろう」
照れくさかったが、俺はそう決心した。

移動中、今度はゲンさん、長瀞さん組と行きあった。
「よっ、荒木少年、堪能してるかね?
 オジサンもうギブ
 今は土産用を物色中だ
 かたっぱしからモぎたくなる誘惑と、必死で戦ってる最中よ
 こーゆーの、狩猟本能かき立てられるなー」
ゲンさんが持っている土産用リンゴを入れるために渡された緑のカゴに、数個のリンゴが入っていた。
「そちらのカゴはそのまま食べる用、私のカゴはお菓子用にしようかと品種を分けて採っております」
長瀞さんが説明してくれる。
「ここは品種別じゃなく、キロ単位で売ってくれるから混ぜちまってもいいかと思ったが
 ナガトはしっかり者だ」
ゲンさんは優しい顔で長瀞さんの頭を撫でた。

「さっき会ったら日野と黒谷、2人で8個食べたって言ってたよ
 俺達4個食べたけど、後2個くらいでギブかも」
俺はお腹をさすってみせた。
「まあ、普通そんなもんだろ
 日野少年、1人で後5、6個いくんじゃね?
 俺達が2個でも、このリンゴ狩り、勝ちだ!」
ゲンさんはガッツポーズを作ってみせた。
「どうだ、後1時間くらいで精算しようかと思ってんだけど、もっとノンビリしてくか?」
そう聞かれ、俺と白久は顔を見合わせた。
「そうだね、何となく土産にする目星はついたし、それでいいよ
 日野に会ったら言っとくね」
「んじゃ、2時頃に出入り口で待ち合わせるか」
そう言うゲンさんと別れ、俺達はまたリンゴを選び始める。
爽やかな秋晴れの太陽の下、白久と体を動かすことはとても楽しかった。


日野達と合流し、リンゴでパンパンになったカゴを持って待ち合わせ場所に向かう。
楽しくて、やっぱり採りすぎてしまった。
真っ赤なリンゴを見ていると、どれもこれも美味しそうに思えてくるのだ。
「白久がお菓子にしてくれるからいいか」
舌を出す俺に
「桜さんとこにもお裾分けしよう
 前に釣りたての魚、いっぱいごちそうになったしさ」
日野がウインクする。
日野と黒谷は4つずつカゴを抱えていた。
「凄いな、それ全部土産用?」
俺が驚いた声を出すと、日野も首を捻る。
「いや、楽しくてつい大量に採っちゃったよ
 婆ちゃん、どのくらい必要なんだろ
 あのバッグ渡されて『入るだけ』とか言ってたけど」
「日野、こちらの分は僕の部屋で保管しておきますので、必要なら言ってください
 後からお届けにあがります」
黒谷が自分の抱えているカゴに視線を落としてそう言った。
「うん、ありがと」
日野に笑顔を向けられて、黒谷は幸せそうに笑っていた。



精算を終え車にリンゴを積み込むと、車内は甘い香りで一杯になる。
「さてと、せっかくだから、もう少し自然を堪能していこうぜ」
ゲンさんは上機嫌で車を発進させた。
林の中を暫く走ると湖が見えてくる。
「海まではちと遠いんで、湖畔で遅いランチとシャレ込もうや」
ゲンさんはヒヒッと笑った。


「水辺は流石に冷え込むなー」
車を降りた俺達は少し湖畔を散策する事にした。
「あ、何か跳ねた」
「けっこー釣りしてる人が居るね」
「ニジマスかなんか釣れんじゃねーか?」
そんな事を話しながら移動する。
「桜さん達も誘えば良かったかな
 俺達がリンゴ狩りしてる間、ここで釣り出来たのに」
俺は、留守番をしてもらっている事が少し申し訳なく思えてきた。
「んな短時間じゃあいつら満足しないって
 休日、泊まりがけで釣りに行ったりしてんだぜ」
ゲンさんはニヤっと笑った後
「少年達、腹、減ってるか?」
少し真顔で問いかけてきた。

「まだ、さっきのリンゴが…」
言いよどむ俺を余所に
「甘いもの食べたから、しょっぱいもの食べたい」
日野はケロリとした顔で言う。
「おお!頼もしい!オジサンもさっきのリンゴがきいててな
 せっかくだからこの大自然の中で弁当食いたいけど、どうしようか迷ってたんだ
 ピクニック気分続行!」
楽しそうなゲンさんを先頭に、俺達は車に戻りレジャーシートやお弁当を持ち出した。

湖の見える開けた場所にレジャーシートを敷き、お弁当を広げ始める。
「本当に遠足みたい」
「こんなベタなシチュエーション、久しぶり」
ハシャぐ俺と日野に
「久しぶりどころか、オジサンなんか四半世紀以上、んなことやってねーよ
 それに、ワンコちゃん達、初めてだよ、飼い主とこんな風に食事するの」
ゲンさんが優しい笑顔を見せた。
俺と日野はハッとする。
見れば白久も黒谷も、本当に嬉しそうだった。
俺達は飼い犬の元に行き
「このお弁当も作ってくれたんだよね」
「ありがとう、美味しそうだね」
そう言って、そっと頭を撫でてやった。

「朝ご飯がパンだったので、お昼はオニギリにしてみました」
お重の中に、色々な具が乗った小振りなオニギリがいっぱい入っている。
焼おにぎりもあった。
「そのままでも良いのですが、ご飯が冷えてますので暖かい出汁をかけて召し上がっていただこうかと」
「焼おにぎりは、クリームスープと合わせても美味しいですよ
 色々なスープの元を持ってきたので、お好みの物をお湯で溶いてください」
白久と黒谷はポットを取り出した。
「面白そう!」
さっそく日野がお椀にコーンポタージュを作り、焼おにぎりを入れて食べ始めた。
「和風リゾットって、感じ!これ、あり!」
スプーンでオニギリをほぐしてかき混ぜ、夢中ですすっている。

「荒木も試してみますか?」
白久に聞かれ、俺は頷いた。
少し冷えてきていたので、暖かい和風リゾットは体にしみいるように美味しかった。
おかずが冷えていても、気にならない。
「この鶏レバの水煮、白久が作った?
 いつもの白久の味だ」
俺の指摘に
「はい」
白久は照れた笑顔を見せる。
自分の舌が白久の味を記憶していることが、不思議だけど誇らしかった。

「飼い主への愛溢れるアイデア料理じゃないか
 出汁茶漬けだとスルっと入るなー」
ゲンさんの持つお椀に、長瀞さんがほうれん草のお浸しを突っ込みながら
「洋風スープと焼おにぎりの組み合わせは、思いつきませんでした」
そう感心した顔を向ける。
「あれは黒谷のアイデアですよ
 出汁茶漬けだけだと日野様が物足りないのではないか、と」
白久の視線の先では、黒谷と日野が楽しそうにおかずを選んでいた。

「実は私達、屋外でランチをする飼い主のお相伴に預かる犬達が羨ましかったのです
 こうやって、外で飼い主と食事できて本当に楽しいです」
白久は俺を見ながら嬉しそうに微笑んだ。
俺は胸が熱くなる。
「うん、俺も嬉しい!また、楽しい初めてが増えたね」
俺の言葉に白久はしっかりと頷いた。

帰りの車の中、俺は白久にもたれ掛かって少し寝てしまった。
その間、白久は俺の肩を抱いていてくれた。
ベッドの中で抱かれて寝るのとは違うけど、それでも白久を身近に感じられて安らげた。
『こんな風に白久と休日を楽しめるの、夏休み以来だな』
そう考えて、俺は改めて幸せな気分に浸る。


ゲンさんは自宅まで車で送ってくれた。
道順から、俺が最初に車を降りることになった。
「ゲンさん、今日は本当にありがとう
 トリプルデート、楽しかった」
別れ際、俺はゲンさんにお礼を言って
「白久、お弁当作ってくれてありがと
 凄く美味しかったよ」
見送ってくれる白久にキスをする。
日野とゲンさんが少し驚いた顔を見せたが、すぐに笑顔になり
「じゃ、また、しっぽやでな!」
そう言って去っていった。


楽しかった休日が終わり、俺は早くも次のバイトの日が待ち遠しくてしかたなくなるのであった。
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